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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
282/316

281話 この期に及んで

いつも来てくださる方、ふらりと立ち寄られた方もありがとうございます。


 しょんぼりと項垂れた元教主が、いかにも気の進まない空気を漂わせつつ先導し、そのすぐ後を瀬名がついてゆく。

 油断ならず様子を窺いつつシェルローヴェンが、そしてちょこちょことすばしっこい子供の歩幅でバルテスローグが続いた。


(すげぇ堂に入ってるけど、言った後で『またあんな偉そうな言い方しちまった……』とか軽く後悔してそうだよな)


 瀬名の背中を眺めながら、グレンは先ほどの台詞を思い返していた。

 ポイントは言い方を後悔しているだけであって、内容自体には一片の後悔もなさそうという点である。

 

 お上品な坊や――瀬名に初めて会った時の、それが第一印象だった。無表情で口調は丁寧、何を考えているがわからないのに、不思議と警戒心は覚えなかった。

 多くの荒っぽい同業者を見慣れたグレンの目には、とても優雅でありながら、少しがさつなところもある育ちのいいお坊ちゃん、そんなふうに映ったものだ。

 およそ二年という付き合いは、期間だけを見れば長いとは言えない。おまけに寒がりの瀬名は冬の間は出てこないので、年内で数ヶ月間は一度も顔を見ない時期だってあった。

 けれど、会う時は大概何かしらの大ごとに関わっており、ほかの誰よりも中身が濃密であった分、もう十年ぐらいは友人付き合いをしている感覚がある。

 性格もかなりわかってきた。最初はそれこそお坊ちゃんの皮を被っていたようだが、今ではすっかりボロボロと化けの皮が剥がれている。表面はお澄まし顔な時でも、口から出るのは「やっべー、やっちまった。どうしよう……まいっか!」などと、つい悪戯をやらかした悪ガキと変わらない台詞だったりすることも多い。

 まともな大人なら「まいっか、で済むか!」と突っ込むところなのだろうが、グレン自身「やっちまったモンはしょうがねえだろ!」と開き直る性格なので、共感が積み上がるばかりなのだった。


(何者なのか得体が知れねえってのに、裏を全然感じねえ。とことん秘密主義だってのに、口を開ければ本音全開。面白ぇんだよなあ)


 もともと討伐者というのは、相手の過去をいちいち詮索しないのが礼儀だ。その上で重要なのは、組んだ時にちゃんと仕事をする相手かどうか、そして面白いか否かだ。

 瀬名は討伐者の登録をしていないのに、ギルドに出没する頻度が高いので、今ではほぼ同業者の感覚で馴染んでいる。同じぐらい騎士団に顔を出す頻度もそれなりに多いらしく、あちらでも馴染んでいるようだ――というのは、領主の息子ライナスの言である。

 老獪な教師を前にしているようであり、無邪気な弟を前にしているようでもある――ライナスが瀬名について語る印象は、グレンよりも少し複雑そうだ。彼は次代の領主であり、単純に面白いかどうかだけで他者を判断してはならないからだろう。それでも、敵であると疑ったことはない。父親である辺境伯カルロもそうだ。

 辺境を治める主君として見れば、それは褒められた点ではない。基本、他者は疑ってかからねばならない、その可能性を捨ててはならないのだ。それが常識なのである。

 けれど、常識にこだわり過ぎて自縛に陥るのは本末転倒だ。辺境伯は瀬名を見極めた上で判断した。無意味に疑ってかかるのは無粋な相手だと。


 そうしてグレンは今日、こんな場所にいる。あの当時は想像すらできなかった場所だ。

 セナ=トーヤに関わらなければ、一生足を踏み入れることはなかったであろう場所。

 何柱もの巨神の像が小さき者達を見おろしている。彼らもまた、何を考えているのか。グレンは信心深いほうではなかったが、神々にはそれなりに敬意を払って来たつもりだ。

 神々は、祈りさえすればすべてを救ってくれる存在ではない。それだけで万人が救われるなら、この世に無念の死を迎える者などいないことになる。明白な現実がいくらでも転がっているのに、それでも神が信仰心に応じて救ってくれる存在だと、そう思い込む者は後を絶たなかった。

 救ってくれるのなら、それが邪神であってもいいのだ。それを真実の神として崇めればいいのだから。


(浅はかだよなあ)


 そういう連中は見放され、そして実際に加護を与えられたのは、若い頃に神殿で悪態をついたらしいゼルシカであり、そして……。


 グレンは自分の背後を見やった。

 未だ困惑の面持ちで瀬名の背中を見つめているウォルド、負けず劣らずどうしていいかわからない顔をしているアスファがいる。

 神殿に懐疑的な言動を断罪の神から気に入られた神官騎士に、「俺様を崇め奉れ」など冗談以外では言えそうにない半神だ。特に後者は、同業者の間では笑いのネタのひとつになっている。本人も、むしろ真剣に捉えられるのが死ぬほど嫌そうだったので、笑い飛ばしてやったほうが親切という認識が浸透していた。


「何を浮かないツラしてんだ、おまえら」

「グレン……」

「気に入らねえことでもあんのか? 顔色はさっきよりマシんなってるみてえだけどよ。なんか薬でも飲んだか?」

「ああ、それはわたしとエセル兄様ですよ」


 ノクティスウェルが軽い調子で手を挙げた。物静かな女神のごとき美貌を裏切り、案外と末っ子らしい好奇心や子供っぽさを垣間見せる。この青年についても、慣れれば徐々にわかってきた。

 次男のエセルディウスは、無関心そうに相槌を打っている。けれど実はこの男こそが、三兄弟の中で最も面倒見がいい。――同胞以外にも面倒見の良さが発揮される、という意味で、長兄とは大いに異なっていた。

 頼られる兄と、兄に頼る弟の両方の立場を知っているので、ひょっとしたら一番広い視野と落ち着きが備わったのかもしれない。


「わたしとノクトに精神の波長を合わせた。不調の原因は、深層にあるという気配への恐怖心だろうからな」

「あ、そうだったんすか……道理でいきなり楽になったと。……すんません、正直すげー助かりました」

「無許可で悪かったと思うが」

「いや、そんなことないですよ!」

「アスファの言うとおりだ。こちらこそ申し訳ない。助かった」

「あんたらはその気配とやらを感じねえのか?」


 だから平気なのかと思いきや、エセルディウスとノクティスウェルは顔を横に振った。


「ここに入った瞬間、うっ!? て思いましたよ?」

「何かまずいのがいそうだとは感じてたんだがな」


 瀬名や長兄へ相談する前に、ウォルドとアスファの様子がおかしくなったのだ。


「何がいるんだ? 俺は全然わかんねえな」

「わたしも詳しくはないんですが……」

「我々にとってもおとぎ話に近い話だ。あれかな、という心当たりならあるが、確信は持てない」

「あれっぽいですよね。まさかここに、って信じられないというか、信じたくない気持ちでいっぱいですけど。ウォルドの――【エレシュ】のほうが詳しいでしょう? さっき、『複数の国同士がぶつかり合うほどの大陸中を巻き込む大規模な争いが発生するとまずい』って言ってたじゃないですか」


 視線がウォルドに集中した。観念したようにウォルドは頷く。


「……おそらくあなた方の想像どおりのものだ、と、言っている」

「……ええと……【エル・ファートゥス】も、なんかそんなこと言ってるんだけど……〝あれ〟って何?」


 少年の素朴にして当然な疑問に、エセルディウスとノクティスウェルの視線がわかりやすく彷徨った。


「アスファよ。おまえそれ訊いちゃいけねえことだぞ」

「えっ。そ、そうなんか? って、グレンは知ってんの?」

「あ? 知るわきゃねえだろ」


 グレンは胸を張った。


「俺、無関係だしな!」

「……グレン……」

「さすが瀬名の友……言動が似てる……」


 呆れた目が集中するも、グレンは何ら痛痒を感じない。

 この期に及んで堂々と宣言できる神経は、間違いなく類が友を呼んだ結果であった。




◆  ◆  ◆




 巨神の像が見おろす広間は、不気味でいて不思議と荘厳な空気を漂わせていた。

 瀬名は冷ややかな眼差しでそれらを見上げた。――狂信者が勝手に根城にしていたというのに、ここの連中は天罰も下さず、いったい何をやっているのか?

 神々が基本的に人の世に不干渉であり、だからこそ人々が理不尽な支配を受けずに済んでいるのは理解できるのだが、苦情のひとつも言いたくなるのは贅沢だろうか。


ARK(アーク)さん。この神殿、〈祭壇(アルタリア)〉があるかどうかはわかる?≫

≪〈祭壇(アルタリア)〉の有無は現段階で不明ですが、神気と呼ばれるものは確認できています。この神殿全体に漂うのは、通常の神殿の気配と同じそれですね≫


 瀬名は眉を顰めそうになった。

 神気が失われていない。ならば何故、この神殿はこんな有様になったのだ?

 目の前では元教主がのろのろと壁に向かい、記憶を辿るように「あそこだ……」と陰鬱な声で呟いた。


「あの壁の窪みを押せば、仕掛けが動いて、扉が開く……」

「嘘だな」

「嘘を言うでないわ」


 間髪入れずにシェルローヴェンとバルテスローグが断じ、ローブの背中がぎくりとこわばる。


「仕掛けは仕掛けでも、岩喰い(ロックイーター)の尾っぽじゃろが。触った途端に頭上からバクリ! と来やがるわい」

「どうせ己の先は短い、諸共に……とでも目論んだか?」


 畳みかけられるたびに、ぎくぎく、と肩が震える。図星だったようだ。


(……岩喰い(ロックイーター)、か……。それって、まれに洞窟とか鉱山に出るタイプの魔物だよな? 静かに根気強く獲物を待って、近付きさえしなければ大人しいもんだけど、一度姿を現わしたら獲物を喰らうまでとことん暴れるっつー)


 神殿が神殿としての力をなくしていないのに、どうしてそんな魔物が存在できている?

 バルテスローグの見立ては間違っていないはずだ。岩石や鉱物、土などについては、この中で鉱山族(ドワーフ)であるバルテスローグの上を行く者はない。


「んだとぉ? ったく、舐めんじゃねえぞ? 役に立たねえなその野郎」

「せっかく残しておいてあげたのに、慈悲を垂れる価値がないと自分で示してどうするんでしょうね?」


 後方で何やら話していたけれど、耳の良い彼らにはしっかりこちらの声も届いていたようだ。

 しかし瀬名は取り立てて何とも思わなかった。このご老体が人として信用できないのはもとからである。

 優しく、とても優しい声を心掛けて語りかけた。


「気にせずに仕掛けを発動させてくれて大丈夫だよ?」

「は?」


 元教主が思わずといったふうに振り返り、ほかの面々も「え?」と目を丸くした。


「何かあってもウォルドがすぐに治癒魔術をかけてあげるからね。あっという間に治してくれるよ? たとえどんな大怪我を負ったとしてもね」

「う……」

「だから気にせず、いくらでも危ない罠を発動させるといい。必ず、死ぬ前に助けてあげるから。何度でもね」

「……っ!」

「うわ、そうきやがったか……」

「師匠、えげつねえ……」

「セナ……俺を拷問に使うのは遠慮してもらいたいんだが……」


 拷問の文字に顔面真っ青になる元教主。最も常識人なウォルドの台詞が、最もリアルに精神をえぐるとは皮肉である。


「私は人命救助の話をしてるだけだよ?」

「あ、悪魔よ……恐ろしい……!」

「つくづく失礼だな。あんたを助ける話だってのに、言いがかりはやめてくれんかね?」


 自分ごと岩喰い(ロックイーター)の餌食にしてやろうと企んだのは誰かという話である。

 胸に手を当てて考えることが出来ない人種というものは、どこまでも自分本位で往生際が悪いと瀬名はうんざりするのだった。




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