284話 得てして行きたくない場所に飛ばされる
感想・評価・ブックマークありがとうございます。
誤字脱字報告師様、ありがとうございます。結構間違えてますね…すいません。
お守り袋の中には、小さな黒い欠片が入っている。
亜竜種の鱗にも見えるし、貝殻のようでもあるそれには、極細の金の線で複雑な紋様が描かれていた。
光に透かすと内部の紋様が浮かび上がって重なり、小さな欠片の中に果てのない奥行きが見える。
「こんな所で万一にもはぐれたり飛ばされたりっつうのが一番嫌だからな。自力で元の道に復帰すんのが得意っつったって確実じゃねえし、時間もかかる。こういうのはいくらでも用意しといて損はねえ」
軽い調子で配られたから、知らなければ本当にただの気休め程度と勘違いしそうだ。
袋へ仕舞い直すグレンに、アスファが好奇心に負けて尋ねた。
「あんま追及したくねーんだけど、これって何なのかな」
「さあ? ただの便利な魔道具だろ?」
「そっか」
「天魔鋼じゃ」
あえてすっとぼけたグレンとアスファの半眼がバルテスローグに突き刺さる。
「やたらめったら複雑怪奇な魔法込めたもんだわな~。加工によって色が変わるたぁ知らなんだ。今度ちぃと分けてもらえんかな……ワシも弄ってみたい……」
「危ねえ発言はやめろ爺さん、いくらかかると思ってやがる。てめぇの持ってる聖銀全部売っ払って、このひとかけにようやく足りるかどうかってとこだぞ」
「そこはあれじゃ、トモダチ割引ってやつを何とかどうにかすれば、余っとる在庫ぐらい……!」
「だからやめろっての。こんなもんが在庫でポンポン出てくるとか冗談じゃねえ」
「ふーん。やっぱり高価いのかーこれー……」
アスファは遠い目で頷いた。もういちいち驚きもしない。とりあえず町に戻ったら速攻で返却しよう。
「――〝神にすら支配し得ぬ〟か」
顎に手をあててウォルドが言った。
バルテスローグが「そゆことだろうの」と訳知り顔で頷き、グレンとアスファが「どゆこと?」と視線で問う。
「天魔鋼の元の意だ。――この世の神々の支配から外れた存在、決して操れないもの。神器として遺っているのは、ほとんどが神輝鋼だ。アスファの剣もそうだろう」
「あ、ああ。そーだな……?」
「つまり?」
「つまりだの、この天魔鋼ちぅのは神域が多少おかしくなっとっても狂わんのよ。ワシの御先祖さんから伝わる話によりゃあ、長年清められても聖性を帯びたりせん代わりに、悪意の影響もとんと受けんらしいわな。で、こやつはどうも、魔道具のクセに魔力なんぞ間に入れんで、セナの魂か精神かに直接繋がっとる感じだの」
「ふわー……」
感心する少年に、グレンがニヤリと目を細める。
「もしくは小鳥の野郎にだったりしてな」
「げっ!?」
「どっか途中で棄てちまお、なんて考えたらいけねえぜアスファ?」
「す、棄てねえよ? 考えてねえもん?」
「そうかぁ?」
「ちゃんと帰ったら師匠に返すつもりだったんだぞ!? 嘘じゃねえぞ!?」
声が裏返っている。いきなり挙動不審になった少年を、大人達は生温かいまなざしで見逃してやることにした。
本当のことなのに何故か信じてもらえず、アスファは「くそ~! グレンめ……!」と歯噛みした。おそらく過去形になっているせいで信憑性が薄れているのだが、指摘してやれる者はいなかった。
「とにかくま、どこぞから魔力やら神気やらを妨害する力が働いとったとしても、そもそもそんなモン発しとらんのだから意味ナシちぅことだわな」
「へえ……」
「そいつぁ興味と度胸のある奴だけが後でゆっくり話すとして、とっとと行こうぜ。――なんとなくあっちっぽい気がすんだが、おまえらはどうだ?」
「ワシのお守り袋からもそんな感じするわい」
「異論ない。アスファはどうだ?」
「俺? えっと……俺のもそんな感じだ。便利だなこれ?」
「とも限んねえぞ? わかるのは方向だけで、行ってみたら行き止まりだったりしてな」
「お、脅かすなよ!」
人の悪そうなグレンの笑み再び。――だが実際、冗談ではなくそういう可能性もあるのだ。
【導きに従い 進むべきであると考える 正しき方角さえ示されれば迷わぬ とりわけこのような異質な空間では】
「異質な空間……?」
「アスファ」
つい神剣の言葉に反応すると、ウォルドが首を横に振った。
「おまえの視線と台詞で、俺達ならば『神剣が何かを語りかけているのだな』と察するが、声に出しての会話は控えておけ。――おまえ以外には聞こえんのだ」
「……!!」
そうだった。あまりに鮮明に伝わるものだから、心で話しかけるだけで通じるのをすっかり失念していた。
「くああああ! は、恥ず……!」
「かかか、若い頃ぁ失敗してナンボよ」
「どんまいどんまい」
アスファは真っ赤になって悶えた。
真面目な顔で愛剣と語り合うところを、もし知らない第三者に目撃されていたら、さりげなく距離を開けられたに違いない……。
◇
一旦お喋りを終了して、一行は慎重に歩き続ける。
やがてすんなり精霊族の兄弟に合流できた。
「よかった、無事だったんですね」
「食べ物はちゃんとあるか? 落として腹を空かせたりしてないか?」
三兄弟の末のノクティスウェルが美女めいた容貌を安堵にほころばせ、次兄のエセルディウスが「仲間の胃袋は自分の担当」とばかりに所帯じみた心配をしてきた。
アスファはエセルディウスの台詞から母親を連想し、「あ、この人やっぱ親切な人だ」と思った。
「この通り怪我もねえし、荷物も全員無事だぜ。腹は、もうすぐ空くかどうかってとこだな」
「なら今のうちにひと口かじっておいたほうがいい。食べる余裕のなくなったタイミングで空腹がきたら困る」
「私とエセル兄様は先ほど食べた直後なので、皆さんだけでどうぞ」
促す兄弟達に従い、各々が携帯食を取り出した。おそろしく栄養価の高い木の実を砕き、生地に練り込んで焼きしめた棒状のパンだが、甘い干し果物の粒やチーズの欠片が入っているものなど、さまざまな味があって美味しい。
「これ、うまいから一杯食べたくなるんだよな~。食感もいいし」
「うむ。不味くとも食べられるだけありがたい、と言うべきなのだろうが、やはり携帯食は美味なほうが気分も向上して良いと思う。強いて難点を挙げるならばアスファの言う通り、つい食べ過ぎてしまいそうなところか」
「あと、酒にも合いそうなとこだの……」
「わかるぜ……この塩気のあるとこがな……」
なんとなくエセルディウスに期待のまなざしが集中する。が、料理担当を自負する青年は「駄目だ」とにべもなかった。
「まだ何も言うとらんぞい?」
「つまみ用に、同じような味と形状で栄養価を抑えたのを作ってもらえないかな、と訊きたいんだろう? 駄目だ。そんなものに慣れたら、これの二口目を食べたい誘惑に抗えなくなる」
「くっ……仕方ねえか」
「不味いのを我慢、美味いのを我慢、どっちがつらいんかの~……」
バルテスローグの声音は本気で切なそうだ。グレンは相槌を打つと、「ところで」と話を切り替えた。
「あんたらの兄貴はどのへんかわかるか?」
「多分、瀬名と一緒か、かなり近い場所にいると思う。我々が転移させられる直前、兄上が咄嗟に瀬名の腕を掴んだのが見えた」
「その瞬間に何があったかは、腹立たしくも記憶が曖昧なんですがね。あのご老体が何かを仕掛けたとしか」
「あっ! それ、こいつ――剣が言ってた! あの野郎が禁術使いやがったんじゃねえかって。そんで俺達の全員が強制転移させられたって」
「禁術? ここの罠を動かしたのではなかったんでしょうか」
「すまん、言うのが遅れたな。【エレシュ】も同様のことを伝えてきた」
「あとそれから、全部の扉があの野郎の魔力と生命力? を〝鍵〟って認識してて、でもって今まで開けた扉はこいつと【エレシュ】が押さえてくれてっから、帰る時は大丈夫らしい」
「退路の憂いが減るのは助かりますね」
「こっからどうやって引き返すのか、って問題もあるけどよ」
グレンの指摘に全員が頷く。一度転移させられた以上、同じ道を引き返せる保証は無いに等しくなった。
「ちなみにあんたら、ここはどこなんだと思う? 魔物の気配はねえみてえだが」
「尋常ではない場所だと感じているが、断定はできんな。ただ、聖域の底の〝何か〟に、少し近付いてしまった感じがする」
「手前というほど接近してはいないけれど、影響が出ている場所に飛ばされた感じですよね」
「最悪だぜ……」
「――待ってくれ。まさか、師匠に合流しようとしたら、そいつにも出くわすことになっちまうんじゃねえか?」
否定はどこからも出なかった。逆に遠ざかる可能性もあるが、あの元教主に一番近い所に立っていた瀬名達が、最も深みに飛ばされた可能性のほうが高いのだ。
マジかよ、と呟いてアスファは天を仰ぐ。
「わたしはそうだとしても進むぞ」
「わたしもです。あなた方はどうしますか?」
「それなんだがよ。疑うわけじゃねえんだが――俺らは本当にそいつに近付いちまったのか? あんたらもセナもいねえのに、ウォルドとアスファが全然具合悪い様子じゃなかったぜ? だから俺ぁ、それは無えとばかり思ってたんだけどよ」
ウォルドとアスファが「あ」と目をまるくした。言われてみればそうだった。
「……当人が忘れててどうすんだ?」
「面目ない……」
「右に同じっす……」
「おまえらな~」
「まあまあ。――距離が縮まってしまったのは間違いありませんよ。だから余計にわからないんでしょうね」
「そいつの影響が強いせいで、感覚が多少混乱しているんだろう。今はそいつの存在がどこにあるのか、二人とも感じられなくなったのではないか?」
「そうだな。……懐に入ったせいで、姿が見えなくなったようなものか?」
「おそらくは」
「そうかい。――んで、要するに〝そいつ〟って何なんだ?」
無関係で終われるものなら、まったく訊きたくはなかった。しかし向かう先にいるかもしれないとなれば、それなりに知っておくしかない。
嫌そうなグレンにノクティスウェルが苦笑を浮かべ、次兄と目を見合わせて頷いた。
「我々にとっても、おとぎ話の領域なんですがね」
そう前置きして、かいつまんで話し始めた。彼らの間に伝わる創生神話を。
旧時代の神々と新時代の神々がいた。この世が滅びの危機に瀕した際、前者はほぼ死滅し、生き残ったわずかな後者が、現代においては時に人々に加護を与え、神聖魔術の恩寵を与える存在となった。
それが表向きの話。問題は裏側の話で、これは精霊族の間でも一部にしか伝わっていなかった。
果てなき空から降臨した異形の神。混沌の神と呼ばれたそれは、自らの眷属たる地獄を次々に産み落とした。
それらは一時この世を支配していたが、最終的に新時代の神々と、精霊族の祖先である聖霊族によって封じられた。
――封じられた場所については教えられていない。
その混沌の神が一切の神気を持っておらず、そして瀬名も一切の魔力を持たず、それでいて何故か強大な力を振るい得るという共通点については触れなかった。
「で、どうする? 我々の結論は変わらんが」
「瀬名が回収に来てくれるまでここに留まりますか?」
「いや、俺も行くよ」
真っ先に口をひらいたのは、ある意味当然、ある意味で意外にもアスファだった。
「俺らが危なくなったら師匠に助けてもらいてーし、そのためにも師匠が危なそーだったら助けてやんなきゃだろ」
堂々と言った少年に、感心と呆れのないまぜになった視線が集まる。
「ま、それしかないわな……」
「ここにいて安全とは限んねえしな」
「うむ」
いざという時に自分達が助けてもらうためにも、もし瀬名が危なそうであれば助けてやらねば。
助け合いは大切という素晴らしい結論、人として大切な方向で意見の一致を見たわけだが、微妙な響きに聞こえるのはどうしてなのだろうか。




