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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
291/316

290話 人はそれを黒歴史と呼ぶ

ご来訪・評価・ブックマーク等ありがとうございます。


一年前は想像もしていなかった出来事が次々に起こる年でした。

来年は皆様に良いことがたくさん訪れますように。


 安全な狭い楽園の中で、人々が抱え込んでいた弊害のひとつ。

 全国民がドームへ移住すれば、そのぶん一人当たりの行動範囲も狭くなる。いくら空間設計で巧みに誤魔化そうと、現実に物理的にどこへ行くにも距離が近くなり、それまでも社会問題だった運動不足に拍車がかかった。

 人々が自前の足で歩く機会がさらに激減。職種や住環境によっては一歩も自宅から出ずに仕事ができるし、買い物は通販でほぼ完了、趣味がインドア系であればもう完璧だ。

 ――要するに、太りやすかった。

 さまざまな〝痩せるお薬〟が出回っていたけれど、安物は大概身体に悪く、さほど効果も期待できない。そして人々は怠惰と美食の誘惑から逃れられなかった。

 〈東谷瀬名〉が何度かチャレンジしてみたジム通いは、いつも〝やってみた感〟を味わうだけで中断終了。

 極端な肥満体形じゃないしこのぐらいならOKいけるいける、また今度本気出せばいいさ、ただ今はその時ではないだけだ――。


「だいえっと……?」

「ゴフッ!!」

「瀬名!?」

「いやっ、大丈夫だともっ! なんのこれしきッ……!!」


 自業自得で吐血しそうな顔色を、純粋に心配してくれる青年の眼差しが一番痛かった。

 心をえぐる単語を先に口にしたのは自分だったので文句も言えないが、よりによって本当に、何故この男が居る時にこのシーンなのか?


(い、いやいや待てっ! これは私であって私じゃない、〈東谷瀬名(オリジナル)〉なんだ。私だけど断じて違うんだ……!)


 現在の〈セナ=トーヤ(自分)〉は身体年齢十七歳にして、この頃と比較し十センチほど高い百七十三センチ。加えて日常的に身体を動かしまくる環境なので、筋肉質ですらりと引き締まっている。

 ゆるゆるフニャフニャなつきたておモチ体型ではない。

 寝転ぶたびに「ぺちょん」と広がったりもしないのである。


(ふ、ふふふ……そうだ、悶える必要などあろうか! しょせん実態なき記憶世界ごときに――――って記憶? そんなの見せられながら、普通に回想できるっていうのも妙だな)


 思い出しながら思い出しているという話になるが、わけがわからない。いずれにせよ判断材料が足りなかった。

 少なくとも瀬名の頭の中にある〈精神領域刻印型魔導式〉では、あの揺蕩う光に干渉ができなかったし、突然視界を埋め尽くした白光を防ぐことすらできなかった。魔素を感知し、自在に操作できる魔導式で手も足も出ないとなれば、すなわち魔素では干渉できない未知のエネルギーが働いているか、もしくは――。


「〝力〟の最小単位が、魔素より小さい……?」


 呟きを聞き咎め、シェルローヴェンが眉を顰めた。


「その、小さな単位というのは?」

「まだ観測できてない仮定の段階だけど、あっても全然おかしくはないから、うちの小鳥さんが研究だけは進めてる」

「なるほど……」


 魔力で構築された防壁などは、遥かに小さな魔素にはすんなり通り抜けられてしまう。それが瀬名の得意分野と知っているだけに、それが実在した場合の厄介さは、シェルローヴェンにもすぐに想像できたようだ。

 瀬名は胃の腑のあたりがヒヤリと冷たくなるのを感じる。


(まずったかな……ARK(アーク)さんの魔素研究がもっと進んでから来たほうが良かったか?)


 もしやこれはラスボス戦の直後、対策が不充分な状態で裏ボスのダンジョンに手を出してしまったパターンではないか?

 一瞬で入り口に戻る帰還アイテムでもなければ、前進も退却もできない、完全に詰みの状態に……。


(だとしても現実問題、来る必要があるかないかで言えば、あったんだよなあ……。ラゴルスと襲撃組の信徒を撃退したら、残りが警戒強めて戦力増強やら守りを固める方向にシフトしたかもしんないし、同時に叩いたほうが良かったんだもんよ)


 ならば、根城を壊滅させた後で奥へ進まず、一旦帰還すれば良かったか?

 ――否、だ。

 人を怪物化させる〝種〟の発生源は早い内に押さえておかねば、後々確実に災いを招く。

 それに、あの元教主の小賢しさ。無力で哀れな老人の表情(かお)をして、常にこちらを陥れる隙を探し、ある意味天晴れなほど諦めない。

 あれを伴って帰還するリスクのほうが高かった。精霊族(エルフ)の氷の魔術に閉じ込め、意識を奪っていたとしても、あれはどうにかして意識を取り戻し、隠し持った裏技で拘束をといて逃げた気がしてならない。

 あの老人はラゴルス以上の妖怪だった。もしラゴルスが辺境の地への襲撃を思いとどまり、至光神教が延命されていたならば、数年後には再び組織の頭に返り咲いていたのではないか。


「ところで、彼女は……何をしているんだ?」


 シェルローヴェンから遠慮がちに突っ込まれ、瀬名の思考は強制終了。嫌だなシェルロー君、あれは夢だと言ったじゃないかハハ、と胸中で乾いた嗤いをこぼす瀬名だった。


(っておいそこのオマエえぇぇ!? そのカッコで胡坐をかくのはヤメロおおぉぉおッッ!! 服を、一刻も早く服を着るんだあぁぁあぁッッ!! そんなモチモチたるたる体形にどんな需要があるってんだ、見苦しいモンを晒すなあああぁぁあッッ!!)


 心が絶叫をあげるも、もちろん相手には届かない。

 違うんだ、あれは私じゃないんだ――嘘ではないし、瀬名が黙っていれば誰も真相など知り得ないと重々わかっているのに、この居たたまれなさよ。

 隣に立っている美形種族の顔を見るのが怖い。最低でもここを出るまで、この男と視線を合わせたくなかった。


 苦悩する瀬名を余所に、シェルローヴェンのほうはそこまで女性の体型を気にしていなかった。むしろ異様なこの部屋そのものと、瀬名に酷似した彼女の顔立ちのほうが気になっていたのである。

 長い黒髪。以前目にした幻影の中の少女がもしあのまま成長していれば、このようになったかもしれない。

 人族(ヒュム)の女性として標準的な身長。あまり身体を動かさない富裕層の女性にありがちな体型。

 この狂乱具合からして、間違いなく瀬名はこの女性の正体を知っているが、全身から猛烈に拒絶(きくな)オーラを発している。


(さて、どうしたものか)


 お互い妙に、身動き取れない状態になっていた。

 そんな二人の視線の向こうで、ショーツ一枚の女性は億劫そうに頭をぽりぽりと掻き、とてもだらしなく大胆な姿勢で「ふわぁ」とあくびをかましていた。どうやら横になっている最中に眠くなったようだ。


(あああぁあ嫌あぁあぁぁあ……)


 油断しきった大口全開のあくび(ヅラ)は瀬名の精神(こころ)にクリティカルヒット、ライフポイントがゴソリと削れ落ちた。本気で倒れそうな瀬名の様子に、シェルローヴェンはだんだんハラハラしてくるのだった。

 そんなことが起こっているとは露知らず、女性はのんきな寝ぼけ眼で、ポッドの前に表示された半透明の四角いウィンドウをぼーっと眺めている。

 健康診断の結果だ。自宅にある簡易的なものと違い、医療機関の……。


 …………。


「………………」

「……瀬名?」




 〈■■■■株式会社 社員№■■■■■〉

 〈総合診断結果 良  ■■■■年 ■月■日〉




『――ちょっと待って。そういう技術ができたって噂じゃ聞いたことあったけど、私の記憶なんていつ保存したの?』


《定期健康診断です。全身スキャンの際に意識がなくなった憶えはありませんか》


『……ある。なんか眠くなって……あん時か……』


《その際にオリジナル〈東谷瀬名〉の補助脳を介し、記憶情報を不正コピーしたのです》




 ()()()()()()()()()()。目覚めればあの船の中にいた。

 ARK(アーク)(スリー)の船内、わずか十歳程度の身体で。


(――……どういうこと?)


 自分は今、何を見ているんだ?




◆  ◆  ◆




 再びさぁ、と景色が流れ、二人は別の場所に立っていた。

 シェルローヴェンは、瀬名の何らかの記憶に関わっているであろう光景に、どこか高揚感を覚え始めていた。


(あの女性は、瀬名の近しい身内なのだろうか? 姉妹か、もしや母……?)


 そんなふうに思うのも無理はない。彼は瀬名以上に、この光景への判断材料を持っていなかった。

 初めこそ何もかもに圧倒されて声を失ったが、すぐに呆けている場合ではなくなった。というのも……。



「うあああぁあぁっ、だからその格好と姿勢でビールかっくらうのはヤメロというにィィッ!!」


「っっぎゃああぁッ!? すっぽんぽんでうろつくな裸族かてめえは文明社会に戻れええぇッッ!!」


「…………おねがい…………しむ、しむでしまふ…………もぉだめ…………ヤメテ……」



 ……と、このように、隣からそれはそれはもう愉か――いや、悲壮なオーラがダダ流れてくるので、面白――いや心配になり、どうしてもそちらへ意識が逸れてしまうのだ。

 頻繁に謎の言語が入るので半分以上は理解できないが、要するに、身内と思しき女性の振る舞いがあまりに解放的過ぎるので、恥ずかしい姿を晒すなやめろと、届かないと知りつつ苦情を叫ばずにいられないのだろう。


 たとえばシャツとパンツ一枚でキンキンに冷えたビールをあおりながら枝豆をつまみつつミリタリー映画を楽しんでいたり。

 ダサい・イモいの代名詞たるジャージ姿でリクライニングシートに沈み込み、ゴーグル状の接続機器をはめて電脳ゲーム世界にダイブしていたり。

 同じ姿勢で長時間ゲームし過ぎてちょっと腰が……とか。

 ほぼ一日部屋から出ずに、飲んで食べて映画でゲームだから太腿やお腹周りがどんどん……とか。

 鏡の前で伸びをして腹部を引っ込め、「うんこれならまだ」と自分で自分を騙していたりとか。


 彼女のやっていることの大半が彼には意味不明で理解できなかったものの、なんとなく振る舞い方が瀬名そっくりだな……と微笑ましくなってきていた。すっかり珍獣を観察する気分である。

 本人にそんな感想を伝えようものなら、息も絶え絶えなところへ致命的な一撃となりかねないので、あえて言わなかったが。


「……キミがここで目にしたすべては他言無用だ……記憶からすべて消去するんだよ……わかるね……?」

「わかった、誰にも他言はしない。正直、どう説明すればいいかもわからんしな」

「シェルロー君? そんなふーにもの凄ぉぉく楽しそうなカオをして、有耶無耶にできると思ってるのかい? 消去だよ、しょ・う・きょ? 大事な質問の答えがまだだよ?」

「………………」

「おいぃッ!?」


 もしやこの光景は、瀬名を標的にした精神攻撃の一環なのだろうか? ならば大変だ――シェルローヴェンは笑いそうになった。

 お互いに武器が手元になく、魔術も使えない。瀬名もここでは魔素を操作できないと確認している。

 深刻な状況であるはずなのに、何故だろう。

 まったく危機感が湧いてこないのは。




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