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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
森の民
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24話 十六歳、違法奴隷 (3)


 領主親子は他にも治めている町があり、いつでもドーミアにいるとは限らなかった。

 基本的に平時の責任者は町長だが、有事の際はドーミア騎士団団長、すなわちセーヴェルが最高責任者になる。


 その小鳥が現われたのは、セーヴェルをはじめとするこの町の主だった立場の者が、ドーミア城の会議室に集い、少ししてからのことだった。

 まさかこの小鳥が喋るとは思わず仰天する面々であったが、小鳥はそんなことなど意に介さず、淡々と指示を飛ばし、セーヴェルは半分動転したまま、慌ててそれに従ったのである。

 セナ=トーヤの肩に、常時大人しくちょこんととまっている青い小鳥。見たことのない種類の愛くるしい小鳥は、しかし今までただ一人、そのさえずりを耳にしたことはなかった。


(まさか流暢に人語を話せるとは……噂に聞く使い魔というやつなのか?)


 (あるじ)も普通ではないが、その小鳥も普通ではないなと彼らは認識を新たにした。


 小鳥が出した指示は二つ。

 まずは無力化した犯罪者の集団を収容できる護送馬車の用意。

 次に十五名の幼児の保護準備である。

 とりわけ幼児は違法人身売買の被害者と思われるため、閉じ込められる恐怖を与えぬよう、屋根のない荷馬車と、酷い飢餓状態にあるため流動食を準備するように付け加えられた。

 王家の使者のフリをして、幼児の違法売買とはただごとではない。しかもセーヴェル達はここ連日、国境へ向かう王家の使者を歓待する準備や、警備体制その他について打ち合わせをしていたのだ。

 その場には町長や、ドーミアの各ギルド長など主要人物のほとんどが集まっており、まるで戦時下のような速さで回収班が編成される流れとなった。


 遠方を視察中の辺境伯と公子への報告は部下に任せ、セーヴェルは自ら回収班を率いた。〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟の少年が絡んでいる件については、部下だけに任せるべきではないと判断したからだ。

 速度を出せる騎兵のみで数騎先行し、馬車が遅れてあとに続いた。

 青い小鳥の姿を追い、街道に沿ってどのぐらい駆けただろうか。

 昨年の出来事を髣髴とさせる、しかし段違いに恐ろしい光景が広がっていた。


 あろうことか王家の紋章入りの馬車が横倒しになり、王宮騎士の服を身につけた男があちこちで倒れている。

 既に失血死している者もいれば、気を失っているだけの者もいた。


(もし〝王家の使いを装う〟が言葉通りの意味ではなく、単なる皮肉で言っていただけとしたら――)


 セーヴェルのみならず、部下達も蒼白になった。

 何より、最初に血が流れてから、どのぐらい経っている?


《ためらう暇はありません。すみやかに拘束しなさい》


 感情の欠片もない冷徹な声で小鳥が命じ、騎士達は腹をくくった。

 あのセナ=トーヤが、情け容赦を投げ捨てるほどの何かをしでかした連中だ。それは間違いない。

 彼は厄介ごとを嫌い、好きこのんで面倒ごとに首を突っ込んだりはしない――その割に昨年のあれ、今年のこれと、普通に暮らしていれば遭遇しようがない種類の厄介ごとに関わっている気がしなくもないが、少なくとも彼自身が元凶ではない。

 その点については、少年に対する妙な信頼があった。


「団長。こいつら騎士服を着てるのに、魔馬が一頭も残ってませんね」

「ああ……そうだな」


 それもあったか。セーヴェルは部下の指摘に頷く。

 魔馬は賢い。日頃から主人に可愛がられていれば、怪我を負った(あるじ)や亡骸をそのまま放置して消えたりはしない。逆に言えば、そうでなければいつまでもその場に留まり続けたりはしなかった。

 血や亡骸の臭いを嗅ぎつけ、凶悪な魔物が寄ってくる危険があると知っているので、まだ息があったとしても、己の生存を優先して逃げることさえある。

 騎士ならば己の愛馬を大切にして当然――この連中はそうではなかったということだ。

 ひょっとしたら、意識があるうちに逃亡した者が何名かいるかもしれない。だが、さほど数は多くないとみていいだろう。


「死体はどうしますか? このままでは……」

「通常の賊の対応と同じでいい。ただし、身につけているものはすべて剥ぎ取っておけ」

「はっ」


 もはやためらいはなかった。

 その場の処理のために数名が残り、足止めか分断に使われたであろう倒木の撤去にとりかかるのを見て、セーヴェルは倒木を迂回し、再び数騎の部下を連れて先行する。


 土の魔術を使える者が、道から離れた場所に穴を掘った。

 道が見える程度の距離なら滅多に迷いはしない。それでも念を入れて、街道脇の木に縄をくくりつけ、その先を己の腕に巻き、命綱として作業にあたった。

 ぼこ、ぼこん、とくりぬかれた穴に死骸を投げ込み、燃焼の力がこめられた魔石と、浄化の力をこめられた魔石も放り込んで土をかぶせる。森への延焼を防ぎ、亡骸の魔物化を防ぐためだ。

 さらに後続の馬車が到着し、応急処置を施して拘束した連中を積み込む一方、飛び散った血液へ速やかに消臭液をかけた。

 革袋を手にし、目立って赤黒い箇所に液体をまいていく。これは地味に面倒な作業だ。しかしこれを怠れば、どこからともなく魔物が集まり、このあたりを徘徊し始める危険性がある。〈祭壇(アルタリア)〉近くの土地は魔物の出現率がかなり低いとはいえ、まったくいないわけでもないのだから。


 既に臭いがだいぶ流されているだろうが、やらないよりもマシだ。

 他領ではそこそこの処置で済ませる所もあるらしいが、道の安全性を確保しようとしない領主の土地からは、次第に人の足が遠のき、将来的に己の首をしめることになる。


(もう少々、綺麗に倒してくれたらいいんだがな……さすがに無茶かな……)


 騎士達はちょっと遠い目になった。

 しかし、もし自分が多勢に無勢の命を張った戦場で、「血を流させずに敵を捕縛せよ」などと要求されたら、「無茶苦茶言うな!」と文句のひとことも叫びたくなるだろう。それが敬愛すべきセーヴェル団長や辺境伯の命令であれば、死ぬ気で遂行する気にもなろうが、彼ら以外の権力者からの命令だった場合、よほど納得できる理由や条件を提示されなければ従いたくはない。

 それは他の騎士達も同じだった。

 我が身に置き換えれば、事前に綿密な作戦を立て入念に準備していたならまだしも、そうでなければ無血の制圧など困難だとわかる。


「――ひとりだけ無傷の男がいるぞ」

「到着予定だった使者か……?」


 魔馬が消え、ぽつんと停まっていた馬車の中で、豪奢な貴族服を身につけた小太りの男が眠っていた。

 傷ひとつなく、本当にただ眠っているだけの様子である。


「眠り薬を使ったようだな。最大の情報源を、万一にでも死なせないよう配慮したか」


 他の連中に薬を使わなかったのは、そもそも一人分しか持っていなかったからだろうか。

 もしこの男が〝白〟なら、あとで粗雑な扱いを訴えられかねないが……


(今は緊急時だ。ゆっくり迷っている暇はない)


 使者風の男にも猿轡をかませて拘束し、怪我人を放り込んだ檻とは別の檻に入れた。



 沈みつつある太陽が黄金に輝き、空の端が薔薇色に染まり始めた頃。

 先導する青い小鳥の向こう、こんもりと小さな山に囲まれ、黒髪の少年が軽く手をあげるのを見つけた。

 小山と思ったものの正体を知り、セーヴェルや騎士達は一瞬言葉を失う。

 それは極限までやせ細り、いっそ生きているのが不思議なほど、骨と皮だけになった幼子の集団だった。




◆  ◆  ◆




「野営はしない?」

「ええ。可能な限り速やかにドーミアへ帰還します」


 器を回収し手早く拭うと、セーヴェル騎士団長が告げた。

 瀬名は野宿をしたことがない。きっぱり、虫が苦手だからである。

 眠っている間に小さな虫が寄ってくるかもしれないと想像するだけで、全身ぞわぞわ鳥肌が立って眠れないのだ。

 虫よけ効果抜群、かつ肌に良い薬用化粧水も作ったけれど、それがあっても野宿は嫌だ。

 その必要がない展開は正直、ありがたくはあるのだが。


「夜に移動して大丈夫なんですか? 魔馬は夜目がきくみたいですが」

「ええ、闇の中の行軍も訓練しておりますので、移動自体は問題ありません。我々第一隊が取り急ぎドーミアを出て、その直後に第二隊が出動する手はずになっておりましたので、途中で彼らと合流して戻る予定です」

「…………」


 何故それほど急ぐのだろうか?

 気にはなったけれど、食い下がって仕事の邪魔をしてはいけないので、彼らがちびっこ達をひょいひょい荷台に乗せていくのを見守る。

 金具を外せば囲いの一辺が外れて吊り下がる仕組みで、そこから積荷の上げ下ろしがしやすくなっていた。壁も屋根も鍵もなく、閉じ込められる不安がないせいか、誰も抵抗する素振りはない。

 綿をつめた布が敷かれており、座り心地も悪くなさそうである。


 ところが、やはりというか、三人だけ頑なに拒む子がいた。


「……あれっ? ……セナ殿……この子ってまさか、エ……」

「そのまさかです」

「――――っっ!?」


 瀬名にしがみついて離れようとしない幼児を凝視し、騎士の青年の全身から声にならない悲鳴があがる。

 これ、どこかで見たな……あ、ムンクの〝叫び〟だ。

 周囲の騎士達が、妙な表情で硬直した同僚に訝しげな視線を寄越し、


(――えっ!? ちょっ、あれってまさか!?)

(――なにいいいいい!?)

(おいおいおいおい、嘘だろおおお!?)

(やばいだろうこれは、絶対やばいだろう!?)

(なにしてくれてやがんだ、あの野郎どもはああああ!?)


 声にならない絶叫が四方八方からあがった。おそらく脳裏に〝第一級国際問題〟や〝多種族間戦争〟等々の、暗雲漂う不吉な単語が飛び交っていると思われる。

 この方々のこの反応から察するに、やはりコレは相当まずい事態のようだ。

 長命種の精霊族(エルファス)は子ができにくく、同胞の子は種族全体で大切にするという話だ。もし同胞の子が拐かされたり傷つけられたりした場合、犯人に対する報復は熾烈を極めるとの噂だが、徹底的に他種族を見下すイルハーナム神聖帝国でさえ彼らとの対立を避けているぐらいなので、かなり信憑性の高い噂と思っていいだろう。


 騎士達の精神衛生のために、この三人に限っては、瀬名がなるべく世話をすることにした。

 小さな手で瀬名の服を一生懸命つかんで離そうとしないので、三人ともいっぺんに抱えて乗り込む。

 面倒だが可愛い。

 可愛いけど面倒。ジレンマだ。


「軽すぎ! 体重いくつだよあんたら」


 エルフだから軽いのか、痩せすぎて軽いのか、ちょっと区別がつかない。

 荷台の最後部で囲いにもたれかかり、あぐらをかくと、ここが自分の定位置とばかりに金髪の子が足の中央に陣取り、銀髪の子が右手側、白金髪の子が左手側にぴったりくっつく。

 だんだん遠慮がなくなっている気がするのは、多分気のせいではない。


(あやべ、胸当て装着しそびれた……でもまあ、こいつらの頭で隠れるし、別にいいかな?)


 はみ出るほど自己アピールできない引っ込み思案なふくらみは、現在ちびっこの背もたれと化している。

 今からごそごそしても無用の注目を集めるし、後で付け直せばいいだろう。


「……懐かれてますね」

「ん? そうですかね?」

「そうとしか見えませんよ。()()は同族以外との接触を嫌うと聞きますが、小さい子だと違うのでしょうか? まあいずれにせよ、あなたに同行していただけるのはありがたい」

「――――」


 ホッと安堵の溜め息をつかれ、今さら気付いた。

 瀬名は今までドーミアに泊まったことがない。いつも日帰りで、遅くとも夕方頃には町をあとにしていた。

 安宿には風呂が付いていないからである。

 風呂付きの宿は一泊だけで金貨が飛ぶような高級宿しかない。けれど〈スフィア〉に戻ればシャワーに浴槽、Alpha(アルファ)が増やしに増やした地球産あれこれによる手作り石鹸、シャンプー、ヘアオイル、保湿ローションまである。


 それにここの月は、ドームの天井に浮かんでいた月より大きく見えるので、いかにもファンタジーという風情があって好きだ。森暮らしが長いせいか夜目がきき、闇に対する恐怖感も薄れた。新月に相当する日も、降ってきそうなほど見事な星空が広がり、夜の散歩は嫌いではなかった。

 長距離を歩こうが走ろうが、そうそう疲れなくなっているのもあり、多少遅くなっても、いつも必ず〈スフィア〉に帰っていたのだ。


(まあいっか。どの道、事情聴取とかやらなきゃならないんだろうし)


 勤務中の騎士達を大勢呼びつけておいて、「んじゃ後はよろしく!」ポイ! は酷いだろう。

 これからもちょくちょく町へお邪魔したいなら、人間関係に深い溝を刻みかねない真似は控えるべきだった。


「そうだ、セーヴェルさん。そこで座ってる魔馬、一緒に連れて戻ってもらえませんか?」

「こいつですか? 構いませんよ。なんなら騎士団(ウチ)で預かりましょうか」

「お願いします」


 話が早い。

 良好な人間関係、やはり大事である。




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