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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
277/316

276話 誰の命名か一瞬で想像のつく作戦名 (前)

感想、評価、ブックマーク等ありがとうございます。


 暗色のローブを纏い、ラゴルスは数名の信徒を伴って、小高い丘からイシドールの喧騒に耳を澄ましていた。

 そこに、異質なザリッという足音が混じる。

 ほど近い場所から、草と土の擦れた音。


「おやおや……ことごとくあの御方の仰る通りになりましたねえ」

「――!?」

「何者だ!?」


 信徒達が殺気立つのを制しつつ、闇の中から現われた男の姿に、ラゴルスは小さく眉を潜めた。


「きさま……ナナシか」

「はい。今回はちゃんとワタシの名を憶えてくださったようですね」


 ナナシの周囲には武装した騎士の姿が何名か。――辺境騎士団の制服だ。


(以前ほど気配を感じられない……さしたる問題ではないと思っていたが、それが仇になるとは)


 イシドール側に相当な情報が漏れていると、この瞬間にラゴルスは悟った。

 気配は読めず、耳を澄ましても相変わらず異変は感じないが、おそらく囲まれているだろう。


(見張りは始末されたか。ならば……)


 目の前の男から情報を引き出しつつ、他の信徒との合流時間まで時間を稼ぐのみだ。


「今回は、と言ったな? 以前もどこかで会ったか?」

「冷たい方ですねえ。会うどころか、さんざんお世話して差し上げてたでしょうに。子供の頃から、あなたが神官として順調に成功するまで、ずっと」

「――なに?」

「あなたの見習い神官時代、身の回りのあれこれ世話をしてた男ですよ。あなたはワタシの作った時間で悠々と修行も勉強もできた。ワタシは同格の見習いのはずなのに、あなたから使用人扱いをされて、朝から晩まで働かされた挙句、ろくに修行をする気もない怠惰な無能呼ばわりされてました。……ちょっとぐらい憶えてませんか? なんにもできない、気取り返ったラゴルスお坊ちゃま」

「……きさまのような、くだらん輩に憶えなどないな。過去の怠惰の言い訳に、私を使いたいだけであろう。私はただの一度も、使用人など欲してはおらん」

「あいにく、あなたのご実家から命じられたんですよ。私は家族と引き離され、あなたの側仕えとして神殿へ放り込まれた。嫌だと言ったら親兄弟が路頭に迷うことになる。そんな下々の事情なんて、ラゴルス坊ちゃまはな~んにもご興味がおありでなかったご様子ですがね」


 滔々(とうとう)と毒を吐きながら、ナナシは神職者めいた微笑みを絶やさない。それがいっそう不気味だった。

 小さく寒気が走ったのを認められず、ラゴルスは冷徹な表情を崩さない。


「ふん……それで、辺境の蛮族どもに媚を売ったか? ……小物が」

「そうなんですよ。ワタシ小物なので、教団の情報を手土産に大物へ擦り寄ってみました。ちなみにその御方は、あなたの行動をこんなふうに予想されたんですよね……」



『サフィークと同じく、ラゴルスは逆恨みで動く。さも〝自分はそんな些末事に捕われない〟って顔をしてても、自尊心を傷つけた奴への恨みは、しつこくネチネチ根気強く、生涯引きずるタイプだ』


『自分の配下がイシドールへもたらすであろう〝悲劇〟を、できるだけ近くで眺めたい欲求があるだろう。かといって保身も忘れないから、危険な戦場になるとわかっている町中での潜伏はない』


『街道から離れた目立ちにくい地点、かつ、イシドールを眺めやすい地点は……』



 それらはことごとく的を射た。ラゴルスはのこのこ本拠地から出て来て、街道から離れた小高い丘の上で、仲間達と見物に興じようとしていたのである。

 さらに、辺境伯をまんまと足止めできたと信じている彼らは、辺境伯がイシドールに戻る直前、到着が間に合わない嫌らしいタイミングで仕掛けようとすると思われた。

 ゆえにイシドールから連絡を受けた辺境伯は、さりげなく帰還予定日を他者の耳に入るように流した。

 それで格段に襲撃の時期は読みやすくなる。


「…………」


 ラゴルスの無表情が一瞬崩れ、ナナシは内心で快哉を叫んだ。

 これほど愉快な気分になったのはいつぶりであろうか。


(ああやはり、カシム殿やカリム殿の護衛を断っておいてよかった。こんな醜い私怨で動く自分より、前途有望なアスファ君の仲間達の傍にいてもらうべきです)


 それはさておき、せっかく新たな主の厚意で与えられたひとときを無駄にしてはならない。


 どうやってラゴルスが教主に成り代われたのか、その方法をナナシは知っていた。

 かつて教主や取り巻き達は、保守的な年寄りで固められていた。

 もとは同じように神殿から排斥された身であっても、人数が増えて組織になれば序列が出来あがる。

 古参の者ほど上位になり、老いた彼らは丁重に扱われる立場にしがみついて、潔く後進へ席を譲る者が滅多にいなくなっていた。

 ほとんどは命尽きるまで――世話係に囲まれて寝心地の良い寝台で老衰により息を引き取るまで、交代は行われなくなる。

 あるいは交代したと見せかけ、その上に新たな地位を作り、相変わらず発言権だけは確保し続ける。


 近年の教団の信徒は膿んでいた。若者ほどその傾向が強い。

 上に行きたくとも、保守的で冒険を嫌う年寄りが上位を占め、絶対に叶わないからだ。

 体力があり革新的で過激な若者の意見は常に上から押さえつけられ、不満がくすぶり続けていた。

 そういう組織で他人を都合よく動かすのは、ラゴルスの得意とするところだった。

 彼は堂々とした立派な振る舞いと弁舌で若者達の心を掴み、扇動して、上位者のすべてを処分、あるいは追放した。

 そして反逆者達の頂点に立ったのである。


「呆れたことにご老体達は皆、あの〝種〟を呑んでいなかった。彼らはあの副作用を嫌い、新参者にだけ呑ませるようにしていた――いくら死んでも構わない、使い捨ての兵士にするために。けれどあなたは違った。あなたは生家の身分が高く、後々その血筋が利用できる。使い潰しては勿体ない。浅はかな皆様の皮算用のおかげで、あなたの頭の中身は無事なまま。短気で単純で良い夢に酔いやすい獣の群れは、随分扱いやすかったでしょう? ……自称、素晴らしい教主様?」

「きさま!! 我らが偉大なる教主を愚弄するか!!」

「無礼者めが!!」

「だ、そうですよ、()()()()()()()。言われてて恥ずかしくなりません?」

「…………おまえの目的は何だ? 私を牢から出すよう、愚鈍な老いぼれどもに進言したのはおまえだと聞いているが」

「酷い仰りようですねえ。まるで自分は歳を取らないかのような言い草だ。ま、あの方々に敬意を払えとは言えませんけど」

「…………」


 ラゴルスの目が不愉快そうにすがめられ、取り巻き達が殺気立った。

 ナナシは優しげな笑みの下で冷笑をこぼす。

 ――今の自分達の姿が、ついさっき嘲ったばかりの〝愚鈍な老いぼれども〟の構図そのものだと、どうしてラゴルスは客観的に捉えられないのだろうか。


(他人を犠牲にして得た栄光を、自分が享受し続ける……まるきり同じことやってるんですよ? あと十年~二十年も経てば、あんたも『いいかげんその椅子を若者に譲れ、口先だけの偉そうな老いぼれめ』って陰口叩かれるようになるでしょうよ)


 だが、そんな未来すらもう訪れないだろう。

 今夜ここで潰すのだから。


「本当のところを言いますと、投獄された元神官の〝救出計画〟については前々から要望があったんですよ、彼らを自分達の同胞として受け入れるべきだってね。危ない橋を渡りたくない前教主や取り巻きの方々が二の足を踏んでいただけなんです。ワタシはその時期を少し早めただけで、放っておいても何年後かには誰かが作戦を立てて実行に移してたでしょうね」

「ならば、なぜ早めた?」

「統制の取れない跳ねっ返りが無計画に暴れても失敗するのが関の山だし、真面目に善良に生きてる方々の被害が拡大するかもしれないじゃないですか。自分が計画に噛んでいれば、ある程度は制御できる。それが理由のひとつです」

「もうひとつの理由は?」

「至光神教団を速やかに、完全に潰さねばならないと強く確信したからですよ。あの〝危ないお薬〟といい、後の時代まで残していい存在ではない」

「――――」

「なんだと!!」

「おのれ、教主様への無礼な態度だけでは飽き足らず……!!」

「落ち着け、小物の遠吠えをいちいち気にとめるな」

「ラゴルス様……」

「しかし!」

「これは昔からそうだ。口だけは達者で、ろくに仕事もできん怠け者だ。そなたらとは違う」

「……そう、ですね……」

「……ふん……崇高な教団の意思を理解すらできん小物など、確かに、我らがまともに相手してやる価値などありませんな……」


 いきりたつ同胞を、彼らの好みそうな台詞でなだめつつ、内心でラゴルスは舌打ちしていた。

 ナナシの意図を聞き出す前に、文字通り獣化して暴れられては困る。


「おや、『昔からそうだ』とは。ようやくワタシを思い出していただけましたか?」

「耳障りな戯れ言はもうよい。我らが教団を潰すなど、随分ご大層な法螺をふいてくれるが、それがどう私に繋がるというのだ?」

「ワタシひとりで行動しても、すぐ限界にぶち当たるんです。上位者は元貴族が多く、ワタシは平民生まれなものですから、どうしても接近しづらかった。――あなたは〝理性ある上位者達〟の懐にすんなり入りこみ、司令塔になり得る厄介な彼らを一人残らず葬って、素直で可哀想な獣達を手懐けてくれるだろうと期待していました」

「……っ!?」


 初めて、ラゴルスが目を瞠った。

 取り繕いようもない、明らかな驚愕であった。


「……ふ、クク……生意気な。私を駒扱いするか……!」


 プライドを散々に煽られたラゴルスは、町を睥睨するように小さく嗤う。


「なるほど、な。確かに、私はまんまとしてやられたのかもしれん」

「教主様……!?」

「だが、きさまはよくわかっておらんようだ。――ほら、ちょうど宴が始まったようだぞ」


 折しも町の方角から、獣の咆哮や破砕音が轟いてきて、ラゴルスは小馬鹿にした笑みを深めた。


「くく……あれらの力を侮るでない。我らを出し抜けたつもりであろうが、多少の小細工ではあれらの勢いを止められん。たとえ私の命令であろうとな。さぞや被害が――……」


 ラゴルスの台詞は尻すぼみになって消えた。

 ナナシも騎士達も、虚勢のかけらもなくあまりに平然としているのに気付いたからだ。

 果たして、余裕たっぷりにナナシは肩をすくめた。


「ですから、読めてる以上は、しっかり対策してるんですってば」

「……負け惜しみを。どれほど万全な対策を施そうと、完璧に被害を抑えることなど不可能。この一夜だけで、どれほどの傷があの町に刻まれるか、実に楽しみではないか?」

「その台詞、どういう対策を取っているかご存知の上で口にしてらっしゃいます?」

「……っ」

「イシドールの作戦名、〝飛んで火にいる夏の虫とみんなのまちづくり作戦〟ていうんだそうですよ」

「――――は?」

「な?」

「なんだそれは?」


 ラゴルスと取り巻きが本気でぽかんとするのを見て、ナナシは心から笑った。

 こればかりは騎士達も苦笑を禁じ得ない。


「さぁて、どんな作戦なんでしょうねえ? 想像つかないですね~」




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