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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
死せる都の物語
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274話 ダンジョンマップで打ち合わせ (前)


 重々しい無骨さが趣きを感じさせる山の上の城。その城壁から一望する町の素晴らしさは、どんな言葉でも語り尽くせそうにない。

 まず語彙という概念自体が死ぬ。そして一日のうち最も色鮮やかなグラデーションに染まる景色を、馬鹿になってただ呆然と見つめるだけだ。


 城壁の凹部分に腰をかけ、ぼーっと地平を眺めてどのぐらい経っただろう。グレンがぞろぞろと友人達を引き連れてきた。

 そういえばここに来る途中でグレンと遭遇し、すれ違いざまにこの場所で夕日を見るんだとか何とか言ったような気がする。

 皆は自分の好きな場所を探して座ったり、壁に寄りかかったり、各々リラックスした表情で瀬名を囲み、挨拶と同じノリで自然に誉め言葉を浴びせてきた。


(くっ……外人どもが……っ!)


 どうしてこの連中は一片の照れも躊躇もなく、息を吸うかのごとく女性を褒められるのだろう。

 しかも瀬名相手に社交辞令の必要はないとわかっている分、すべて本音なのでなお性質(たち)が悪い。


(ぐああー、もうちょいしっかり鏡見ときゃよかった……! 今私ってどんな見た目になってんだろ? 全然わかんねーわ……)


 自分の外見をネタに自虐的な笑いへ持って行くタイミングをすっかり失ってしまった。

 ラフィエナ主催のお着替えショー、またの名を地獄の着せ替えフルマラソン。

 開始直後の一時間ぐらいはまともに姿見をチェックしていた気もするが、口からはみ出る魂と「こんにちは」を交わした辺りで記憶が途絶えている。

 冗談ならば平気で受け流せるのに、本気でこられると全身がむずむずしてしょうがない瀬名であった。


≪アスファまでさらさらっと褒め言葉が出てくるなんて詐欺だ……! こいつこそ『き、キレイなんて全然思ってねーんだからなッ!』とかそっぽ向きつつ真っ赤になるタイプなんじゃないのか!?≫

≪お国柄といいますか文化の違いもあるのでしょうけれど、アスファに関してはリュシーの様子を見るにやはり意外性が大きいようですね≫

≪ああ……そういやリュシーも『子供のくせに!』って悔しがってたっけな……≫

≪無自覚の天然タラシという人種と思われます。勇者の固有スキルとも言えます≫

≪なるほど、女の敵予備軍か。リュシーを泣かさないように、てか将来背後から刺されないようにきっちり教育してあげねば≫

≪リュシーならば正面から堂々と浮気男の首を落としにかかりそうですが。そして結局はとどめを刺せず、涙ながらに身を引くのです≫

≪――おかーさんは絶っっっ対に許しませんよそんな展開~ッ!!≫


 頭の中で交わす密談に熱が入ったせいか、三兄弟が申し訳なさそうな顔になった。


「やはり嫌だったか? いつもの姿が駄目だと言っているわけではないんだが……」

「ごめんなさい、似合うと思ってそう言ったんですけど、不愉快でした?」

「え? ――あ、違う違う。別件だから大丈夫」


 実のところ、好きの比重はいつもの格好のほうに傾いている。動きやすいし、姿見を前に「ふっ、俺もなかなかイケてるじゃねーか」と悦に入るのが楽しいからだ。

 かといって、女の格好に拒絶反応が出るわけでもない。〈東谷瀬名〉は毎日普通に女性の格好をしていたし、ストッキングやハイヒールにだって抵抗はなかった。

 ただ――……「女って面倒だなー」とは常に思っていた。あまり意識はしなかったけれど、スカートよりパンツスタイルのほうが好きだったかもしれない。


「いつもの服装はやめてずっとそれにしろ、とか強要されてたら、多分むかついたろうけどね。そういう意図はないでしょ?」

「ないな。どちらも似合う」

「いつものは格好いいですし、その姿は綺麗で見惚れますね」

「むしろ瀬名がいきなり普通の女性になったら、そちらのほうが違和感だ」

「エセルに一票。あ、さっきおまえさんの兄貴に名前でいいっつー許可もらったんだが」

「別にいいぞ」

「わたしも名前でいいですよ。ついでにエセル兄様の意見に賛成票入れていいですか」

「俺も。……師匠が毎日そのカッコになったら、何を企んでんだと怖くて寝れなくなる」

「…………」


 紳士的に口をつぐむウォルドだったが、小さく頷いていれば無意味だ。


(あの、皆さん? ワタクシこれでも一応、昔は普通の女性やっていたんですがね?)


 しかし瀬名はふと思い出す。

 間違いなく女性らしい女性であった母親の姿。若々しく流行に敏感で、手抜きではないのに厚塗りに見えない絶妙なメイク、スタイルも抜群で、二人並べば姉妹にしか見えなかった。瀬名のSFX美女メイクとは根本が違う。

 対して、人並みに稼ぎつつも、趣味はゲームの準ヒキコモリ生物、クローゼットの中身は半分以上が黒かグレイ、ジャージだけで何種類……。


(ふつうの……ふつうのじょせ……い……?)


 言語中枢がおかしくなってきた。そろそろこの話題はおしまいにしたほうがよさそうだった。




 示し合わせたわけでもなく、喋っているうちに話は自然に〝仕事〟の方向へと切り替わる。

 幻想的な夕暮れの中、極めて無粋で現実的な話題へ移行するのに、誰も違和感など覚えていないのがむしろ不思議だと瀬名は感じた。

 けれど、悪くない。自分がそこにいて当たり前だと、皆がそういう顔をしているからだろうか。


鉱山族(ドワーフ)の旧王国、我々が把握できている部分です》


 青い小鳥が図面を表示させた。

 既に以前の話し合いの時に全員目にしているのだが、出発前にもう一度見ておきたいと要望が出たのだ。

 断る理由はない。

 何度見ても、宝箱の置かれていないダンジョンマップと悪名高かった某首都圏の迷宮路線図みたいだな、と瀬名は思った。

 ランダムな確率で景品が出る宝箱などを各所に置いたら、ほとんどの利用者が順路を完璧に憶えられるんではないかな、と想像したあの日が懐かしい。指紋や虹彩その他で本人認証を行い、ハズレだろうがアタリだろうが、開けさえすれば何かしらちゃんと特典があるのだ。もちろん見た目はRPG心をくすぐる〝宝箱〟でだ。

 そして宝箱を一度開けたら一定のクール期間を必要とし、リセットがかかれば通知メッセージが届いて、再び宝箱巡りに挑む……今日こそはいいものが当たればいいな、と。


(ふ……くだらぬことを思い出してしまった……)


 本気でそんな妄想をしてみた日々。

 だが、そういうことをもし現実にやっていれば、憶えるか憶えないかで言うと瀬名は憶えたと確信している。


「小鬼の巣穴みてぇだな……」

「それも、おそろしく規模の大きなやつですね」

「魔蟲の巣穴にもこういうのがあるな」


 この世界の人々は魔物の棲み処を連想したようだ。瀬名のくだらない妄想からくる感想より、こちらのほうが現実に即した意見というのが何とも言えない。


「こんだけでも、相当網羅してそうに見えっけどな?」

「いんや……ワシがじーさまに聞いてた話より、ちょい狭いぞい」

「嘘だろ?」

《バルテスローグ殿の仰る通りです。タマゴドリが確認できたのはほんの表層部分だけでした。強いて言うならば、教団が棲み処としているのも表層部分だけなので、これだけでも充分に目的は果たせると言えなくもありませんが》

「教団の根城を叩くんだろ? だったらほかの場所は気にしなくてもいいんじゃねえの?」

《いいえ、アスファ。把握できないということは危険なのです。どこに罠や魔物が潜んでいるか判断できません》

「あっ、そうか……」


 小鳥はアスファに理解しやすいよう噛み砕いて説明をしたが、実際はもっと複雑だった。


EGGS(エッグズ)に進めない場所がある、ていうのが不安要素なんだよな……)


 道が塞がれて隙間もなく通れない、という意味ではない。

 ――制御(コントロール)が失われかけたのだ。

 飛行中に〈スフィア〉との通信が途絶えそうになり、その直前で引き返した。そうして把握できた部分がこの光の路線図であり、教団の信徒の行動を追ってみれば、誰もこの図面の向こう側へ進み込めた者がいない。


(……なんか、〈スフィア〉のシールドくさいんだよなぁ……)


 いかにも、これ以上は踏み込むなと言わんばかりではないか。




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