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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
276/316

275話 ダンジョンマップで打ち合わせ (後)


 現実におけるダンジョン攻略の不安要素は、光源や空気、危険な障害物や魔物、食糧ももちろんだが、複数名で潜って万一はぐれた際、無事でいられるかどうかも重要なポイントだろう。


 鉱山族(ドワーフ)のバルテスローグは、洞窟や地下迷宮のたぐいで一切迷わない。土や石、含まれている鉱物の臭いなどを嗅ぎ分けて道を判別するのが特技だ。目はわずかな光源さえあれば暗がりを広く見渡せる仕組みになっていて、ダンジョン攻略のために生まれてきたような種族だ。

 精霊族(エルフ)の三兄弟も迷いの森と同じく、迷宮の手合いで迷う心配はない。一筋でも空気の流れがあれば風の魔術で道が判り、水の魔術で安全な水源も探せる。自身の魔力を発光させて視界は確保できるし、土の魔術で崩落を防ぐこともできる、卑怯レベルの万能型だ。

 妖猫族(ケット・シー)は身軽で柔軟、狭い場所も細い道も得意で、聴覚も嗅覚も鋭い。地図そのものを把握するのは得意とは言い難いが、はぐれた仲間と再度合流を果たすのは容易い。

 そうなると一番心配なのは人族(ヒュム)のウォルドやアスファとなるが、この二人も心配は不要だった。なんといっても彼らには神の加護と導きがあるのだ。冗談でも皮肉でもなく現実に、迷ったら正しい順路や仲間のもとへ導いてもらえる。

 一応それぞれの〝神〟に確認してもらったが、例の旧王国の地下道でもその力はちゃんと及ぶらしい。ついでに妨害魔術があったとしても無効化できるので、全員が神聖魔術も聖霊魔術も問題なく使用できるであろうとのこと。


 地道なマッピング作業を一生懸命こなす人々を尻目に、スイスイ先へ進めてしまうのである。どいつもこいつも卑怯なのであった。

 この中で誰が一番狡いかといえば――……


「セナだろ」

「セナじゃろ」

「え、自分じゃねーと思ってたのか?」

「……すまん、擁護できん」


 全会一致で瀬名の有罪が確定した。

 多数決の暴力って酷いと瀬名は思った。


 気を取り直して、図面だけを見れば複雑極まりない地下迷宮だが、信徒の配置自体は実に単純なものだった。

 教団の連中はそもそも、自分達が危険な脇道へ入り込まないよう、動線がほぼ固定されている。

 それぞれの寝泊まりする部屋、会議室、粗末な厨房、祈りの間。雑多なものを置いている部屋もあった。横方向にくりぬかれた壁の穴は寝台跡と思われるが、サイズは明らかに鉱山族(ドワーフ)のそれで、信徒達は粗末な寝台を運び込んで使っているようだ。


「全体の構造からみて鉱山族(ドワーフ)の大神殿なのは間違いない、と思うんだけどね……鉱山族(ドワーフ)には神官も巫女もいないはずなんだよ。――実は存在してた、ていうことはある? 爺さん」

「うんにゃ~? そんな話ぁ聞いたこともないわ。王様と兵士とエライ連中が守ってたらしい、ちぅのは親父から聞いたがな」

「バルテスローグの言う通りだ。ウェルランディアにも、この神殿は鉱山族(ドワーフ)の王家が守っていたと記録に残っている」

「知ってんの、シェルロー?」

「そう言えるほど多くはないんだが。鉱山族(ドワーフ)に神官は確かにいないが、何故か王国を築く際に大神殿を建設したのだそうだ。代々の王家と選ばれた守護兵によって大切に守られ、この世のすべての神々が祀られていたらしい。とはいえ、特技と趣味と仕事が完全に一致している種族だからな。神殿という建築物そのものに興味を持ち、とことんこだわった末の大規模な工作遊びだった可能性も捨てきれんそうだ」

「へ、へぇ~。そいつぁスケールでかいわ……うん、いろんな意味で」


 お世辞にも快適空間とは言い難いはずだが、知ってはいけない裏事情さえ知らなければ、敬虔な信徒を自任する者には良い気分で過ごせる空間なのかもしれない。


「なぁセナよ。目標はこいつらの捕縛でも殲滅でもなく、あの〝(たね)〟がどこにあるかってのでいいんだろ?」

「うん、そーだよ。それが一番重要。ていうか、保管場所はもうわかったんだよね。祈りの間の裏にある隠し戸、そこに内緒の通路があって、奥に教団の財産とかやばめの魔道具とか色々ためこんでる部屋があんの。だから探すんじゃなく、回収が目的になるかな」

「おうよ、了解したぜ」

「……なんか俺、行く意味あんのかなって気がしてきた。ただの荷物持ち要員で済みそうじゃねえ?」

「そいつぁ思っても口にするもんじゃねえぜ、アスファ。出発前にそういうこと言う奴に限って、予想外のトラブルでエライ目に遭うもんだからよ」

「そ、そうなのか?」


 そう、人それを〝フラグ〟と呼ぶ――瀬名は深々と頷いた。

 信徒の動線を一歩でも外れた先は、そこはもう不確定要素が満載なのだ。教団はまるで自分達の城のように我が物顔でいるが、実際は限られた範囲からはみ出ないように生活している。その自覚があるのかないのか不明だが、何かある前提で構えておいたほうがいい。


「でもこいつら、なんかノンビリしてねえ? この光ってる点々が信徒の位置なんだろ? 重要そうな部屋の前に見張りが一人か二人立ってるぐらいで、神殿の入り口んとこはほとんど人がいねえぞ?」

「そら、おらんわな」

「外部から攻め込まれた時の備えなんて要らないと思ってるからですよ。先ほどアスファが言った〝神殿の入り口〟は、彼ら以外には知り得ないんですからね」

「あ、そうか……え、でも、精霊族(エルフ)に見つかるかもとか心配しねえの?」

「我々が〝道〟を使っていることなど、彼らは知らないんですよ。それにこの神殿に通じる〝道〟は、イシドールの北方にそびえる岩山のふもとに固定されている。……わたし達がいつも利用する道は、必ずと言っていいほど森の中にあり、行き来する先は固定されていない。それぞれの〝道〟は重ならず、出入口もまったく別の場所にありますから、互いに気付けなかったんですね」

「な、なるほど……」


 そう。タマゴ鳥が信徒を尾行して、そこに〝道〟があると判明した。


「太古の仕掛けって案外、ご近所の様々なところに隠れているものなんだねぇ」

「いや……瀬名……」

「普通はないんだぞ……?」


 精霊族(エルフ)の三兄弟はとても複雑そうな顔と小声でささやかな抵抗をしてきた。

 しかし実際にこれだけ見つかっているので、声を大に主張するのは憚られたらしい。

 まあ、下手にあると期待してやっぱり無いとなれば困るので、今後も今までと変わらず「そんなものは無くて当然」の心がけで行動すればいいだけだ。あればラッキー、便利だから使わせてもらおうっと。それでいいのだ。


「なあ。これって、神殿なんだよな?」

「どう見ても神殿だわいな」

「守護結界とかどうなってんの? つうか教団の奴ら、なんでこの町の中で好きに行動できたんだ?」

「そいつぁ……」


 アスファの疑問はもっともだ。

 以前ドーミアの町で暴れた妖花【イグニフェル】の幼体は、初めからあの姿で侵入したのではなく、〝種〟の状態で運び込まれて町の内部で発芽した。

 だが教団の連中が呑んだ〝種〟は、その直後から全身に根を張り巡らせて宿主に力を与えている。つまりその時点で怪物化は始まっているようなものではないか?


(いい着眼点じゃないの)


 ここで全員の視線がなんとなく自分に集中するのが、最近慣れっこになりそうで恐ろしい瀬名であった。

 もちろんその答えを知っていたが、しかし教えていいものだろうかと逡巡する。


≪これ教えてトラウマになったりしないかね?≫

≪多少はなるかもしれませんが、今教えずともいずれ知ることになるであろうと思われます。その時のほうがショックは大きいのではないかと≫

≪なるほど……≫


 疑問を抱かせたまま、中途半端に遅らせるほうが後々傷になりやすいか。

 そう判断し、瀬名は口をひらいた。


「そもそも信徒の連中は、一瞬たりとも魔物化なんてしていないからだよ」

「――え?」

「怪物化っていうものは、必ずしも魔物化と同義じゃない。あの〝種〟は人の体内に根を張り、宿主の身体に変化をもたらしてその潜在能力を強引に引き出す。〝種〟自体に蓄えられている力はさほどのものじゃなく、宿主の力の強弱は、あくまでも宿主の身体の限界に依存している。――要するに〝弱いものを強くしてくれるお薬〟なんだよ。ただし、強烈な副作用あり」


 そうして強引に変化をもたらされた信徒は、身体構造を一部作り変えられた人族に過ぎず、人族が魔物になったわけではない。

 魂も魔力も人に宿るそれと何ら変わらず、ゆえに〈祭壇(アルタリア)〉から拒絶される〝魔物〟には該当しないのだ。


「そ、そんな……それじゃあ……」

「町で暴れる奴を倒す時、エルダもリュシーもシモンも、攻撃に一切の躊躇いがなかった。彼らは相手を〝魔物〟と認識していたからだ。多分あの時あんただけが唯一、正しく感じ取っていた。自分が相対しているのは人である、とね。だから足が竦んで、一瞬だけ行動不能に陥った」

「……嘘だろ!?」

「マジかよ、あれで人ってか……」

「信じられん……」


 絶句したのはアスファだけではない。薄々感じ取っていた者もいるようだが、みな苦い草を噛み潰したような顔をしている。


 果たして人と言えない異形と化しても、それを人と呼んでいいのか?

 ――呼び得ると瀬名やARK(アーク)氏は認識しており、呼ぶことに抵抗感もなかった。


 異常な身体能力その他をもたらす薬物の副作用として、短時間で肉体に変異を引き起こされ、精神にも異常をきたした〝人間〟である。


 人を化け物たらしめている最大の要因は、理性というブレーキをなくした精神による凶暴で残虐な行動だと瀬名は考えていた。

 そして信徒の変異は不可逆性であり、ほんの一時だけ味わえる無敵感と引き換えに、彼らの望みは永遠に叶わなくなるのだ。人の世で、人として高く評価されたいという、心の底にある望みが。


《あの怪物化現象の原因は、究極のところ燃費の悪さに尽きます》

「ねんぴのわるさ……」

《無い所から無理矢理にでも力をしぼり出し、それでも足りない足りないと貪欲に叫ぶのです――全身が、肉体を構成するすべてが。そして終いには限界を超えて爆発する。それを絶えず供給してくれる何かがあれば話は違ったかもしれませんが、所詮は仮定の話に過ぎません》

「…………」


 アスファは対人戦闘の経験が不足している。

 相手が人であるという一点だけで躊躇うのは愚かだと、まだそこまで割り切れないのだ。

 討伐者が相手どるのは魔物だけではない。時に盗賊や賞金首の討伐依頼もある。

 人をいたぶって殺すのを何より好む狂人だっている。

 だが誰しも初めは初心者であり、あまりにも凄惨な初戦闘は、後々まで引きずるおそれがあった。


≪実はそのためのガルセス動員です≫

≪え、なにそれ≫

≪ポジティブの化身たる灰狼の族長がいれば、アスファ達の精神面に深刻な傷が残ることはなかろうと。ラフィエナ殿の件は予想外でしたが、あれはあれでくだらない感じに深刻な空気を壊してくれそうです≫

≪おま、――なんつー完璧なアフターフォロー要員を……!≫


 グレンは討伐者として長いだけでなく、帝国との戦に駆りだされた経験があった。

 バルテスローグもだ。

 ウォルドは神殿にいた頃、本来は不干渉であるはずの国家間の戦に送り込まれた経験がある。

 なのでアスファ以外の面子は、今さら相手が人であると判明したところで何ら支障はなかった。彼らにとって誇れる経験ではなかろうが、少なくとも竦んで動けなくなる心配はない。

 最も戦歴が長く経験豊富なのは、言うまでもなく三兄弟である。


「えっ。シェルロー、それまじで!?」

「ああ」


 なんと長兄に至っては、百年前の魔王【ファウケス】と切り結ぶ直前まで行っていた。経験豊富どころではない、歴史の生き証人様のご登場である。

 そして瀬名に限らず、【ファウケス】や当時の光王国のあれこれを聞きたがる面々により話は大いに脱線した。精霊族の女王と近しいアルセリーヴェンに、「我が妃の地位を与えてやろう、光栄に思うがよいぞ」などとのたまった、当時の馬鹿王子廃嫡に端を発する交流断絶までの展開などは思いがけない盛り上がりを見せた。


「そいつ王子なのに勉強したことねえのか? 俺より頭悪くてどうすんだ?」

「阿呆のひとことでも足りませんよね~」

「命知らずなボンボンがおったもんだのぅ」

「っかーッ、女の口説き方がなってねえにも程があるぜ! 鍛え直してやりてぇわ!」


 そんな平和な流れで、まさか帝国の【ナヴィル皇子】の話題になるとは思わなかった瀬名である。

 正直、油断していた。

 戦つながりで帝国の話になり、崩壊した話になり、では瀬名が何をやったのか「結局俺知らねーんだけど」と、無邪気なアスファの素朴な疑問が投下された。


(う……さっきと比較にならない言いづらさよ……)


 適当に暈してさらりと伝えていたことを、ここで突っ込まれるとは思っていなかった。

 だが――……


「話しても構わんと思うぞ? ここにいる者は誰も気にせん」


 ごく普通に、シェルローヴェンがそんなふうに言った。


「……その口ぶり。もしや、あんたら」

「だいたいは把握している」


 弟二人も長兄の言葉に頷いているのを目にして、瀬名はうめいた。


(……ちょっと、こいつらを見くびってたかも……)


 さらに、グレンまでもが追い打ちをかけてきた。


「俺の息子が何やってると思ってんだ。二つ名は〝精霊女王の黒猫〟だぞ? こいつらほどじゃねーけど、俺もだいたいは想像ついてるつもりだぜ?」

「ぐ、グレンまで……」

「……俺も、【エレシュ】を介して、かの地での出来事は多少なりと知っている」

「ウォルドも……?」


 バルテスローグの顔はヒゲモジャで半分以上見えない。この爺さんは読めない。まったく読めない。だが何らかの方法で知っていそうな気がするのは何故だ。


「あー……じゃあ、アスファ以外は全員、結構……」

「知っているようだな」

「がーん……」

「え、知らねーの俺だけ?」


 これは、とても恥ずかしい。どうせ誰にもバレないと高をくくっていたら、ほぼ全員にバレているなんて。

 最後の砦のアスファがきょときょとしている姿だけが、なごむ。

 瀬名の腹から、笑いがこみあげてきそうになった。


(そうか。みんな、結構知ってたわけか)


 具体的に何が起こったのか、調べようはないと思っていたのに。どうやら思いあがりだったようだと瀬名は反省する。


 それでいながら、この連中は自分に対し、ずっとこの態度だったわけなのか。

 ――そうなのか。


「私は帝国の都で、【ナヴィル皇子】だけじゃなく、都の周囲に展開していた帝国兵をほぼ皆殺しにしたんだよ」


 生かしておけば将来、後々まで有害な存在であると判断した。だからその日のうちに始末した。

 そう告げて、周りの顔を見回してみた。ほとんどの顔は「そうか」とだけ書かれていて、だから何ということもなかった。


 アスファだけが息を呑み、そして唇を引き結んだ。

 具体的な手段はやはり暈したままだけれど、少年は瀬名の端的な言葉を咀嚼し、呑み込んだようだった。その瞳にも表情にも、纏う空気にも拒絶の色はなかった。

 覚悟を決めた戦士の瞳と言えばいいだろうか。手放しで何もかもを肯定するわけではないけれど、彼は決して瀬名を否定しないほうを迷わず選んだのだ。


(――やべ。ちょいと目が沁みそうになったよ)


 きっと夕日のせいだ。

 いいかげん、眩しくなってきたから。




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