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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
過去と未来
255/316

254話 残念だが封印するしかない


 魔女が立ち寄った村や町では、既に結構な大騒ぎになっているらしい。部下の報告に、グラヴィス騎士団長は重々しく頷いた。

 もう隠す必要はないと通達してから、まだそれほど経っていないはずなのだが、異様に情報が伝わるのが早い。

 どうやら、喋りたくてたまらない連中が、各地で待ち構えていたようだ……。


『おいおいおい、聞いたか!? あのべっぴんさん、実は魔女だったんだと!!』

『何ぃぃぃ!?』

『まさかだろ、ホラふくなよ!?』

『ホラじゃねえっての、騎士様が仰ってたんだからな!』

『畜生、俺、見そこねた…!!』


 とりわけ、魔女が食べ歩きを楽しんだという某所の屋台通りでは、「あの魔女様も舌鼓を打った美味い包み焼きだよ!!」などと盛大に呼び込みが行われ、こぢんまりとした村の屋台には不似合いなほどの行列があちこちにできているそうだ。


(賑わっている分にはよかろう。女達の制裁を食らわんようにだけ、気をつけてくれればいい)


 魔女の通り過ぎた後に草一本も生えていないなら問題視すべきだが、にわか好景気が到来する分には大歓迎だ。

 グラヴィスは前向きに捉え、目下、若い騎士達へ目を光らせておくことにした。瀬名が到着する直前から、妙にいつもより熱気があるというか、騎士達の目がぎらついている気がする。

 そして現われたのが、これだ。麗しい女性をつかまえて「これ」などと失礼きわまりないが、登場した魔女の姿はグラヴィスをして「おのれ、怪しい魔女め!」と叫びたくなる代物だった。

 妻ゼルシカの薫陶により、女性が化ける生き物だと重々承知していたものの、この化けっぷりは感心を通り越して恐怖をもよおす。


(正体を知っていても騙される男を量産しそうだ。とりわけ、魔女殿と関わりの薄い者達は要注意だな。未来ある若者達の心に取り返しのつかない傷が残らぬうちに、隔離して早々に元に戻っていただかねば……!)


 危機感を覚えたグラヴィスは、大仰な接待を嫌う魔女の好みを聞き知っていたにもかかわらず、なるべく人目に触れぬようにと真っ先に貴人専用の客間へと放り込――案内した。

 すぐにもろもろの事情説明から入るつもりだったらしい魔女はきょとんとしていたが、グラヴィスにとって思いがけないことに、精霊族(エルフ)の青年が助け舟を出した。


「我々は部下ではないし、犯罪者でもないのだから、到着したその足でいきなり本題に入るのは、もてなす側の礼儀がなっていないと見做されてしまう。彼らはイシドールの〝顔〟としてもてなそうとしているのだから、言葉に甘えて湯を浴び、着替えてから改めて話をさせてもらうとしよう」


 魔女はやや思案したのち、納得顔で「そうですね」と頷いた。

 大慌てで報告しなくとも、友人の聖銀(ミスリル)ランクの討伐者や、精霊王子の弟二人も来ているからには、おおまかな話は既に進んでいると察したのだろう。


「いけませんね。つい、いつもの癖で性急に進めようとしていたようです。失礼いたしました、グラヴィス騎士団長」

「いえ。客間の奥に浴室があります。世話係は不要と聞いておりますが……」

「ええ、わたくしだけで入浴も着替えもできますから、お気遣いは不要ですわ」

「…………」


 魔女はふわりと微笑んだ。

 もともと表情筋があまり鍛えられていないせいで、笑みがどうしても小さくなる代わりに、却って大袈裟感がなく自然な表情になりやすい。

 結果、そこにいるのは誰がどう見ても、気品あふれる妙齢の〝五~六人は地獄に落としていそうな〟美女だった。


(むむ。これはやはり、下手な魔物より恐ろしいな)


 グラヴィスは女性を怖がるなど男として情けない、とは思わなかった。彼は常日頃、「男だからこそ怖いものだってあるのだ」と堂々と宣言しており、それについて一片たりと恥じていない。あまりに堂々と言ってのけるので、女性からは意外性があって素敵、同性からはむしろ男らしいと絶大な支持を得ている。

 精霊王子が革製の四角い鞄を二つと、細長い布の包みを部屋の隅に置いた。大きいほうには魔女の着替えその他が詰め込まれ、小さいほうに化粧道具などが入っているという。布の包みは、長さと形状で何が入っているのか、訊かなくとも想像がつく。

 荷物はそれらだけで、貴婦人の荷としては非常に少なかった。とはいえ、化粧道具だけで鞄ひとつ使うという感覚が男には理解できず、つい不思議そうに見てしまうのだった。


(いかん。無礼者と思われてしまうな)


 さりげなく視線をそらし、「それでは、またのちほど…」と軽く頭をさげ、グラヴィス騎士団長は客間をあとにした。




◆  ◆  ◆




 その後、しばらくして。


「瀬名さん、復、活~ッ!!」


 片方の握りこぶしを腰に当て、もう片方を高々と天に突きつける瀬名がいた。


「あああすっきりした! 何だろう、この爽快感というか、身体が軽くなった気持ちは……!」

「よかったな」


 その部屋にはもう、怪しげな魔女はいない。

 ウィッグを外し、湯を浴びて、専用クレンジングで久方ぶりにメイクを落とした。肌荒れはしにくい成分の特殊メイクと聞いてはいたものの、念を入れて湯上がりの肌に保湿ローションをペタペタ。

 陽が沈んで気温が下がり、湿度も低いので汗はかきにくい。充分に身体を拭いたあと、黒いズボンに足を通し、裾が長めの黒いシャツに腕を通した。

 いつもながら上から下まで黒い。「魔法使いなら黒でしょう」とARK(アーク)氏が謎理論を展開し、黒系統ばかり用意するからだ。

 けれど瀬名に否やはない。昔も今も、他人の服の良し悪しはわかっても、自分の服についてはセンスが休眠状態になってしまうので、お任せするのが正解だと思っていた。会社勤めの頃に着ていたのも黒か紺のスーツで、普段着は、迷った時はとりあえず黒。上か下のどちらかを黒にしとけば大概何にでも合う、という理由でしかなかった。

 焦げ茶色のウエスタンブーツを履いて、前の部分でクロスしたデザインの剣帯を装着。そして、実は持ってきていた魔導刀の重みを感じ、瀬名は笑みをこらえきれなかった。

 

「脱皮って、こういう感覚なのかなあ? 冗談抜きで体重が軽くなった気がする……! ていうか女性ものの衣装ってあれもこれも着込むから微妙に重いんだよね! 動きにくいし! この服だと解放感が凄い……!」

「よかったな」

「髪の毛も意外と重いんだよね~、久々で忘れてたわ。蒸れにくい素材で自然な艶髪を、ってそれはいいけど、長けりゃそれなりに手間かかるっての重々思い知ったわ。もう私ずっとこの髪型でいく!」

「わたしも、こちらのほうが見慣れているのでしっくりくるな」


 シェルローヴェンの指がさらりと黒髪を撫で――バシッ、と瀬名は手を振り払い、後方に飛び退った。


「っ!?」

「――――」


 飛び退ったあとで、やばい、と気付いた。


(うお、まずい! 心構えしてなかったから、つい……!)


 今の態度は、ちょっと無かったのではなかろうか。

 今さら汗をかきそうになるが、しかしシェルローヴェンのほうが先に謝ってきた。


「すまん。つい……」


 気まずそうに、所在なげに彷徨いかけた手をおろす。

 やってしまった、と言いたげな表情に、瀬名は「あ」と気付いた。


(――そうか。普通は、女性の髪に無許可で触るのって、マナー違反……)


 同性でも、親しくなければ他人の髪には普通、勝手に触れたりはしない。

 けれどこの相手は、昨日今日知り合ったばかりの他人ではなく、敵ではなく、頼もしい味方だ。それにあの〈スフィア〉に立ち入らせた、この世でたった三人だけのうちの一人でもある。

 何より瀬名は〝空気が悪い〟という現象に耐えられない国民性が身に染みついていた。自分に非がなくとも、相手が申し訳なさそうにしていたら、自分が悪いことをしてしまったような錯覚に苛まれる。相手が敵であれば無問題だが、そうでない場合は放置できないのだ。

 なので、ここはひとつ自分も謝っとくべきだな、という結論に達した。


「いやいや、私こそゴメン。深刻に捉えなくていいよ、びっくりして反射的にやっちゃっただけだから! それより痛くなかった? 手袋してないし、爪とか当たってない?」

「爪は当たっていないし、痛みもないが……怒っていないのか?」

「全然! 久々に髪がすーすーしてて、ちょい鋭敏になってるだけだからさ。自分の過剰反応にびびってるぐらいだわ」

「わたしが髪に触れても、嫌ではない?」

「うん。全然」

「そうか」


 ――あれ? ……何か、間違った気がする?

 瀬名は首をかしげた。


(んん? ……どのへんだろ?)


 どこかで、致命的なミスをしてしまったような。

 しかし、考えてもわからない。気のせいだろうか……。

 騎士が呼びに来てしまい、そのまま疑問は有耶無耶になってしまった。


「ちょい待て。そういやあんた、お風呂は?」


 部屋を出る段階になって、そういえばこいつ服が変わってないなと気付いた。

 シェルローヴェンに提供された部屋はすぐ隣。これは彼が〝護衛〟という立場を主張したためだ。

 双方の部屋は鍵つきの扉で内部が繋がっており、瀬名は鍵をかけなかった。

 そして彼は自分に提供された部屋ではなく、瀬名の部屋が自室であるかのようにソファでくつろぎながら、魔力や魔素の操作訓練をしている様子だった。


「浄化をかけた。湯は寝る前に浸かる」

「……それって、私も浄化で良かったんじゃ?」

「あの化粧はわたしの魔術でも落ちないぞ? 〝汚れ〟と認識できないからな。明らかに崩れかけた化粧なら、まあ出来ると思うが」

「そうだったの!?」


 今になって知る事実。

 汚れは落とすが化粧は落とさない。浄化魔術とは思った以上に便利――いや、不便な術だったようである。





 案内してくれる騎士も、たまにすれ違う騎士も、余計なお喋りはなく、かといって拒絶する雰囲気もなかった。

 きりりと精悍な顔に浮かぶのは、冷たさではなく硬派な印象の無表情。

 しかし、何故だろう。どことなく、目が残念そうというか、がっかりしていそうではないか?


「気のせいだ」


 シェルローヴェンがきっぱりと言い切った。


「そ、そうかな? 『こんなみすぼらしいのが例の魔女~?』とかって幻滅されてたりしない?」

「どうしてそうなる?」


 妖艶な魔女が去った途端、小心者も復帰を果たしたようだ。

 勝手知ったるドーミアではなく、さらに規模の大きいイシドールの城へ来て、瀬名はとても今さらながらに気後れしていた。

 初めての場所は緊張するのである。初めて会う人々と話す時も緊張するのである。嘘ではない。単にそうは見えないだけだ。

 瀬名の姿は「若さに似合わない実に堂々とした態度」と第三者の目に映るのだが、当人にその自覚は皆無だった。


「彼らは幻滅しているのではなく……いや、何でもない」

「幻滅しているのではなく、何!? 続きは!? その後は!? 超気になるんだけど!?」


 ひそひそ声なのに、思いのほか声が鮮明になった。王侯貴族の来客を泊める建物なので、騎士の訓練棟や食堂とは区画が違い、この辺りの廊下はとても静かなのだ。

 響く自分の声が気になり、瀬名は渋々押し黙った。

 一方で、シェルローヴェンは前方を歩く騎士の背中に、何とも言えない視線を送る。


(本当によく訓練されているな、ここの連中は)


 先ほどの台詞がしっかり聞こえていたであろうに、ぴくりとも揺れない。

 勤務外で同僚とふざけ合っている時ならば騒ぎもするだろうが、仕事中は完全に切り替えるのだ。

 唯一、瀬名を迎えに来た際、細身の少年の姿を目にした瞬間、一瞬だけ目に「あ…」と残念そうな光がよぎった。表情は変わらず視線だけ、それも瞬時に取り繕ったので、気付ける者は滅多にいないだろう。

 それは瀬名が心配している理由ではなく、単純に「あーあ、もう変身をといてしまったのか~。せっかくの美女が~…」と惜しむ意味である。それはもう、心から惜しんでいた。

 

(そういうところは鋭いくせに、何故妙に後ろ向きな方向へ考えるのだか)


 すぐ近くに騎士がいる状態で、それを口にするのは憚られた。

 そうこうしているうちに、二人は騎士団長の応接間に案内される。そこには部屋の主だけでなく、精霊族(エルフ)の弟二人と、討伐者の友人達も待ち構えていた。


「おっ、元に戻れたんだな!? は~、よかった……」

「戻れたって、悪い魔法で変身させられてたわけじゃあるまいし。あれは変装なの!」

「そうだったそうだった、ただの女装だったんだよな。いや~、わかっちゃいたんだけどよ。なんか、平和が訪れたって気がするぜ」

「グレンさん? ちょっと最初から最後まで聞き捨てならないんですけど、とりあえず平和ってどーゆー意味かね?」

「そりゃ、そのまんまだって」

「んむ。暗黒女王が退治されて、滅亡の危機が去った感じだのぅ」


 グレンにローグ爺さんが続いた。開口一番、この二人は容赦がない。

 瀬名としては出来るビジネスウーマンを目指したつもりだったし、ARK(アーク)氏にもそう注文をつけていたが、仕上がりは必ずしも本人のイメージ通りにはならないということである。素直な子供達の評価もグレン達と似たり寄ったりだったので、あのタイプのメイクはよくないんだな、と結論づけた。


(クッ……ちょっと悔しいかも)


 もし今度やるとすれば、次はもう少し、大人しめの雰囲気にしてもらおう。

 ただし、そんな機会などそうそうないだろうが。昔はよく女性やれてたな自分、と過去の自分に感動するほど、動きづらいし手間がかかるし面倒だったのだ。


(そういや、心残りってほどでもないけど。そこそこ家柄の良いご婦人を演じてたのに、そういう女性への美辞麗句ってのをほとんど耳にしなかったな。もし賛美なんてされても対応に困っただろうけど、ちょっと興味あったんだけどな。商人のおじさんぐらいで……でもあれ、職業柄って感じだったしなあ)


 カリムは何か言いかけてはカシムにどつかれ止められていた。いわく、「護衛がんなもんベラベラ言うもんじゃねえだろ」ということだったが。

 瀬名の疑問は、やはりグレンがあっさりと答えてくれた。


「そりゃあ、よお……社交辞令にならねえからだろ? んなもん口走ったが最後、魂抜かれそうっつーか、全財産失いそうっつーか」

「は? なにそれ?」

「いや、あれはやばい。誰が見てもやばかった」

「グレンの言う通りだぞい。賛美なんぞしてみい、破滅へまっしぐら! てな感じだったぞい」

「……俺もそう思ったぞ、セナ」

「ウォルドまで……!」


 見れば、エセルディウスは視線をどこかへ逸らし、ノクティスウェルは苦笑を浮かべていた。小旅行に出かける前、彼らはさんざん「瀬名すごい!」「キレイ!」と褒めてくれたのだが、グレン達の感想については否定しないらしい。

 そして瀬名の主張はそっちのけで、あの魔女は永久に封印せよと方針が決められた。

 単なる変装だと言っているのに……。




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