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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
過去と未来
257/316

256話 攻撃であれば厄介

感想、評価、ブックマークありがとうございます。


 グラヴィスが言うには、数日前の早朝、ドーミア方面との境にある関所の町で、奇妙な怪物による襲撃があったそうだ。

 ローブを纏っていたため人相は不明だが、始めは人族(ヒュム)と思われた。それが十名ほど接近し、町の手前あたりで奇怪な悲鳴をあげ始めたかと思うと、急激に膨張したという。


「膨張?」

「文字通り、数倍にふくれあがったらしい。見たことのないおぞましい怪物になり、次々に突進してきて、最初の数匹が門を破ろうとした。その後ろから迫ってきた個体が、前の個体を踏み台にしてどんどん山となり、ついに壁を越えてしまった。結界は効かなかったそうだ」

「――結界が破られた? それとも素通りされた?」

「素通りだ。守護結界自体に異常はなかったと聞いている」

「由々しき事態ってやつですね……被害状況は?」

「防壁や建物の一部倒壊、重軽傷者が多数。ただし人の起き出す時間帯だったのが幸いしたか、死者は出なかった。それに怪物どもはそう時間も経たぬうちに、急にしぼんで弱り始めたというのだ」

「しぼんだ?」

「文字通り、干からびたようにしぼんで、大きくなる前より二回りほど小さくなったと。閣下が到着なさった時点ではすべて虫の息になっており、そこからは倒すのが楽だったそうだ。――その代わり、町の北側にある大河の橋が半壊したらしい。現在、復旧作業に着手しており、しばらくは足止めを食らいそうな状況とのことだ」

「……その橋って、いくつありましたっけ」

「一本だけだ。地形の問題で、複数の橋がかけられなかった。ゆえに頑丈にして、警備も厚くしていたのでその程度で済んだとも言えるが」

「大変じゃないですか、それ」

「ああ、大変だ」


 真面目くさってグラヴィスは頷く。こういう時のために橋の資材は充分に確保しており、長期間にはならない見通しだが、()()が入ればどうなるかわからなかった。

 それに予定では今頃、この場に辺境伯がいるはずだった。正直、セナ=トーヤの相手は荷が重いと感じているのだが、ほかに任せられる者もいないので仕方がない。

 グレン達は襲撃の前に町を通過しており、ひょっとしたらどこかですれ違っていたかもしれないと想像したのか、不愉快そうだ。


(もとは人型で、のちに膨張……)

 

 膨張こそしなかったが、某サフィーク氏が怪しい方向へ変貌を遂げていたのは記憶に新しい。生きたサンプルと思わしきブツが、既に冷凍保存状態で入手済みになっているわけだが、取り扱い要注意だろう。


(無理に強化された魔力が体内で暴走して、異常な細胞分裂を引き起こし肥大化。その際に精神まで異常をきたして、本能のみで襲う怪物に。暴れまくってるうちに肉体を安定させるための魔力が必要量を下回り、同時に細胞分裂も限界回数を迎えて……ってところかな? とすると……)


「グラヴィスさん。その襲撃者って、傷を負っても瞬時に治ったりしなかった?」

「――そういう報告はあった。怪物化した直後、どれだけ攻撃しても傷の内側から肉が盛りあがるように回復したらしい」

「やっぱり。しぼんでからは、全然回復しなくなった?」

「そう聞いている」

「なるほど」

「何か判明したのか?」

「いや、まだ推測の段階なもので……はっきりしたら、またお伝えしますよ」

「期待している」

「いや、あんまり期待しないで欲しいな……ごにょごにょ」


 瀬名の発想はこの世界基準で、良く言えば柔軟、悪く言えば異端なのだ。

 その怪物の力とやら、もしや〝神聖魔術もどき〟ではないか? などと、信心深い人々を相手に迂闊には言えない。

 そのものではなく、成れの果てというか、失敗作。

 あるいは、使える素質のない人間に強引にその能力をぶちこんだ結果、暴発してしまった。そんなイメージが瀬名の中に浮かぶ。


「なあ。サフィークってやつも、前はなかった変な力を使ってやがったんだろ? そいつも氷から出したらバケモンになるんじゃ――」

「こりゃ、グレンよぃ!」

「おっと」


 ローグ爺さんに遮られ、グレンが慌てて口をつぐんだ。


「悪ィ」

「いや、気にしないでくれ。あれとはもう、縁を切った」


 気づかわしげな視線に、ウォルドはきっぱりと言い切った。無理をしている雰囲気はない。

 ないのだが、それはそれとして、かつての友の醜態に思うところはありそうな様子だ。

 ウォルドの心境を思い、瀬名はやるせない気持ちになる。


(あいつがちゃんと反省できてたら、もう一度……とか、ほんとは少し期待してたんだろうな。つくづく罪深いわ、サフィークの奴)


 ウォルドの精神安定のために、奴は自らサンプルになりに来てくれたんだと、どうか百歩譲って良い方向に捉えてもらいたい。

 ともあれ、断定は早いかもしれないが、双方は繋がっている前提で動いたほうがよさそうだ。


「今後どう動くか、騎士団としてはもう決まってるんですか?」

「ほぼ決まっている。ただ……」


 グラヴィスは青い小鳥を見やった。

 ああ、と瀬名は頷いた。そもそも、三兄弟やグレン達をこの地に呼び寄せたのは、この小鳥なのだ。

 緊急時における騎士団の動き方は決まっていても、この面子との話し合い次第では、大幅な変更が入る心づもりでいるのである。


《少しよろしいでしょうか》


 果たして、青い小鳥がそう言った。


《マスターに面会を希望している者がおります》

「面会?」

「なんだ、誰だ?」

《その者は――……》

 

 そして小鳥が告げた名前は、予想を大幅に逸脱するものだった。


「っはい~!?」

「んだそりゃ、なんでそいつが!?」

「ふつーに考えて、そいつぁ罠じゃろ?」

「うむ。罠ではないか?」

《面会の場所は町の外の平原を指定されておりますが、『同行者は三名まででお願いします』とのことです》

「は? 三名?」

「……なんか、太っ腹だな?」


 普通に考えて、二人きりでの面会を相手が要求してきた場合、同行者はぎりぎり一名が定石だ。


《最初は『できれば一名』と言っていましたが、ねじ込みました》

「ねじ込んだんかい」

《そういうわけですので、同行者の選定をお願いいたします》

「えっ? あんたが指定するんじゃないの?」

《この面子なら、どなたを連れて行かれても支障ありませんので》

「そ、そうか。そうだね……」


 どうしよう。「誰でもいいよ?」と言われれば、却って選べなくなる心理。つい大穴狙いでグラヴィス騎士団長を指名したくなるが、グッと耐える。

 瀬名は結構本気で途方に暮れかけたのだが。


「では、グレン殿、ウォルド殿、ローグ爺様。瀬名をお願いいたします」


 ノクティスウェルが言った。彼は立候補しそうな一人だったので、誰にとっても意外であった。


「わたし達兄弟は積もる話があるので、大人しく帰りを待つとする」

「ノクト、エセル……?」

「兄上、到着を心待ちにしておりました。ええ、それはもう、心から。今宵はたっぷり、じっくり、お尋ねしたいことがありますので、きっちりお付き合いくださいね?」

「もちろん酒とつまみも準備万端だぞ、兄上」

「…………」

「なぬ!? 酒につまみとな!? そ、それはイシドール産か!? それともウェルランディアの幻の霊酒――」

「ちょ、爺さん割り込むなッ!! あんたはあっちじゃねえ、こっちッ!!」

「ええい放さんかニャンコめ、ワシの酒の邪魔をするでないわぁッ!!」

「ニャンコだああ!? 言いやがったなジジイ!! てめえのモジャ毛、一本残らず俺の剣で刈り取ってくれるわ!! 表出やがれ!!」

「おまえら……落ち着け……」


 いつもは瀬名にベッタリはりつくエセルディウスとノクティスウェルが、今日は長男を両脇からホールド。

 酒の単語に反応した鉱山族(ドワーフ)妖猫族(ケット・シー)に取り押さえられ、あわや乱闘というところで常識人の神官騎士が止めに入る。


「……えーと。じゃあ、そんな感じで、ヨロシクオネガイシマス……」


 遠慮がちな瀬名の声は、誰にも届いていなかった。





 この世界で新興宗教は流行らない。ニセモノの神をでっちあげても、速攻で露見するからだ。

 野心家が教典に「〇〇神はこのように行えば許すと仰せられた」と己に都合のいい嘘八百を加えたら、なんと本人(神)が出張ってきて「我は言っておらんぞ」と修正させた、そんな話が公式の記録として残っている。

 ほかにも、複数名の神官に同じ夢を見せて災厄の接近を知らせたり、結婚式の会場で光の花を降らせてくれたというほっこりエピソードなどもあった。

 神々は自ら、視覚的に説得力のある形で、何らかの証拠を適度に残している。


(〝疑り深い人間に疑惑を与えない見せ方・証拠の示し方マニュアル〟でも作成してんのかね?)


 埒もないことをつい想像してしまうぐらいに、この世界の神様方は人々の支配が上手だ。何か過去の失敗例を参考にして、改善案を盛り込んだ歴史書を片手に人間界を〝運営させている〟ような印象を受ける。

 聖霊との契約によって力を振るう魔術士と神殿との関係も、万事良好とは言い難いが、互いの排斥は明確に禁じられていた。

 聖霊に頼る者は属性魔術を扱えるが、神聖魔術は扱えず。

 神殿に属する者は神聖魔術を扱えるが、属性魔術は扱えない。

 双方は隔絶しているようでいて、案外反発せずに共存できている。

 魔術士だって折り目ごとに神殿で祈るし、神官も魔術士に依頼を出したりする。心の狭い一部の輩が、「俺のほうが上だ!」とマウントを取りたがることもあるが、大多数は互いの苦手分野を補い合う関係を築いていた。


(つい両方使えたらいいのにって欲をかきそうになるけど、それは贅沢なんだろうな。片方使えるだけでも、生活に仕事に戦闘、あらゆる面でかなりの恩恵があるし。それにもしかすると、無理に両方詰め込もうとしたら、人の身には耐えられないってやつなのかも)


 とても上手く回っている世界。

 戦や犯罪がゼロとまではいかないが、人が大勢いれば必ずどこかしらで衝突が発生するものだ。それらをも組み込んだ上で、神々による丁寧な未来設計が描かれている感じがする。

 なのにそんな世界にも、カルト教団はあった。

 祈る先にちゃんと神々が居るとわかっていながら、それでも魔王信教だの邪神教だのに縋りたがる人種がいる。

 不幸続きで未来に絶望したか、この世界から排斥されてしまったと自ら思い込んでいるか。


 ――この相手は、どうなのだろう。


 グレン、ウォルド、バルテスローグ。この三名以外は決して近付いてはならないと騎士団に通達がなされ、それを確認してイシドールの町を出た。遠くから見張る者はあれど、指定された距離以内に踏み込む様子はない。

 町からやや離れた平原。巨大な月が地上を照らし、灯火がなくともかなり遠くまで、青みがかった光が周囲の景色を浮かびあがらせていた。


 瀬名の数メートル先で、ひとりの男が立っている。

 夜に紛れる色合いの、フード付きのローブ

 男は少々ぎこちなく、フードに手をかけ、その顔を明らかにした。


(マジでこいつなのか。ほんとに来るとはなあ……)


 耳にして間もない、ナナシと呼ばれている男だった。映像の中、ラゴルス氏を胡散臭い笑顔で唆していた男である。

 瀬名の感覚ではかなり偽名っぽく聞こえる。瀬名だけでなく、グレン達も「かなり適当につけた感があるな」と言っていたので、どうやら一般的に嘘くさい名前のようだ。

 そんな一筋縄ではいきそうにない男が、瀬名と二人きりで話をしたいと申し入れてきた。同行者を許したのは、余裕の表れか。

 さて、何が出るか――。

 とりあえず、まずは当たり障りのない挨拶から。


「こんばんは」

「…………こっ、…………」

「?」

「す、すいませんっ。……こ、こんばん、わ……です……」

「…………」


 瀬名はきょと、と目を丸くした。


(あれ? 聞き間違い?)


 どうしよう。

 ちょっと変なふうに聞こえたからもう一度言ってくれません? と頼んでも大丈夫な場面だろうか。


「ン?」

「おりょ?」

「……?」


 同行者の三名もきょとんとしていた。

 彼らにも瀬名と同じように聞こえていたのだ。


「……えーと」

「あ、すいません、せっかくお越しいただいたのですから、こっちから名乗りませんとね! 失礼いたまし、いえたしまし、ええと、その……ひつれいし……うわあぁあ……っっ!」

「お、落ち着こう? とりあえず深呼吸だ?」

「そっ、そうですねっ! すー、はー、すぅー、はあぁー……」

「………………」


 なんだろう。

 何が起こっているのか。


(あれ? なにかなコレは? なんだろう? なんていうか、こういうの、どっかで見たことあるような……?)


 ハラハラと見守る瀬名の前で、男は何度か深々と息を吸って吐き、ようやく少し落ち着いたようだ。

 恥ずかしかったのか、月光の下でも赤面しているのがわかって、何故かこちらが居たたまれない。


「…………申し訳ありません……もの凄く失礼しました……」

「……いいえ? あんまり、お気になさらず……」

「ありがとうございます……」


 謝罪とお礼の二段階で言われてしまい、もう瀬名はどうすればいいかわからない。

 これが作戦なら大した男である。


(まさか人格交代? ラゴルスには心の中の闇人格が応対してたとか?)


 そんな人間にそうそう会ってたまるかと思いつつ、確率はゼロじゃないんだと疑わずにいられない変貌ぶりだった。


「改めまして……もうご存知かもしれませんが、僕はナナシと申します。どうぞ、お見知りおきください」

「これはご丁寧にどうも。そちらこそご存知でしょうが、セナ=トーヤと申します」


 よろしくもしないし、お見知りおいてもらう必要性も感じないが。


「せっ、……セナ=トーヤ様……ほ、本当に、本物の…………」

「? ……本物ですが? そちらが私を指名したんでしょうに。ナナシさんこそ、本当の名前のようには聞こえませんが」

「え? いえ、それ僕の本名ですけど?」

「はい?」

「へっ?」

「本名……?」

「ええはい、僕はナナシって言います。あ、ひょっとして通り名と思われてました? 違いますよ~、僕は生まれが裕福でない上に、兄弟多くて名前とか適当につけられちゃいましてね。田舎の地方によく生えてる雑草の名前なんですよ、名前あるだけマシな草だろっていう意味も込めてるとか何とかで……」

「…………」


 まさかの本名だった。

 しかも、やたらと口調がフレンドリーに。


「……まあ、それは置いといて。本日はどのようなご用件で?」

「あっ、そ、そうです、そうでした、すいませんっ!」


 ナナシ氏は再びひとつ深呼吸し、きり、と表情を引き締めた。視線には熱がこもり、やたらと真剣な様子である。

 ……否。緊張している?


(緊張? 何故に。……ていうか、やっぱこれ、なん~かデジャヴだな。何だったろ……?)


 ナナシ氏は「ぴしっ!」と音がしそうな勢いで背筋を伸ばし。


「セナ=トーヤ様! ワタシ、ナナシは痩せ型に見えるとよく言われますが、体力と熱意はばっちりあります! 健康自慢で病気も滅多にしません! 読み書きもできます! どうかワタシを雇ってくださいっ!」

「――――」


 まさかの就職活動だった。




対ラゴルスの時と別人ですが、人格交代ではありません。

ナナシさん、これが素です。

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