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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
312/316

311話 小鳥氏と神々のやらかし


 休息不要の小鳥がいても、何かあれば即座に動ける見張りは必要だろう。何人かごとに交代で仮眠をとることになったが、瀬名は問答無用で見張り要員から除外された。

 こんな硬い岩場で眠るなど難しかろうが、目を閉じて横になるだけでも違う――と思っていたら、名を呼ばれ、瞼をあけてポカンとした。


「……いつ時間跳躍を?」

「普通に朝が来ただけだが? 周りを見てくれ。凄いぞ」


 隣を陣取っていた青年が冷静に告げた。

 起き抜けに至近距離で美貌を食らうと心臓に悪い。内心で愚痴を垂れつつ、周りを確かめるふりで顔をさりげなく逸らしてみれば、そこは雲海を見おろす山の頂だった。

 絶海の孤島のごとく、果てのない雲の海に突き抜けた山頂。自分達の周辺だけ不自然に雪がなく、気温も少々涼しいぐらいで、小鳥氏いわく、気圧も平地と変わらないとのことだった。

 遥か向こうに、似たような島がもうひとつ、ぽっかりと浮かんでいる。


《そろそろです》


 小鳥が時を告げ、いくらもしないうちに、ゆっくり雲が流れ始めた。

 さながら、飛沫をあげながらぶつかり合う海流。二つ目の孤島を中心として渦をなす。

 島は渦に呑まれ、やがて音もなく沈んでいった。

 その渦が消え、再び凪いだ雲の海に戻っても、しばらくは誰も声がなかった。


「……ふわ~、すげーもん見ちまったぜ」


 ようやく、少年がつめていた息を吐いた。


「この世の出来事とは思えんの~」

「二度と、こんなのはお目にかかれねえだろうな……」

「ああ。きっとこの先、この光景を忘れられんだろう」


 しんみりと語り合う男達に、


《先ほどの場面は録画しております。再生しますか?》


 すっかり平常運転の小鳥が水を差した。


「おまっ、ちがうだろおお!?」

「そうじゃねえッ!! そうじゃねえんだよッ!!」

「アーク……」


 台無し!! と一斉にあがるブーイングに他人のフリを決め込み、瀬名は携帯食を取り出していた。

 呆れ顔の三兄弟の視線を無視し、干し果物を練り込んだ焼き菓子を頬張る。地下で食べたのと同じ物なのに、どうしてこういう場所だと美味しさが増すのだろう。

 あとで決定的瞬間の記録映像を鑑賞しながら、美味い酒を飲もうと企んでいるのは、皆には内緒だ。若干三名にはバレている気もするが。


 そうして、一行はデマルシェリエ領に戻った。

 一泊した山頂は転移の道の中継地点であり、魔の山のふもとへ飛べる直通路が設けられていた。ただしそれも一方通行であり、逆戻りはできない。あの場所へ行く方法は、これで完全になくなった。

 ちなみに転移した先は、いかにも凶悪な面構えの、鹿型魔獣のテリトリー、絶賛空腹中のど真ん中だった。


「…………」


 鼻息荒く襲いかかってくる、牡牛のごとき鹿の群れを半分ほど減らしたあたりで、残りは一目散に逃げて行った。

 これらは非常に討伐難易度の高い魔物だったはずだが、あの神殿遺跡の敵と比較してしまうと……。


「おっ、黄金角がいやがる。この肉いけるんだよな」

「だが、全部持って帰るのは無理だぞ。魔馬もないしな」

「ツマミによさげな部位はどこかの~?」

「じーさん、肉より角にしよーぜ。そんで、報酬で美味いもん買って食おう!」


 日常へ戻って来たな、と皆が実感した瞬間だった。

 だが、瀬名にはもうひとつ難題が待っていたのである。





 ドーミアの町全体が、ものものしい雰囲気に包まれていた。

 お祭り騒ぎに興じていたのはイシドールの町だったのに、何故この町が?

 首を傾げつつ帰還の報を入れると、速攻でドーミア城へ連行された。

 そこで待ち構えていた人々に事情を聞かされ、瀬名はまず思考停止し、次に天を仰ぎ、最後にその頭を深々と下げた。


「ほんっとう~に、ご迷惑をおかけしました……!!」

「やはり、原因に心当たりはあるのか?」

「まことに遺憾ながら。早急に森へ帰還し、課題を粛々と処理して参る所存です」

「ならばよい」


 辺境伯のどこか達観した苦笑が、耳と心に痛い瀬名であった。

 ともあれその日はもう遅いし疲れているだろうと、一行は城で夕食を振る舞われ、一泊させてもらえることになった。

 堅苦しさを排した気楽な夕食の席で、不在時にあった出来事を聞く。

 瀬名の一行が体験したあれこれも話すには、この時間だけでは間違いなく足りないので、また後日となった。


「さすがに心配したんだよ、君ら無事なのかって」


 辺境伯の息子ライナスがしみじみと言った。


「そ、それは重ね重ね、皆々様にご心配とご迷惑を……」

「いや、そんなに謝らなくていい。本来なら我々がなんとかしなければいけないことまで、かなり君に片付けてもらっているからね」

「さよう。我が領地の厄介ごとをだいぶ押しつけてしまっているからな。むしろ我らが感謝せねばなるまい」


 優しく寛容な人々の言葉とまなざしに囲まれて、瀬名は己に感謝という名の包囲網が築かれる瞬間を幻視した。

 翌朝、一行は忙しなくドーミアの町を出た。行き先は黎明の森である。


 なんでも、こちらに戻る少し前、黎明の森一帯が「ズゴゴゴゴ」と揺れ、異様な気配が漂い始めたのだという。〈黎明の(さと)〉の精霊族(エルフ)や、〈門番の村〉の灰狼は一旦森の外へ避難。そこにドーミア騎士団長セーヴェル、副官ローランの指揮により、辺境騎士団も駆けつけた。

 何事かと見守る彼らの前で、森の深部の空が稲光を帯び、赤や紫などの不気味な色に変色した。遠目に白く光る針が、葉を散らしながら次々と天を突いて伸び、糸状のものがぶわりとふくらんで――。


 犯人はわかった。

 タイミングも、瀬名が小鳥と別行動になった、あの時と一致する。


(『あ』で気絶できるヒロインのスキルってすごいよね? なんとかして、すぐにでも獲得できないかな? 大事な話の時に、あの『あ』使えたらもの凄く便利そう。あれこそ、何もかも知らなかったことにできる最強のワザだ)


 現実逃避もむなしく、すみやかに黎明の森に着いてしまった。魔馬はとても足が速い。

 既に森は静かで、空の色も穏やかだが、森の周辺には武装した騎士や精霊族、灰狼の戦士がずらりと控えており、緊迫感が漂っていた。


「ぅう~わぁ~、どえれぇことになってんな」


 と、グレン。


「戦でもおっぱじまりそーだぜ……」


 と、アスファ。

 厳戒態勢を目にして、頬がぴくぴく引きつっている。


「瀬名、ここで気を失ったフリはやめておこう」

「そうですよ。もっと大騒ぎになってしまいます」

「キミ達、やっぱり心が読めるんだろう。読めるんだな? そうなんだな?」


 ライナスからセーヴェルとローランに、もう警戒の必要はない旨を伝えてもらい、グレン達とはそこで解散となった。彼らは森の奥へ行けないので、灰狼に合流して〈門番の村〉の様子を見てもらうことになった。

 「本当に大丈夫なのか?」と懐疑的な、しかしあからさまにホッとしている騎士や灰狼の視線に罪悪感を刺激されながら、瀬名は三兄弟と〈黎明の(さと)〉の民を伴い、深部を目指した。

 奥へ行くにつれ、石英に似た色と質感の岩が、地を突き破って伸びているのに出くわす。

 ほかにも、異常に太い荊を見かけた。あの荊は、本来の名称を有刺鉄線と呼ぶ。それを知らない彼らは、奇妙にねじれた荊と認識していた。


「うわ、これ、あんたらの〈(さと)〉は被害がでかそうだな」

「そうかもしれん……【エセルとノクトが瀬名に同行する。ほかの者は〈(さと)〉へ向かえ】

【承知した】

【御意】


 小鳥はずっと沈黙している。

 瀬名はじんわり嫌な汗が出てきた。

 死傷者はなかったという報告だけが救いだが、この、天を突き刺さんばかりに伸びた綺麗な原石の柱。大部分が森に隠れてなお、遠目に視認できるほど目立っていた。これらはいったい何の石なのか。


 Q.この森の地中って何があったんですか?

 A.記憶にございません。


 四人は〈スフィア〉の場所に辿り着き、唖然とした。


「こ、れは?」

「どうなってるんですか、これ?」

「あれえ? おかしいなぁ。なんで私のおうちが裏ダンジョンになっているんだろう? おいこら、あーくさんよ?」

《若気の至りです》


 ちょっと恥ずかしそうな響きだった。脱力し、もう突っ込む気も起きない。

 グレて爆発したら、こんな感じになってしまったらしい。暴走って怖い。

 地中からは白く濁った石が突き出て、菜園は跡形もなかった。そこに白い有刺鉄線が縦横に絡みつき、中ほどに繭ができている。その繭の中には球体があった。

 ずっと土に埋もれていた下部があらわになり、思えば球体の姿をちゃんと目にするのは初めてだったなあと、こんな状況でなければ感動の場面だった。荊に閉ざされた水晶の城、氷の城――幻想的で、美しさのあまり溜め息の出る光景。表面の黒い文字でさえ、結晶に透け、あるいは反射するさまが絶妙としか言えない。


「裏ダンジョン、とは何だ?」

「こういうの」

「なるほど」

「こういうのか」


 こんな適当な返しなのに、八割ぐらいは完全理解されていそうな気がする。

 瀬名は肩にとまった小鳥を無意識に撫でながら、呆然と尋ねた。


「中、住めるの?」

《はい。中身は以前と変わりありません。外観と敷地は少々変わりましたが》

「少々……少々ってなんだっけ。あ、Alpha(アルファ)Beta(ベータ)は!?」

《〈スフィア〉内部に待機しております》


 瀬名は安堵の息をついた。ロボットと知っていても、ずっと生活空間をともにしていたから、それなりに愛着が湧いているのだ。


「彼らも無事だったか」

「よかった。この惨状だと、さすがに駄目かと思ってしまいましたよ」

「アルファの料理が食べられなくなるのは寂しいからな」


 兄弟達もまた、あの二体を魔道具と認識しているが、やはり愛着があった。心らしきものを感じ取れずとも、そこにはきっと何かがあるのだろうと。

 瀬名はかりかりと頭をかきながら、ともすれば現実逃避に走りたくなる頭を叱咤し、順番に疑問を潰してゆく。


ARK(アーク)、迷彩シールドは? この石柱、森の外縁からも丸見えだったじゃん」

《実を申しますと、あのシールドが展開できなくなっております》

「はい!? あのうそれ、とっても大事な報告じゃないかな!?」

《大事ですね。厳密には、シールド自体は展開可能なのですが、打ち消されてしまうのです。原因はこれらの石です》

「この石?」

《マスターが神殿遺跡で何者かに〝拉致〟されました際、地下にあるものをふんだんに使ったと申しますか》

「ふんだん」

《以前も申しあげましたが、この森の地下全体が天魔鋼(アダマンタイト)の鉱脈です。一部神輝鋼(オリハルコン)もあります。非常に使い勝手はよいのですが、これだけが難点ですね。現在、影響を受けずに展開する方法を模索中です》


 瀬名は「ふーん」と呟いて沈黙した。三兄弟も、額や口元を手でおさえたり、眉間をもんだりしている。

 全員の胸の内は同じだった。すなわち「これどうしよう?」である。


《最速の解決方法としましては、マスターから神々に()()()していただければよろしいかと。了承した、と約束しておられましたでしょう》

「そっ、それはっ!!」

「?」

「どういう意味だ?」

「神々に?」


 訝しげな兄弟達の声に、瀬名の背を滝汗がすべり落ちた。


《二~三の神々においでいただければ、取り急ぎこの石柱を外部から視認できないよう、隠していただくことはたやすいでしょう》


 小鳥の追撃が来た。


 違う。

 違うんだ。

 そうじゃないんだ。

 そんなはずがない。


 滝汗が勢いを増す。

 というか、やはりこの小鳥、ちゃっかりあれを見ていたらしい。


「瀬名? 何があった?」

「あはは。何があったんだろうね?」


 かいつまんで言えば、神殿から外へ通じる転移の際、わずかな間だけ妙な夢を見た気がするのだ。

 そこには神話の一ページのごとく美しい東屋があり、大勢の神々がいた。

 そのうちのひとりが、瀬名に語りかけた。

 ひとつだけ望みを叶えてくれると。


 ――ほんの出来心だったのだ。


 こういう願いごとをしたら、どんな反応をするかなと。

 どうせ、別の願いにしろと断られる。「それは駄目だ」と、嫌がられる前提での悪戯。明らかに冗談。



『この先ずっと、私の願いをすべて叶え続けて欲しい。っていうのは?』



 何故OKする?


 待て。ちょっと待て。考え直せ。結論は本当にそれでいいのか? 自分を安売りするんじゃない。もっと我が身を大事にし、「なんでもしてあげる」的な軽はずみな確約はよせ。せめて「なんてね~」ぐらい言わせろ!

 ――等々、説得を試みる間もなかった。

 瀬名の頭が神々の答えをしっかり認識する前に、元の世界に戻ってしまったのだから。


「というわけなんだ。どうしよう?」

「――瀬名」

「なんてことを」

「嘘だろう……と言いたいのに、嘘じゃないな……」


 もうこの兄弟には、いろいろ隠さずさっさと相談することに決めた。

 他人の不幸は蜜の味がするそうだが、ならば自分の不幸をせっかくだから味わってもらいたいではないか。分け合えば早く減るのだし。


「さあ、是非、私とともに悩んでくれたまえ! どうしようね?」

「瀬名……」

「瀬名~……」

「…………」


 瀬名はにっこりと曇りなき笑みを浮かべた。


 その日以降、〈黎明の森の〝鬼畜〟魔女〉の呼び名が定着した。

 噂の裏で、その呼び名を浸透させた輩の正体は謎である。

 まあ、このぐらいの仕返しは甘んじて受け止めるさ……と、魔女は遠い目で微笑んだらしい。

 そんな感じで、相変わらずのじゃれ合いをこなしつつ、日常が戻るのだった。



大変な目に遭わされたので、ちょっとした意趣返し…のつもりがまさかの即OK。ヤベどうしよう、という展開に。

本気で不幸へ引きずり込もうとしてるのではなく、あくまでじゃれ合いなので仕返しもささやかです。

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