306話 目的地
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携帯食をかじり、水分を補給して、短い休憩を終えた。
先頭はノクティスウェルとグレン、身軽で素早い代表だ。最後尾はエセルディウス。その他は瀬名を中心になんとなく固まり、続きになっている広間へと入る。
「おっと」
グレンが呟いた。床の中央が崩落し、大穴があいていた。
「ん? こんなとこだったっけか?」
「おかしいですね……アーク、わたし達が飛ばされる前にいた場所、ここではないんですか? 似ているだけで違う場所なんでしょうか?」
《ここで相違ありません。あなた方が飛ばされた後にこうなりました》
「おや、そうなんですね……」
「なんだってまた」
元教主はどこへ逃げたのか。いや、もしかして――。
無言の問いが交わされ、結局、皆は口をつぐんだ。ひび割れて脆くなった箇所に重みをかけないよう、慎重に壁ぎりぎりを通っていく。
《奥の階段をおりてください》
小鳥の指示に従い、ゆるやかな階段を潜っていく。
ところどころに窓があり、息苦しさはない。階段が終わり、何かの建物をつなぐ回廊に出た。外の風景は相変わらず暗く、石柱と剥き出しの岩肌、月輝石の輝きで仄青く浮かぶ途方もない地下建造物。そっくりな景色のひたすら続く中、どこへ行っても既視感はあれど、ここを通るのは間違いなく初めてだった。
もう何年も彷徨っている気もするし、ようやく地表へ這い出られた心地でもある。ただ、道を逸れた底は永遠に続く闇であり、果ての知れない天井は同じぐらいの暗黒だった。
いつの間にか対岸へ渡っていたようで、最初に通った道と左右が逆になっている。
荷物を発見し、休憩した地点はあのあたりか。闇の底から闇の天井へ、藤の木に似た幹がぐにゃぐにゃのびている。
(……〝ジャックと豆の木〟みたいだな)
瀬名は子供向けの〝うごくえほん〟を思い出した。
紙のない時代だった。飛び出す絵本の立体映像に、人気声優の朗読が流れ、聞き惚れながら幼い瀬名は胸をときめかせていた。
『雲の上にあるお城なのに、どうして巨人が住んでるの? 神様や天使の城じゃないの?』
『金の卵、割れたら中身はどんなのかな』
『卵かけご飯はできるかな?』
殻の部分だけ黄金なのか、中身までぎっしり黄金なのか、どっちだろう。
ジャックが雲の上の巨人から盗んだ、金の卵を産む鶏。輝く黄金の重さと、鶏肉と卵の食用可否に深く思いめぐらす俗物な子供だった。
(大人になって読み返したら、大昔に書かれたお話なのに、どの時代にも通じるところがあって、感心させられたんだよね……)
ジャックより、せっかくの牛をたかが数粒の豆と交換された、母親の怒りのほうが理解できてしまった。
と思いきや、息子の持ち帰った出どころ不明の大金に大喜びする手の平返しに、調子がいいなあと呆れつつ、世の中には実際こんな親いるなと思ってしまったり。
金銀財宝を盗まれたあげく退治された雲の上の巨人より、巨人から盗んだ宝物で幸せに暮らす親子の凶悪さが際立っていたり。
ジャックを見逃してあげた巨人の妻は、その後どんな人生を送ったのだろう。財産を奪われた未亡人がどうなったのか、どんなに調べても皆目わからず、安否が気にかかって仕方なかった。
せっせとのぼるジャック少年の姿をつい探していると、ねじれた大きな〝豆の木〟に、鈴生りになっている人型の実を発見した。
寒々しい光に輪郭がぼやけ、水底の彫像と見紛う不気味なそれらは、眠らせて置いて来たはずの元教主のお仲間達に違いなかった。
あの木は本来あそこには生えていなかったのに、急激に成長し、彼らはそれに巻き込まれてしまったのだと知れる。
「――ARKさんや?」
《私ではありません。元教主が禁呪を発動した際、腹の中の〝種〟に与える贄にしておりました。自分の生命力を一切損なわず、あれらの生命力を消費したのです》
「マジか」
「最低だな、あのやろー!」
「うむ」
そうして、生意気な異教徒の若造どもを、地獄の間近まで飛ばすつもりだった。自力では這い上がれない深みまで。
横槍が入ったおかげで皆は助かったわけだが、その後がいただけない。割り込んだ連中が変に試そうとせず、素直にそのまま帰してくれていれば、一番シンプルで平和だったのに。
再び階段を下り、段差を下りて、底に到着した。美しいままに保存された石畳の広場だ。ここまでが人の世の最深層であり、ここから下はもう進んではいけなかった。
「うっほう! こいつぁ見事だのー、石畳も石柱もぜんぶ神輝鋼の原石を削り出しとるぞぃ!」
「これすべてが、か?」
「すげー、こんだけあったら、俺の剣が何本できるんだろ? キレイだなー、不気味だけどさ」
「そうですねぇ」
「すげぇよなぁ。すげぇんだけどよ。いまいち、あんまビックリしねえのは何でだろうな」
全員の視線が瀬名と小鳥に集中した。
「……何かね、キミ達? 言いたいことがあるならば遠慮なく言いたまえ」
《遠慮なく仰ってください。別に解剖も分解もしませんので》
「って、なんで俺のほう見て言うんだよおぉ!?」
皆はさりげなく視線をそらした。
青い小鳥と主への対応は、勇敢な勇者の少年に任せておこう。
(だって、なあ)
(普通は足のすくむ光景なのだろうがな……)
(天魔鋼を気楽に普段使いにしてる人が身近にいますとねえ)
(驚きも半減するというか、な……)
少年の恨みがましい眼差しを黙殺し、器用に視線だけで会話をしながら、一行は平気な足取りで神輝鋼の床をすたすた歩く。
行く手に、もっさり垂れ下がった緑のかたまりがあった。
あの〝豆の木〟だ。実は天地が逆転して生えていたらしい。
枝葉の中に、やはり苦悶の形相で同化し、こときれている人影があった。腹を中心に突き破られ、そこから全身に枝葉が絡みつき、血の気がないせいか、どこか作り物めいている。
元教主だ。身体に引っかかっている服の残骸でわかった。
「……ARKさんや?」
《はい》
「…………」
《…………》
「いや、『はい』じゃなく」
――いや、『はい』でいいのか。
すべてを込めた『はい』。多くを語る必要はない。
「……暴発して、一気に成長した〝種〟に呑み込まれちゃった感じかな」
《結果としてはその通りです。栄養が足りず、実をつけるには至っておりません。一日も経たず枯れるでしょう》
「そっか。それはよかった……ほんとに」
《もっと深くへ堕としたかったのですが、力及ばず》
最後の残念そうな補足は要らなかった。皆は全力で聞かなかったふりをした。
目的地はまだ先にある。人が体内にとりこめば、生命力を代償に大きな力を発揮させ、時に怪物化させる危険な〝種〟の源、もしくは保管場所を探しに来たのだ。忘れたフリでもう帰っちゃおうよ感が漂い始めたが、こんなところまで踏み入っておいて、ふりだしに戻るのも悔しい。
無力化が可能そうであれば回収、無理なら破壊する。それが目的で訪れた。
そしてここまでの道程で、誰もが悟っていた。――回収は不可能だと。
おそらく見つけても、どうにかして始末する方向になる。第一に、あんなものを自分の鞄に入れて持ち帰りたい者はいない。
そうなると、あらためて根本的な疑問が湧いた。
どうやら太古の偉大なる管理者が健在なのに、魔物の岩喰いを放置し、邪教の信徒をのさばらせている意図がわからない。
《あの岩喰いはもともと、守護者として飼われている個体です。表層で侵入者を防ぐのが役目であり、この地下までは下りてきません。邪神教団に関しては、本来この神殿の守護者であったのが、長い年月を経て歪み、変形してしまったものです》
太古の知識と〝使用権限〟を中途半端に継承してきたがために、いつしかそれを〝権利〟とはき違えてしまった。
偉大なる存在から〝権利〟を与えられ、力もあるのに、それを自由に振るえない。自分達は選ばれし者なのに、相応しい厚遇と称賛を得られない。そんな鬱屈を長年ため込み、増長していった末路があれ。
《自分達が何に仕えていたのかさえ、すっかり忘れ果てている有様ですが、ここを根城にしている限り、勝手に侵入者を防ごうとします。加えて、今まではさほど大それた真似はしませんでした。今までは、ですが》
すらすら説明するこの小鳥が、どんな手段で、どこまでを把握してのけたのか、想像するだに恐ろしいものがあった。開錠には呪文を必要とする扉も、小鳥の前ではすんなり開いてしまう。
転移の魔導式を設置した小部屋があり、遠大な距離を一瞬でごっそりショートカット。小鳥の表示したマップでは、目的地がもう目と鼻の先になっていた。
「ラゴルスの野郎はここを知ってたんか?」
《いいえ、あの男の通過履歴は存在しません。近代の使用者は、あの元教主のみです。徐々に知識を継承し、とうに代替わりをしていなければならない年齢になっても、元教主が後継者の選定と教育に着手する様子はまったく見受けられなかったようです。例の〝種〟は代々の教主が外部へ運び出し、その本来の用途は正しく神敵への――世に混沌を招くものへの、命を賭した切り札だったようですね。それが忘却の彼方になり、いろいろ曲解されてきたので、いい加減に矯正の手を入れる必要があるか、と最近になって検討し始めた矢先だったのだとか》
「今頃になって検討かよ? 邪神教団になっちまったのは、もう随分前からだったんじゃねえか?」
《あやしくなってきたのは千年ほど前、ほぼ確定になったのは、コル・カ・ドゥエル山脈国の滅亡にひと口噛んだあたりから、だそうです》
「どんだけ大昔だよ!?」
「ARKさんよ……それ、最近って言わない。断じて最近じゃない」
《ですから、私の発言ではありません。こちらにお住いの皆様による記録とご意見です。寿命をお持ちでない方々の思考スパンは、無駄に長くていけません》
ふうやれやれ、と言いたげな小鳥の台詞に、全員脱力しそうになった。
だが、目的地に繋がる扉をくぐり、力を抜いている場合ではなくなった。
「うっ」
「げっ……!!」
「……!」
どこまであるかも不明な、広大な円形広場――地下にひろがるドーム。
扉の先は露台になっていたのだが、果てが霞むほどの広場は、見渡す限りの花畑になっていた。
身体が硬直しそうになるのは、単にその花畑が不気味だったからではない。
「あのう、これ、【イグニフェル】に似てるような……?」
《はい》
「いや、『はい』じゃなく!」
《これらは妖花【イグニフェル】の原種です》
妖花【イグニフェル】――以前ドーミアで暴れてくれた、世界最大級の魔性植物だ。
あれは幼体だったけれど、身の丈数メートルに及び、周囲の建築物を破壊するほど凶暴だった。
比較すれば、この原種は小さい。それでも根もとから花弁までの高さは、人の大人程度はありそうだ。
「まさか、まさかあの〝種〟って」
《これの〝種〟です》
嘘だろう、勘弁してくれ……!!
声なき悲鳴が聴こえる。下手に騒いで刺激したら動き出すかもしれないので、表向きは皆静かだ。
《生育の環境が地上とは異なり、有毒物質は放ちませんし、攻撃しなければ動くこともありません。地上で育ったものは〝種〟が地中深く埋まるよう巨大化していますが、これらはその必要がなく、開花もおよそ十年に一度です》
ARK氏は一斉に襲いかかってくる懸念については否定したが、皆の憂いを晴らすには至らなかった。
本当に安心していいのか?
小鳥の嘴に騙されていないか?
日頃の信頼関係が試される光景であった。
(つまり攻撃したら動くってことだよねARKさん!? これをどうやって始末しろと!?)
幸いにも〝種〟の季節ではない。本当に幸いかどうかはまったく不明だが、これだけの花の後にできる〝種〟の数を想像したら、頭が思考を放棄したくなるレベルだ。
「えー……これ、どうすんだよー?」
「ううむ……地上で育てたり、身体に入れたりせんかったら変異せんのよな?」
「そーだろーけど」
「知らんぷい、でも良いんじゃなかろか?」
「何言ってやがんだ爺さん! だからって放っといたら、また同じこと起こるんじゃねーの?」
「教団、なくなったじゃろ? 継承者もおらんっちぅ話だしの」
「あ。そ、そうか。そーだな? もうここを知ってる奴が俺ら以外、誰もいないんだったら……俺らさえ黙っとけば……」
「……甘いですよ、お二人さん。神託っていう裏わざの存在を忘れてませんか?」
微笑みつつ毒を吐くノクティスウェルの指摘に、アスファ少年は「うっ!」と詰まり、バルテスローグは「やっぱ駄目かいの……」と残念そうだ。
神殿の管理者達が、いつか再び守護者の必要性を感じ、誰かに神託を下さないとも限らない。
「えぇ~、じゃあ、どうし…………ん?」
アスファ少年が不意に首を傾げ、己の神剣に目をやった。
「え? なんだって?」
「どうした?」
「あ、いや、なんか、ここの連中がさ……『これらはすべて、当方で責任持って処分すると約束するから、セナ=トーヤにあちらへおいで願うよう伝えてくれ』って、お願いしてきてるみてー」
いつも来てくださる方には、間が開いて申し訳ありません。読みにきてくださってありがとうございます。
昔話はツッコミどころの多い話がありますね。ジャックと豆の木、怪物の奥さんがどうしてジャックを見逃してくれたのか、その後どうなったのか謎です。
 




