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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
281/316

280話 逆効果の懺悔


『このドアの先に異常な反応がある』

『気を付けろ……慎重に進め』


 ――そんな映画のワンシーンが瀬名の脳裏をよぎった。


 こんな場面で、誰しも一度は思ったことがないだろうか?

 いや進むなよ! と。


 危ないのが明白なのに何故ドアを開ける?

 足音をひそめて後退しろ、速やかにそこを去るんだ!


 だが大抵、彼らはドアを開けてしまうのだ……開けざるを得ない事情があるから。

 それは脱出のために必要な何かのスイッチがあったり、そこでしか手に入らない特効薬があったりとさまざまだが、酷い時には『ハッ、怖気づくんじゃねえよてめえら! どうせ何もありゃしねえよ!』と勇敢な台詞を吐いて勝手に開けてしまうツワモノもいたりする。

 おい!? と止めてももう遅い。

 何故そんな危険人物を最前列にした? 張り倒してでも止めなかった? そこには意地の悪い創造神(クリエイター)による、悪意満載な〝避けがたい運命〟がある。


 しかし現在、瀬名の一行に勇者と書いて火種と読む人物はおらず、この世界に運命を司る神とやらはいない。


「よし、地下の最深部の探索はナシだな。絶対ナシ。道がなければ道を作ってでも避けよう、うん」


 瀬名の宣言にほとんどの仲間達は頷いた。

 えっ? という顔を作ったのはウォルドとアスファである。


「い、いいのか?」

「うん。だってわざわざそれに関わんなきゃいけない事情なんて無いったら無いよね?」

「そ、それは……まあ……」

《賛同いたします。幸いここには掘削機いらずの三兄弟がおりますし、地下道のプロであるバルテスローグ殿もおります。いかにも地下へ向かわせようとする道しかなかった場合、気にせず無視して真っすぐ掘り進めましょう》

「アーク……」


 三兄弟が微妙な顔になるけれど、「その時は頼んだ!」《頼りにしております》と笑顔で説得しておいた。ローグ爺さんはむしろ掘る意欲満々なご様子である。ご先祖様の歴史的遺物でも、むしろだからこそ〝好き勝手に道を切りひらく〟行為に興味が湧いたらしい。危険人物である。


 ともあれ、タマゴ鳥でさえ接近できず、ARK(アーク)氏すら存在を感知できない何者かなんて、すなわち人の手でどうにかなる存在では有り得ない。

 例の〝種〟の出どころを発見し、可能であれば回収する。〈スフィア〉で分析し、安全な破壊方法と、できればそれを呑み込んだ人間から完全に分離する方法がないかを調べるのが目的だ。

 すべて回収するのが難しそうであれば、その場で破壊を試みる。消滅しそうになければ神殿ごと永久封印だ。

 とにかく、それが自動的に際限なく増えていく代物ではないか、神殿から出て人の世に侵食していく恐れはないか、教団以外で持ち出す連中がいないか、そのあたりだけでも調べておきたい。


「――あ。もしかして、真上で戦闘したのって、なんかまずかったりした?」

「いや、それは大丈夫だろう」


 答えたのはウォルドだ。


「複数の国同士がぶつかり合うほどの、大陸中を巻き込む大規模な争いが発生するとまずいようだが……この程度の小さな諍いぐらいなら目覚める心配はないそうだ」


 もしそういうことがあれば目覚める何かが、この地下深くにいるのか。そうか、そうなのか。瀬名は断じて深層へは行かないぞと改めて心に決めた。

 捕虜のご老体達は「小さな諍い」と言われて複雑そうにしている。


(うーん、無力なお爺さん達を捕まえとくのって良心がうずくんだけど。でもこいつら、ナナシが『イシドール襲っちゃおうぜ♪』て提案した時、『オッケーやろうやろう♪』ってゴーサイン出した連中なんだよなー)


 結論。同情の余地なしである。

 もとから長居したい場所ではない上に、地下に何かが~という話が出てきた時点で、瀬名は一刻も早く帰りたい気分になってきた。

 さくさくっと進めてしまうに限る。


「あんた達教団以外で、ここに出入りする者はいる? 出入りしなくても場所を知っている者は?」

「お、おらぬ。我々だけだ」


 精霊族の三兄弟が頷き、ARK(アーク)氏の忠告もない。嘘はついていない。


「この中で、あの〝種〟について一番詳しいのは誰?」

「……わ、儂だ……」


 予想に違わず、元教主と自己申告してくれた人物である。


「あれは最近発見されたもの? それとも昔から教団に伝わっているもの?」

「む……昔から、伝わっているものだ……」

「使い始めたのはいつ頃から?」

「む、昔から、使われてきたと、聞いている……」

「それにしては、全然存在を知られてなかったよね。すぐに誰かが暴れて注目浴びそうなのに。――途中から使い方が変わったとか?」

「……そうだ……。あのように、多くの信徒へ与え始めたのは、最近になってからだ……」


 お年を召した方々の〝最近〟は怪しい。案の定、訊いてみれば十年ぐらい前から徐々に増やし始めたという。

 大昔ではないが、それは〝だいぶ前〟だ。三兄弟なら近い感覚かもしれないが。


 元教主はたどたとしく語り始めた。



 昔、元教主もまた神殿から放逐され、当時は別の名称であった教団に拾われた。

 俗世の栄光は神殿に入った時点で無関係と言われても、彼には納得がいかなかった。貴く生まれた者は、どこへ行こうと正しく貴い者として敬われるべきだ、そうあるべく生まれたのだから。

 そんな主張を曲げなかったために見放された男にとって、望みどおり生まれの血筋が重んじられ、侯爵家の出身であった自分を丁重に扱ってくれる教団は、とても居心地の良い場所だった。

 順調に教団内での位を高め、彼は前教主から少しずつ教団の秘密の共有を許されるようになった。その中に、例の〝種〟についての話もあった。

 それは〝奇跡の秘薬〟と呼ばれ、選ばれし戦士にのみ与えられるものだった。つまり今のように、身分の低い新人全員へばらまくものではなく、限られた者にのみ許された栄誉だったのだ。


『真なる神が降臨せし時、我らはそのお傍へ馳せ参じる。その時こそ、すべての者が〝奇跡〟の栄誉を授かり、己のものとする日が来るのだ――』


 巷で〝魔王〟と恐れられる存在こそが、彼らにとっての〝真なる神〟であることを前教主は知っていた。

 その〝神〟の加護さえあれば、〝奇跡の秘薬〟を体内に取り入れても、その〝力〟に呑まれる心配がなくなる。

 今までと変わらず明瞭な意識を保ったまま、純粋に理想的な強化が果たされるのだ。


 ところがその夢のような未来は、自分の代で訪れることはない。老境に差しかかり、元教主は思い知った。

 自分の名は永遠に知れ渡ることなく、老いたまま若い者にとって代わられる。

 焦燥と若者への憧憬は年々酷くなり、ある日ついに思いついてしまった。しょせん小物がすぐに潰れても問題はない。兵隊を強化し、教団の地盤をもっと盤石なものにしておけば、いずれご降臨なさる真なる神も、きっとお喜びくださるだろう――。

 そうして少しずつ、身分の低い者から順に与えるようになり、ほぼ十年かけて〝新たなる同胞を迎える儀式〟として定着させた。

 神をお待ちするまでもない。今からでも、教団の名を、自らの名を世に知らしめるために……。



「……だが……それは、過ちであった……」


 その悔恨を耳にして、瀬名の心は急激に冷めた。


「自分がムリヤリ呑まされて初めて気付いた? だろうね。自分はそんなもの、呑む必要はないと信じてたんだもんね。下の者に呑ませといて、自分は豪華な椅子でゆったりくつろいでいるつもりだったんだろうからね。――だから、もしこんなことにならなければ、今も『儂は間違いなぞ犯しておらぬ!』とか喚いてたかもね」

「――――」


 ご老体がびくりと震えた。怯えた視線を向けてくるが、瀬名の冷え切った心はますます凍るばかりだった。

 ここまでの話だけで、微かに残っていたご老体への同情心も、綺麗さっぱり掻き消えたのだ。


(人生の九十九パーセントを個人的なプライド優先で好き放題やって、後々まで祟りそうな迷惑をあちこちに撒き散らしておきながら、最後の一パーセントで反省の素振りを見せただけですべて帳消しになるなんて、そんなふざけた話があるか?)


 自分自身が被害を受ける立場にならないと過信していたからこそ、この連中はそんなものを利用する気になった。

 自分が被害を受けなければ、きっとこの先もずっと反省すらしなかった。

 未だに「儂は正しいのだ!」と叫ぶのに比べたら、少しはマシ――とも言い切れない。


(だって、「懺悔してるお爺さんを罪に問うな」って、そういう空気が出来上がるもんね?)


 このご老体がわざとやっているかどうかは、この際どちらでもいいのだ。結果的にそうなるのだから。

 取り巻きの老人達も、ひたすら怯えて口をつぐんでいる。彼らは全員、「早くこの恐怖から逃れたい」と顔に書いていた。

 そして語る役目を元教主にのみ任せ、元教主が瀬名を怒らせるような失言をしないかハラハラする一方で、「自分が直接的に怒らせる心配はない」と安堵してもいる――だって何も喋っていないのだから、自分は失言などしようもない。


「シェルロー。元教主以外、全員眠らせることってできる?」

「可能だ。――エセル、ノクト」

「わかった」

「はい」


 例の〝種〟の影響で、取り巻き達もやはり脳が覚醒状態になっていたらしい。だがさすがに、三兄弟が重ねがけをすれば、若い信徒達よりも術のかかりが良かった。

 すぐに昏倒し、安らかな寝息をたてはじめる――元教主を除いた全員が。

 どうして自分だけ残されたのか、わけがわからないのだろう。恐怖と混乱で、元教主は取り巻きと瀬名を交互に見やった。


「こいつらは誰ひとり、一切信用できない。大人しくしてると見せかけて、こそこそ余計な真似をされたら困るからね」

「わ、儂らは、そのような……」

「『反省しました。自分の行いを悔やんでいます』と言うだけですべての罪状がチャラになるんなら、この世に監獄なんて存在しないんだよ。――口先だけの嘘八百じゃないと証明したいなら、行動で示してもらおう。話はそれからだ」

「…………」


 元教主の(おもて)に絶望が浮かんだ。

 ――ここで覚悟ではなく、そんな顔しかできないから、「おまえ達は信用できない」と言っているのに。




だからどうしてベッドの下を覗き込む!?とか。

だからどうして閉めに行く!?とか。

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