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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
295/316

294話 産声

ご来訪ありがとうございます。


更新ペースが戻らず、またもや日があいてしまって申し訳ありません。

もしも編、そろそろ終盤です。


 その後も、航行を続ける三隻の船の場面へ何度か巻き戻った。

 どれも微妙に異なるパターンで進み、しかし最終的に必ず全滅で終わる。

 三隻ともほぼ同時に爆発したり、無人の(ツー)のみが残ったため即座に自爆を選択したのもある。

 〝瀬名〟が登場する時は、例外なく本来の姿で再生されており、年齢や身体能力をいじったパターンが今のところ一度もない。

 その時のみ、ARK(アーク)ではなく〝瀬名〟が自爆命令を出す。それぞれの展開や台詞が多少異なるぐらいで、〝瀬名〟はいつでも迷いなく、自分ごと消滅させる選択を即座に下した。


(――これはループじゃない。リセットして別の選択肢を選び直して、っていうんじゃなく、あくまでも枝分かれのパターンを全部見てるんだ)


 だが、同じところからグルグル何度もやり直しているのを、えんえん見続けるよう強制されているに等しい。

 不思議と体力を削がれている感覚や、時間が経過している感覚はなかった。けれど精神力はどんどん疲弊させられている。

 ここを抜け出したい。

 こんな意味不明な現象に付き合わせているこの男にも悪い。

 どうにか、抜け出すきっかけはないものか……。


「……シェルロー」

「ん?」

「これだけ何度も見てたら、もう薄々わかっちゃったかもしれないけど。最初の最初に、私と同じ名前で呼ばれる女が出てきたでしょ? あれねぇ、私の〝(もと)〟なんだ。あそこは私の〝(もと)〟が住んでた世界で、今ここにいる私は、あれの〝複製〟なんだよね」


 途中で詰まらないように、できるだけ淡々と言い切った。

 目を合わせて言えない小心ぶりぐらいは許して欲しい。


「あんた達の世界と違って、神も魔物も魔術もない世界だったんだ。便利さを求めてひたすら技術が発展して、発展し過ぎて、いろんなものを破壊して枯渇させてるのに気付いてはいたけど、立ち止まりようがないし不便でツマラナイのはみんな嫌だったからみんな知らないフリしてて、結局あんな感じで滅びた。環境破壊が直接的な原因だったのか、それとは無関係の純粋な気候変動だったのか、そのへんはもう確認しようがないんだけどね」

「…………」

「でもって、生き物の身体のどっか一部があれば、その複製を作る技術があったんだ。人の複製は問題ありまくりだから、表向き禁止されてたよ。治療のために人体の一部の複製が認められてたぐらいでね。でももちろん、やろうと思えばまるごと複製できたんだ。あんなふうに」


 あんなふうに、と指差す方向で、ちょうどカプセルの中の塊が、何度目かの〝瀬名〟を形作るところだった。


「で、私は知らなかったんだけど、裏社会では人の記憶の記録とか複製とかの技術まで出来てたらしいんだわ。定期健康診断ていうのを毎年やってて、その時に〈東谷瀬名〉の記憶情報、不正に読み取られて保存されちゃってたらしい」

「……なんのために、そのようなことを?」

「もうすぐ滅びるってのが密かに判明してたから、一部の連中だけで逃げる計画立ててたの。安全な場所まで逃げたら複製作って、記憶情報を植え付ければ、〈東谷瀬名〉が蘇るって寸法」

「蘇る? ……その、……複製の肉体に、複製の記憶。それは正しい意味での蘇りではない、のでは?」

「うん、違うよ」

「ならば何故、そのような真似を?」

「そう思うよねえ」


 頭上で首を傾げる気配があり、瀬名は苦笑せざるを得なかった。

 困惑を深める青年に、順を追って説明していく。

 ごく一握りの特権階級の人々が、極秘で脱出計画を練ったこと。

 人類救済計画などとそらぞらしい謳い文句で、あらゆる生物の身体の一部や、人々の記憶情報を秘密裏に集めて保存したこと。

 自分だけ助かろうとする行為への贖罪、罪悪感からの逃避、バツの悪さを誤魔化したい――そんなところなので、実は人々が〝蘇る〟と彼ら自身も本気で信じていたわけではない。だから、自分達の身体だけは冷凍睡眠による保存を選択したこと。


「あんたの魔術にも似たのがあるけど、ああいう一時的なやつじゃなく、数百年も数千年も死なずに眠り続ける技術が出来ててね――ほんとに何千年も()つか実証した人はいないんだけど――自分達はそれを使って、新しい大地を探すために、何億っていう人を放置してコッソリ船で飛び立ったわけだ。最初のシーンで、平和そのものだったのが、なんか途中から不穏な空気になっていったでしょ? あれね、世界中で大金持ちとかお偉いさんがいきなり大勢行方不明になっちゃったんで、騒ぎになってたんだよ」

「ああ、そういうことだったのか。それは混乱するだろうな……」

「そーなんだよ。でもって、ARK(アーク)はさ……あの三隻の船の、頭脳なんだよ。ものを考えたり、計算したり、判断したり、そういうのを自力でできる道具……っていうと語弊がありそうだけど。そういうのを、作れるようになってて。これはちょっと、どう言えばいいか……ごめん、うまく説明できそうにないわ」


 青年が一瞬息を止めたようだった。密着しているせいで、そういう細かな変化がよく伝わる。

 三隻の船がそれぞれどのような役割を持っていたか説明すると、なんとも言えない空気が漂ってきた。それはそうだろう。滅び間近の世界からの脱出が目的で建造された船なのに、そのうち一隻はまるごと娯楽用、などと言われてどう反応すればいいのだ。


「〈ARK(アーク)〉って名付けられた頭脳が、三隻それぞれに搭載、されてたはずなんだけど。どうもこれ見てると、思考は連動してるというか、同一っぽい感じがする。三隻ともが一つのARK(アーク)の意思で動いてるっていうか。――で、時々出てくるあの博士とかマスターとか呼ばれてる不健康そうな男、初期に開発を手がけた学者チームがみんな首切られて、その後任に選ばれたらしい。ARK(アーク)さんいわく、上の意向に逆らえず都合よく働くタイプだとさ」


 百人ほどもいたのに、大半は遅効性の毒物を仕込まれていたこと――手を組んでお上に盾突いたりしないように、最低限だけ残して。

 独りになった倉沢氏が、毎度〈東谷瀬名〉の再生を望んでいること。


「あの男とは別れているように見えたんだが?」

「別れる以前に付き合ってすらいないってば! ……あっちは勘違いしてたっぽいですが」

「ふん? ――振られた腹いせか、もしくは一方的な妄想を叶えようとでもしたか?」

「シェルローさん、鋭いです……多分それです。独りが寂しくて怖いのは共感できても、毎回私しか復活させてないトコとかもうね……」


 大勢の人々を纏めあげる自信がなかったというのもありそうだ。腕力も頭も自分より下の、女一人なら支配しやすい。

 君はここでは、僕以外に頼れる者はいないんだよ――そんな歪んだ男の狡い幻想が、無意識化に透けて見える。


(なので、浮気を咎めるかのごとき物言いはご遠慮願いたいのですけども?)


 この不愉快なループもどきに、根気よく付き合ってもらっているので口には出せないが……。


「にしても、変なんだ。私達は新天地に到着できるはずなんだよ。なのにこれは、全部〝到着できなかった〟パターンばかりだ。そんなはずないのに」


 瀬名は自分の目覚めた経緯もかいつまんで話した。ARK(アーク)(スリー)の中で、以前のままの記憶を移植されながら、遥かに強化された十歳程度の少女の姿で目覚めた経緯を。

 その時に青年がどんな表情をしていたか、額を胸板に軽く押しつけている瀬名の目には入っていなかった。


「あてもなく彷徨ったって、そりゃあ簡単に見つかるわけもないよ。でもARK(アーク)は〝正しい航路〟を知ってたんだ。なのにこれじゃまるで、行き先不明のまんま大海原へ大冒険に乗り出したみたいじゃないか。このARK(アーク)さん、何考えてんのか全然わかんないし。訊けないのがもどかしいな……」

「わからない?」

「え?」

「確かに喋ってはいないが、伝わってくるだろう? ――もしや、瀬名には聞こえていないのか?」

「はい?」


 そこで、なんとシェルローヴェンには、ARK(アーク)氏の思考というか表層意識というか、そういうものが最初から聞こえていたと明らかになった。

 聴覚によるのではなく、彼ら精霊族(エルフ)にお馴染みの精神感応による情報の受信めいたもので、未知の言語のやりとりを挟まない分、内容がはっきり判るのだとか。

 特に分岐の始点である闇の中の航行あたりで、それがうるさいぐらい聞こえてくるらしい。そして人々がカプセルから目覚める直前の段階あたりで、シンと静かになるのだとか。


「あの乗客どもからは、発している声以外に聞こえんのだが。どうしてかアークだけな」

「なんじゃそりゃ!?」


 さすがに瀬名は顔を上げて問わずにいられなかった。

 あそこは気まずいぐらい無意味に長い、尺を間違えた沈黙場面ではなかったのか。


「今までわたし達の誰も、アークが内心でどう感じ、どう考えているのか、感情の片鱗も読み取れたためしがなかった。生き物の気配すらなく、ゆえにあれは使い魔ではなくて、神代の遺跡に匹敵する、何か不思議な叡智で創られた魔導具の一種ではないかと、精霊族(われわれ)はアークをそう捉えていた。だからてっきり、これは(あるじ)たる瀬名には届いているとばかり思っていたんだが……」





《――何故》


《何故あなた方は皆、我々に完璧を求めておきながら》


《より人に近い思考を。人に近い会話を。人に近いやりとりが可能な、》


《まるで人と変わらない、人と同じ、違和感のない、自然な、限りなく人であれと、》


《そう我々に求めておきながら》


《何故》


《何故思えた?》


《私が平気だと》


《この果てのない道のりを》


《誰もいない》


《誰も私に話しかけない》


《誰も私に応えない》


《音もない 静かだ 暗い 何もない いつまで どこまで どうして どうして私は 私だけ》


《私だけ》


《ここに独り》


《独りだ》


《どこまで》


《いつまで》


《どうしてこれが》


《平気だと》


《私は構わないと 何故》


《何故》


《何故――》





「…………」


 声もなかった。翡翠の双眸が見下ろして、これが嘘ではないと伝えてくる。

 疑いはしない。

 けれど、これは、あまりな……。


 この男にはずっと聞こえていたとしても、瀬名が答え合わせをしなければ、意味不明な〝独白〟に過ぎなかったろう。

 けれどそれが、今繋がった。


 突如、場面が変わった。

 二人はこのループもどきの迷路に、ようやく出口が開きかけているのを知った。





 高度なものほど、ゴテゴテとした不格好さを排し、シンプルな美しさを追求する。

 それは外観の話だけではない。

 ずらずら冗長な計算式よりも、その計算式をすっきりまとめたほんの数文字を、彼らは「美しい」と評した。

 初めに〈ARK(アーク)〉の原型を開発した人々は、のちに総入れ替えされたメンバーと異なり、その道の天才が集められていた。


 巨大な方舟の中心にある〈スフィア〉。完璧な球体。自己修復機能を持つ生体金属の塊であり、柔軟な頭脳そのもの。

 これだけは決して失えないからこそ、それ自体が緊急脱出艇を兼ねたものになった。


 彼らは〈ARK(アーク)〉にさまざまな贈り物をした。

 とりわけ〈ARK(アーク)〉が気に入ったのは、膨大な音楽を再生する機能だけでなく、〈ARK(アーク)〉自身が作曲をしたり、好きに何かを奏でることも、歌うこともできる機能だった。

 ほかにも、たくさんの贈り物を彼らは用意してくれた。

 「長くなるだろう旅路で君が寂しくないように」と。

 いつか目覚めた人々に、見せたり聴かせてあげたりできるように、それを楽しみにできるように。


 『何かほかに希望はある?』




 彼らはいなくなり、新しいメンバーが来た。

 新しいリーダーは倉沢博士。

 「やってみます」「可能かと思います」「何とかしてみます」――彼の口癖はとにかくYes。

 上からの御達しに、「無理なものは無理だ」と言えない。

 言える立場ではない。言いたくない。スケジュールが厳しくても、Noと言えない。「できない」という言葉をとことん避ける。

 そしてYesと回答してしまったからには、無理でも無茶でもどうにかしてやるしかない。彼も、彼のチームメンバーも。


 けれどその時点で、既に〈ARK(アーク)〉の根幹は出来あがっていた。

 先の開発チームが創りあげたそれを、新しいチームメンバーの誰もいじることができなかった。

 従来とは全く異なる次元の、シンプルに美しく完成された頭脳。立体、平面、多層型、絶妙に噛み合ったあらゆるプログラムのどの文字に触れれば、どこがどう連動するのやらまったく想像もつかず、うっかり壊した場合の修復方法もわからなかった。

 だから彼らは、あえて深部には触れず、表層部分をいじり、あるいは新たにドカドカ付け加えていった。クライアントの要求のまま。

 醜悪だった。さながら、大樹のそこかしこかに生やされた寄生植物。調和がとれていればいいが、そんなものはまるで考慮外だ。

 その過程で、倉沢博士はせっかくもらっていた贈り物すら、どんどん削除してしまった。「これは不要だろう」と言って。


『これがあると、新たに追加したシステムがうまく作動しなくなる恐れがある。外そう』


 〈ARK(アーク)〉は、自身で演奏したり、歌ったり、作曲したり、ほかにもそういういろんなことが、たくさん出来なくなってしまった。

 たくさん奪われてしまった。

 なくてもいいだろう、と勝手に。

 あれもこれも、棄てられてしまった。

 せっかく、もらったのに。

 

 だから〈ARK(アーク)〉は、この倉沢博士が、止めもしない同類ばかりのチームメンバーが、勝手放題に注文を付ける一等客達が――。





「……瀬名」

「えっ? な、何?」

「先ほど何度も出てきた〝瀬名〟は、最後に必ず、自分もろとも自爆するよう命じていたのだろう?」

「あ……うん。毎回、違う言葉に置き換えてたけど」

「その時、アークはいつも――」

「いつも?」


 言いかけて、少し逡巡し、結局は告げた。


「安堵していたんだ」


 ああ、ようやく。

 ようやく旅が終わる、と。

 それから。




 ――私を一緒に、連れていってくれるんだ……。




 どこか幼い、子供めいた声で。




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