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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
和やかな会議
225/316

224話 素晴らしき会議 ~私もそっちへ行きたい

感想、評価、ブックマークありがとうございます。

外出時のマスクが暑い今日この頃…。


《はっはっは! わざわざ貴殿の手を煩わせるには及ばぬよ》


 ロマンスグレーが空色の瞳を笑ませ、舞台俳優のごとき通りの良いバリトンボイスで邪悪な空気を吹き飛ばした。


《最大の懸案事項は既に片付いた――貴殿やウェルランディアの方々のおかげでな。自国の頭の体たらくに少々情けなさを禁じ得ぬだけであって、なに、我らが対処できぬほどではない》


 気品と雄々しさの滲み出る、それでいて好戦的な笑顔であった。

 往生際の悪い誰かが「いやでも心配ですし」と、余計な反論を通せる隙間など紙一枚分もない。

 瀬名の背後で聞いていたコル・カ・ドゥエル班、そのひとりであるライナスもまた、次期辺境伯に相応しい落ち着きと凄みのある笑顔で力強く頷く。


「父上の仰る通りだよ、セナ。やり方は多少過激と言わざるを得ないけど、彼らのおかげで随分この国は〝綺麗〟にしてもらったからね。宰相殿やご友人方も、障害物が激減して動きやすくなったとたいそうお喜びだそうだよ。あとは僕らのお手並み拝見と、のんびり楽しみに待っててくれ。なんたって君は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「うぐ――」


 そろそろ敵の弱みがわかってきたライナスの、的確な攻撃であった。

 それにドーミア騎士団長セーヴェルの笑顔と、副官ローランの笑顔、討伐者グレンの笑顔が続く。

 顔立ちも性別も種族も立場も異なるのに、何故だろう、彼らの笑顔はそっくりだった。

 映像の中、辺境伯の傍で控えている側近の騎士達も同様に、心強さを可視化させたらこうなるという見本のような笑みを湛えている。

 唯一、イシドール騎士団長グラヴィスだけが、むっつりいかめしそうな表情を崩さなかった。しかし彼は辺境伯やライナスの言葉に重々しく相槌を打ち、意識してやっているかは謎だが、全体の雰囲気を引きしめ、説得力を増大させる効果を担っていた。

 さすがはあの女将ゼルシカを妻にできた英雄の貫禄である。この男が勇者を名乗っても、絶対に誰も疑わない。


(くっ……おのれ、なんたる団結力か……!)


 そもそも、この国は王族男子に何代もポンコツが続き、魔術士団や騎士団の軋轢、王位継承争いを勝手に複雑化させる高位貴族などの問題を長年抱えていた一方で、真に重要なポストにはちゃんと相応しい実力のある人物がついてきた。その点がイルハーナム神聖帝国とは真逆の結果をもたらしていると言っても過言ではない。

 例えば、贄にされる前のナヴィル皇子が、もしこの国の王子であったなら?

 ――王子とはいえ、ただの子供に過ぎない彼が「咎の一族を狩りたてよ」と命じても、すんなり従う臣下などいないのだ。

 帝国の臣民は、その命令を発した者がたとえ幼い悪ガキであっても、いかに血なまぐさい内容であっても、皇子の命令であれば逆らうことができない。皇族は絶対であり、従わぬ者は罪人、そういうお国柄だった。

 光王国の臣民は、王族だからこそ公平性や正当性を著しく欠いた命令を発してはならないと、必ず諫める者が出てくる。そして諫言を行った者を、王族の独断で処罰することはできない。この国が臣下でもっている国というのは大袈裟ではないのだ。


 出来る人々の底力を嫌というほど感じさせられ、瀬名の巻き込まれ計画に暗雲が漂いはじめる。

 これ以上「でも、だけど、いや待って」と言いつのったら、彼らの力量を疑っていると受け取られ、不愉快にさせてしまうかもしれない。


 すると、不意に言葉を挟む者がいた。

 ハスイールだ。


魔法使い(レ・ヴィトス)殿に直接、でもないが、きちんとご挨拶をするのはこれが初めてだな》


 長男はオルフェレウスに似ているが、次男はこの男に似たらしい。

 女王の王配――旦那さんが二人。三兄弟のお父さんが二人。

 一夫多妻の光王国では有り得ない。そして一夫一妻が常識として刷り込まれている瀬名の結婚観でも有り得ない。


(わー……ちょっと、どう言えばいいかわかんないな、こういうの。冗談でライナス君に第二婦人が~とかなんとか、おふざけで言ったことはあるけどさ……ある意味これも未知との遭遇って感じ……)


 オルフェレウスとハスイール。彼らはいがみ合うでもなく、むしろ親友か兄弟のような雰囲気で自然に並び立っていた。

 仲良しはよいことである。女同士ならウフフおほほと壮絶なバトルが展開しそうだが、この二人にはそれがない。

 多分、各々がしっかり自立できている大人だからだ。親や身内に強制され、己の意思をねじまげられてその立場を押し付けられたのではなく、自ら誇りをもってそれを選び取った、そんなふうに見える。

 自分に自信があり、役目を理解し、存分に才覚を発揮できている。ぶっちゃけ、もし王配ではなかったとしても、彼らは自分の足でいくらでも立つことができて、どこへでも行ける。「そこだけが自分に許された世界」という視野の狭さがない。だから妙な屈託がないのだ。


(この国のお妃様達って、あんま仲良しな印象がないよね。王女間でもそうだったし)


 家族なのによそよそしく、以前(まえ)に降格された妃などは敵意や権力欲を持っていた。

 どんなに煌びやかな日々を送っていても、そこには自由も達成感もない。真面目に責任を果たしても、お花畑の住人であるポンコツ男どもは彼女達を認めない。

 その鬱屈に勝てるかどうかが、彼女らの品格を大きく左右しているのだろう。

 ほとんどの妃や令嬢達は、自力で苦難に立ち向かえる強さを、自信を育めるような育てられ方をしていない。極端な話、現在の第一王妃は聡明さで知られているが、地位や身分を失って身ひとつになった場合、彼女が新たな人生を自ら切り拓いて行けるかというと――


(無理だな。箱入りの王侯貴族の()()()だし、いきなり箱の外に出されたら途方に暮れるしかない)


 ならばこの国の王侯貴族の女性達にも、しかるべき教育や訓練を施したらどうなるか。

 すべての妻が自立した〝出来る女〟になり得たなら、きっと争いなど――


 いかん。何故だろう。余計に苛烈で恐ろしい戦いが始まりそうなイメージしか。

 犠牲者第一号は多分国王だ。


《レ・ヴィトス?》

「あ、と、失礼しました。えーと、そういえばそうですね……ご挨拶が遅れまして。お噂はよく耳にしているので、初対面という気がしませんけども」

《そうだな。わたしもだ》


 うっかり挨拶が後回しになっていた。

 というより、そもそも瀬名が想定していた精霊族(エルフ)の戦力は〈黎明の森〉に移住した者だけであり、ウェルランディアに協力の要請はしていなかった。

 ところが蓋を開けてみれば、女王を除いたロイヤルファミリーが勢揃い。

 しかも彼らの後方に整然と並んでいる戦力だけでも、ざっと見積もって千名はいるのではなかろうか。

 ほぼ伝説上の住人であった精霊族(エルフ)の軍勢と、デマルシェリエの辺境騎士団が並んで映っている。――歴史の一ページに刻まれなければおかしい眺めである。


 蚊帳の外にされ続けた現実を知り、自尊心をいたく傷付けられた国王の怒りに、瀬名は気の迷いで哀れみを覚えそうになった。

 魔王討伐に一瞬たりと関われなかったせいで、何の権利も主張できない上に、これだ。

 光王国との交流を断絶させて久しかった精霊族(エルフ)が、ある日突然現われて王宮を襲撃し、王侯貴族の恥を次々暴きたてたのは大昔の出来事ではない。その連中は誰ひとり襲撃の罪を負わず、のうのうと目的を果たして姿をくらませ、国王(トップ)をスルーし、デマルシェリエと仲良しこよしに。

 そして雅を解さないたかが無骨な田舎者ごときが――中央の王侯貴族間では本当にそう噂されているらしい。「私が敵です」と自己申告し手間を省いてくれる親切な人々がたくさんいるようだ――国王そっちのけのまま麗しい伝説の種族と協力し合い、ついには世界の危機を鮮やかに格好よく解決してのけたわけだ。

 我をさしおいてうぬぬ、と、さぞかし屈辱や劣等感にさいなまれていることだろう。

 瀬名の頭は凡俗な庶民寄りなので、残念ながら凡庸な国王の思考パターンは想像しやすいのだった。


《こちらこそあなたとは初対面の気がしない。……息子達からよく話を聞いているからかな。むしろわたしこそ、ご挨拶に出向くべきなのだが》

「いえいえいえ、お気になさらず。ええ、まったく、ほんとに」

《そう仰られると聞いたので、今まで遠慮をさせてもらっていた。とりあえず、この国の〝後処理〟に関しては我らも伯の手伝いをするゆえ、気楽に構えているといい。それに、息子どもに良い所を見せられる機会は滅多にないのだ。父の楽しみを奪わんでくれるか》

「…………わかりました」


 こいつも的確に人の弱いところを突いてくるな、と瀬名は思った。

 オルフェレウスといい、このハスイールといい、一見すれば成体(おとな)の息子が三名もいる歳には見えないけれど、表情も雰囲気も紛れもない父親だった。


 ついでに瀬名は、出て欲しい時に限って一匹の魔物の気配すら近寄って来てくれなかった理由に、遅まきながら思い至る。

 彼らによって、目ぼしい魔物を片っ端から駆除されてしまったからだ。

 どう見ても瀬名の想定以上の過剰戦力が投入され、念入りに徹底的な清掃活動が行われてしまったのだと想像に難くない。

 まあ、いいことである。

 最近麻痺しかけているが、魔物とは人を襲う存在であり、善良な庶民の方々にとっては非常に危険な存在なのだから。

 魔王を始末して以降、勢いを増していた魔物達は早くも大人しくなり、これからは異様に強化されることも、異常行動や異常繁殖も一定期間はなくなる。

 とはいえ、もともとこの地は魔物の生息に適した環境がすぐ近くにあり、国内でも有数の危険地帯であることに変わりはない。

 一時的にギルドの仕事は減るだろうが、今回の討伐要請でそれなりの収入を得た者はかなりの人数に及ぶ。依頼の受注件数が再び戻るまでの間、仕事の奪い合いが発生する心配はあまりないというのがギルド長ユベールの見解だった。

 平和と安全。いいことである。

 いいことなのである。

 命の危険など少ないに越したことはない。

 わかっていても、あのとき我が身を崖っぷちに追い込んだのがまさか自分で出した指示のせいだったなんて……。

 打ちのめされる瀬名であった。





 いや、希望を捨てるのはまだ早い。

 気を取り直し、次は南班である。

 南班は、東から入って南へ向かったゼルシカ一行と、最初から南を目指したウォルド一行の二班が合流しているので、主要メンバーだけでもかなり人数が多い。

 大きなワイド画面に映っているのは、その全員を難なく収容できる広々として快適そうな――そう、南国リゾートの高級ホテルもかくやという、エキゾチック・豪華・素敵空間をこれでもかと詰め込まれた部屋であった。

 大きな白い柱の向こうに広がるのは、もしやプライベートビーチではないか。

 全員の手にある磁器のカップ、果物や小花の飾りを縁に刺されて小憎らしいそれは、もしやトロピカルドリンクではないか。

 青い小鳥を肩に乗せた少年が、嬉しそうにパイナップルに似た何かをもぐもぐしている。

 ハンカチはどこだ。ぎりぎり噛みしめたい。


 前半はゼルシカが主導で説明を行い、灰狼の副長ラザックがたまに補足を入れる形式で話は進められた。

 無駄を省いてハキハキ喋る女将の語り口調は実に好ましい。

 好ましいのだが、要約した部分だけで、どうしてこんな壮大な冒険譚になっているのだろうか。


 ゼルシカ女将の話し方は、的確に情報を伝える軍隊式だ。若い頃に騎士として前線に立った経験からか、偏った私見を除き、第三者目線を保ったまま話すのに慣れている。

 太陽や月の高さ・方角から割り出したおおよその時間を時折挟み、起きた出来事は必ず時系列で進む。

 通ったルートやものの配置は「右、左」ではなく「東西南北」で説明し、妙に凝った言い回しや感情的な表現が入らないので、それが却ってリアルな情景を聞き手に伝えた。

 上手い。そしてわかりやすい。軍人がファンタジー世界で作戦行動を頭の中に記録し、すらすら読み上げて報告している、そんな風情であった。情報の取りこぼしがないよう補足を入れる、ラザックのタイミングの計り方も上手い。

 瀬名を取り巻く面子の端っこに無理やり参加させられていたドニ氏が、感銘を受けた様子で生き生きとメモにペンを走らせていた。いつの日か、あのメモの中身が何かの参考にされるのだろう。

 ゼルシカの近くで、神官のアロイスとメリエの唇に空虚な笑みが浮かんでいるのとは対照的だった。


《あんたな、こっちが何訊いても「さあ?」とか「はてね?」とか、始終あんだけ適当な言い草だったくせに――》

《まあまあ…》


 カシムが舌を巻いたような悔しそうな表情でゼルシカを睨み、カリムが苦笑しつつなだめている。

 当時の現場の様子がありありと思い浮かぶ一幕だった。


(つうかタマゴ鳥の妙な命名、犯人はゼルシカさんだったか……)


 トゥルンと純白だったタマゴドリがある日いきなり変貌し、名付けられていた四機。

 彼女が最初の一機にシロとつけたせいで、ARK(アーク)氏が悪ノリしたのだ。

 どう考えてもそれ以外になかった。

 というか、ゼルシカ一行の遭遇する敵は、帝国兵や戦闘奴隷、たまに遭遇する強めの魔物、程度に瀬名は想像していた。

 なのにちょっと聞いた段階で、いきなり滅多に遭遇しないレベルの大物が立て続けに登場してしまったのだが、何故なのだろうか。

 本番は、南に着いてから。それまでにエンカウントする中で、そこまでの強敵は出ない――そうそう出ないルートだったはず。

 生息域や魔物の分布、テリトリーなどもちゃんと調べていたのだから。


 赤々しい秘密兵器が、可哀想な大猿を撃退するくだりで、全員の視線が瀬名に集中した。

 誤解だ、違うんだ、やめてくれ、事前に知ってたわけじゃないんだ、純粋に万一の護身用で作ってみただけなんだ! ――と叫びたいが、誰も取り合ってくれそうにない。

 状況証拠とは残酷な罠であった。




自業自得?

因果応報?

とにかく自分の日頃の行いが一斉に戻って来てる主人公です。

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