278話 闇の神殿
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永遠の夜に支配された神殿。
そこはまさに闇の神殿だった。
これだけの雰囲気があって、何もなかったらむしろ詐欺を疑うレベルである。
(こんな時じゃなければ……いや、こんな時だから良かったのか……)
おかげで瀬名のテンションは変な方向へ上がらずに済んでいる。
「き、きさまら!? どうやってここに!!」
お揃いのローブ姿がわらわらとお出ましだ。いくら素人でも、さすがにイシドールへ全軍投入するほど馬鹿ではなかったというわけだ。
結構な人数が留守番で残っている。まともに戦おうとすれば、数の差で苦戦を強いられそうな状況だ。
あくまでも、まともに戦えば、だが。
「【深き眠りの腕】――ん?」
「【抗い難き冥夜の帳】……おや? 効きが悪いですね」
「【女王の血に連なる者より命ずる。我が前に立つ者どもよ、ことごとく跪け】……これもいまいちか」
打ち合わせどおり、三兄弟が速攻で眠りの術や行動不能に陥らせる術をかけた。これで一気に大人しくなってもらう算段だったのである。
が、予定通りに進まないことはままあるものだ。三兄弟の術はどれも、普通ならば一瞬で相手を昏倒させる強力な代物だったのだが、ほとんどの連中がまだ起きていた。
しかし、抵抗に成功しているふうではない。よろよろフラついて、どれも苦しそうにしている。
これは己の精神力で耐え切っているのではなく、ノクティスウェルが漏らしたように、純粋に「効きが悪い」だけだ。
「脳が興奮状態というか、強制的な覚醒状態にあるみたいだね」
「あ~、そういうことですか」
「すまん」
「面目ない」
「なんの、あんだけノロくなってくれりゃ上等だぜ。爺さんいけるか?」
「誰に言うとんじゃい。アスファもちびっとらんか~?」
「ちびるわきゃねーだろ!!」
「【エレシュ】よ、断罪の神の御名において聞き届けたまえ――【破邪の祝福】」
ウォルドを中心に清浄な光が波紋となって広がる。仲間の武具を強化し、一時的に魔物や悪鬼妖魔のたぐいに有効な属性を帯びる術だ。
ローブ姿の連中の形相が、眠気とは異なる苦痛に歪んだ。
(嫉妬か)
正しい神官による正しい神聖魔術への妬み。そして加護持ちに対するどうしようもない羨望と、裏返った憎悪。
どれほど自分達の正当さを声高に唱え、降ってわいた力に溺れようと、どこかではわかっているのだ。
しょせん自分達は紛い物だと。
「くっ……邪教徒どもがぁああッ!」
「あんたら鏡持ってないの? 自分の姿を見てみたら?」
「恥ずかしくて自分の姿を直視できねえんだろ、俺と違って」
グレンがニヤリと笑んでポーズを作り、爪と牙が小憎らしい感じにキラリと光った。自信満々のモテ猫は言うことが違う。
「獣ごときがッ……」
「邪教徒どもを地獄界へ送り込め!」
「神の地を穢す者どもを赦すな!」
それが合図となり、全員が流れるようにそれぞれの武器を手にした。
瀬名は魔導刀の柄に触れながら、なんだか懐かしい心地になった。穏やかで、自分に馴染む力の循環を感じる。
刀身から腕へ、腕から全身へ、陽炎が薄衣のように纏いつく。その姿は棚引く黄金の雲のようで、しばし誰もが目を奪われていたのだが、瀬名は周りの反応に全く気付かなかった。それこそ、ここに鏡はないからだ。
《新手が来ます》
瀬名の視界を奪わない角度で光の図面が展開し、信徒達が目を白黒させる。その隙を逃さず、瀬名は駆けた。
「え――ひぐっ?」
「がっ?」
新手が来るのを待ってやる義理はない。その前に無駄に多い数を減らす。
いくら強化された肉体を持っていようと、同じだけ強化されていたならば、より訓練を積み、より実戦に長けた者が勝つ。
彼らは瀬名の速度に対応できなかった。自分に何が起こったかを認識する前に、既に終わっている。むろん意識が半分もうろうとしているせいもあったろうが、同様の条件に陥っていると仮定すれば、瀬名はいくらでも対処が可能だった。それは彼女の仲間達にも同じことが言えた。
先陣を切った瀬名に続き、ほかの全員が間をおかずに嵐と化して暴威をふるった。その中にはアスファの姿もあった。
彼は覚悟を決めていた。だがそれでも、後で辛くなることはあるだろう。
だが、それでいいと思っていた。
必ずしも慣れることが良いことではないが、良いと頑なに信じていることが時に仲間の足を引っ張り、良くないと決めつけていることが結果的に皆を救うこともあると知った。
この日の痛みを忘れないようにしよう。彼はそう思っていた。
「おりゃ~ッ!! このボケカスどもがぁあ、罰当たりめええぇッ!! ワシらの御先祖さんの家を勝手に荒らしおって~ッ!!」
いつもひょうひょうと顔色の読めないバルテスローグが荒れ狂っていた。斧が縦横無尽に踊り、一撃必殺ではなく何度か斬りつけるので倒し方が一番えぐい。
アスファは「怖ッ!?」と引いたが、頭を振って次の敵へ向かった。呑気に硬直している暇はないのだ。
そうこうしているうちに新手が雪崩れ込んできた。今度は最初から怪物化している者もいる。
すかさず三兄弟が眠りの術をかけ、半数以上の行動を鈍化させた。そこへ容赦なく襲いかかる死の嵐。
攻撃魔術はなるべく封印している。うかつに放つと建物を崩壊させてしまいかねないから――ではない。
どこかに潜んでいるかもしれないものを、下手に刺激したくはないからだ。
攻撃魔術は影響が大きい。精霊族が放てばなおさらである。
使うのはもっぱら眠りの魔術や、防御結界のみ。絶命した敵はみるみるうちに干からびてしぼみ、流れた血も黒ずんだ灰のようになる。そうなったのを確認してから、氷の結晶の中に閉じ込める。
――剣や斧といった通常武器の攻撃が通じていた。敵の負った傷が明らかに回復していない。
紛れもなく、ウォルドの神が武具に与えた祝福のおかげだった。
(……瀬名の武器には、祝福がかかっていないようだが)
瀬名の魔導刀を神気が素通りしていくのをシェルローヴェンは見ていた。
神気を拒んだわけでも、神気による術をかけられない素材だからでもない。
刀が、神気を無視した。別になくとも困らない。そんなふうに受け流し、いらないから余所へやった――そんな印象だった。
果たして、朧に輝く魔導刀は敵の肉体のみならず、〝種〟から伸びた〝赤い操り糸〟をも難なく切断できていた。それは加護持ちのウォルドの攻撃や、アスファの神剣で斬りかかるのとそっくりで、けれどどこかが違っていた。
どこがどう、とは説明できない。
ただ、やはり出鱈目だな、と思うしかなかった。
(それでも、瀬名でさえ出来ないことはある。万の帝国兵を屠った方法を、おそらくここでは使えんのだ)
それは正解だった。
生き物の体内に必ず存在する魔力――それを最後の一滴まで奪い去る方法は、仲間が近くにいる場所では使えない。
「うっかり微調整をミスりました」では済まないのだから。




