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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
和やかな会議
226/316

225話 素晴らしき会議 ~リアルタイムで見たかった

※一部多めに修正しました。6.20


 キャロライナ・リーパー――命を奪わずして平和的に全滅させる方法のひとつとして、試験的に辛みを抑えて作成した薬液や固形剤。

 あの赤々しい死神の使用感を暴露、いや報告してもらえたのはよかった。

 ただ贅沢を言わせてもらえるなら。


(時と場所を考慮して欲しかったなあ、なんてネ……ふふ。もう今さらどうにもなんないけどネ……)


 するとARK(アーク)氏が念話で補足した。


≪この世界で辛みを出す食材は主に茶色・黄色・緑色で、赤いものはありません。辛さを示すスコヴィル値も鷹の爪程度ですので、およそ四~五十倍の数値を誇るキャロライナ・リーパーはまさに〝赤い死神〟でしょうね≫

≪それを早く言えよ!!≫


 〈スフィア〉で再生可能な食用トウガラシの中で一番辛いやつを、とは聞いていた。聞いていたけれども。

 具体的な数値は初耳だった瀬名の瞳から光が消える。

 奴はアスファ少年の肩の上に、澄ました顔でチョコンととまっている。速やかにそ奴を焼き鳥にせよ、とバレないように合図を送るにはどうすればいい――と、相変わらず少年の耳についている、お洒落なイヤーカフ型ワイヤレスイヤホンが目に入った。

 ARK(アーク)氏との会話専用で、瀬名の〝声〟を届けることはできないらしいが……それがあればタマゴ鳥の中継機能を改善しなくても、遠方での会話に不便などなかったのではないか?


≪量産すべきものではありませんし、マスターには不要です≫


 小鳥氏には一蹴された。正論なのだが、どこか「瀬名との会話にそんなものを介するなどプライドが許せない」そんな響きがある。

 よくわからない微妙なこだわりポイントがあるようだった。





《労働奴隷にされてた連中の今後の身の振り方だがね。こちらのミラルカさんが引き受けようかって申し出てくれたんだが、全員あたしについてくるって聞かなくてね。しゃあないから持って帰るよ。いろいろ土産を仕入れたいところだったし、荷物運びにゃ丁度いいさね》


 帝国の労働力を嫌がらせ的に削ぐのが目的なので、彼らをどう扱うかは、南の状況を確認してからとは伝えていた。

 これから詳細を詰めるつもりだったのだが、瀬名から話を振るまでもなく、ゼルシカ女将はさっさとその課題を解決してくれていた。


(女将さん、マジ(オトコ)らしいです……さらっと「ミラルカさん」呼びしてるし。あんた引退してるって嘘だろ)


 ゼルシカ班が無事アスファ班と合流し、労働者達が姐さんのシンパになった辺りで一区切りとなった。

 次はウォルドとアスファチームの順番である。ウォルドは長々と説明するのが苦手なので、全員が代わる代わる話す形になった。

 ゼルシカと反対に、アスファ達の説明はほとんどお喋りに近かった。だが重要な箇所はきちんとおさえているし、報告・連絡・相談は「簡潔にわかりやすく!」と訓練時の座学で教えてあったので、そこらの低ランク討伐者より遥かに明快で聞きやすかった。

 辺境伯やウェルランディアの面子も感心した様子だったので、身内の欲目ではないと確信している。


(ふっふっふ、うちの子はみんな出来る子なんですよ……)


 ついこっそりほくそ笑む瀬名だった。

 特に辺境伯は面白そうにしていた。彼は問題児だった頃のアスファ達を知っているのでなおさらだろう。

 しかしアスファ達が腐れ貴族の餌食になりそうなくだりで、全員の視線がまたもや瀬名に集中した。どこか悲壮感漂う少年少女達に、同情を寄せる大人達が続出。


(ちょっと待って、アタシそんなの知らない。全部小鳥さんがやったことなのよ!?)


 おまえが(あるじ)だろ! と返されて終わりそうだ。

 どうしてこうなった。


「……ARK(アーク)さんや?」

《では、私からも解説させていただきます》


 瀬名にじっとり睨みつけられてもどこ吹く風、青い小鳥はしれっと話し始めた。

 いわく。



 商売人の多い土地柄なせいか、南の人々は貴族平民問わず、富のにおいに敏感だった。

 ほかのメンバーはやれ我が娘の夫に、息子の妻にと揉みくちゃにされていたが、ひとりだけ除け者がいた。

 リュシーだ。〝咎の末裔〟の噂は、南の地まで届いていたらしい。

 というのも、かつて南の地へ向かった神官達が、神話に交えて〝危険な種族〟のおどろおどろしいエピソードを広めていたらしいのだ。

 若者はあまり本気にしていないけれど、一定以上の年齢ではそれを刷り込まれている者が多い。これは魔王種【ファウケス】の暴れた時代を、そこそこ身近に感じる世代かどうかの違いだ。

 とりわけ年かさの貴族や大商人達は、リュシーを勇者パーティに付き従う奴隷と思い込み、そのように接した。

 あろうことか、美しい彼女を娼婦扱いしようとするゲスまで現われた。

 これに激怒したのはリーダーのアスファである。彼はワイヤレスイヤホンから流れる小鳥氏の通訳で、ほぼ完璧に彼らの会話を把握できていた。

 ゲスにねちねち迫られ、不快げにしているリュシーと男の間に割り込み、怒鳴って追い払うアスファ。

 たまたま前後の状況を見ていなかったウォルドや他のメンバーは少年の声に驚き、庇われたリュシー本人も吃驚していた。

 しかしリュシーがアスファの苛烈な対応に驚きつつ、ゲスが何を言っていたのかを問うても、少年はかたくなに口を閉ざすばかり。

 自分のせいでアスファが面倒ごとを背負い込む必要はない――よくわからぬままにリュシーが言ってみるも逆効果。却って少年の怒りは煽られ、そんな悲しい言葉を口にするリュシーにまで憤りをぶつけてしまう始末。

 表面上はいつも通り、しかし奇妙な緊張感が二人の間に生じた。


『よりによってリュシーにまで怒っちまうなんて。あいつは全然悪くなんかないのに。なんで俺はこんなガキなんだ……』


 感情を制御できなかった己を恥じ、悔やむアスファ。俺けっこう成長できたよなって思ってたのに、全然そんなことないじゃねえか……。

 一方、リュシーも己の不用意な発言を悔いていた。


『よく知らずに適当なことを言ったせいで、アスファを本気で怒らせてしまったみたいだ。けれど私が何やら、厄介ごとを招き寄せてしまったのは間違いない。こんな私が、彼の傍近くにいていいのか……』


 消せない己の出自に思い悩むリュシー。いくらアスファ自身にその気がなくとも、いずれ彼は勇者の名に相応しい人物になるだろう。なのに自分がいたら、彼の道行きに暗い影を落としてしまわないか――。

 生と死の戦いに身を投じている間だけは、そんな余計なことを考えずに済んだ。

 むしろ雑念を追い払うべく精神を集中させていたおかげか、神剣を振るうアスファの技はいつになく冴え渡り、隣り合って戦場を駆けるリュシーも、普段よりずっと速く、正確さを増した。

 エルダやシモンの放つサポートも素晴らしく、二人は風のように次々敵を葬り去る。言葉はなく、しかしその呼吸は誰よりもぴたりと合っていた。

 かつて対峙したことのない強大な敵を前に、高揚感が恐怖を上回った。

 やがてあがる勝利の声。

 荒い息をつきながら、呆然と二人は視線を交わし――



《っっだあああああああぁぁぁああ――ッッ!!》


「っ!? ちょ、アスファ、今いいとこだったのに!!」


《いいとこじゃねーよッッ!! てか何で知ってんだてめえアークうううう!?》

《職務ですので。続きよろしいですか》

《よろしいわけあるかあああッッ!!》


 湯気が出そうなほど真っ赤になった少年は、涙目で神剣の柄に手をかけていた。

 目ざとい小鳥は悠々と飛んで逃げている。


《ま、待ってアスファ、さすがにここで剣はっ》

《そ、そうですわ、気持ちは痛いほど理解できますけれど!》

《うううう~っ》

《アスファ……その、おさえろ……》


 仲間達に止められて、首から耳まで真っ赤に染めたまま頭を抱え込むアスファ。

 リュシーはといえば……こちらも耳まで真っ赤になり、頭を抱えてひたすら壁を向いていた。

 中断された続きがとても気になるのだが、これ以上は少し可哀想である。


≪帰還後、その後の経緯も含めて詳細を報告せよ≫

≪御意≫


 こっそり念話を交わし、話題を変えさせることにした。

 いわく。



 南の地の決戦に備え、パナケア王国からも精鋭が加わることになった。

 集められた戦力の中には兵士以外に、その地で雇われた傭兵や討伐者もいた。

 そこで彼女は、思いがけない人物と再会を果たす。

 かつて鼻持ちならないお嬢様だった頃、己の実力のなさを自覚できず、指導を受けるのを拒否した討伐者パーティがいくつかあった。

 自分より低レベルの魔術士を指導役に据えようなど、馬鹿にしているのか――そうののしった相手のパーティが、たまたまその頃、南の地に興味を抱いて活動の地を移していたのだ。

 エスタローザ光王国は内陸の国。広大な湖はあれど海はない。

 南の者が「雪を見てみたい」と憧れるように、彼らも「海を見てみたい」と憧れていたのだという。

 パーティのひとりがパナケア王国の生まれだったので、言葉には困らない。その人物こそが、魔術士の討伐者にとって〝青銅(ブロンズ)の壁〟と言われるランクを突破し、上位に到達した数少ない実力者だった。

 少しちぢれた黒髪、褐色の肌。いかにもな異国の雰囲気を纏う、なかなかの色男である。

 あいにく光王国の貴族からすれば、「蛮族の色」と顔をしかめられる外見的特徴であった。半端な討伐者志望の〝ご令嬢〟の彼に対する拒絶は、そこにも起因している。

 もちろん今の彼女は、そんなものだけで相手を測ったりはしない。

 彼をリーダーとするパーティは、(ゴールド)ランクになっていた。彼女を心身ともに鍛えた聖銀(ミスリル)ランクのメンバーと比較すれば下位、だからといって見下すような真似はもう決してしない。

 己の力量を正しく把握できている今となっては、経験値と能力の凄まじい隔たりを相手から感じた。

 自分がどれほど愚かで、もの知らずの小娘だったのか。

 けれど彼女はパーティメンバーの少年がそうしたように、迷惑をかけた相手に謝罪して回るような行動は取らなかった。


『わたくしはとても愚かだったわ……そしてそれは、謝って済む程度ではないのよ』


 ただ真摯に、敬意を払い続けた。

 口調でも、態度でも、視線ひとつとっても、必ず相手を上位と敬い、言葉を交わす必要がある時は、教えを乞う立場を取り続けた。 

 はじめは懐疑的だった彼らも、次第に彼女の変化に気付き、それが形や口先だけのものではないと徐々に理解していった。

 足手まといだが正直にそう言ったら角が立つ、面倒この上ない、遊び気分のお嬢様。ずっとそこ止まりだった彼らのイメージは崩れ、疑心を払った後のまなざしで彼女を捉え直してみれば、そこには〝見込みのある新人討伐者〟の姿があった。

 特に、さんざん罵倒されていたリーダーの衝撃は大きかったらしい。

 彼は彼女のパーティに共闘を持ちかけた。


『期待してるぜ』


 リーダーの少年に声をかけながら、目は彼女に語りかけていた。


『全力を尽くしますわ』


 かつて酷い罵倒を投げつけた相手に対する謝罪と、緊張と、悔恨、そして――信頼。

 複雑な感情がないまぜになった表情に、凛とした覚悟を乗せ、自然とその唇に笑みを浮かべていた。

 嘲笑ではない。過剰な自信からくる笑みでもない。

 男は目を瞠り、本当に彼女が変わったのだと改めて知った。

 そして、かつて対峙したことのない強大な敵との戦闘に突入。決して前に出過ぎることもなく、それでいて逃げることもせず、弓使いの少年とともに前衛の二人の的確なサポートを行っていた。さらには共闘するパーティへの助力も欠かさない。

 さすが(ゴールド)ランクと驚嘆せざるを得ない彼らに、彼女は内心舌を巻いた。力強く無駄がない、高ランクパーティの戦い方だった。

 そして彼らも、見たこともない不思議な魔術を披露する〝元令嬢〟に舌を巻いていた。

 あんなにも、どうしようもないワガママお嬢様だったのに。

 彼女はこの戦場から決して逃げようとせず、立ち向かっている。

 リーダーの視線に、少しずつ熱が宿っていった。

 やがてあがる勝利の声。


『……エルダ』


 荒い息をつきながら、呆然と二人は視線を交わし――



《っきゃあああぁあぁああぁ――ッッ!!》


「っ!? ちょ、また肝心なとこで!? こっからがいいとこなのに!!」


《いいとこ、じゃありませんわよぉぉお~ッッ!!》


 涙目で真っ赤になったエルダがぷるぷる震えながら拳を握り、その拳に映像越しでもわかるほど魔力が溜まっていく。


《お待ちなさいッ、この邪悪な小鳥ッ!! 焼き鳥にしてさしあげますわッ!!》

《おうやっちまえッ!!》

《ふ、二人ともおお!? おさえて~っ》

《……あー…………》

《…………》

《…………》

《…………》


 ほかの画面の大人達から、生ぬるい空気が漂いはじめた。

 瀬名はといえば、密かに拳を作って悶えている。


(どうして……どうして私はその時、その場にいなかったんだ……!!)


 お預けになったその後の展開がものすごーく気になる。


ARK(アーク)よ。引き続き調査を行い、のちほどアスファの経緯も併せて細部まで報告せよ!!≫

≪御意に≫


 余談だが、シモン少年はリーダーの男に、女性用の土産でいい店はないか恥ずかしそうに尋ねていたという。

 バラされた瞬間、少年は無言・無表情で矢をつがえ、機械的に青い小鳥へ狙いを定めていた。

 彼の闇も深そうである。




何を言ってるんだろうとポカンとしてる隙に、水流のようにささーっと暴露されてしまったアスファ君達。

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