291話 齟齬
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謎だったもう一人の過去なので、後半は浮上しますが前半は暗め注意です。
その後も〈東谷瀬名〉の日常は変わらずに続いてゆき、ギャアギャア騒がしかった瀬名の口数は徐々に少なくなっていった。
『瀬名ー!』
『母さん……そんな大声で呼ばなくったって聞こえるってば、恥ずかしい』
『いいじゃないの別に。あたし最近お酒弱くなってるから控えめにしとくわー、あんたは何でも頼んでいいわよ~誕生日だし!』
『ピーホニャララ歳になってまで誕生祝いとか有り難くもらいますけど? 大っきい声で叫ばないで欲しいんだってば。ていうか空耳がきこえたよ。なんだろうねその日本酒メニューは』
『飲み切れなかった分は全部あんたの胃におさまるから心配いらないでしょ。じゃ、とりあえずコレと~』
『「じゃ」じゃないっての! 流れるように度数高いやつから頼むなっ』
『瀬名……林檎の木がとうとう枯れちゃったよ……しくしく』
『あー、とうとうか~。鉢林檎にしては長く保ったよね。って、何この世の終わりみたいな顔してんの』
『頑張って美味しそうなデカイ実つけた後で枯れたんだよ……空っぽの鉢見ると切なくなる……』
『それは……天晴れな奴だったね……。で、その林檎どうしたの』
『アップルパイ作ってみた。はい、これ』
『料理上手か! …………て、完成度高!? 母よ、何故コレと離婚を……』
(――こんな会話、憶えてない……)
当然である。
そこにいるのは別人だった。そして、あの元夫婦にとって彼らの娘は、目の前にいる一人だけ。
(父さんも母さんも、私を知らない)
当たり前に、会おうと思えばいつでも会えると思っていた。それすらもここにいる瀬名が思ったことではなかった。
複製に過ぎない己の記憶。消化しきれない塊が腹の底からせり上がろうとして、喉の奥で詰まった。
どうして。どうして今さら。誰が、どんな目的でこんな映像を。
自分が他人の意思で生み出された創造物であることなど初めから承知している。その上で明るく楽しく、自分に甘く生きようとした。
いつか必ず割り切る必要があるのなら、早いほうが得。責のない相手にまで自分の苦痛をぶつけ、憂さ晴らしする迷惑生物にはなりたくなかったから。
「…………!」
隣の連れが、握る手に力を込めてきた。
というか、手を繋いでいたのだった。わずかな間とはいえ、忘れていたなんて信じられない。
それはそうとコレはいつまで繋いでおく気なのか?
一瞬だけ震え、瀬名は――泣きたくなった。
喚きまくるし、どんより地面(?)に「の」の字を書きだすしで、さっきから相当みっともなかったろうに。
(いえしっかり揶揄われましたけども? こいつ、私がナーバスになってんのを察して和ませようとした可能性大なんだよな。……いや本気で面白がってた説もあるけどね? つうか絶対内心で爆笑してたろオマエ? とかなんとか言ってるうちにあら不思議、落ち着いてきちゃいましたよ! どうしてくれようねもうコレは!?)
すかさず、喉奥で小さく笑う声が響いてきた。
おのれ。
また場面がさあ、と流れた。
(げっ)
真面目そうな懐かしの人物に片頬が引きつった。――倉沢博士だ。
この男関連はノーサンキューなのだが、出てきた以上は観るしかない。
そして驚愕の真相が判明。
なんと倉沢博士は、〈東谷瀬名〉を自分の婚約者と認識していた。
具体的に結婚の話を持ち出され、ようやく白黒はっきりした瞬間だった。
瀬名からすれば「何でよ!?」と仰天するしかないが――実は彼からすれば、彼女との出会いは〝スポンサー企業の重役から同年代の娘を紹介された〟形であり、最初からお見合いと受け止めていたそうなのだ。
B級ドラマの展開を想像してみて、瀬名は理解した。
ほんとだ、まさにそういうシチュエーションじゃん!? と。
自意識過剰な勘違い女じゃあるまいしと確認を怠り、自然フェードアウトを狙っていた瀬名も瀬名だが、まさかの父親が戦犯。
だからといって罪悪感に負ける〈東谷瀬名〉ではなかった。とても申し訳なさそうに口ごもりつつ、されどキッパリお断り。……倉沢氏の「えっ!?」という表情が目と心に痛い。
それでも倉沢博士に「今後もいいお友達でいましょう」にっこり! を強引に押しつけ、相手が動揺から立ち直る前に逃亡、父親のもとへ直行した。
こういうの困るんだよと娘から責められた父は狼狽えつつ、きっちり弁明した。
男の気配が微塵もない娘を心配したのはその通りだが、見合いをさせたつもりはない。
付き合うも、ただの友人に留まるも、そういうのは本人達次第じゃないかと。
『ちゃんと倉沢君にも伝えてたぞ? これからウチの娘とランチなんだけど倉沢君も一緒にどう? 別に見合いとかじゃないからいつもの格好でいいよ、って』
『まじ?』
『まじ。だいたい今どき、他社の重役に見合いセッティングされて断れないとかドラマぐらいしか無いだろ。それに父さん程度の地位じゃ、断って不機嫌にしたところで企業同士の仲に響いたりしないぞ?』
『えぇ~? じゃあやっぱり普通にあいつの勘違いなんじゃん……?』
父の戦犯疑惑は晴れ、一転してやはり倉沢博士の誤解と結論が出た。
不幸にも、どちらもお付き合いの経験値が雀の涙すらなかったせいで――絶対に倉沢氏のほうにも無い――今どき現実には有り得ないドラマの展開を参考にし、自分達の状況に当てはめるというミスを犯したわけだ。
おまけに倉沢氏は「堅実なお付き合いをするのが大人でしょう」とリアリスト風を吹かせていながら、実際は恋愛ごとに夢を抱いているタイプだと言動の端々から窺えた。
知人の娘を紹介されて、無意識にロマンスの発生を夢見てしまうような。
そこも「この人は合わないな」と彼を対象外に分類したポイントだ。自分の理想とズレる言動をされたら、「僕の知っている君はそんなことしない」などと本気で言いそうだったのである。
(……そうか。ひょっとしてあいつ、夢を叶えようとしたのか?)
方舟の中で自らの頭を撃ち抜いた男と、婚約者のつもりでいた女性に振られ呆然としている男の顔が重なる。
この空間は熱くも寒くもないはずなのに、ぞ、と冷える心地がした。
その後も、可もなく不可もなく、ありふれた日常が続いた。
退屈なほどありふれた、どこにでもあった日々。
終焉は日常の延長で訪れた。
ある日、国内のトップがごっそり行方不明になった。
どうせすぐに見つかるだろうと、そのニュースが流れた直後はいつも通りの一日で終えた。
翌日、行方不明になっているのは国内どころか、世界中のトップ陣だと知った。
ニュースの反応は鈍く、それに関する記事はどこにもない。各国の民間人が個人的に情報発信して判明したのだ。
ようやくザワ……ザワ……と不穏な気配が漂い始めた。
それでも動くところはいつも通り動いていた。軽やかに新たな人材が代わってトップの椅子につき、行方不明者の捜索を続行しながら、社会はあっさり元の状態に戻った。
政治家がニュースに登場して「未曽有の事態だが心配は不要」と発表したのはその後で、予想に違わず「遅い」と叩かれまくっていた。
高度監視社会において、事故なり事件なり、迷宮入りは滅多にない。
きっと誰かが何とかする。
その日も季節のスイーツフェアを堪能し、ゲームの続きに没頭して終わった。
呆れるほど皆がいつも通りの日常を送っているせいで、一見すればどこにもパニックなど起こっていなかった。
――国外のニュースは物騒極まりなかった。店舗の破壊、公共施設の破壊、住居の破壊。それはもう酷い有様だった。
国によっては暴動が拡大し過ぎて、一都市のドームが早々に潰れた。
平和な国の住人からすれば、「何でそんな自分の首を絞めるような真似すんだろう?」と呆れるしかなかった。消えたのは上流階級民のさらに上位者なのに、一般市民が同じ一般市民の住居にガラス瓶を投げたり火を放ったりしているのだから。燃やす前に、きっちり金品の強奪もやっている。
ごく一部の〝暴動屋〟が盗み目的で煽っているんだと擁護する者もいたが、映像を見る限り〝ごく一部〟の規模がやたら大きい。破壊活動に加わった輩が、自分は煽られて流されたんだと主張して無罪になるぐらいなら、みんなそう言い出すに決まっている。
もちろん平和な国の住人からすれば、どこまでも他人事だった。
影響は水面下で、着実に大きくなっていた。
何事もなく済むわけがないと、考えればわかったことだ。いなくなった連中は皆、権力や財力、決定権の大半を握ったまま消えたのだから。
土地建物の所有権、貸金庫や口座に眠ったまま誰にも触りようがない莫大な財産、宙に浮いて放置された利権の数々、アクセスする手段の失われた管理システム、膨大な蓄積データ。
やむを得ない事情として権限を移行させるにも、移行先に登録された人物までいなくなっていたり、承認されるまでに長期間を要するものが大量にあった。
国は徐々に回らなくなり、再びザワ……ザワ……と不穏な空気が満ちてきた。
陰謀論者が「世界の滅びが近いんだ。奴らは我々を見捨てて自分達だけ逃げたんだ!」と勢いづいたが、皮肉にもこの時ばかりは的を射ていた。
誰にとっても明白な証拠は、気温という形で現われ始めた。
ドームの気温がじわじわ上がり始めたのだ。
一日だけなら微々たるもの。だが数日、数週間、数ヶ月となればもう誤魔化しようがない。
公式発表は誤魔化しが利かなくなってから出る――「故障ではなくエネルギー不足です。皆さん、節約にご協力願います」――。
どうして足りなくなったんだ。節約すれば何とかなるのか。いつ頃になれば改善する予定だ。
矢面に立たされていた下っ端議員が一人、自ら命を絶った。それを皮切りに、二人目、三人目と続いた。
そうなって誰もが悟った。
――元には戻らないんだ、と。
けれど、誰もそれを信じたくはなかった。この先に待ち構えているものから目を逸らし、いつも通りの日常を続けた。
〈東谷瀬名〉の両親は退職し、復縁した。
二人は娘を呼び寄せ、同じく仕事をやめた娘と三人で暮らし始めた。
『貯金はあるから、贅沢さえしなきゃ大丈夫だ』
『あんたの将来の生活費用だったんだけどね~』
『そりゃすいませんねえ』
結婚資金ではないあたり、親の理解を感じる。
『そもそもなんで離婚したの。生活スタイルうんぬん言ってたけど、縁切らないんだったら別居婚でもいけたんじゃん?』
『それがねえ、あたし結婚してみてわかったんだけど、別居のほうが自由で気楽で良かったわけよ。でもさー』
『結婚したら同居したいじゃないか!』
『ていう意見の不一致があってね』
『そうっすか……』
一家同居の初日は、父親の手になる豪勢なディナーから開始となった。
こんな優良物件を手放すとか贅沢者め、と母を睨みながら、それでも今後、一緒にいることに否やはなかったらしい。
〈東谷瀬名〉はゲームを封印した。さすがにできるわけがない。
健全な趣味に長けていた両親のおかげで、一緒に買い物へ出かけたり、料理をしたり、ビーズアクセサリーや小物作りをしたりと、案外退屈はしなかった。
むしろこんな状況になって、人生で一番健康な日々が始まったのだから皮肉だ。そしてこの親から生まれたのに、どうしてこんな準ヒキコモリが育ったかも謎だ。
(まあ多分、キラキラしい親に気後れしたんだろうなー……)
いつ何が起きてもいいように、毎日必ず三人で一緒にいた。
傍から見て悲壮感はなく、会話の中に当たり前にユーモアを交え、笑い合ったりもする。
その頃世間は、街頭でわめきたてる者もいれば、東谷一家と同じ選択をする者もいた。
むしろ後者のほうが多かったかもしれない。
最後を、できるだけ穏やかに過ごしたいと。
食料が配給制になった。
すべてのAIの見解が一致し、人類延命という大義名分のもと、それまで人の手に守られ続けていた決定権が、とうとうAIに委ねられた。
必要量をAIが計算し、各家庭までロボットが運ぶ。
精神安定のため必要と判断されれば、趣味は禁じられなかった。残念ながら料理は不可となったものの、ほかにも楽しめるものはあった。
――長くとも十年以内。
どこかのA氏の言葉通り、わずか数年後にその瞬間は訪れた。
ドームの天井はエネルギー節約のために、もう空を映さなくなっていた。
その天井が出し抜けに、少しずつ剥がれ始めた。
地下に逃げ場はなかった。今いる場所が既に地下であり、相当深くまで掘り進んで町を築いていたのだから。
開いた穴へ、何かが――建物や乗り物や――凄まじい勢いで次々と吸い込まれていった。
巨大竜巻でも直撃していたのだろうか。
臨場感のあるディザスタームービー。
どんどん拡がる空の穴。
悲鳴。轟音。
瞬きひとつできず、耳を塞ぐのも忘れ、瀬名はかつて存在したひとつの家族と、ひとつの世界の終焉を見届けた。
そうして最後に、すべての音が消えた。場面転換という形で。
「…………よかった」
崩壊した建物の巨大な欠片が、あの一家の住まう部屋を直撃した。
それこそ瞬きひとつほどの間に、部屋全体が潰れていた。
よかった。彼らは長く苦しまなかった。
よかった。
抱きしめられて、自分の顔面が盛大に濡れているのを知った。
幻の世界なのにこの液体が出てくるとは、妙な空間だった。
◇
不意に、静けさが気になった。
物音ひとつない。完全な無音だ。
それに、何故こんなに暗い?
やたら安心感をもたらす場所を惜しみつつ、もぞりと顔を起こした。
(ああ……)
音なんて聴こえないはずだ。
そこは宇宙空間だった。
太陽光の反射以外に、自力で輝いている星もある。
けれど基本的に、そこは真っ暗な世界だった。
(……私の肉眼で捉えられる種類の光、かな)
暗黒の世界を、ゆっくり進む何かがあった。
背後の星を黒く塗り潰しながら進む数は三つ。
おそらくは途方もなく巨大な――
(…………〈ARK〉)
眠りながら前進する棺。
こうして目にする機会があるとは思いもしなかったけれど、ライトのひと粒もなく、結局どんな姿なのかわかりそうにない。
無言で黙々と、三隻の方舟は泳いでいく。
黙々と。
……。
(……尺長くない? いつまでこのシーン続くんだろう?)
このぬくいの、もういいよと突き放すべきかな、でもあともうちょっとぐらい……と要らぬ葛藤が生じそうになった頃、ようやく切り替わった。
前方から、何かが漂ってくる。どうも〈ARK〉とさほど変わらない大きさで、数も多い。
頑張って避けているようだ。だが残念ながら一隻は避け切れず、あえなく衝突。
眩しい、と感じた。船内の動力源を中心に、エネルギーが全方位へ放出されたらしい。
音もなく一瞬辺りを照らし、それらの輪郭をやっと目に出来た。
航空機や潜水艦の形を想像していたら、円盤状だった。
文明未発達のヒト型先住民がいる星にこれで着陸していたら、まさしく宇宙からの侵略者であった。
一万年後ぐらいに遺跡が発掘されて、オーパーツだのたかが迷信だの面白おかしく語られそうだ。
最後尾の一隻は〝爆発〟に巻き込まれ、先頭の一隻が逃げ切った。
この後にどうなるかは、もう知っている。
他の二隻が藻屑と消え、ARK・Ⅲの乗員が冷凍睡眠から目覚めるのだ。
そして……。
場面が変わった。船内の光景だ。
照明が灯り、休眠していた一部区画のシステムが起動する。
ずらりと果てまで整然と並べられたカプセルは圧巻であった。
つい蟲の卵を連想してしまい、悪寒をもよおす光景でもあったが。
(ん? ――多過ぎない?)
科学者の数は百名ほどと聞いたはず。しかしこれは、どう大雑把に見積もっても……。
自律思考機能のない召使いロボットが見守る中、乗客達は蟲が孵るかのごとく、ジワリ、ゾロリと起き出してきた。
(え? なにこれ? なんでこんな人多いの?)
瀬名が誕生する直前の生き残りは十名だったはずだ。それ以外は、遅効性の毒物でやられたと言っていなかったか?
目覚めたての人々は、最初は静かだった。けれど時間が経つにつれ、四肢に力が戻り、眠気も薄れてきたらしい。
家族か友人らしい人々が、不安そうに、あるいは和気あいあいと喋り出す。
『皆さん、おはようございます。ただいま状況を確認いたしますので、しばしお待ちください』
恰幅の良い男が自信たっぷりに告げ、拍手が沸き起こった。彼らは旅の成功を確信しているのだ。
彼らの目覚めた時が、すなわち旅の終了。新天地へ到達した日。そう説明を受けていたのか、どいつもこいつも、呑気に鷹揚と構えている。
(……あっ! このおっさん、国内で唯一世界ランクに名前入ってるっつー資産家じゃん!? いや入ってたっつーか!)
ならば、この連中は――。
(あいつもどっかで見た……セレブのなんとかっていう特集でトップに顔出してた奴。あっちは、宗教法人の……あいつはお騒がせセレブ妻、隣のいかにも偉そうなおっさんは旦那か……あっ、あいつ『皆様の御為に粉骨砕身』が決まり文句だった政治家じゃん!? …………ええぇ? なにこれ、どういう……)
混乱する瀬名の前で、〝カメラ〟は最初に挨拶をした中年男への密着を決めたらしい。
世界ランクの末あたりにギリギリ名前の引っかかっていた、それでも目の飛び出るほどの金持ちだ。公開された個人資産が〝億〟どころか〝兆〟だった憶えがある。
男は身辺警護ロボットを数体引き連れてどこかへ向かった。レッドカーペット、シャンデリア、高級そうな絵画の額縁に繊細な細工の花瓶。……なんだろうこの廊下は。
瀬名はARK・Ⅲの船内でそんなものとお目にかかった記憶がない。限られた空間は大事に使わねばならないはずなのに、異常に広く豪華な廊下だった。ARK・Ⅲも相当広いと思っていたのに、こちらはケタが違う。
やがて男はどこかの一室に踏み入り、「ずかずか」と擬音を背中に貼り付けて中央に立った。
『〈ARK〉!! さっさと説明しろ!!』
《おはようございます、マスター。血圧が上昇しますので、お声は――》
『やかましいッ!! おまえは私が訊いたことにだけ答えればいいんだ、余計な発言はするな!!』
《承知いたしました。ご命令に従い、ただいまの会話を〝余計な発言〟と記憶いたします。今後は――》
『黙れ。最高峰の知能という割にとんだハリボテだな、話もろくに理解できんとは』
あ、こいつ死んだな。
何故だろう、瀬名は男の頭に刺さってはいけない未来が突き刺さるのを幻視した。
『で、どうなっている? 緊急覚醒措置だと? 何があった?』
男はイライラしながら、どこかを睨みつけていた。
視線はどこに向けてもいいのだ。何故ならその部屋のすべてが〈ARKの眼〉なのだから。
男とも女ともつかない、抑揚のない声が淡々と告げた。
《およそ百二十時間前、小惑星群に遭遇。回避しながら航行を続けておりましたが、ARK・Ⅱ船内にて原因不明の火災が発生。一時的に操船不能になったわずかな間に、巨大な鉱物の塊に接触。大破し、ARK・Ⅲもそれに巻き込まれました。現在無事に残っているのは、当船ARK・Ⅰのみです》
『なっ……ん……!?』
「――は?」
ここから現在の瀬名と相違点が。
次はARK氏と瀬名のifがどう分岐していくか。




