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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
288/316

287話 起こり得なかった未来の墓標

いつも来てくださる方、ふらりと寄ってくださった方もありがとうございます。


 同じ頃、瀬名とシェルローヴェンは仲間達とは異なる選択をした。

 不可思議な光が浮上しながら明滅する円形の露台に、二人は踏み込まなかったのだ。


 その光自体は聖なるものでも、邪悪なるものでもない。ただそこに揺蕩うものであり、とりたてて益にもならず、害を与える性質もなかった。もし感知能力を極限まで研ぎ澄ませ続けたとしても、結論が変わることはなかっただろう。

 エセルディウスとノクティスウェルは故郷の夜光花の輝きを連想し、積極的に触れようとはしなかったが、そこまで危険性を感じてはいなかった。

 グレンも嫌な臭いを覚えなかったし、バルテスローグも陽輝石や月輝石との違いを感じなかった。

 ウォルドとアスファもそうだ。【断罪の神】と【果ての神】がともに沈黙し、接近を止めなかった。


 仲間達と同じ結論に達していながら、それでも瀬名とシェルローヴェンの二人はとりわけ用心深かった。正体不明を正体不明のまま、無闇に距離を縮めるのをよしとしなかったのだ。

 何より、「さあここを通れ」と言わんばかりにお膳立てされた状況が気に入らない。何者かの思惑に沿うよう強制されたり誘導されたりが、二人とも大嫌いなのだった。

 ゆえに、なんとか調べる方法がないかを探ることにしたのだが……。


「――ッ!?」


 あちらとこちらで、それらが連動しているのだと知る由もなかった。

 クラゲのようにゆったりフワフワ浮かんでいたそれらが突然ピタリと静止し、一斉に凄まじい白光を放った。

 目を覆う間もない。二人の反射速度を遥かに超える速さで視界は真っ白に染まり、周辺の空間ごとすべて、光に呑み込まれていた。




◆  ◆  ◆




「うわ……っ!?」


 ひと声叫び、アスファは自分の声の違和感に口をつぐんだ。

 くぐもって反響し、二重になって聞こえる。


(な、なんだよこれっ!? ……って、あれ? なんで俺、目ぇ開けてられんの?)


 瞼が開いたままなのに、眩しくない。いや、眩しいは眩しいのだが、目が痛くならないのだ。


(あ。ひょっとしてこれ、あん時のあれに似てる?)


 初めて神剣【エル・ファートゥス】が自分に語りかけてきた、あの瞬間だ。凄まじい光の奔流の中、苦痛があるわけでもなく、アスファは徐々に冷静さを取り戻してきた。

 手、ある。足、ある。顔は……うん、ちゃんとさわれるな。

 服も着ている。いきなり真っ裸にされていなくて良かった。神話で時々そういう場面が出てくるけれど、アスファは「絶対俺は嫌だ」と常々思っていたのだ。奇跡をくれるぐらいなら、服をちゃんと着せてくれ。多感な少年の切実な祈りは通じたらしい。

 それから、剣は……。


(あっ!? ない!?)


 神剣がなかった。荷物もない。

 焦りかけた頃、始まった時と同様、唐突に光の奔流は消え去った。サァ、と視界が晴れ、地面に足がつく。

 土と草の感触。陽射し。そよ風に奏でられる葉擦れの音。


「…………どこだよ、ここ?」


 ついホッとしかけて、相変わらず反響している己の声の気持ち悪さに眉を顰めた。

 違う。ここは〝外〟ではない。もしかして自分は今もまだ、あの真っ白な流れの中に、あるいはあの洞窟の中にいるのか。


(どう見ても外だけどな。どうなってんだろ…………ん? んんん? こ、ここって……)


 ここは――まさか――


「お、俺の村ぁ!?」


『ぎゃっ!?』


 近くで潰れた蛙の断末魔が上がった。

 ぎょっとして振り返れば、ドサ、と鈍い音がして、少年二人が道端で殴り合いを始めるところだった。

 いや、それは一方的で喧嘩とは呼べない。片方の少年が、もう一方の少年にのしかかって痛めつけているのだ。容赦なく拳を叩きつけられた少年は、涙と鼻血でさんざんな顔になっている。

 アスファはその少年達に見覚えがあった。

 何度も拳を振り上げている少年は、焦げ茶の髪に、群青の瞳……。


「……ぇえ~?」


 ……俺ぇ?

 情けない声が、嫌がらせのように二重で響く。


 俺この時、こんな顔してたんだな――アスファは他人事のように思った。

 この後にどうなったかも憶えている。そんなに大昔の話ではないのだから。要するにこれはどうやら、自分の記憶をなぞられて、夢というか幻を見せられているのだろうか?

 それも特に、思い出したくない種類の記憶というやつを。


(うわぁ……こいつら、痛々しいなぁ……)


 かつての自分を前にして、アスファはぼんやりそんな感想を抱いた。

 性格の悪いクソガキも、クソガキにからかわれてキレた自分も、両方とも痛々しい。どちらも言っていいこととやっていいことの区別がついていない、どうしようもなく無知な子供だった。

 想像力が足りず、加減を知らず、制御もできず、だから言い過ぎるし、やり過ぎる。


 記憶より細い身体にもアスファは少なからずショックを受けた。この頃はこんなにヒョロっこかったのか? 村では俺が一番喧嘩強いんだ、なんて、あの頃いかに世間知らずの坊やでしかなかったのか、こうして第三者として自らを眺めれば、実感の度合いが段違いである。

 背丈はさほど高くもなく、実戦に適した訓練を積んだわけでもない身体つきは農村の子供のそれで、貧弱ではないけれど、まともに剣を振るえそうには到底見えない。事実、この少年は力任せにぶんぶん振り回すのが関の山なのだと、アスファはよく知っている。

 恥ずかしいわ情けないわで、顔面から湯気が出そうだった。もうやめて欲しい。


 いきなりサァ、と場面が変わった。無謀な少年が賢明な母親に食ってかかっている。あまりの羞恥心と申し訳なさに、当時より成長した息子は涙が出そうになった。

 これは確か、村を飛び出す直前、止めようとする母親にギャンギャン我が儘をぶつけた日の出来事だ。あれは親子喧嘩ですらなかった。ただ子供が癇癪を起こしていただけだった。

 説明しづらいことが増え過ぎて、未だに母親には報告すらできていない。彼女は読み書きができないから、手紙も出せなかった。息子が魔法使いから学問を――初歩の初歩とはいえ――叩き込まれ、簡単な書物なら自力で読めるようになったと知ったら、むしろ討伐者になれたことよりビックリされるかもしれない。

 顔向けできないだの、勇者なんてバレたら恥ずかしいだのぐだぐだ言わずに、帰ったら真っ先に会いに行こう。平手の五、六発は甘んじて受け入れよう。

 アスファの精神(こころ)に深刻なダメージを与えるための攻撃なら、この記憶のチョイスは実に的確だった。


(ううう~、どうすりゃこの幻から抜け出せるんだ?)


 またもや場面は変わった。草ランクに登録した少年が「さっさと上に行ってやるぜ!」と息巻いている。

 強そう感が出ているつもりで、身の丈に合っていない形見の剣をいじっていた。正当に評価してくれない指導役に食ってかかり、やめろと注意されるのも聞かずに魔物の群れへ無策で突っ込み……。

 鮮明な幻を見せつけられるのは、ただ思い出すよりもグサッ、ズバッ、ドスッと突き刺さるものなのだな、とアスファはひとつ賢くなった。

 もうやめて、俺のこころがしぬ。危うく灰になりかけたが。

 ――す、と真顔になった。



『大丈夫、君には素晴らしい力がある。私達はちゃんと知っているよ』


『試練を受け、己の資質を示すのだ。神々は必ず、相応しき者にその〝資格〟を授けるだろう』



 …………。


 何故。

 名を口にするのも忌まわしい、聖衣を纏ったあの怪物どもがこの段階で出てくる?


(……まだ師匠(セナ)に会ってねえのに)


 それだけではない。エルダも、リュシーもいない。

 グレンやウォルド、バルテスローグもいない。

 アスファは悟った。これは自身の記憶ではなかった。


 それでは、……それでは、これはいったい、何だ?





 もしも以前の自分だったら、あの時どうしていたんだろう。

 時折ふと、アスファは思うことがある。

 調子に乗ったガキのままの自分が、もしあの時、あの連中の依頼を受けていたら?

 甘い言葉で持ち上げられ、「上のランクに行けるよう推薦してあげよう」とかなんとかそそのかされ、あの神殿の地下遺跡に入っていたとしたら。

 神官のフリをした怪物どもに、そうと知らぬまま疑いもせず導かれ。

 伝説の剣を手にし。甘い言葉で持ち上げられ。

 まるで物語の英雄のごとき展開に、無邪気に有頂天になっていたかもしれないと、そんな自分を想像してゾッとすることがある。


 目の前でシモンが死んだ。

 アスファは何もできなかった。

 幻に触れることはできない。血まみれの肉塊と化した仲間の姿に、喉がおかしな音を立てた。

 わけのわからない声を張り上げそうになり、胃の中身がせりあがってくる感覚があるのに、何も出ない。

 なのに涙はちゃんと出るらしい。先ほどとは違う種類の涙が目尻から溢れ、幻の世界ってわけわかんねーとアスファは毒づいた。

 そう、これはただの幻だ。最低最悪で悪趣味極まりない夢。


 最低な夢はまだまだ続く。少年は己が半神という選ばれし存在なのだと知った。

 地上へ戻れば大勢の神官が待ち構え、新たなる勇者に跪いた。


『悲しいが、必要な犠牲だったのだ』


 ふざけんな、とアスファは毒づき、夢の中の少年勇者もどきは、己の苦痛から目を逸らしてその言葉を受け入れた。


「アホかおまえ!! 納得するとこじゃねーだろ!!」


 ぶん殴ろうとしたらすり抜けた。幻って最悪!! とアスファは悶えた。

 いつか立派に成長し、この世界を救うことこそが、亡き人々への何よりの手向けになるだろう――なんて、そんな世迷言をよくぞコロッと信じられるものだ。


「努力の方向性ってやつが違うんだよ!! 世界を救いたきゃ、とりあえずてめーの隣に立ってるエセ神官どもをぶった斬れ!! ああああもう……!!」


 どうしてここに【エル・ファートゥス】がいないんだ。もしあの神剣がここにあれば、こんなむかつく幻影だって斬れたかもしれないのに。しかしいくら悶えても、無いものは無いのだった。

 場面はどんどん切り替わる。少年は青年と呼ばれるようになり、一目置かれる存在になっていった。その数年の間にたくさんの仲間を得て、同時にたくさんの仲間を喪った。

 アスファはもはや文句しか出てこない。まず第一に、仲間を亡くし過ぎだ。英雄の一行としてお綺麗な方針を貫いては身内に犠牲を出しているが、はっきり言って無駄が過ぎる。「もっと狡くセコくやりようがあるだろ!!」と教育的指導をかましてやりたくなった。


「いいかおまえらにとって一番大事なのは正道を突き進むことじゃねえ。一刻も早く師匠(セナ)を召喚することだ……!!」


 もちろんそんな声は届かない。なんと歯がゆくストレスの溜まる精神攻撃であることか!

 何より気に入らないのは、幻のアスファ青年の仲間の中に、エルダやリュシーの姿がないことだ。シモンは早々に儚くなってしまったし、灰狼(ロア)精霊族(エルフ)もいない。

 場面がまた切り替わった。ここまで最低な展開になるのか、とアスファは一周回って嗤いそうになった。


 故郷の村が、燃えている。


 黒煙が上がり、建物は倒壊し、田畑はぐちゃぐちゃに荒らされ、そこらじゅうに人体の成れの果てが部分的に転がっていた。

 うつ伏せで動かないその顔を見る気にはならない。きっと記憶にある顔のひとつなのだと想像がついてしまった。

 あんなに平穏だった小さな村は、今やそこらじゅうに血や肉塊が散らばり、そして――そこらじゅうに【小鬼】や【鮮血熊】や【人喰巨人】、凶悪な魔物がうろついていた。


(……なんでこんなとこに【誘冥蠍(デスストーカー)】なんかいるんだ)


 南の地へ行った時に、あちらの魔物の話を耳にした。これは光王国には滅多に出ない、南方の砂漠に多く出る魔物だ。

 よく見ればそれ以外にも、いないはずの種類の魔物をちらほら見かける。

 それにどことなく、妙に強そうではないか? ただの【小鬼】ですら、存在感や面構えの凶悪さが増している気がする。

 バラバラの種類の魔物が、同じ場所にこんなにいるのもおかしかった。お互いを攻撃したり威嚇したり、そういうことの一切がない。

 不意に、魔物達が一斉に同じ方向を見た。

 そしてあるものは頭を垂れ、あるものは跪いた。


 その方向に、人影があった。

 それは一見すれば、人の姿形をしていた。


(なんだ? なにもんだ、あいつ……?)


 アスファはその顔を知らなかった。

 その男がかつて、イルハーナム神聖帝国の第二皇子と呼ばれていたことを。




アスファ君、まだお母上に報告できてません。

いっそ「俺勇者になっちゃったぜあはは!」と言えばいいと思います。

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