286話 これは断じてデートではない、はず
感想、評価、ブックマーク等ありがとうございます。
昨日のうちに更新したかったんですが、日付が変わってしまいました(汗)
「ここまで来て魔物一匹出ないのって、逆に不気味だね」
「まともな聖域ならば、何ら異常ではないんだがな」
二人して随分歩いてきた。にもかかわらず、分かれ道もなければ魔物との遭遇もなかった。
ずっと似たような景色、似たような一本道が続き、不自然なほど静かで生き物の気配がない。瀬名とシェルローヴェン、二人の足音と息遣いを除いては。
「……まさか、同じ空間をえんえんループしてるってことはないよな?」
「それはないだろう。徐々にだが弟達のほうへ近付いている感じがする」
「そっか」
瀬名は小さくため息をついたつもりだったが、思いのほか大きく響いた。音が反響しやすいのではなく、余分な雑音が周囲にないせいだ。
こんな調子だから、繋がれた手をほどく隙を、未だ掴めずにいる。
(くっそ~……なんか安心してる自分が超悔しい……!)
時間の感覚がなくなってきた。あの青い小鳥さえいれば、これまで歩いてきた距離も時間も一発でわかるのに。
いつもそこに在るものが足りない感覚に苛立ちが喉の奥で渦巻いて、深く吸った息とともに吐き出す行為を何度繰り返したろう。
実際は、そう何度もない。けれど肉体年齢十歳の頃から今に至るまで、こんな経験はかつて一度たりとも味わったことがなかった。そのせいで余計に、それが苦く印象に残るのだ。
つい肩へ伸ばした指が空を切り。
訊けば答えてくれる存在がいない。
一瞬ですべてを見通し、分析し、この場所がどこか、どう進めばいいか、求める先も回避すべきものも、理想的なルートを常に示してくれていたのに。
そして何が一番むかつくと言えば、自分がそれにすっかり依存しきっていたのだと、嫌味ったらしく思い知らせてくるこの状況そのものだ。
さらに万能精霊族のシェルローヴェンが、まるで小鳥の不在を埋めるかのように、この上なく頼もしい。ひとりきりで放り出されてしまった瀬名の心許なさを理解し、時間の経過が不明なせいで「もしやループしてるのでは?」と危惧しかけたのを一蹴して、いつも頼りになる凛々しい姿が今日は一段と輝いて見える。
騙されるな、絶対にこれは吊り橋ナントカな効果だ、油断するなと瀬名は己に言い聞かせねばならなかった。この状態が長期化するとまずい、精神面に確実に良くない影響がもたらされてしまう。一刻も早くあの小鳥と再会し、ぴりりとスパイスのきいた台詞で正気に戻してもらわねば……!
そう決意を新たにしながら、相変わらず握られたまま放置の手を凝視した。つい「駄目じゃん」と呟いた。
「何がだ?」
「イイエ? ところでここ、何なんだろうね? 敵も出ないし罠もないし。まあ無くていいんだけどさ、んなものは」
「そうだな。ここは――言っていいのか?」
「あ、やっぱり言わなくていいよ」
多分あの広間から見て深層だよね、うんわかってる。瀬名は胸中でトホホと嘆いた。
もっとトホホなのは、小鳥氏の不在による動揺、それに端を発する失言が招いた手繋ぎ、そのせいでさらに深刻化した頭の混乱のせいで、今の今まで綺麗さっぱりその可能性に思い至らなかった己の動揺っぷりであった。
本当に微塵も思い浮かばなかった。ある意味、おかげで心の平穏が微妙に保たれていたとも言える。
(そうだよね、嫌がらせで転移させるからには、相手の行きたくない場所に飛ばすのは基本中の基本だよね!)
要するに、だからここは静かなのかと、ますます嫌な気分になる瀬名であった。
そして自らを負のドツボに追い込む瀬名の精神状態を、出来る精霊族が気付かないはずはない。
「だいぶ移動したが、やはりわたしの能力はこの道の上に限定されているようだ。瀬名のほうはどうだ?」
「あー、私も変わらないかな……」
小鳥の不在に加え、これも最大の不安要素だった。――最近の瀬名を無敵たらしめていた能力、〈グリモア〉の影響力が、シェルローヴェンと同様、この道の上から外へ及ばなくなっている。
「ここ以外に魔素が無いんだよ、これっぽっちも。操れるものが何もないから、今のあんたに出来ないことは今の私にも出来ない」
「道の上に漂う魔素を、あの壁まで移動させることは?」
「もうやってみた。消えたよ、何かに吸い込まれるみたいに」
自分の位置を瀬名が把握できないのはそのせいでもある。魔素さえあれば、小鳥氏の真似事でだいたいの空間把握ができただろうに。
けれど世界中どこにでもあるはずの魔素が、ここには彼らの周辺、わずかな範囲を除いて存在しない。いざとなれば天井だろうが壁だろうが吹っ飛ばして突破、という最終手段が封じられた形だった。まあ、どのみちどこにいるかもわからない仲間を巻き込みかねない、大規模な破壊活動はできなかったろうけれど。
瀬名とシェルローヴェンの立っているこの場所、横に並べるだけの幅しかない道の両脇は、やはり変わらず底の知れない闇が深く続いていた。洞窟の壁も天井もずっと遠いままで、横道も、足掛かりになりそうなものも見当たらない。
地下での行動が主になるからと弓を持ってこなかったのは失敗したか、とシェルローヴェンは少し悔やんでいたが、やはりその必要はなかったとすぐに思い直した。なんとなく、あの壁には矢じりが刺さらない気がする。
「ブラックホールに囲まれた中を歩いてるみたいだな」
「それは何だ?」
「ん~……光も何もかもすべて吸い込んで呑み込む強烈な闇、的なものだと思ってくれたらいいよ……。そんなもんの内部でまず生きちゃいられないっていう前提は脇に置いといて、比喩的なアレでね。魔素の消え方が四方に拡散するんじゃなく、急に重くなって底に落ちていく感じがしたんだ。魔力から魔素に解体しても、今までそんな動きしてるの見たことなかったからさ」
「ああ……確かに、わたしの魔術もそういう消え方だったな」
土や氷で足場を作ろうとしても、端から崩壊して落ちていくような消え方をした。
「魔力とは浮かぶもの、湧きあがるものと思っていたが、ここの魔力は〝沈む〟方向に力が動いているのだろうか」
「魔力が沈む……言い得て妙かも。陰鬱~な気分になるし。せめて珍しい鉱石でも発見できりゃあ気分も変わるのに、それすらないし! 見事になんにも見つからないよねここ」
「ありふれた石と土しかないな」
それも奇妙な点だった。ごくありふれた石と土の道なのに、足もとを発光させているのが何なのかわからない。
「そもそもわたし達が二人とも、完璧な幻惑にかかっているとすれば説明もつくか」
「いやぁ、それはさすがにないんじゃないかなって思いたいわ……私とあんたをいっぺんに処理できる精神系の術って何さ? 知ってると思うけど私の頭はそういうのにかかりにくいし、かかっても一瞬で自動的に醒めるからね?」
「知っているさ。ただ、わたしにとってはこの状況がそんなに悪くはない。こんな時でもなければ、瀬名がわたしを頼り切るという楽しい状況は有り得んだろう?」
「あのう、シェルローさん? お言葉どおり頼らせていただいてる身でアレなんですが、顔に『うきうき』とか書かんでくれませんかね? もはやお姉さんはキミの趣味と不思議発想にどう突っ込めばいいのやらわかりませんよ。どうしてこんな子に育っちゃったんだろうか……」
「ほら。そう言いながら振りほどかない。いつもなら相手がわたしだろうが誰だろうが、容赦なく鉄拳を飛ばすところだろう?」
「うぐ」
否定できなかった。
手じゃなく足が飛ぶかもね! もちろん顔は狙わないよ! と、いつもなら滔々と出る負け惜しみすら喉奥で沈黙している。
無いと言いつつ、ここが本当に幻影世界だったらという仄かな不安が忍び寄り、手を外すのが怖くなってしまったのだ。
(離した途端にこいつまで消えてしまったら――とかオマエはどこぞの乙女かあああッッ……!)
始末に負えないのは、それが結構真面目に怖いと感じる点と。
どことなく勝ち誇った顔で微笑むシェルローヴェンには、やっぱりそういう諸々が筒抜けという点であった。
冗談まじりなら平気でいくらでも弱音を撒き散らせる瀬名であったが、実は本気の弱音は滅多に吐かない。本当の弱みは決して他者に見せるべきではないと、現実主義的な面が浮上し、いつもの言動の中に本音を覆い隠してしまうのだ。
嘘と本音を巧みに織り交ぜて隠蔽するので、精霊族でさえそうそう瀬名の心を読み解けはしなかった。――その難解な暗号のごとき内面を読み解くことが、どうやら最近この男の特技になってしまったのか……。
(あれ? まさかこれって見方を変えればデ……いやいやいやちょっと待て!? どうした私の頭、無事か!? いや無事じゃないな!? かくなる上は、この刃を……!)
手が塞がっていたら振るえないよ、とお互いの獲物を示しながら一応の抵抗を試みた。が、あいにく二人とも両利きだったので、片手があいていればどちらでも問題ないのだった。
「くくく……」
「お黙り!」
勝てる要素がゴンゴン減ってゆく。どうしてくれようと瀬名がかなり真剣に悩み始めた頃、ようやく唐突に状況が動いた。
「瀬名」
「……人が『さあこれから考えよう』って集中しかけた時に……ちったぁこっちのペースに配慮しろってんだ!」
少しは何か変化しろ、さっさと道を抜けたいと思っていたくせに、身勝手な言い草である。
目の前には終着点――ではない。変わらず奥まで洞窟は伸びている。だが、崖は終わり、そこは円形の露台のようになっていた。
その露台の上で、不可思議な光が浮上しながら明滅している。大きさはまちまちで、蛍のように小さなものから、頭ほどに大きな光もあった。
「……何だろうねあれ」
「…………」
いかにも、何かありげな光だ。
あれは結界で防げるものか、そうでないのか。
触れて構わないのか、そうではないのか。
「……あそこを抜けた向こう側に、皆がいる、ような感覚がある」
「うん、そうかなと思ったけど」
通り抜けねばどうにもこうにもならない、絶対に避けられないやつである。
瀬名はげんなりしてきた。
◆ ◆ ◆
その頃、アスファ達の一行も似たようなものを目にしていた。
彼らは瀬名と違い、闇の上をすっと通るような道ではなく、奇妙だがそれでも普通の洞窟を歩いてきていた。
そろそろ二人に合流できるかもしれない、と精霊族の兄弟が告げた頃、丁度それに合わせたかのように道の様相が変わった。
円形の広大な広場に出た。天井は見えない。
不思議な光がふよふよと浮かんで漂い、それらには邪悪さも聖性も感じなかった。
「何だありゃ?」
「なんだろ……」
「……この辺り、結界が張れません。なるべく触らないように気を付けてください」
「……わかった」
ゆっくり、慎重にそれぞれ足を踏み入れる。何事もなかった。
光は相変わらず、ゆったり静かに揺蕩っている。
なるべく触れないように歩いていたが、アスファがひとつの光の近くを通りかかった瞬間だった。
彼が何をしたわけでもない。
けれどその光が突然アスファに吸い寄せられ、吸い込まれたのだ。
そんな場合じゃないというより、そんな場合だからこそ余裕を忘れないシェルローさん、瀬名をからかいつつ気分転換をさせてます。
そういうところはやはり年上らしくリードする立場を取ります。なんとなくそれがわかるだけにやっぱり強く抵抗できない瀬名さん。
次話はそれほど開けずに更新したいと思ってます。




