282話 ストレス方面にダメージを与えてくる敵
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前話から間が開きまして申し訳ありません…。
岩喰いは生物を喰らうが、それが主食なのではない。
主な栄養源は魔石や、魔素を豊富に含む岩石。感覚器官の一部である尾を少しだけ表出させており、それを刺激しなければ、大人しく岩の内部で周りの栄養を吸収するだけ。
もし一瞬かすめる程度でも、触れれば大口をあけて襲いかかってくる。それは防御反応とも、己の餌場を守るためとも言われていた。だから穴倉を棲み処にする種類の魔物は、魔石を多く産出する場所などを避ける。
討伐者ギルドで設定されている脅威度は、単体でも金ランク。
そんなものへ、さも秘密の出入口のスイッチであるかのように誘導していた元教主の目論見は、バルテスローグとシェルローヴェンにあっさりと看破された。
すごすご方向転換する項垂れた姿に、その場の全員が冷ややかな視線を送る。
≪ところでARKさん? あんたは罠って気付いてた?≫
≪はい。もしマスターが接近しそうであればお止めするつもりでしたが、私より先にあの二人が指摘しました≫
≪そんなのがいるって、なんで早く言わなかったんだ……≫
≪姿形がワーム系の魔蟲に似ている上、数が多いからです≫
≪うっ!? か、数が……?≫
≪この近辺だけで具体的にどれほどいるかお教えしましょうか?≫
≪いえっ、いいです! 遠慮しときますッ!≫
モンスターパニックものは、フィクションならどんとこいでも、現実でお付き合いはしたくない。
特に蟲がわらわら湧いて出てくる系統は、フィクションでも嫌だ。
(イカタコ系なら平気なんだけどなー……)
どちらもこの場所には出現しそうもない。
ほかに出そうにない種類と言えば鮫か。
(シャーク系のあれ、なんだったんだろうな? 大概モンスターパニックですらなかった気がする。頭がケルベロスだったり、空飛んだり、メガシャークだったり、メカシャークだったり、分裂したり、合体したり、Zになったり…………忙しいな鮫?)
瀬名が契約した映画配信サービスはアクションやホラー系だったはずなのだが、よく途中から「あれ? これコメディ映画だったっけ?」と混乱したものである。
制作会社といい監督といい脚本家といい、彼らはいったい鮫に何をさせたいのか? そう問わずにいられない作品が乱発されていた。
そういえば、鉱山の中を泳ぐ鮫もいた。地下川を泳ぐのではなく、岩の中を黄金の鮫やミイラシャークの群れが泳ぐのである。あれはもうシャークではなかった。そしてホラーではない。太古の海(=汚染前の塩水)にたっぷり浸かった鮫が干されるシーンなど、料理番組以外の何だと言うのか。
ARK氏のデータベースにはなかったので、この世界にあんなモンスターはいないはずだが、もし実在したら真面目に脅威には違いなく、危なそうなものはなるべく早めに教えてくれとお願いする瀬名だった。
≪この床は大丈夫? みんなフツーにスタスタ歩いちゃってるけど≫
≪問題ありません。魔術的な理由か強度のためか、床部分の石組みは岩喰いを含め、魔物の好まない聖銀が多く含まれております。ただ、壁の突起や窪みにはご注意ください≫
≪ん。わかった≫
青い小鳥と頭の中で密談――というとメルヘンな人のようだが――を交わしている間も、瀬名の注意は元教主の動向から逸らしてはいない。
正面の最も大きな神像の前に立つと、ローブ姿のご老体は高々と両手をあげ、芝居がかった声で詠唱を始めた。
そして唱えながらゆっくり、像の足もとに右手の平を当てる。
結局は、扉から入って真正面の、一番わかりやすい物体が入り口だったらしい。
いや、これも罠だろうか?
≪まさか、音声認証と指紋認証?≫
≪いいえ。あれは魔力パターンによる認証ですね。もし喉が潰れ、両手が落とされていたとしても、身体の一部が接触していれば支障がないと思われます≫
≪なんじゃそりゃ≫
ならばあの、いかにもな詠唱は何なのだ。
こういう手順だと先代から教わり、それを信じて守っているだけ?
それとも、やはり何かを企んでいる?
【シェルロー】
【ん?】
久しぶりに精霊族の言語、古代語で問いかける。この距離なら小声でも聞こえてしまいそうだが、古代語なら聞かれても誰も理解できない。
【あいつ、嘘をついてる感じは?】
【ずっとあるな。この広間に追い詰めてから、偽りや誤魔化しの気配しかない】
――嫌な答えであった。
つまり、ひたすらずっと何かを企む怪しい気配を臭わせているせいで、どの瞬間に仕掛けてくるかがわかりづらくなっている。
あのオープンセサミ行動は罠かもしれないし、単純にああしなければ開かないと思い込んでいるだけかもしれない。
小物っぽいくせに、なかなかどうして、油断できない人種だった。高位貴族の社交界にいれば、妖怪じみた大悪党として密かに君臨していそうな、そんな姿が容易に思い浮かぶ。
(面倒なタイプだな……)
ずごごご、と神像の足もとが四角く開いた。あまり狭くはない通路が奥に伸びている。
さて、ここからどうすべきか?
A.元教主を先頭にして真っ先に入らせる→「わははははは、貴様らはここで死ね!」と叫びながら速攻で扉を閉ざし、取り残された瀬名一行に罠発動。動く天井か迫る壁か抜ける床か、もしくはどこからともなく大量の水が……。
B.元教主を後にして瀬名の仲間が先に入る→「わははははは、そこで死ぬがよい!」と叫びながら速攻で扉を閉ざし、通路の向こう側に罠発動。先行した仲間が犠牲になる間、別の隠し通路から元教主脱出。あるいはこちらでも罠を動かし、分断した状態で自分を含めた全滅狙いか。
さて、このご老体はどちら希望なのだろう。
考えてもわからなかった瀬名は、素直に元教主本人に「どっち?」と尋ねた。
シェルローヴェンがあわあわと慌てふためくご老体に――否、何故か瀬名のほうに呆れた視線を寄越しつつ答えた。
「両方狙いだったようだ」
「あれま」
「こ、このヤロウ……往生際の悪さがハンパねえな……」
「つうかおまえさん、よくそんな性格の悪い罠をポンポン思いつくなあ?」
グレンまで瀬名の方向を見ながらしみじみと言った。気付けば、仲間達の生ぬるい視線が四方から瀬名に集中している。
遺憾にして心外であると棒読みで反論だけはしておいて、懲りないご老体に「どっちも駄目だからね?」と優しく笑顔で念を押す瀬名だった。
◇
通路の奥は、小さな広間になっていた。
何もない行き止まりだが、ここまで来て真実、何もないわけがない。
≪これは、部屋そのものが転移装置ですね≫
≪げ……≫
もはや慣れっこと言いたいところであるが、この状況で安心安全と信じられる要素が欠片もない。
全員がバラバラの場所に転移させられたり、転移先が罠の真っただ中だったら?
何より、絶対に避けたかった深層への直通路だったら困る。
転移装置を使う前に、元教主の首根っこを掴み、ぱっと思いつくありとあらゆる不安要素を片っ端から潰しておくことにした。
怪しい奴と判明していれば油断しなくていい一方、常に警戒が解けない相手というのも厄介であった。情報を引き出そうにも、そこはかとない偽りの臭いをずっと漂わせているせいで、語る内容のどこまでが真実で、どこに嘘を紛れ込ませているかが判断しにくい。
ただし、細かく突っ込めば区別をつけられる。嘘発見機の三兄弟がとても頼もしく輝いていた。
グレンも詐欺に鼻がきく。ウォルドの神も断罪を司るだけあり、騙そうとする相手がいればすぐに警告してくれるようだ。――もしやウォルドの場合、手酷い裏切りを受けた過去のせいで、その手合いに強い神が味方についてくれたのだろうか?
バルテスローグも、自分の同胞の住まいを荒らされて怒り心頭らしく、いつになく積極性を発揮している。地下空間や洞窟は鉱山族のテリトリーであり、そういう環境の内部にいると、外にいる時より感覚が鋭敏になるのだそうだ。精霊族が森の中で強さを増すのと同じ理屈である。
アスファは言わずもがな。彼は神剣と意思疎通が手軽にできる上、最近は彼自身の勘がするどくなって簡単には騙されなくなっている。
(ん? なんか私の仲間って、全員すごく頼りになるな?)
だからこそ同行を頼んだわけなのだが、それにつけても皆が頼もしい。こんな状況でも、彼らに対する不安感が微塵もないとは。
内心ちょっと嬉しくなりつつ、きっちりすべて確認し終えた。
この転移装置自体は、罠でもおいでませ深層でもない。これだけ確認したのだから、違うことはそうそうないだろう。
「よくぞまー、そんだけポンポン次から次へと思いつくの~?」
「頼もしいですよねえ……」
「だな。今度から地下探索系の仕事やるときゃ、セナを誘うか……」
「転移先が火の中水の中魔物の腹の中とかふりだしに戻るとか、そんな罠ってあんのかよ……?」
「遺跡だと、たま~にそんなんあるらしいぜ?」
「マジで?」
自分でバリエーション豊かな罠を羅列したくせに、「それマジですかグレンさん?」と突っ込みそうになる瀬名だった。
が、なんとか堪える。追及したら今度行ってみようぜになる恐れがあった。
ここは広々としているからまだ我慢できているが、根本的に瀬名は洞窟や地下が苦手なのだ。崩落しそうな天井、迫ってきそうな壁、嵌まって身動きとれなくなりそうな間隙……。
想像するだけで嫌なのに、グレンから「行こうぜ」と誘われたら断り切れる自信がない。ましてや、今回のこれに付き合ってもらったお詫びやお礼という話にされてしまうと、ますます断れるか不明だ。
危険な方向へ話題が進む前に、次のステージへ前進するとしよう。
転移装置が発動し、四方からゆるりと奇妙なGがかかる。
≪……エレベーター?≫
≪いいえ。内部の我々ではなく、この部屋そのものが転移したようですね。出たら別の場所になっているはずです≫
≪それはまた大掛かりな……≫
≪普段から気軽に使っておられる精霊族の転移の道のほうが、遥かに大掛かりな構造になっていますよ。あちらは表に出ている部分が小さいのでそう思わないのかもしれませんが、地中に埋まった部分の規模が桁違いです≫
≪へえ~≫
もらいものの高級品をそうとは露知らず、友人の持ち物を羨んでいたら、あんたが普段使いにしているアレのほうが高いんだと指摘された時の気まずさを思い出し、思い出にそっと蓋をする……。
ともあれ部屋を出てみれば、確かにそこは先ほどとはまるで別の場所になっていた。
一瞬、外に出たのかと錯覚しそうな凄まじい地下空間。
整然と積み上げられた石組み。オベリスクに似た石柱。時おり剥き出しの岩肌があり、坑道のようでも、地下に建造された途方もない大都市のようでもある。
暗黒の天井はどこまで続いているかもわからず、岩石に含まれた月輝石だけがぼんやり行く手を浮かびあがらせて、そこが夢魔の迷宮と言われてもすんなり納得しそうな、さながら悪夢の中に出てきそうな――。
「って、おい」
この元教主、とことん懲りなかった。
いきなりダダダ、と駆けると、何やら仕掛けをいじって動かす。
罠、発動であった。
(うんまあ、予想はしてた)
仲間達も瀬名の〝あんな罠こんな罠〟を事前に聞いていたおかげで、頭の中でシミュレーションができており、咄嗟の対応が早い。
床がちょっと広範囲にガコンと開いたけれど、全員が即座に全速力で駆けたり跳躍したり何かに掴まったりして、普通にあっさり無事に終わった。
エセルディウスが元教主の首根っこを捕まえて引きずってきて、グレンが「おい、おっさんよ……?」と牙を少し覗かせながら、するどい爪で頬をピタピタ撫でてやっていた。
失敗したご老体は「ひ、ひいい……」などと哀れっぽく、ぶるぶる震えている。
恐怖に引きつった表情は…………。
「……演技ではないな。本気で怯えている」
「っっくあああぁあっ、まじ鬱陶しいわこの野郎!!」
瀬名の叫びに、全員が顔をしかめて頷いた。
物理攻撃と防御はステータス低いのに、状態異常とか精神攻撃のスキルが豊富でなかなか倒せない系の敵……。




