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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
旅と模索
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235話 魔女と三兄弟と巻き込まれる人々 (5)

誤字脱字報告師様、ありがとうございます。

助かります。


 食後のコーヒーを味わってホッと一息、今日はもうないかなと油断していた説教会が始まった。

 隙を突かれてのかける三である。逃げ場はなかった。

 いつもなら適当に相槌を打って早く終わらせようと目論むところだが、今回は相手が悪い。そんな気配を察知されたが最後、説教は間違いなく長期戦に突入するであろう。

 苦言をきちんと受け止めつつ、神妙にうんうん頷くロボットと化すしかない。


(しかし……僕は何ゆえにこの話題で叱られているのであろうか?)


 不幸なとある少年のドキドキハプニングについて、「『じゃ』だけで済ませるな!」と叱られているのである。

 あれは相手にとってこそ不幸な事故だったと確信している瀬名は、どうにも納得がいかない。

 だから「人に迷惑をかけちゃいけません、もっときちんと謝りなさい」と注意されているならまだしも、そうではないので、内心首をひねっていた。

 が、次の説明でようやく腑に落ちた。


「それなりに怒っておかないと、『案外このぐらいなら触っても許される』と男が勘違いするだろ。自分に都合のいい勘違いをするバカは結構いるぞ」

「そうなればその男が、軽々しくほかの女性を触るかもしれません。か弱い女性は恐怖で抵抗できないでしょうし、そいつはますます勘違いしてしまいます」

「アスファに関して言えば、もし彼が『そういうもんなのか』と思い込んでしまうと、はずみでエルダの胸もとに触れてしまった時にも『あ、悪ぃ』で済ませてしまうかもしれない。――そうなったら可哀想だろう?」

「…………もの凄く納得した!」


 特に最後、おもにアスファのほうにどんな悲劇が起こるのかあまりにもリアルに想像できてしまった。

 ほかの女性が被害に遭いかねない理屈も、言われてみればよくわかる。

 意図的なチカン野郎ならともかく、事故であれば、相手がアスファでなくとも瀬名はたいして責めなかったろう。通りすがりにこんなつまんないもん触らせちゃってゴメンネ、と自分から謝りさえしたかもしれない。そうして純朴な被害者が「ふつーに許されるもんなんだな?」と騙され、そのせいで悪意なき無神経野郎になってしまったら――あらゆる人々にとって不幸の連鎖でしかなかった。


「そっか……ただのポーズでも、腹立てるなり恩着せるなりしとかないとまずかったんか……こいつぁうっかりだ……」

「そこはポーズじゃなく本気で怒って欲しいんだが? じゃないと兄上が()()に乗り出すぞ」

「そうですよ、次はちゃんと怒るようにしてくださいね? 次なんて無いのが一番ですけど。シェルロー兄様が降臨したら、そこがその男の人生の終焉ですよ」

「おまえ達……さも自分は何もせんような言い方をするな」


 長兄は弟達の意味ありげな表情を嫌そうに見比べつつ、ぽつりと「否定はせんが」と付け加えた。

 瀬名の耳はそれをばっちり拾い上げてしまった。目の前で呟かれても「え、何て言ったの?」とナチュラルに聞き逃せる、そんな幸せでほわほわした反応など瀬名には許されないのであった。

 世のため人のため、今後は自分の洗濯板をもうちょっと大事にしようと思うのだった。




 

 ついでに、東の現状について少しだけ話を聞いた。

 ARK(アーク)氏からも定期的に報告を受けてはいるが、視点の異なる見解も貴重なのだ。


 現状、東の地は瀬名とARK(アーク)(スリー)の予測から大きく外れてはいない。

 旧イルハーナム帝国の崩壊は、かつての被支配国の人々や部族にも徐々に伝わっていた。

 野心を持った旧帝国貴族が何をしようにも、もはや土地も兵力も財力もない。彼らはさんざん虐げてきた人々に、憎悪をもって地の果てまで狩られる立場となったのだ。

 人々は取り戻した故郷で、まず防衛と地盤固めを優先した。幸い各地には食糧の備蓄があり、飢えた民による奪い合いには発展しなかった。

 旧イルハーナムは夏の中頃から冬の手前まで複数回に分けて税を徴収しており、それは金銭だけでなく物資や食べ物の場合もあった。もし冬の手前であれば、彼らの稼ぎは中央に向けてごっそり吸い取られていた後だったろう。

 東の大地は今、南方諸国のように、数多の小国群で構成される土地となったのだ。今はまだ不安定だが、平穏に安定するか、戦乱の世に突入するか、それは来年の春まで待たねばならない。

 デマルシェリエに近い辺境の国は少し複雑だ。彼らは旧帝国貴族を追放あるいは処刑したが、命じられて光王国に敵対してきた歴史がある。

 旧帝国の分解を隠そうとしているのか、今まで通り防衛に専念し続けるポーズをとっていた。


「バレたら今度は自分達が攻め入られると不安がってるから、かな」

「おそらくはな」

「ていうか、まだバレてないと思ってんのか~……」

「そりゃあそうですよ」

「知りたいと思ったことを次の瞬間にはもう知ってるのなんて瀬名ぐらいだぞ? 他国の情報を手に入れようと思ったら、普通は何日もかかるものなんだ」

「そもそも彼らには、旧皇都で何が起こったのかすら正確には知り得んだろう。こちら側の国々や南の地に潜ませた間者から報告があっても、しばらくは半信半疑が続くだろうな」

「あー、なるほどねー……」


 光王国側へ流れ込む難民がさほど増えていないのもそのせいだ。こちらの情報を得たいが、自分達の情報も変に流したくないというところか。最初から最後まで全部知られているとは夢にも思っていない。

 しかし行く当てもなく逃げてきた人々を止め続けるのにも限界があり、いずれどっと押し寄せてくると思われる。〈黎明の森〉も協力し、デマルシェリエとともに準備を進めている最中だ。

 ただし瀬名はノータッチである。


 結論を先に言ってしまえば、たとえ歴史に極悪非道の魔女と罵倒を連ねられようと、瀬名は東での一連の出来事について、何ひとつ責任を取る気がなかった。

 なるべく悪党だけがたくさんまとまっている場所を狙い、一気に葬った。後悔はしていない。あの中にはごく稀に不運な善人がまざっていたかもしれず、うっかりその存在を知って罪悪感に苛まれたくないので、自分のやらかした結果に基づく東の現状と未来には、可能な限り見ぬふり知らぬふりを貫くつもりだった。

 もし時間が巻き戻り、もう一度イルハーナムを相手どることになったとしても、瀬名は躊躇わずに同じ選択ができる。

 手早く、かつ被害を最小に抑え、瀬名自身も怪我をせずに済む最善の方法があれだった。


(あの皇宮(いれもの)の中、自浄作用ってやつが完全になかった。器の中身が全部腐っちゃってたら、全部捨てて綺麗さっぱり洗うしかないでしょ)


 場合によっては器そのものまで腐食が及んでおり、捨てるしかないこともある。あの皇宮の建物は確かに豪華絢爛だったが、心身を隷属させた人々を足蹴にし、寒村を実験で潰しても平気な連中がうようよ棲みつく魔窟だった。

 もし【ナヴィル皇子】のみを始末していたら、脳筋と悪名高い第一皇子とやらが出しゃばり、癇癪を起こして死罪を言い渡すような恐怖政治が敷かれていたことだろう。

 第一皇子を暗殺してしまえば、次は皇帝の権力が復活し、享楽的な日々のために湯水のように血税が投入されただろう。

 皇帝も始末してしまえば、次に帝位につくのは軍部の総帥だ。反発する者を武力で締め上げ、邪魔な皇帝の血族をことごとく処刑するだろう。

 やがて彼は反対派の大臣に暗殺され、似たり寄ったりの権勢を誇る家がこぞって帝位に群がり、未曽有の内乱が勃発するだろう。

 最前線には隷属の魔道具で縛られた兵士が送り込まれ、田畑は踏み荒らされ、力なき人々の血で大地は赤く染めぬかれたことだろう。

 高貴なる人々だけが、安全で煌びやかな世界から下界の喧騒を見下ろして。


 そうなる可能性は限りなく高いとARK(アーク)(スリー)は断言し、瀬名もそうなると思った。


 一部だけをちまちま潰そうとして、いたずらに時間を浪費していたら、周囲に撒き散らされる毒はより凶悪になる。おおもとを一気にごっそり片付けてしまうほうが後の影響が少ない。

 三兄弟もこれに同意し、さすがに温度差の生じかけたデマルシェリエの連中に――単独で敵国へ乗り込み中枢〝だけ〟を潰してくる、そんな真似が瀬名には出来ると証明されてしまい、なおかつそれが自国に向けられたらという疑心暗鬼が生じた――肯定的な言い回しで、前向きな受け止め方をするように持って行ってくれた。

 これには素直に尊敬と感謝しかない。

 底抜けに明るく、前向きっぷりが突き抜けている灰狼も、重苦しくなりかけた雰囲気の破壊に大いに役立ってくれた。

 特に族長のあれは一種の特殊能力ではないかと瀬名は疑っている。

 もし呪術士に呪いをかけられそうになっても、あの男は「はっはっは! 今何かしたか?」と笑いつつ、地の性格だけで呪い返しを成功させてしまいそうだ。


 瀬名が唯一真面目に心配だったのは、カシムとカリムの精神状態である。

 彼らは、加害者がある日突然消えてしまった被害者だ。周りが勝手にお気に入りと呼んでいようと、所詮それは便利な道具として。

 この二人には、あの【皇子】を一発ぐらい殴らせてやっておいても、と思わなくもなかった。

 が、復讐心を満足させてやろうとして、うっかり殺されてしまったらどうするのだ。あんな倒し方をしておいてアレだが、あの【皇子】、まともに強かったのである。反撃されるのが怖いから、そんな暇も隙も与えず徹底的に全力で攻撃するのが瀬名のスタイルなだけだ。

 それに殴らせてやったところで、虚しさが増しただけかもしれない。――あの【皇子】は相手の怒りも屈辱も、微塵も理解できなかったろう。


『どうせこっちへ引きずり込まれた日に、一度ぶっ壊れてるんだ。奴がどんなふうに消えようと、今さらどうとも思わん』

『俺も、何も感じないな。帝国にいた頃のことは、悪い夢を見ていたように感じる。それがぱっと消えた、みたいな感じだ』


 カシムもカリムも一見すれば平気そうだったが、傍で聞いていた精霊族(エルフ)が首を横に振っていたので、良い精神状態とは断言しかねる。

 灰狼達とも相談し、彼らの心のケアには重々気にかけてやったほうがいいだろう。





 最後に〝魔素〟だ。

 初めて、三兄弟に――この世界の者にその存在を教えた。


 魔素の説明として、料理用のボウルと粉を例にした。

 ボウルの中に粉を入れ、水を入れてこねる。水分を含んだ部分は塊となり、掴みやすく扱いやすい。

 その、掴み取りやすくなった部分が魔力だ。

 そして魔素は、水分の含まれていない粉である。


「待ってくれ、つまり……粉をすくい取れば、指の間からさらさらこぼれ落ちる。――その、細かいひと粒ひと粒を自在に操っている、と?」

「え。――何それ、普通無理じゃん!?」


 自分で説明しておきながら、何故か叫ぶ瀬名。


「いや、瀬名、やってるんですよねそれ……?」

「いやそうなんだけどさ!? 改めて私すごいことやってるな!?」

「え、今さら?」

「今さら?」

「瀬名……何を今さら」


 困った子を見つめる微妙なまなざしで畳みかけられてしまった。


「くっ……い、いじめるともう教えてなんてあげないんだからッ」

「ああ、すまない、謝るから教えてくれ」

「すまん瀬名、続けてくれ」

「ごめんなさい、というわけでお願いします」

「キミ達。ごめんなさいを言う時はもうちょっとこう、誠意をこめてだな――」

「ああ、わかった」

「ん、わかった」

「はーい、わかりました」

「クッ……こ、こやつら……ッ」


 どこからか《小学生ですか》と幻聴が聞こえてきたが、己の心の安寧のために聞こえなかったふりを決め込む。


 ともあれ、精霊族(エルフ)は無意識に魔素を使えているように見えたが、それは半分正解で半分間違っていた。

 彼らが魔力を行使していると、発動した魔術が周囲に影響し、魔素も連動して動いているのだ。あくまでも彼らが意図して起こしている現象ではなかった。

 〈スフィア〉近くの訓練場でしばらく試してみたが、いきなり魔素そのものを操作するというのは、やはりこの三兄弟でも不可能だった。

 だが、魔素という概念を理解していれば、少なくともそういうものが在ると認識するだけでも、やりようは変わるかもしれない。


 もちろん、瀬名の〈精神領(ソウル )域刻印型魔導式(オブ グリモワール)〉については、内緒のままである。

 三兄弟には「オレに尊敬のまなざしを向けるのだけは断じてやめろ」と厳命しておいた。


(だってこんな反則ワザで尊敬なんかされたって、いたたまれないだけじゃん……)




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