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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
306/316

305話 小鳥による答え合わせ

ご来訪ありがとうございます。


《助かる方法を未来の中に求めたのです》


 昔々の大昔、天からこの地に神々が降り立った。

 神々は自分達によく似た姿形の〝人族〟を創り、忠実で役に立つ労働力としたが、あまりに脆弱だったため、力の一部を貸し与えてやれるようにした。

 それが神聖魔術だ。創造主に忠実であり、禁を犯さず、真摯な祈りを捧げる者でなければならない等の制約はあれど、人としてやってはならないことさえ弁えていればだいたい問題がなく、何らデメリットのないものだった。

 その他もさまざまな種族を創造し、大切にこの地を育て、順調に理想を形にしていった。


 その上でひとつ問題があった。

 聖霊族だ。

 森羅万象に満ちる力を〝聖霊〟と崇め、自らを眷属である〝聖霊族〟と称し、〝魔力〟と呼ばれる力を自在に操る種族。

 はじめからこの地に住んでいた彼らにとって、後から来たくせに支配者然として振る舞う神々など、当然ながら相容れはしない。


《当時の神々はおおらかで寛容でしたが、低姿勢であることをよしとしませんでした。言ってしまえば自分達が君臨する側である前提での、力ある者の余裕だったのです》


 衝突が起こった。

 強力な神器を操り、凄まじい神気を振るう神々と、神器ほどではないが強力な武具を扱い、神々に迫るほどの魔力を誇る聖霊族と。

 力と知識は前者のほうが上だったが、数の多さと地の利で後者が上回り、結果、両者は拮抗していた。

 決着のつかぬまま世の支配権をめぐる戦いは長期化し、そして唐突に幕切れを迎えた。

 恐るべき、異形の神の降臨によって。


《混沌の神、呑み尽くすもの――そういう存在だそうです。世界中を巻き込む規模の大戦、大気を朱く染めぬくほどの殺戮行為、大地や海の破壊などを間断なく続けていると、すべてを丸呑みにするために現われる。以前神々のいた世界は、これによってとどめを刺されたようです。脱出した先の新天地で同じ愚行を繰り返したわけですから、懲りない馬鹿としか言いようがありませんが、それについてはここの神々も『慙愧の念に堪えない』とのことでした》


 どうしようもないほど追い詰められ、初めて両者は手を組むに至った。そもそも最初からそうしておけばよかった。あえてどちらに非が傾くかを言えば、それは間違いなく引っ越してきた側にあった。

 余所の土地を勝手に新天地と呼び、好き放題にやり過ぎた。森を切り拓いて都市を建設し、砂漠を森に変え、本来その地に存在しなかった大量の種を創りだし、育て、住まわせた。やがてそれらは繁殖し、各地に集落を作った。そういうことを、先住の種族に許可なく、一切の相談もなくやった。先住者の都合をまるで斟酌しなかったのだ。

 森や大地や海を汚さず、美しいままに保ちながら、理想的に調和のとれた世界を築いているのだから、文句をつけられるいわれはないはずだが……と、当時の神々は重く受け止めていなかった。


『神経質で細かい、保守的で心の広さが足りない連中だな。そんなに排他的にならず、鷹揚に構えればよかろうに』


 そんなふうにさえ思っていた。


 驕りだった。かつて彼らの故郷を慢心によってなくし、自戒していたつもりだったのに、間違えてしまった。

 自分達の理想だけを追い求め続け、相手の警戒心を煽りながら、それを放置してきてしまった。

 もしそんな輩が手に負えない勢力と化した日、もし両者の理想が一致しなければ、何をされるかわかったものではない。先住者達がそう危惧するのも、無理からぬことだったのに。


 支配権など、奪い合うのではなかった。

 気付いた時には、大抵もう取り返しがつかない。


 神々と聖霊族の力を合わせても、異形の神の生み出す眷属を退けるだけで精一杯だった。

 じりじりと着実に住める場所が減り、二度目の滅びが迫るのを感じながら、彼らは模索し続けた。

 救いを掴むための、ありとあらゆる方法を。


「まさか、それで、未来を?」

《そうです。遥か未来を予知し、()()()()()()()()()()()()()を知ろうとしたわけですね》

「それ、未来がもし、全部滅びてたら、無意味なんじゃ?」

《ええ。ですから〝助かる未来〟と条件をつけ、絞り込みを行ったのですよ》

「わからん」


 未来は遠ざかるほど無数の道に分かれるが、途中で崩れたり埋もれたりしている道もある。

 そういう未来も含めて片っ端から予知を行い、無事に道が開通している未来を検索したと、そういうことのようだ。

 瀬名は疲労感が増すのを覚え、目の前でぴこぴこ揺れる耳をいじって気を紛らわせようとした。口をひらくのが億劫な話題だった。


《助かる未来がなければ無いで、予定どおり絶望するだけです》

「それ、予定にしちゃいけないやつ」


 つまるところ未来視とは、非常に精度の高い未来予測なのか?

 しかし、未来の状況を()て、その未来から過去の解決策を推しはかるとなれば、やはり単純な予測とは違うものだろうか。


(……だめだ、頭がまわらん。こんがらがってきた)


 気分が悪いので、長耳をもみもみ。


「おい。おめー、なにやってんだ」

「だってここに耳があるから」


 もみもみされている当人は無言だった。彼が声を発したら、瀬名が我に返ってしまうかもしれないので。

 弟二人が上機嫌な兄を羨ましそうに見つめ、それ以外の面々には生温い空気が漂った。





 ようやく道が終わり、突き当たりの壁に扉の形をした魔導式が描かれていた。


《あれに触れてください。マスターはそのままでも結構です》


 言われた通り、全員が術式に触れていく。

 シェルローヴェンの手がそれに触れるや否や、瀬名の視界は白く染まり、一瞬にして見覚えのある場所に出ていた。


「あっ、俺の荷物!」

「おっ、マジか」


 瀬名の荷物もあった。瀬名はちょっとヤバイ人のように「くすり、くすり、おくすり」と強請り、エセルディウスが反応の鈍い長兄に代わって荷物をさぐる。


「あった。ほら」


 どこかチッ、という気配の漂う長兄がそれを受け取り、小瓶の蓋をあけて瀬名の口もとにつけた。傾けた瓶から即効性のある液薬の苦みが舌を流れ、喉をおりてゆく。

 効果は劇的だった。気怠さと寒けが徐々に去り、白っぽかった唇にじんわり赤みが差した。感覚のあやしかった指先にもはっきり意思が伝わり、握ってひらいてを何度か繰り返して、瀬名は「健康って素晴らしい!」と歓喜に涙を滲ませた。


「うわ、私の薬すごいな!? なんか初めて凄さを実感した気がする!!」

「そうだな……」


 回復薬の調合に、血液を回復させる効能も入れておいて心底よかった。


「あ。というわけでシェルローさん、非常に、まことに、ご面倒おかけしました。重かったでしょ? もうおろしてくださっても大丈夫ですよ?」

「重くはない。このままでいいぞ?」

「いやよくない! というかおろしてください! お願いします!」


 感覚が戻ってきたせいで、自分の腰や太腿あたりを支える腕の感触まで、リアルに思い知ってしまった。

 この男、密着するとよくわかるが、着痩せ体型がやばい。硬い身体の筋肉やら胸板やらぬくもりやら、いろいろとやばい。どうしてこれに平気で密着できていたのか、数分前までの己の精神状態がさっぱり理解できない。

 おろしてくれなきゃ暴れるぞ! と瀬名は強い意思を視線に込めた。太古の神々の歴史より、こちらのほうがより危機感を覚える大事件なのであった。


「仕方ないな」


 ようやく渋々、ゆっくり地面に復帰させてくれた。


(いやキミ、言葉の使い方が逆だろう。それは重い物を持たされた時にこそ発するべき台詞ではないかね? この重量から解放させてあげたのに、何ゆえ文句を言われねばならないのだ。不条理だ!)


 無駄に高速回転する思考能力も復活して、瀬名は不意に、ウォルドとアスファの反応が心配になった。


「二人とも、大丈夫?」

「ん? 何がだ?」

「へ?」


 きょとんという反応だった。無理をしている様子ではない。

 実際、二人とも案外平気だった――というより、いちいち驚く段階はもう過ぎてしまったようで、聞けばほかの面々も似たり寄ったりらしい。

 荷物も手もとに戻ったので、一時その場で休憩となる。補給した水分が全身に染み渡り、そこここで溜め息が漏れた。

 ほっと落ち着いた頃、小鳥の話が再会する。


《ひとまず、未来視に関してはそういうものだと思っておいてください。ここから話は少々複雑になりますので》

「それはいいけどよ。あんなにくっきり()えるもんなのか? ……十万年以上、だっけか?」

《当初は、もっとぼんやりして曖昧な幻だったようです。もう〝その時〟が来ているために不確定要素が消え、あなたがた本人の情報が追加され、より鮮明さを増したのです》


 以前は、生まれてもいない彼らの情報がなかったために、もっと現実との区別をつけやすい、いかにも夢といった内容だったらしい。

 小鳥はアスファ少年の姿を本人の前に映しだした。アスファが頬を引きつらせたのは一瞬で、すぐに自分の姿を興味津々で眺め始めた。あの〝勇者アスファ〟は、あまりじっくり眺めたいものではなかった。


《これが、アスファそのままの映像です。そして……》


 次に、細部の荒い少年の姿を映した。不足しているデータが多く、ぼやけて曖昧、顔立ちもはっきりとしない。ただ、なんとなく「アスファかな?」と推測できる。


《結論として、神々はおよそ十万年ほど先の未来において、滅びずに済んでいる未来を確認できました。もとの世界で、混沌の神との攻防が数万年続いた挙句に滅びた経緯があり、可能な限り遠くまで()ようとしたのです。ある意味それは成功しました。彼らは、さしあたっての滅亡回避策を見いだせたのです》


 まともにぶつかって勝ち目のある敵ではなかった。

 血と生身の肉体を捨て、この世界の〝力〟そのものに同化し、混沌の神の特徴をより深く理解する。それは聖霊族の助力があれば成し遂げられるだろう。この神殿に存在する神々も、もとはそうして生命の営みを手放した存在だった。


《その未来というのが、アスファ達の目にした幻です。厄災種と呼ばれる、異様に強力な魔物がいるでしょう? あれらは混沌の神々の末裔、眷属、残滓といったものなのですよ。【魔王】はその中でもひときわ強力な個体で、ごくまれにしか生まれませんが、自分以外の魔物を従えて強化させるほど危険な存在となります。それに対処するために、神々の一部が人族の中に血を遺した。ゆえに半神、勇者とは、すなわち〝【魔王】を倒す者〟なのです》

「えぇ~……俺が~?」

「だがセナは、半神ではないだろう?」

《ええ、マスターは違いますよ》


 ウォルドの問いに、小鳥は《それについては後ほど》と答えた。


《ところが、その未来に重大な欠点が判明しました。さまざまな【魔王】が出現し、そのたびにその時代ごとの勇者は大きな犠牲を出しながら討伐に成功してきたのですが、()()()()()()()()()()()()()()の時代以降、その先の未来がなかったのです》

「えっ? そ、それってどーゆー意味だよ?」

《勇者アスファによる魔王討伐の直後、世界が崩壊したのですよ》

「――はぁああぁッ!?」


 アスファ少年は素っ頓狂な声をあげた。


「せっかく魔王倒せたのに、結局滅びちまったの!? あんなすげー戦いまくって、みんな死んじまったのに!? ええ~、そんなんアリかよ? なんで……?」


 瀬名とシェルローヴェンは彼らの()た幻の内容を知らず、眉をひそめた。

 アスファによる討伐、みんな死んだ……いったい、どういう展開だったのやら。


「あれだと、そうなるだろうな」

「あれですからねぇ」


 アスファと違い、納得の面持ちのエセルディウスとノクティスウェルが言う。

 バルテスローグもヒゲをいじりながら、ふむふむと頷いていた。


「なんちぅか、倒したは倒したけども、そこまでの被害が大き過ぎたんだわいな?」

《端的に言えばそうです》

「ああ、なるほどなあ。あれはそういう流れだったんか」

「……うむ。そうだろうな」

「え、それってその、つまり?」


 辺境ではない、ごく平凡な農村で生まれ育ったアスファ少年は、諸悪の根源を倒せば世界に平和が訪れ、めでたしめでたしとなる一般的なおとぎ話や英雄譚のほうに馴染みが深い。

 デマルシェリエをホームとしてから、辺境の魔女の変わったおとぎ話を知り、瀬名の教育方針で国の歴史にも少し触れたりしたが、素朴な村の少年だった年月のほうが長いのだ。

 なにごとも「そう上手くはいかないよな~」と、良くいえば慎重、悪くいえば厭世的な思考や判断力が身につきはしたけれど、やはりこの面子の中では知識も経験も足りていないのである。


 ちゃんとそれを自覚して学ぼうとする若者の姿勢が、あの〝勇者〟を目にした今、すれた大人達には余計に眩しく好ましいのだが。

 幻の中では冷淡極まりなかったエセルディウスとノクティスウェルも、このアスファ少年にはつい優しくなる。


「幻の最後に、ウェルランディアが枯れていただろう。あれは、そういうことだ」

「そういうことですよね。――叡智の森ウェルランディアは、精霊族(エルフ)最大の都。あそこが枯れ落ちるとなれば、ほかの(さと)も推して知るべし、でしょう」


 エセルディウスがどこか穏やかな口調で言い、ノクティスウェルが同意した。


《そうです。精霊族(エルフ)の森が、ことごとく枯れてしまう。それはこの世界にとって、かつて神々と聖霊族が世界の均衡を崩さんばかりに大戦を繰り広げていた、それに匹敵する大事なのです》


 そして、その時代に追って来た、あれ。

 忌まわしき混沌の神。

 今は眠るそれの目覚めが促され、なすすべもなく崩壊してしまったのだ。


 


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