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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
303/316

302話 目覚め、そして友からの袋叩き

ご来訪ありがとうございます。


 どんどん身体が重くなる。かたくなる。

 もう動けない。このまま沈んで行く……。


【何をしている!! 馬鹿かあなたは!?】




◆  ◆  ◆




「も、戻った……!」


 唐突に少年のリアルな声が鼓膜を打った。

 耳栓がすぽんと取り除かれた直後のように、耳孔から脳髄まで、嫌にすっきりとした感覚が通り抜ける。


(…………?)


 瞼の裏側に光を感じた。目の辺りに少し力を入れれば、抵抗も違和感もなく、実感を伴ってひらく感覚があった。

 最初の声以降はシンと静まり返り、先ほどまで急激に冷えていた身体には、染み渡るようなぬくもりが満ちている。

 額や頬が、何かあたたかいものに――誰かの肩に押しつけられていた。


「――え!? な、これ、どういう……?」


 瀬名は顔を上げかけて失敗した。頭がぐらりと揺れ、全身が妙に硬直している。

 視線だけをめぐらせ、何とか状況を確認すると、目を疑う光景に囲まれていた。


「よかった! 本当に戻りましたね!」

「……ふー」

「はあ~……」

「え、ちょ、これ……なんで……」


 全員が瀬名を中心に集まり、肩で息をついていた。呑気ともとれる第一声に緊張がとけたのか、がっくりと座り込んでいる者もいる。


(……やば? なんか、おおごとに……?)


 そして急激に戻る記憶。瀬名は軽く悲鳴をあげそうになった。

 ――自分が袋叩きにされる未来が見えて。


「っあ~、つっかれたぜぇ、まったくよう!」

「ほんまだの~。ワシ帰ったら一族郎党連れて、イシドールとドーミアの酒蔵ぜんぶ空にしたるわ~」

「いいなそれ付き合うぜ。ところで真ん中にいるそこのボケーっとしたおまえさん、状況わかってっか?」

「…………きょとーん?」

「よぉ~っし、じゃあ親切な俺様が丁寧に教えてやろう。ありがたく聞きやがれ。つまりだなぁ」


 疲労困憊と全身で主張しながら、グレンがことさらにトゲトゲしく説明を始めた。


「ウォルドが俺らに防御結界を張りつつ、ザックザクのグチョグチョの血まみれんなってるおまえさんの腕に、最大威力の治癒魔術をかけ続けたわけだ。ここまではわかるな?」

「…………」


 凄く痛そうです、と思った。

 だがそれを馬鹿正直に口にしたが最後、もっと激痛感あふれる表現を繰り出されるのが目に見えているので、瀬名は沈黙を保ちつつ神妙に頷いた。


「でもって、俺とローグ爺さんはとにかく(いばら)を斬って斬って斬り払いまくって、ちょうど拓けたとこに三兄弟が突入したわけだ」


 (いばら)の噴き出し口に手をかざしている瀬名を三人がかりで引き離そうと試みるも、全身の至るところに絡みついてくるので上手くいかず。

 グレンの視線を受け、弟二人が続きを引き取った。


「わたしとエセル兄様で、瀬名にくっついた(いばら)を片っ端から剥がしていったんですけど、どうにも焼け石に水でして。既に皮膚へ食い込んだやつなんか、ウォルド殿の防御結界でも防げないみたいでしたし」

「そうしている間にも、瀬名の生命力がどんどん削られて行ってしまう。だから、兄上が最終手段に出た結果がそれだ」

「…………」


 瀬名は膝を突いた姿勢で、長兄に抱きしめられていた。

 紛れもなく、身体を張って守ってもらった構図である。

 結界が意味をなさないほどの〝攻撃〟をもろに受けた瀬名と違い、ほかの者達にはまだ結界の恩恵が残っていた。

 だからといって、己が身ををたやすく防波堤にできるものでもない。


(う、あ、お、お、ぉ……)


 ちょっと前にも練習したし、もう慣れたよばっちりさ? ――いや、無理だ。瀬名は虚勢を張りかけてあっさり断念した。

 いい具合に(いばら)が二人まとめてグルグルに絡みついており、人前で恥ずかしいじゃないかこのエロ(いばら)がと悶えるべきか、真面目に痛そうゴメンと謝るべきか、五体投地で感謝を述べるべきか――。


「あれ? 色……」

「白いな」


 頭上から低い声が降ってきて、反射的に肩が震えそうになった。

 平素と変わらず、穏やかそのもの。いつも通りの声音からは、まったく内心が窺えない。呆れているのか怒っているのか、疲れ果ててそれどころではないのか。


 漆黒だったはずの有刺鉄線は完全に動きを止め、その色は雪のように真っ白に変わっていた。

 こうなると、本当に白い(いばら)にしか見えなくなる。敵を排除する禍々しさよりも、聖域で何かを守護するイメージのほうが強い。

 こんな状況なのに、精霊族(エルフ)と白い(いばら)のセットは思いのほか似合うなあ、と見惚れてしまった。


「……! ちょ、あんた、身体あちこち、貫通して……」

「そうだな」

「そ、だなって……」

()()が暴れなくなったせいか、ウォルドの治癒の効果が急に高くなった。傷口を広げて増やすものがなくなり、回復のほうが勝っているからだろう、今は痛みもない。そちらはどうだ?」

「……そういや、全然傷まない……」


 気怠さと全身の重さは相変わらずだが。

 何気なく己の腕に目をやり、ぞっと肌が粟立った。

 支えてくれている青年以上に、瀬名の腕を中心として全身から生え、絡みつく無数の鉄線。食い込んだ棘――。


「いやぁ、痛みが引いて良かったですね! 本当に痛そうです! なんたって、骨だけになるぐらい肉が抉り取られてましたもん。ねえ、エセル兄様?」

「うむ、心底痛そうだったな。瀬名の腕から肩近くまでガリガリぞりぞりと、骨から肉をこそげ落とす勢いでこう」

「ひいッ!? 痛い痛い!? 待っ、表現っ! 表現っ!」

「おや、事実を口にしているだけですよ? さあもっとよく見ましょうねご自身の行動の結果を。出血は完全に止まっていますし、もうすぐ皮膚も完全回復しそうですが、ほんの少し前までは凄まじい惨状だったんですよ? それ、わたし達は全部しっかり見ていたんですからね!」

「ノクトの言う通りだな。瀬名はもっとしっかり、目を皿のようにして己の身体の現状を思い知るべきだ。そして二度とやるな。ついでに一ヶ月、好物とデザートは禁止だ!」

「――!?」


 弟二人の剣幕に愕然とする瀬名の耳へ、「半年ぐらいに設定しとけよ甘ぇな」「禁酒も加えるとよいぞ~」「うむ」などと追い打ちが次々と入ってくる。彼らは瀬名へ最大のダメージを与える方法を熟知しているのだ。

 そして最も怒りをくすぶらせていそうな男は――。


「おまえ達、そのぐらいにしておいてやれ……」

「兄上?」

「どうなさったんです?」

「!?」


 有り得ない台詞を聞き、瀬名はついシェルローヴェンの顔を凝視してしまった。

 そこにあるのは恐れたものではなく、普段通りの、至極冷静で寛容な青年の表情だった。

 だからむしろ、内面がまったく、欠片も読めなくて恐ろしい。


「ええーと……お怒り、ですよ、ね?」

「いいや?」

「嘘だ」

「え、嘘ですよね?」

「兄上が? 嘘だろう?」

「ほらあ!」

「おまえ達な……」


 シェルローヴェンは弟二人に半眼を向け、溜め息をついた。

 そして瀬名に向き直り、爆弾を投下する。


「怒りが湧く以前の問題だ。さっさと行ってしまうから、追うのが大変だったぞ? おまけに無抵抗で()()と沈んでいきそうになるし、振り返る様子もなかったから、首根っこをつかんで引きずり出したのだ。……まあ、そうだな。一周回って怒りも失せた」





 要するに、臨界点を突破なされたらしい。

 瀬名は粛々とお言葉を受け止め、無様な弁解を己に禁じ、沈黙を保った。

 いかようにもお怒りを受け止めます、とは、怖くて言えなかった。


「沈む?」

「首根っこって、何の話だ?」


 ほかの連中の反応からも、どうやらあれを目撃していたのはこの男だけだったようだ。エセルディウスやノクティスウェルも、瀬名が一時どこかに〝飛んで〟いるのを漠然と感じ取っていたようだが、細部を知っているわけではないらしい。


 そもそもあれは夢ではなかったのか。途中から足もとがふわふわして、夢と思いかけていたのに。

 つまり自分が相当まずい状態にあったのだと瀬名は悟り、おもむろに増した現実感に今さらながら背筋が寒くなる。


 思い返せば確かに、無理・無茶・無謀な行動だった。もう一度やれと言われたら全力で逃亡をはかる。どうしてあんな真似を実行に移せたのか、瀬名自身が自分に突っ込みたいぐらいだった。

 なら、ほかに良い案があったのかと自問すれば、ないとしか言えない。


(だってさぁ……()()()()()()()()()()()()()()()()


 ()()()()()は、多分そこのところがよくわかっていない。

 あのまま、もしのんびり瀬名の身体だけを小鳥の前に運ばれていたら――多分、この友人達は全員、間に合わなかった。


 すると、前触れもなく(いばら)がぽろぽろと崩れ始めた。

 崩れているのは瀬名とシェルローヴェンを貫くものだけのようで、燃え尽きた灰のごとく飛散して消えていった。


「わっ……」


 血を失い過ぎたせいか、めまいに襲われて身体が傾いだ。もちろん、しっかり抱き止められている現状、地面へ激突するはずもない。

 むしろ出血量からすれば、生きているのが不思議なほどなのだ。身体を張ってダメージを軽減させてくれた青年と、治癒の魔術をかけ続けてくれた神官騎士のおかげで、めまい程度で済んでいる。

 いや、彼らだけでなく、グレン達だって瀬名を罵倒するだけの権利が充分にあった。


 未だ消えない全身の怠さは、回復途上にあるからだったようだ。瀬名は視界の中にある青年の服に、間違いなく(いばら)の突き通った穴と、うっすら色のついた皮膚を見た。

 謝罪も感謝も、この男は喜びそうにないと思った。


(この地面……木?)


 くらくら揺れる視界に映る、地面と思っていたものは、横倒しになってひび割れた枯れ木だった。

 それには白い(いばら)がたっぷりと絡んだままで、知らずにこれだけを見れば、いっそ絵になりそうな雰囲気を醸し出している。


(うん、あの気色悪い肉塊より、こっちのがマシかな)


 霞んだ頭の片隅で、最初に聞いた少年の声を不意に思い出した。

 何故かずっと黙ったきりで、つい失念していたけれど……。


「……アスファ?」

「っ? な、何だ?」

「いや、なんか……おとなしいな、と……」

「そういやそーだな。どうしたんだ? 遠慮せずおまえもセナにガツンと言ってやれよ?」


 いや、ガツンはもういいですやめてあげて――瀬名はアスファの声の方角へ視線を向け、後悔した。

 そこに浮かんでいる表情を見る前に、お手柔らかにしてあげなさいと、先に頼んでおくべきだった。


「だって……もう、()()()()()()つもりなんかなって……だから……よかった……」


 今にも泣き出しそうな、ほっとした表情を見てしまえば、もう何も言えやしない。

 罵倒されるよりも痛い。こちらのほうが胸にくる。

 そして何よりも、油断ならない要素が含まれているのだが。


「侮れんな、おまえ」


 何故か瀬名の言いたい台詞がシェルローヴェンの口から出た。


「へっ? 何が?」

「いろいろ変わった能力(ちから)が発現しているな。わたしにも使ったろう? 洗いざらい吐け」

「ヒッ!? なんで尋問!? 俺シェルローさんになんもしてないよ!?」


 やめてあげて、と瀬名は思ったが、口が動かなかった。めまいのせいである。君子危うきに近寄らずという言葉が頭をよぎったからではない。


「変わった能力(ちから)かもしれんが、凄まじい高位魔術を使ったな」


 助け船を出したのはウォルドだ。


「高位魔術?」

「ああ、俺やゼルシカでも使えん。シェルロー殿達は知っているか? 生命維持の最高位の神聖魔術で、【魂魄連結】というんだが」

「【魂魄連結】――」


 なんだか凄そうなのが出てきたぞ。瀬名の耳がダンボになった。


「えぇっ、アスファそんなの習得してたんですか!? 凄いじゃないですか!」

「んだそりゃあ? 生命維持って、回復よりもスゲえのか?」

「神殿の基準ではどうか知りませんが、わたし達の基準では回復より上位の位置付けですね。単純に破壊したり治したりするだけの術よりも、損なわず維持するほうが難しいんですよ」

「へえ~」

「ノクト殿の言う通りだな。神殿でも難易度が高いのはこちらだとされているが、扱える者が滅多にいないため、あまり知られていない。なんといっても、かけた片方が生存していれば、もう片方がどれほど死に瀕していようが死なんという反則級の術だからな」


 つまり、どれだけクリティカルヒットを食らおうが、ライフポイントが必ず1だけ残るようなものだろうか。生きてさえいれば回復しようもある。


「もしかして、セナの腕がちゃんと治ってんのもソレか?」

「その通りだ。俺の治癒魔術だけでは、本来これほどの怪我は治しきれなかった。血もひどく流れたし、回復させる速さより肉体の損なわれる速度のほうが明らかに上回っていたからな。生命力を同調させているおかげで、時間はかかってもちゃんと治っているのだ」


 生命力の同調。同期。それのおかげで、瀬名は九死に一生を得たようだ。

 それにしても、先ほどから自分の疑問を誰かが代わりに口にしてくれるおかげで、ラクでいいな……と瀬名は呑気に思った。


「さすがだの~」

「ええっ!? だ、だって、このまんまだと師匠が死んじまうヤベエ! って思ったら、なんか浮かんで」

「なんか浮かんで?」

「そんで、そこにシェルローさんいたから、よっしゃこれだ! って、咄嗟にやってみたらできたっつーか」

「おま、アスファよ……」

「なんぞそりゃ……」

「なんか浮かんで、って……」


 全員が一斉に瀬名を見た。


(待ちたまえ。何故ここで私を見るのかね?)


 苦情を申し立てたかったが、あいにく重度の貧血症状はまだ続いていた。

 まさかこの師匠にこの弟子あり、とか思われているならば心外である。この少年を教育したのは断じて瀬名だけではないのだから。


「……まあ、いいけどよ。【魂魄連結】って、ちょいヤバめな術に聞こえるが大丈夫なんだよな?」

「問題ない。回復させた後で解除すればいいのだからな」

「解除? それ、どうやんの?」

「――――」

「――――」

「――――」

「――――」

「―――……」

「………………」


 アスファ少年、きょとーん。

 瀬名は覚醒した。


「待てぇぇっ!!」

「おわっ?」

「『きょとん』で済ますな!! 解けなきゃどうなる!?」

「すっ、すんませんっ! わかりませんっ!」

「おまっ――」


 あえなく酸欠でダウン。ぜいぜいと肩で息をつき、めまいとのコンボで意識が遠のきそうになるが、そんな場合ではないと踏みとどまる。

 訊くべき相手を間違えた。そう、知っていそうな相手に訊くべきだったのだ。瀬名は己を支える男の腕をグッとつかんだ……つもりだったが、嗤えるほど指先に力が入らない。

 歯噛みしつつ、鬼気迫る表情で睨みつけた。


(解除できるか?)


 その問いは正確に伝わったらしい。シェルローヴェンは子供をなだめるように、瀬名の背をぽんぽんと叩いた。


「かけた本人でなくば、解除は不可能だ。――まあ、心配せずともいい。健康上の問題はない」


 ならば何故視線をそらす。

 瀬名はガクリと脱力し、辺りになんともいえない空気が満ちた。




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