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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
309/316

308話 足掻く者達の記憶


「びっ…………くりしたなあ、も~ッ!! 幽霊の仕業かと思っちゃったじゃんか!!」


 びびって損した!!

 瀬名がぷりぷりと叫び、一瞬にして周囲を微妙な空気が占めた。


「おま、ユーレイってな」

「何故びびる?」


 超今さら、と全員が顔に書いた。魔物がいて、邪霊すなわち悪霊の存在が普通に認識されている世界、神官騎士のウォルドが日頃から浄化しているそれを、どうして瀬名が今さら恐れるのか、皆は真面目に不思議なのだった。

 もっと恐ろしい怪物をこれでもかと相手取ってきたろうに。


(そういやそうだったね。でも違う、違うんだよ。そうじゃないんだよ……!)


 このニュアンスをどう伝えればいいものか。

 いくらホラーが得意でも、心理的な恐怖に訴えかける系のホラーは怖い。しばらくそういった娯楽の産物から遠ざかっているせいで、より新鮮な恐怖を感じてしまったかもしれない。むしろこの世界の魔物も邪霊も大概、人と見れば単純に襲いかかって来るものが大半なので、じんわり、ひっそり知的に脅かす系統が少ないのである。

 不意に視線を感じて横を見れば、そこに鏡があり、自分の姿が映っている。なーんだ鏡か、と安堵した直後、あれ待っておかしいぞ、私いま顔だけ横を向けたのに、鏡の中の私は全身こっち向いてなかった……? という展開。


(怖いじゃんか! びびらせやがって!)


 おかげで、今も心臓がばくばく鳴っている。


「…………」


 背もたれにしていた青年が、瀬名の肩をぽんぽんと叩いた。

 わかっている、大丈夫だ、と語る手の優しさは、瀬名を敗北感に突き落とした……。


「ああくっそ、もう。なんでこんな、ご丁寧にも壁画とか彫刻文字で遺すかな!?」

《木簡、巻物、魔道具の記録映像――あらゆる記録媒体を吟味し、最も長く後世へ遺す手段が、壁画や彫刻だったのです》

「……そうかい」


 八つ当たり気味で文句をつけていただけなので、あっさり返されたら少々ばつが悪い。

 そういえば昔、何千年だか何万年前だかの遺跡が発掘されたニュースで、紛失や汚損、劣化、あらゆる観点から最も長く情報を保存できる方法は、壁画や彫刻だと解説していたような気がする。あんな時代だったけれど、世界は地下に拡がっていたので、地表に出ていなかった遺跡が時々発見されたりしていたのだ。

 この周辺の壁も床もすべて神輝鋼(オリハルコン)の原石だったなら、それはもう十万年ぐらい軽く()つのだろう、きっと。


「ところでこれ、なに?」


 他人の空似にしては、特徴が似すぎていて、かなり不気味なのだが。


《それは……》




◆  ◆  ◆




【ほかに方法はない、か】

【やむを得まい】


 差し迫る危機を前に、歩み寄りと呼ぶには穏やかさの欠けた共闘が始まった。

 互いの知識と技術を惜しまず開示し、それらを昇華させ、限りなく精度の高い〝未来視〟を完成させた。

 結果は、希望の先に絶望を示唆する残酷なものとなった。およそ十万年後に猛威を振るう破壊の化身と、それに対抗する半神の勢力。双方がぶつかり、聖霊族の末裔は滅びて、再び〈混沌の神々(ディーヴァ)〉が揺り起こされる。

 その時はもう対抗できる者が存在せず、未来はそこで途切れてしまっていた。救いを求め、滅びを回避するための未来を求めたはずなのに、その未来の中で滅びの再来を告げられてしまった。

 神々や聖霊族にとって、十万という年月は短くはないが、想像の及ばぬほど遠い未来ではない。


【我らの戦い、我らの蒔いた種だ。解決を子々孫々へ押しつけて逃げるわけにゆかぬ。そのような浅ましい心根で、祖神を名乗れるものか】

【さよう。いずれにせよ、足掻かねばここで終わるのだからな】


 時は迫り、もはや未来は二つに絞られていた。

 永らえる未来と、すぐそこで途切れる未来。ならば、どちらを選ぶかは決まっている。

 肉体から離れ、この世の大いなる流れに精神(こころ)と魂を委ねた。寿命を失い、超越し、血肉を持つ者の営みから外れたのと引き替えに、さらなる高みへと昇った。

 そして新たなる神々は、いくら挑もうと限りの見えなかった怪物を、そのおぞましく恐ろしい姿と力に潜んだ本質を初めて理解し、突き付けられた。

 紛れもなく、真実、自分達の蒔いた種だったのだと。


 あるがままに生き、手を取り合い、互いを認め合う――たかがほんのそれだけを怠って、自分達は戦を選択した。地を割り、海を巻きあげ、大気を朱に染めねばならぬほど、自分達は何か大義などを持っていただろうか。

 先に仕掛けたのは聖霊族であったとしても、彼らに咎があるとは言い切れなかった。数多の種族を無断でこの地に根付かせ、のらりくらりと苦情をかわし、先住者たる彼らの危機感を煽ったのは間違いなく神々のほうだったのだから。

 それがあれを呼び寄せた。あれはそもそも、障りがなければ眠っているだけの、究極には無害な存在でしかなかったのに。

 つまらぬ自尊心、虚栄心から解き放たれた代わりに、筆舌に尽くし難い羞恥と後悔が神々を襲った。


【だからあれだけ訴えたろう。我々の話を聞け! と】


【まったくだな。返す言葉もない】

【今さらかもしれぬが……】


【ふん。もう遅い】

【我らとて、恭順の意を示し、おとなしくするという選択がなくもなかった。それを我慢できなかったのは、しょせん我らの都合でしかなかったのだから、我らにも咎がないとは言わん。ゆえに協力関係は解消せぬつもりだ】

【ただし今後も隷属はせんぞ。これは意地で言っているのではなく、良き結果をもたらさんからだ】


【わかっておる】

【未来もそのように語っている。そのほうがよかろう】


 破壊はそのまま反射される。あの怪物の手強さは、そのまま自分達の救い難さだ。

 聖霊族は世界の回復に力をそそぎ、神々はひたすら〈混沌の神々(ディーヴァ)〉を眠らせるために全霊をそそいだ。

 そうして、ひとつの大地を残し、彼らの試みは最初の成功をおさめた。

 あとは、喰い消された太陽と月を浮かべて安定させるだけ。神々と聖霊族の総力をあげてこの世の均衡を保っていたが、限界が訪れる前になんとか疑似太陽と疑似月の完成にこぎつけられた。

 それを空で安定させれば、風も波も以前の落ち着きを取り戻し、災害も格段に減るだろう。今度こそはこの世界を正しく育て――いや、違う。育み合うのだ。ともにこの世界に住む者として、見守り、道を示していこう。

 そんな時だった。


【――なんだ? この未来は】


 唐突に、新たな未来が出現した。

 それまで影も形もなかった第三の未来。


 黒髪、黒曜石の瞳。すらりとした肢体。少年に見えるが、ひょっとしたらそうではないかもしれない。情報の出揃っていない遠い未来は細部がぼやけ、顔立ちははっきりとしなかった。

 表情は乏しく、なのにどうしてか冷たい印象はない。

 飾りけのない漆黒の衣装は、どこか不穏で、謎めいた雰囲気を助長している。


 言葉もなく見入った。

 これがいったい何者なのか、誰にもわからなかったからだ。

 神々の末裔ではない。創造した生き物にも、こんなものはいない。

 もちろん聖霊族の末裔とも違う。

 この未来はどこから来た?


【何故――これが混沌の残滓を倒しているのだ?】


 悪意の大蛇も。呪いの申し子も。

 二度目の崩壊をもたらす皇子、無邪気で邪悪な妖精の化身――すべて半神をさしおいて、片っ端から始末している。危なげなく、圧倒的に。

 どんな手段(ちから)を用いたのやら、でたらめで理解できない。

 何をどうすればこんな結果になる?


【さきの未来はどうなった?】

【消えていない。相変わらずだ】

【これは何者だ? 要するにどちらへ進む?】

【待て、これは……この者が出現するほうは、聖霊族が滅びんのではないか? 大戦も起こっておらん……】

【…………】

【この者をさがせ。なんとしても】


 対象を限定した未来視は、漠然とした条件付けの未来よりも視えやすい。二つある未来のうち、これの存在する未来へ向かうにはどうすればいいか。


【されど、〈混沌の神々(ディーヴァ)〉に劣らぬ怪物を招く結果になりはしないか?】

【ありえぬ、とは断言できぬな。だが、少なくともこれが出現したほうは、その先に道が繋がっておる】


 同じ選択だ。永らえる未来と、すぐそこで途切れる未来の選択。

 黒衣の者が平らげた後の時代は(もや)に包まれている。これは滅びを示しているのではなく、この者に対し、自分達の力がそれ以上は及ばないのだ。

 手がかりと思しき光景が視えた。しかし、謎と困惑はますます深まった。

 途方もないどこかで、闇の中を白い何かが漂っていた。白いかたまりの中に大勢の生き物がおり、最後には何も残らず、小さな太陽と化して消えてしまう。少しずつ異なる道程を経て、何度繰り返しても同じ結果になった。

 あの黒衣の人影はどこにもない。しかし、奇抜な衣装を纏ったこの生き物達は、黒髪と黒い瞳の割合が多い。


【もしやこれは、〝船〟なのでは?】


 神々は、魔力や神気、聖霊、それら共通の(ことわり)を持つ、同じ星域にある別の世界からやって来た。

 この者達も、神々の知識さえ及ばぬ遥か遠くで、どこかを目指しているのでは。


【どうする】

【こちらへ向かわせる方法は】

【〝地図〟を送り込んでみるか? 否、船ならば〝海図〟か】

【どちらでもよい。敵か否か、害悪か否か、いずれ頭を悩ませる羽目になろう】

【成功したならば、であるがな】

【送り込むにしても、座標がわからぬ】

【――待て】


 赤い果実のなる樹。聖霊族の末裔と思しき幼子が二、いや、三名。


【半神とともにいた兄弟ではないか?】

【こちらに進めば三名とも生き残るか】

【歳が合わんぞ。おかしい】

【わけがわからぬ。どうなっているのだ】

【それはよい。――視線をよく見よ】


 黒衣の者は、果樹のてっぺんを眺めているようでいて、その角度が微妙にずれている。

 言わんとすることを察し、納得と困惑がひろがった。


【すべての光景を見直し、この者の視線を徹底的に調べるのだ。空の、どの方角を頻繁に見ているか】


 あてずっぽうで飛ばすより、多少なりと確率は上がるに違いない。




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