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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
278/316

277話 誰の命名か一瞬で想像のつく作戦名 (後)

誤字脱字報告師様、ありがとうございます。


 ――徹底的に町を破壊せよ。


 守りの強固な城や神殿はあえて狙わなくていい。さりとて最も無防備な貧民街では効果が薄い。

 中流階級以上の民が主に住まう区画で、愚鈍なる者どもに真なる神の御力をしらしめよ。

 長らく鬱屈していた信徒にとって、その命令は福音であった。己の力を存分に振るってみたい希望者が我先に参加し、続々とイシドールへ潜入した。間抜けなイシドール騎士団が教団の思惑に気付いていないのは明白である。門前で引き止められたり尋問されたりもないし、誰かがどこかへ連行されたという話も聞かない。

 彼らにとってその日は素晴らしい日になるはずだった。


(どういうことだ?)


 陽が沈み、閑散として暗い通りを同胞達と足早に進みながら、ある信徒の胸には焦りが芽生え始めていた。


(おかしい。なんだかおかしい)


 またある信徒は、人っ子一人いない静か過ぎる街並みに異変を覚え始めていた。

 人通りの少ない時間帯。だが、本当にただのひとりも通行人に出会わないのはおかしい。建物の中には、物音や息遣い、においなどを感じる。住民はいる、だが一切見かけない。

 奇跡の〝秘薬〟のおかげで精神に負荷がかかりにくくなっている彼らは、不安や恐れに対して鈍感になっており、常にふわふわ揺蕩う高揚感と、たっぷりとした自信で満たされていた。一方で、頭の働きが若干鈍くなっている自覚はなく、「妙だ」と感じながらも、その原因まで思考がなかなか辿り着かない。


 この町の夜を、今まで何度も目にしてきた者は考える。何が違うのだろうか?


 ――それは石造りの住居の窓や扉にはめられている鉄格子であったり、灯りが一筋も漏れていないことであったり、煮炊きの匂いがどこからも漂ってこなかったり、酒場の喧騒、酔っ払いの乱痴気騒ぎ、荒くれ同士の喧嘩、囃し立てる野次馬……よく見かけた光景がどこにもない。数えてみればいくつもあった。


 決行の時間帯は夜。イシドールすべての門が完全に閉ざされた頃。町から住民が簡単に逃れられないように。

 おまけに彼らは五感が以前より鋭敏になっている。騎士団との戦闘に突入すれば、闇夜は彼らに有利だった。それに、明るいよりも暗いほうがいっそう恐怖を与えるだろう。

 住民が自宅に戻っている頃に通りへ出て、堂々と名乗りをあげ、そして〝解放〟の時を迎える。

 その予定だった。


「奇妙だ。なんとも奇妙だ」

「もしや……もしや?」

「いや、我らは完全なる存在であろう。怖気づくでない」

「誰が怖気づくか!」

「さよう。我らの目的は、罪深い不信人者どもに真なる神への畏怖の念を抱かせることだ。人を見かけぬのはたまたまであろう。予定通りに……」


 その時、遠くから獣のごとき咆哮が轟いた。

 咆哮は次第にふたつめ、みっつめと増えてゆく。

 あちらは始めたようだ――いや、やはり何かがおかしい?

 何故、咆哮に交じって、笑い声などがあがっている?

 野卑で、程度の低い酒場の乱痴気騒ぎのような――。


 彼らは駆けだした。次の通りを曲がった頃、初めて人影を発見した。

 その人影はとても小さかったが、この夜初めて見つけた人影だった。


「げっ、やばっ!?」

「きゃっ、見つかっちゃった!?」

「逃げなきゃ!」


 一目散に逃げてゆく子供――どうやらヘマをしたらしい。ニヤリと唇を歪め、信徒達はあとを追った。

 しょせん子供、大人の足には敵わない。逃げる背中を追い続けた。

 距離はぐんぐん縮まり、やがてもう少しと迫ったところで路地に入った。


「無駄なことよ!」


 高い建物と建物に挟まれた路地の向こうに、橋があった。

 大人ひとりが横になれる程度の幅で、駆け足なら数秒で渡り切れる長さの木造の橋である。

 この町は水路が多い。橋など、どこででも見かける。

 子供らはあっという間に向こう側へ着いており、信徒達も全員それに続いた。

 が。


「今だ!!」


 向こうで誰かが杭を押し、ずるり、と音がして、いきなり橋がグラリと(かし)いだ。


「うわあ!?」

「な、何!?」


 橋がぐるりと回転した。――落とし穴で時折見られる、回転式の蓋。それと同様の仕組みだったのである。

 バランスを崩し、彼らは落下した――水面ではなく、数メートル下の路地へ。

 しかも――。


「っぎゃああ!?」

「ひぎ!?」


 そこには先端を尖らせた金属の棒が何十本と待ち構えていた。

 全身を貫かれ、串刺しになり、激痛のあまり悲鳴をあげ――徐々にその声が異常な響きを帯びてくる。

 身体がふくれあがり、金属のひしゃげる異音、石畳をひっかく爪の音……怪物化が始まったのだ。





「おお……やるなー……」


 ちょっと、これは、すごいなー。

 瀬名は馬鹿のように繰り返すしかない。

 信徒数名を串刺しにした金属棒の正体は、普段は何の変哲もない手すりであったものだ。引っこ抜くと、その先端は鋭く、さながら巨大な櫛である。

 それを上下逆にして、路地のどこかにある溝へいくつか嵌めこむ。そうすれば即席・針山の出来あがりだ。

 もともとデマルシェリエの土地は平地が少なく、町の中でも高低差があるので、階段や坂道が多い。その高低差を巧みに利用したお手軽・短時間で作成可能な罠が、今やあちこちに仕掛けられていた。

 イシドールの町は凶悪な(トラップ)満載のダンジョンと化したのである。

 そして、それだけでは終わらない。





「ヒャッハー、マヌケが来やがったぜ!」

「おぉらバカども、こっちだこっち~♪」

「グォアアアアアァアア――ッ!!」


 いかにも人の神経を逆撫でするために生まれてきたかのような若造の群れが、命知らずにも怪物を煽っていた。

 どうやらスリルを味わいたいお年頃のようだ。彼らは「ヒャッハー♪」と嬉しそうに逃げ、垂れ下がった大きな幕の向こう側に逃げ込む。

 布切れごときに怪物の進撃を止められるはずがなかった。何を考えているのだろうか?

 怒り狂った獣は布めがけて突進し。


 どごおおん!!


 壁に直撃した。

 ――幕は人ひとり歩ける程度の隙間をあけ、壁の手前にかけられていたのだ。


 さらに二匹目、三匹目と続く。怪物といえど急には止まれない。

 否、怪物化したせいで余計に止まれない。「あっ」と思っても慣性でそのまま衝突してしまうのだ。

 背後から来た仲間に圧し潰された個体が怒り狂って仕返しをし、怪物同士の殺し合いが始まる。

 他の個体は自分に痛い思いをさせた壁のほうに向かい、吠え猛りながら何度も体当たりを繰り返しはじめた。

 ところであの若造どもはどこへ消えたのか? 実は、幕をくぐって即座に裏側の隙間を走り、脇にある建物の中へ逃げ込んだのである。

 しかし、キレた獣はすっかり目前の障害物への怒り一色になっており、己を誘導した元凶の存在を忘れていた。

 何度目かの体当たりで、とうとうぶち破ることに成功した。繰り返しの体当たりでさすがに全身が軋み、軽いめまいを振り払うために頭を振った。


 左右から、無数の槍で一斉に貫かれた。


 待ち構えていた騎士が横一列の陣を組み、左右から挟み込む形で同時に攻撃を加えたのだ。

 彼らはすぐに槍を手放し、距離をあけて怪物の動向を注視している。


 怪物達は一瞬、我が身に何が起こったのか理解できなかった。じわりと理解できた後は、次なる怒りを騎士の群れに向けた。

 ゆるさぬ。待っていろ。腹立たしい痛みを与えるこの忌々しいものを引っこ抜き、すぐにでも八つ裂きにしてくれる。

 こんな傷ごとき、あっという間に。この〝力〟をもってすれば。


 だが、そこがもう限界だった。




「七番区の壁、上手く()()できたようです」

「うむ。五番区のほうはどうだ?」

「あちらはこれからのようですね」

「騎士団長、十番区と十三番区の連中が『早くこっちに()()寄越せ!』とせっついて来るのですが……いかがいたしましょう?」

「……十と十三か」

「……どちらも確か、鉱山族(ドワーフ)の多い区画でしたね。十番区に関しては、あいつらの間で人気の酒屋まで遠回りだから、壁を抜いて裏の水路に可動式の橋をかけたいと前々から要望があがっていました。許可さえもらえれば設計から材料の手配まで自分達でやるからと」

「……橋はさておき、順番は守れと言っておけ」

「はっ」

「十三番区はなんだったか?」

「その……高利貸しの別荘がありまして。普段は他領の本邸にいるのですが、目障りだからこのドサクサで……日頃から地道にこっそり切り込みを入れており、衝撃で崩壊しやすいようにしている、と……」

「……聞かなかったことにする。とりあえずそちらも、順番は守れと言っておけ」

「はっ」


 …………。





 歴史ある町において、避けては通れない問題がある。

 老朽化問題だ。

 古い町並みには、それだけで心躍る美しさがあった。しかし神代の遺物を除けば、通常の建築物は年々劣化し、雨漏り隙間風、耐久性や耐震性その他さまざまな不安が出てくる。

 どこかにヒビを発見しては修繕を行うが、それだけでは焼け石に水な建物に関しては、一気に取り壊して建て直す必要があった。


 そこで、怪物化した信徒の特徴だが。


 人の形態より知能が低く、短気で、ほぼ攻撃本能だけで動く。それも物理一辺倒。

 魔力で身体強化された肉体は、枯渇するまでは非常に強く頑丈。

 視界の中で動くもの、音を立てるもの、怒りを掻き立てるものにすぐ意識をとられる。

 辺境伯が足止めされている町には堀がなかった。小さな町では防衛と避難のしやすさを両立させるのが難しく、例の町は後者を優先し、防壁周辺は地続きだった。怪物化した信徒の群れは〝入り口〟である扉に向かって、何度も体当たりを繰り返せた。当然ながら扉の向こう側には戦闘員が集中し、怒号が飛び交う。群れの耳にはそれが聴こえ、ますます扉から興味が離れなかったに違いない。

 そして、走り始めたら一直線。すぐには止まれないし曲がれない。

 ――つまり。


 せっかく凄まじいパワーで突進してくる重機がたくさん町に来てくれてるんだから、もともと取り壊す予定だった場所を選んで衝突してもらおうよ作戦。

 すなわち〝飛んで火にいる夏の虫とみんなのまちづくり作戦〟である。


 瀬名は誤解が浸透せぬよう声を大にして否定したいのだが、一連の作戦は断じて瀬名の考案ではない。誰あろうグラヴィス騎士団長と側近なのである。

 「丁度いいから利用させてもらおう」と真面目な顔でしれっと決めた彼らに吹き出し、「なるほど、それってこういうことか~」などと冗談で口にしたら作戦名として正式採用されてしまっただけだ。

 まさか採用されるとは思わなかったのだ。

 断じてあれは冗談であり提案ではない。

 信徒を示す暗号が〝重機〟になったのも瀬名のせいではない。


 今、鉱山族(ドワーフ)や建築の専門家の指導によって、より衝撃に弱くなるよう穴や溝を入れられた箇所が、順調に〝解体〟されているらしい。

 よかったね、と言うしかない。

 瓦礫の撤去や再加工、再利用については、少し前から労働力が増えたばかりなので、仕事を欲しがる人々に飯の種を提供できてお互いにハッピー。

 よかったね。それでいいのである。



「お――――ほほほほほほほ!!」



 どかあぁあん、と、どこかで盛大な花火が上がった。

 極彩色の光の中に、人の形をした影が幾つも宙を舞っている。変わった花火だ。


 …………。



「あの嬢ちゃん、何だかんだ言ってやっぱり、吹っ飛ばすのが好きだぜ……」

「グレン。言ってやるな。エルダはお役立ちで張り切ってるだけなんだ。きっとそうだ……」


 庇っているわけではない。実際にエルダは大役立ちなのだ。

 信徒は怪物化させたほうが始末が容易になる。厄介な敵は、狡賢く冷静で、常に周囲の状況を読み、目立たずひっそり立ち回るタイプだ。

 だから連中には漏れなく変身してもらいたいのだが、単純に怒らせるだけでは決定打にならないことがある。

 そのために有効と思われるのは、防衛本能や攻撃本能を刺激する要因、すなわち激痛だ。


 エルダの場合、そうやって怪物化させるのに成功すれば、変化が完了する前に周辺の建物や路地の前を【石壁】の魔術で隠す。完全に囲って封じ込めるのではなく、進んで欲しい方向はちゃんと開けておく。

 開いた出口に疑いも迷いもなく、勢いで飛び込むのは実証済だ。それでも多少知恵が残っている可能性もあるので、【石壁】で用意された真っすぐな道の向こうには、いかにもガラの悪そうな煽り立て屋が待機している。

 「や~い」「ばーかばーか!」「はっはっはっはっは!」――子供か、と突っ込まれようが痛くも痒くもない。引っかかれば勝ちだ。そして彼らは連戦連勝の猛者だった。

 ラフィエナのやり方もエルダと大差がなかった。魔術の巧みさではラフィエナのほうに軍配が上がるけれど、これは仕方がない。


(まあ、教団(やつら)の敗因はいっぱいあるけど……一番はやっぱり、住民を侮ってたとこだろうな)


 作戦に加わっているのは騎士団や討伐者だけではない。多くの住民が当たり前に積極的に加わっていた。

 自分達の町で破壊活動しようなんざ舐めやがって。そんな怒りに燃える者もいれば、面白がって参加した者もかなりの人数にのぼる。

 怪物を煽って誘導する役目を買って出てくれたり、「おい、うちの庭を突っ切ったほうが早いぜ!」「ほら、さっさと家ん中に隠れな!」などなど、直接敵に対峙せずとも力強い味方があちこちにいた。

 ラゴルスは「貧民街を破壊したところで、イシドールにとっては大した打撃にならない」と己の価値観を基準に決めつけていたが、とんだ大間違いだ。

 むしろ貧民街を標的にされたほうが、打てる手が少なかった。町に愛着のない流れ者や犯罪者が多く、そうでなくとも住民が協力的になってくれるとは限らないからである。


《ナナシのほうも首尾よくいっております》

「楽しそうな感じ?」

《一見すれば、善良そうに微笑みつつ、憂いを帯びた瞳で罪人(つみびと)に正しき道を説く聖職者そのものですね》

「うぅ~わぁ~! そいつぁラゴルス君、ものっすごくイラッとしてそうだね!?」

「おやおや。引導を渡す前に血管が切れたりしてませんか?」

《ナナシがイシドール側の作戦を詳細に伝えた直後、プルプル震えつつ青筋を走らせております》


 念話で≪マスクメロンのように≫と補足が入り、瀬名は「ぶッ!!」と噴き出した。

 誰も何も言っていないのに突然笑うなど不審者扱いされそうだが、ほかの面子も苦笑したり爆笑したりだったので、とりあえずセーフである。


「アスファもあっちへ行きたかった?」

「いんや? 俺よかナナシさんのほうが恨み積もってそーだし、仕返し上手そうだから任せとく!」

「そっか」


 それは確実だろう。

 何より――怠惰で無能とさんざん見下していたナナシが、かつての自分以上に神聖魔術を駆使するのを目にしたら、ラゴルスのプライドは木っ端微塵になるだろう。


(神殿時代は単に修行の機会と時間をもらえなかっただけで、才能はあるんだもんなあの人)


 ウォルドが太鼓判を押すぐらいなので間違いない。特にナナシは補助系の魔術に優れ、独学で相当のレベルに達しているそうだ。追放されたおかげで時間がたっぷりできたというのだから、皮肉なものである。

 ナナシに同行した騎士は、身体強化・武具強化・魔力増幅・防御結界・精神攻撃耐性――そのほか幾つもの補助を得て、単体で怪物一匹を相手どれる程になっていた。ラゴルスがそれを思い知るまであと少し――いや、目の当たりにしてもなお、あの男は頑なに認めないかもしれない。


「……この調子なら大丈夫そうだね。そろそろ出発していいかな?」

「ああ」

「行こうぜ」

「了解」


 見回せば、全員から頷きが返った。




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