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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
301/316

300話 呼びかける

ご来訪、評価、ブックマーク等ありがとうございます。


とうとう300話目に到達。開始直後、まさか自分がここまで続けられるとは思ってもみませんでした。

これも読みに来てくださる皆様方のおかげです。


 真っ暗な空間を移動中、何故か水たまりのある場所を通りかかった。

 水たまりと感じたのは、時おり波紋が広がって、上にあるものを写しているように見えたからだ。


(こんなところに水たまり?)


 通り過ぎそうになった瞬間、何となく覗き込んでみて、そこに信じ難いものを発見した。


「あれは……!?」

「ちょ!? ちょーっと待て、ストップ!! ここで止まれーっ!!」


 ゆっくりと移動が止まった。問答無用で連れていかれなくてよかったが、どことなく逡巡している気配がある。

 これの正体は後回しにするとして、小さな水たまりの中では、今まさに緊迫した空気が漂い、仲間達が武器を構えていた。


「全員いるな。彼らは何と戦っているのだ?」

「あぁぁあー……」


 瀬名は頭を抱えそうになった。

 幻がいきなり中断されて、わけもわからず()()()()()()()()()()()()。その理由をなんとなく悟ってしまった。

 幸い誰も怪我をしている様子はないが、彼らの対峙している怪物。それを取り巻く物体が、どう見ても。


(有刺鉄線じゃんか……!)


 犯人はおまえか!

 瀬名は大声を張り上げていた。


「あの中へ連れてけ!! 誰か知らないけど、早く!!」


 瀬名が行かねば、あれは確実に解決しない。何者の手にも負えないだろう。

 なのに、未だ逡巡の気配がある。

 

「――何を躊躇っている?」


 シェルローヴェンも剣呑な声を発した。彼もこの状況を薄々察したのだ。

 これらは、老教主とは別口だ。別の何者かが術に介入し、あの幻を見せ、きっとその途中で何かが起こった。

 それはおそらく、彼の弟達が前にしているあの怪物とも関わりがある。何らかの思惑があって彼らを送り込んだ場所で、手違いが発生してしまった、そんなところではないか。


(だから、瀬名とわたしを慌ててあそこから出した)


 となれば、少なくともその連中を焦らせている者の正体は想像がつく。……()はもしや、激怒しているのではないか?

 さっさと瀬名を連れて行って差し出したい、だが、あの場にいる彼らはどうなるか。瀬名を連れて行くのが早いか、あの場へ送り込んだほうが早く解決するのか、どちらが最善か。そんな迷いが伝わってきた。


「いい加減にしろ!! くだらぬ迷いで時間を潰す余裕があるならば、さっさと我らをあそこへ放り込め!!」

「ほんっっっとそれな!!」


 二人して怒鳴った直後、水たまりへ向けて降下が始まった。





 なまぬるい膜を通り抜ける瞬間、咄嗟に瞼を閉じた。濡れた感じはない。

 靴がしっかり地面らしきものを踏みしめ、目をひらきながら顔を上げた。

 武器を構えた仲間達の背中。


(ああ、ようやくみんなと合流できた……!)


 そして、そんな彼らが対峙しているのは、気持ち悪さ満点の怪物である。

 これぞ血みどろホラーのモンスター代表格、最後の最後に出てきて登場人物全員を絶望のどん底に叩き落とす、製作者の悪意の化身。



「っっこらぁあああああ~ッ!! なぁにやってんだおまえはああああッ!?」



 いやもう、本当に、きさまは何を作っているんだと全力で突っ込みたい瀬名だった。

 自分もこんな趣味だと疑われたらどうしてくれるのだ。


「っっセナ!?」

「セナ!?」

「瀬名、兄上!」

「ご無事でしたか!」


 仲間達が一斉に背後を振り返った。戦場で取ってはいけない行動なのだが、この場面で指摘するのは酷である。


「すまん。心配かけたか」

「遅くなってごめんごめん、みんなも無事っぽくてよかった」

「し……ししょ~……!」

「私のせいじゃないけど大変だったろ? って、ちょ、なに本気で泣いてんの」

「だって~! マジあれ怖えんだもん!」

「…………同意する」


 ウォルドが心底ホッとした様子で、アスファの頭をぽんぽんと叩いていた。


「再会を喜ぶのは後にしようぜ。セナ、あれ、どうにかなんねえか?」

「あのトゲトゲ、頑丈そうなんよ~」


 グレンとバルテスローグが全員の意識を怪物に引き戻した。まったく正論である。

 黒い(いばら)がいっそう増え、今すぐにでも襲いかかって来そうな勢いだ。無駄に広い空間のおかげでまだ無事だが、既にこちら側の地面や壁を舐めつつある。


「兄上、魔術は?」

「使えんな」

「やはり駄目か……」

「瀬名はどうだ?」


 シェルローヴェンに尋ねられる間も、瀬名はさっと視線をめぐらせていた。


(……これは……)


 ここもまた、外界から切り離された空間。それには違いないが、ここには今までなかった魔素が満ちていたのだ。

 これがどこから来ているのか、すぐにわかった。アスファとウォルドの力である。

 特に濃密なのは、アスファの純正の神気。それがこの空間全体に漂っている。

 精霊族(エルフ)の三兄弟は魔術が使えないのに、神々に属する者だけ変わらず力が振るえていたらしい。ということは。


(聖霊系の魔術が封じられた空間、ってわけでもないか)


 そうではなく、もとからどんな魔術も行使できない空間で、アスファとウォルド限定で使える……彼らにだけ使える種類の〝力〟の供給があるのだ。

 瀬名の中の、精神領域に刻印された魔導式。魔素を感知し、自在に操作できるもの――それが封じられている感覚はなく、魔素さえあれば今まで通りに使える手応えがあった。

 これが完全に封じられる時は、瀬名の精神(こころ)がこの世に存在しなくなった時。瀬名が死を迎えた時だけだ。


 細かい検証をする暇はない。瀬名は腰の重みに手をやった。

 魔導刀がある。


 遠慮なくそれを抜いた。なんだか久々の感覚だった。

 刀はこの場に満ちた神気を集め、徐々に陽光に似た輝きを帯び、……けれどやはり、足りなかった。

 不自然な空間には、本来あるべき自然の魔素も魔力もなく、瀬名とシェルローヴェンがここに来る前の戦闘で放たれたと思しき、わずかな残滓しかない。

 今まで通って来た場所と同じように、ここもまた魔素が長く留まれないのだ。時間経過とともに薄れるか、どこかへ沈んで消えてしまうのだろう。


「ウォルド、防御結界張って。なるべく強く」

「了解した」


 即座に応じ、ウォルドは結界を重ね張りした。

 途端、神聖魔術の発動を感知したかのように、十数本の(いばら)が槍となってドォ、と襲いかかった。


「うっ!?」

「えっ?」

「――っ!?」


 避けられない。

 苦痛を覚悟したウォルドの前で、(いばら)の先端が、結界に触れた部分だけとけるように消滅していた。


「な……っ!?」


 ウォルドは愕然とした。()()()()()()()()()

 彼が張ったはずの結界は、その〝力〟だけを材料とし、このわずかな間に作り替えられていたのだ。

 シェルローヴェンがハッと目を瞠った。


「そうか! ウォルド、全員の武器に攻撃付与はできるか?」


 わけのわからないまま、ウォルドはすぐさま術を重ね掛けする。

 ――やはり同様に、その効果だけが変質した。より強靭に、無駄がなく、神気を武具に直接打ち込んだような変化が起きる。

 ただ一人だけ、瀬名の魔導刀にのみ、その術はかからなかった。こちらは必要ないと言わんばかりに。


(まさか……これはセナがやっているのか!? 神聖魔術への介入を!?)


 魔術どうこうではなく、神気を構成する魔素そのものを操って強化させているのだが、それを気付けと言うのは酷な話だった。

 (いばら)が先ほどから、何本もこちらに伸びてきている。槍や鞭となって勢いよく飛んでくるすべてを、結界は防ぎ切っていた。

 変質する前の結界ならば、あの(いばら)は貫通していただろう。それを肌で感じ取り、ウォルドは戦慄する。


「ウォルド、そのまま結界を維持してて。三兄弟、グレン、ローグ爺さんは左右の鉄線、私の邪魔をしないように払ってもらえる?」

「鉄線? ――(いばら)か。おお怖え、いいぜ」

「やったるわい!」

「わかった」

「うむ」

「これならいけそうです」

「お、俺は!?」

「あんたは留守番」

「そんな!?」


 アスファの顔に「がぁあーん!」とショックが走る。涙はもう引っ込んでいたが、今度は戦力外通告で泣き出しそうになっていた。

 しかしのんびり揶揄う時間はないので、瀬名はさっさと指示を伝えた。


「あんたは私に力を送れ」

「へっ?」

「何度か力を放ったはずだ。あんたとウォルドは多分、この神殿のどっかから力の供給を受けてて、それがこの空間にたっぷり残っているんだよ。私はそれを自在に使えるんだ」

「……!」


 アスファとウォルドがハッとした。彼らも漠然と感じていたのだ。


「で、でも俺の力って……剣を振ったらなんか飛ばせる、攻撃のやつなんだけど」

「剣からなんか飛ばせちゃうのか……それでいい。全力でやれ。そして帰ったらちゃんと見せなさい」

「わ、わかった!」


 無事に戻った時の話をされて、アスファの唇に笑みがのぼる。剣から飛ばすのを見たい好奇心が九割だな、と気付く者は気付いていたが、せっかく少年が前向きな誤解をしているので、水を差す真似は控えた。

 しかし、自在に使える、とはどういうことか。瀬名の能力の本質を知っている三兄弟以外の者は気になったが、それこそ今はそんな場合ではないと、好奇心を押し込める。


 瀬名は一旦、魔導刀に込めていた魔素を出し、それをまた集め直して、細く、より細く練り直していった。

 もとはわずかな力でも、小さな一点に集中させていけば、それは計り知れない強靭さを備えた糸となる。

 きらりと黄金に輝く無数の糸は、繭となって結界の内側でふくらみ、上等の織物のごとき美しい紗を張った。

 誰もが状況を忘れ、息を呑みそうになる。


 そして、前触れもなくはじけた。

 

 すべての糸が一気に四方へ散り、宙をうねっていた(いばら)をするりと通り抜け、通り抜けた後はすべてパラパラと細かい破片になって散らばった。


「行くよ!」

「おおっ!」

「!」


 合図とともに結界を飛び出す。糸は防御結界を微塵も傷付けず、周辺の(いばら)だけを細かく切り落としていた。

 驚嘆とともに見つめるウォルドの前で、三兄弟が、グレンが、バルテスローグが飛び出し、左右に散って各々の武器を振るう。

 ウォルドの攻撃補助は本来、うっすらと神気の膜が武器の表面を覆い、耐久力を上げ、切れ味をよくする程度のものだった。そこに罪過ある者への優位が加わる。

 ところが瀬名によって変化をもたらされたものは、本来の刃から若干浮き上がり、金色の光の(やいば)となって、次々と(いばら)を切断していった。


 アスファの全身に力がみなぎる。四肢の熱が柄へ伝わり、青みを帯びた剣身が光る。群青の瞳が朝焼け色に変わり、身体の周りをかすかに霧が棚引いた。

 その場の勢いや偶然、火事場の馬鹿力などではなく、本当に使いこなしている。


 時間がゆるやかになる錯覚の下、ウォルドは今さらながら、アスファの剣の型が一般的な型と異なるのに気付いた。先ほどまではじっくり観察する余裕がなかったが、振りかぶるための構えではなく、抜き放つための動作――瀬名の動きに似ていると感じた。

 余計な力みはなく、流れるように次の動作へ移行する。

 力任せに叩きつけるのではなく、貫き、受け流し、通す動き。

 装飾過多だった以前の神剣ではそぐわなかったであろう動作が、今の剣にはしっくり合っていた。


 瀬名はこまごまと型の指導などはしない。逆に、型へ嵌めるのをよしとせず、あくまでも注意点の指摘のみにとどめていた。自分のやり方が自己流なので、偉そうに指南なんかできないという理由も別段隠してはいない。

 だからこれは、アスファ自身が瀬名を観察し、それを真似て自分に馴染ませたものに違いなかった。


(全力で)


 指示通り、アスファは敵ではなく、瀬名の背へ向けて斬撃を放った。

 目もくらむほどの眩しい神気。まつろわぬ怪物をすべて葬り去る無比の輝きは、過たず瀬名の背後に迫り――そしてやはり、その身を傷付けることはなかった。

 すべてが瀬名の力となり、魔導刀が輝く。

 まるで地下世界に出現した太陽のごとく。

 力を帯びずとも比類なき切れ味を誇っていた刀は、今やもう何者にも止めることが敵わなかった

 瀬名の前で再び猛烈にふくれあがる(いばら)が、ほんの一太刀でバラリとほどける。さらに二閃、三閃と重ね、怪物をがんじがらめに縛っていた縄は、どんどん剥ぎとられていった。


 かつて根であり、腕であったのを足場に、かろやかに駆け上がる。

 小さなほうの頭が、ギョロリと小さな敵へ顔を向けた。変形した醜い形相。

 

『こ……このおお………ワレ、を…………はよう……たすけ、ヌかぁ………ぁ?』


「あんたに用はない」


 魔導刀が閃き、小さなほうの首を(いばら)ごとはね飛ばした。

 用があるのは、こっちだ。

 項垂れて引きずられ、うつろな眼窩を彷徨わせるもうひとつの頭。


「久しぶりだな、こっちを見やがれ!! てめえが本体のくせに、知らんぷりしてんじゃねーよ!!」


 ビクリと頭が震えた。

 それを耳にした仲間達が「えっ?」という顔をしていたのだが、瀬名は気付かなかった。

 こんな怪物になってまで、面影が少しだけ残っている、その首がグググ……とねじれる音を立て、間近にある瀬名の顔をようやく見上げた。


「やあ、【ナヴィル皇子】。傀儡の気持ちが理解できたか?」


 怪物が大口を開けた。ひび割れた噴火口のような口からドォ、と大量の(いばら)を噴き出す。

 瀬名は直撃を食らわないよう脇へ避けつつ、纏わりつかんと寄ってくるそれらを斬り払った。

 払いざま、底なしの(うろ)となった眼窩を覗き込んで、確信を深めた。

 

(やっぱりこれは頭だ。擬態じゃない)


 身体の主導権を奪われても、ちゃんと瀬名の判別ができている。言葉も理解している。思考している。

 この怪物を動かす本来の頭脳、といえば語弊があった。頭という感覚器官であり、思考の出入口であり、そして、この有刺鉄線の大元へ繋がる直通路だった。

 ――わかるのだ。皮肉にも、その大元と瀬名が繋がっているからこそ。


『…………っ!!』


 額に深々と切っ先を突き立てた。

 眼窩が大きくなり、驚愕が伝わってくる。

 構わず体重をかけ、沈み込ませた。たやすく揺らがないように。

 (うろ)が苦しげにうなり、吐き出す棘の勢いが増した。

 そして――瀬名はあろうことか、左の手の平を、その口の前にかざした。


「瀬名!?」

「何やっとんじゃい!?」

「おいっ!?」

 

 血飛沫が舞った。

 棘で肉をえぐりながら、黒線が次々と貫いてゆく。


「瀬名っ、何をやっている!! くそっ、どけ!!」


 焦る声が周りから聞こえるけれど、(いばら)に阻まれているようだ。

 危ないから近付くなと叫ぶ余裕はない。瀬名はひたすら、この場から動かず、自分の身を支えるだけで精一杯だった。


(い――――~ッッッ!!)


 痛い。

 滅茶苦茶痛い。想像を絶する痛さだ。

 こんなに痛い思いをしたのは何年ぶりだったか?

 いや、ひょっとしたら生まれて初めてではないか。

 痛い思いをしたくないがため、自重の二文字に忘却フィルターをかけ、とにかく我が身大事に、安全第一でやってきたのだから。

 瀬名の目尻に涙が滲む。柄を必死で握りしめる右手が震え、今にも外れてしまいそうだ。


(でもな、普通に呼んだ程度で、届くんじゃあ、最初のあれで、とっくに届いてるしな!!)


 「なぁにやってんだおまえはああああッ!?」とあんな大音声で怒鳴ったのに反応がなかったのだから、もう最終手段に出るしかないだろう。

 瀬名は激痛に震えながら、渾身の力で息を吸い、魔導刀の沈む額へ向けて声を張りあげた。頭蓋の奥まで響きやがれと。


()()()()()!! この血が誰のもんか、私が誰か、わかるだろうが!!」


 この血を読め。この血の情報を。

 読み取り、分析し、ここにいるのが何者なのかを理解しろ。

 一滴や二滴では足りない。その程度では、()は正気に戻らない。

 死のギリギリまで大量の血肉を、などとやっていたら本気で死ぬかもしれないし、デッドラインがどこなのか自分では判断しようがない。だから試しに、腕一本だ。

 これだけやっても駄目だったら――その先は考えない。

 うまくいけばいったで、某兄弟の特に長男あたりから死ぬほど怒られるかもしれないが、死ななければ多分万事オーケーだ。


「私に無断で勝手に自滅するな――――ARK(アーク)(スリー)!!」




だいぶ長くなってますが、今回の章が最終章で、その後にエピローグとなる予定。

あと何話か続きますので、ラストまでお付き合い頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 300話おめでとうございます。 最終章なのですか! 終わりが見えてくるのは寂しいですが、最後まで大切に読ませて頂きます。
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