219話 戦の後 (1)
感想、評価、ブックマークありがとうございます。
(前)(後)でいけるかな~と思っていたらどんどん増える前例があるので(1)にしました。
前半ドニ氏、後半少し瀬名。
ドニ=ヴァン=デュカスは兄からの手紙に目を通した後、中断していた執筆作業を再開した。
魔女に無理難題を押し付けられ、お涙頂戴ものの脚本を書いているのだ。人心を誘導――いや、真実はこうであったよと人々に広く知らせるための物語なので、ずるずる後回しにはできない。
没落した悪徳貴族、その罪なき令嬢である彼女がいかにして行方不明になり、その後どうなったか――。
これはかなりの難物だった。本人の名前を劇中で使うわけにもいかず、実在する貴族の名を使ってしまってもいけない。そして第一に、これは〝大衆が好意的に受け止める〟内容にしなければいけなかった。
貴族の教養として詩の書き方は知っていても、脚本など未知の領域。彼は潔く己の才に見切りをつけ、過去観たことのある劇で人気の高かった作品を複数パクり――参考にし、適当にそれらしい展開を組み合わせ、登場人物や台詞をあてはめていった。
登場人物には名をつけず、〝豚侯爵〟や〝清ら姫〟と安直なあだ名で通す。庶民にはこういうシンプルなほうが記憶に残りやすいだろう。
彼の胃に深刻なダメージを与えているのは、これが本気で上演されることになれば、この国の王女殿下がスポンサーにつくという点である。ドニの兄、デュカス伯爵も出来栄え次第では出資するにやぶさかではないと言ってきているが、ドニは「やめろおお、やめてくれえええ!」と叫びたい気分だった。プレッシャーが酷過ぎる。
豚侯爵夫妻がいかに悪逆非道を尽くし、どれほど悲惨な末路を迎えたか。
公正に選ばれた新たな領主が、いかに真摯な人物であるか。
新領主の厚意でしばらく保護されていた〝清ら姫〟が、親の罪状にどれほど心を痛め、己を責め、どのように愛する者の手を取るに至ったか。
さらにはこの中に、さりげなく王家への――具体的には、問題を無駄に長引かせる要因になった王族男子への――批判も含めねばならないのだ。
それを、王侯貴族がスポンサーたる王女に苦言を呈してこないよう、もし難癖をつけてきても躱せるレベルで、巧みに織り交ぜろときた。
(もう二度と、一時の欲望に流されて安易に引き受けたりするもんか……!)
拳を握り固めた瞬間、その決意に何故か既視感を覚えるドニ。
変だな。毎度懲りずにおんなじことを心に決めてる気がする?
いやいやまさか。気のせいだ。そうに違いない。
「ドニせんせー、せんせーの兄ちゃん何て書いてた?」
「元気でやってる?」
「ん? ああ、そうだな。仕事も順調に片付いているそうだ」
裏切者の炙り出し。――他者の感情を読み取るのが得意な、血も涙もない冷徹な精霊族どもと合同でやっているのだから、順調も順調だろう。
てっきり灰狼が来ると思っていたらしい兄からはさんざん苦情を寄越されたが、これも兄孝行だ。ドニは分厚い便箋の束をななめに読み飛ばしたりはせず、いつも最後まできちんと目を通していた。
手紙を書き始める際の決まり文句や挨拶、上品な言い回しで綴られる苦情など、一部を教材に流用しているのは秘密である。
灰狼の子供達は本日、読書の時間だ。ドニがこの地の魔女の物語を、口伝も含めてひととおり書物にまとめ、一冊につきひとつの物語がおさまっている。
習い始めの生徒用にと、一般的な書物より文字を若干大きめにし、そのぶんページ数も増えた。紙質も改良の余地がたっぷりとある。
が、読むのに支障がなければ問題ない。それぞれが読み終えたら、次は書き取り。書き慣れてきたら、そのうち感想文を書かせる予定だ。
どんどん先生業が板についてゆくドニであった。
「せんせー、おれ、この話が好き! 魔女が騎士と一緒にでっかい蛇たおすやつ! これに出てくる半獣族て、ぜったい狼族だよね? どこにも書いてないけどさ」
「あー、もとの話がそうなってっからな。毛並みの色も最近の話は白だったり茶色だったりすんだけどな、昔の古いやつには色とか種族とかはっきり書かれてねえんだよ。でもまあ、狼族っぽいとは思うがな」
「俺はダンゼンこれ! 魔女が悪者をこらしめて、さらわれた子をたすけるやつ。すげえスカッとする!」
「おれもおれも!」
「あー、そりゃそうだろうな。おまえらは特にな……」
「おれもそれ好きだけど、なんかこの、不思議なおくすりの話も気になる。セーカクの悪いお姫様をキョーセイすんのはいいけどさ、騎士がお姫様の飲み物にへんなもん盛っていいの?」
「そいつぁ俺も突っ込んだなぁ……そもそも、姫と近い場所にいる侍女がグルになってねえと成り立たねえんだが、そういう描写はどこにもねえしよ。まあ、そこんとこは〝お話〟ってやつなんだろうな」
子供達の話へ適当に相槌を打ちながら、ドニは不意に思った。
(そういや、〝魔王〟が登場する話はねえな?)
デマルシェリエ以外の土地ならば、勇敢な王子や英雄、勇者が魔王を討伐するおとぎ話は溢れている。それを示す明確な言葉は、文字どころか口に出すのも忌避されるため、別の単語やさまざまな表現に置き換えられているが、それは〝魔王〟だと察することができる内容になっていた。
よくよく思い返せば、デマルシェリエの魔女の物語にはそれが出てこない。凶悪な怪物の出てくる物語は大量にあれど、明確に「これが魔王」と断言できるものは、新旧問わずどの話にも出てこなかった。
早い話が〝魔王〟は、英雄もしくは勇者とセットなのである。しかしこの魔女、最終的に最大の大物を自力で倒してしまったりするものだから、普通に凶悪な魔物という印象しか残らないのだ。
実はその中に、幾らかは〝魔王〟が混入していたりするのだろうか?
それとも実は、この魔女達の葬った敵すべてが――。
(いや、ねえな。さすがにそりゃねーって)
ドニはすぐに打ち消した。そもそも〝魔王〟がそんなにゾロゾロいてたまるか。余所の英雄譚に出てくる〝魔王〟も、実は大半が箔付けの誇張で、本物はもっとずっと少なかったのではないかとドニはにらんでいる。――彼は自覚に乏しいが頭の出来は非常に良く、貴族的なプライドを取り払われている現在、考えることのほとんどが的を射ていた。
政治的な思惑が絡んだ民話は少なくない。例えば王位争いの際、王侯貴族が一般の討伐依頼に載るような魔物を「なんと、恐ろしき魔王よ…!!」と誇張して広め、傭兵や臣下に討伐させたケースがこの国以外でも実際に存在する。平凡な民にそんな裏事情など、そうそう理解できるはずもない。
不思議といえば、ほかにも登場しない種族がある。精霊族だ。
余所の土地の物語では案外普通に出てくるのに――人々に好意的かはさておき――ここの物語では一切登場しなかった。それは日頃から実物を目にしているだけに、いっそう不思議なことに思えた。
強烈な性格の魔女に精霊族を絡ませたりしたら、彼らの怒りを買うかもしれないと誰かが要らぬ気を回しでもしたのだろうか?
現実には、あの強烈極まりない魔女に対し、彼らは嬉々として自ら絡みに行くのだが……関係者以外にはそういう事情が正しく伝わらず、勝手にハラハラ気を揉む輩が多いのかもしれない。
(まあそういうこともあるよな。ここに来る前の俺だったら、やっぱり勝手にびくびくハラハラしてたろーしよ)
危機回避能力の高いドニは、意外と鋭い頭脳によって次々と核心をかすめているのだが、かすめる端から〝熟考不要〟と判を押し、分類項目・忘却へ処理していくのだった。
◆ ◆ ◆
危機の第一弾は去った。
後は皆様でお願いします――と、そうは問屋が卸さない。
まずは報告という建前で、瀬名は主要人物全員からの話を聞かなければならなくなった。別に報告を受けるのは私じゃなくてもいいんじゃないの、と主張してみたが、瀬名以外の全員に却下された。圧倒的な多数決の暴力である。
どう考えても皆様からの報告を受け取るより、「おまえ説明責任果たしやがれ」に趣旨をすり替えられる可能性が濃厚であった。
そしていつの間にやら機能が色々増えているらしいタマゴ鳥によって、この世界では有り得ない、各国メンバーによるリアルタイム映像付き通信会談の開催が決定された。陰謀である。
戦いの後だし、みんな都合よくそういうものがあるってことを忘れてくれてたらいいな、とちょっと淡い期待を抱いてみたが甘かった。
こんな余計なオーバーテクノロジー採用したのは誰だ私か、と瀬名は一人突っ込みで現実逃避を試みつつ、会談前に控えている危機第二弾をどう切り抜けるべきか、頭をフル回転させていた。
誰がなんと言おうと、目下これが彼女にとって最大の危機であった。
光の速度で帰還を果たし有耶無耶にしちまえ作戦は、敵が同時攻略要のボスモンスターと判明した時点で潰えている。
ちなみに青い小鳥は多数決の際に敵と判明済であり、ゆえに奴に知恵を求めるのは得策ではない。
ほかに画期的で成功率百パーセントが見込める妙案はないか?
フル回転させ過ぎて空回りしてきた。
仕方ないので禁断の選択肢を開放する。
(よし、旅に出よう!)
しかし妨害者が現われた。
敵はくせのある白金の髪、青玉の目の精霊族と、まっすぐな銀虹色の髪、紫水晶の目の精霊族の姿をとって出現した。
なるべく遠巻きに眺めたい、一瞬足を止めて見惚れてしまう眼福ものの美貌である。
だがそれは罠だった。
更地になった皇宮跡地を離れ、輝かしい平和な旅路へ想いを馳せる瀬名の前に立ちはだかり、奴らはにっこりとのたまったのである――「来ちゃった♪」と。
言わずと知れた次男のエセルディウス。三男のノクティスウェルであった。
「苦手な気配が消えたので迎えに来てみた」
「盛大にやりましたね。遠くからでも凄い迫力でしたよ」
瀬名は「しまった、謀られた……!」と悟った。
眼前に立つ直前まで、彼らは瀬名がつい見落とすほど完璧に気配を隠していたのだ。
おまけに諜報鳥からの接近報告もなかった。どこぞの青い小鳥が報告を止めていたのは間違いない。
(おのれ、もっと早くに結論を下すべきであった……!!)
悔やんでも時既に遅し。
両脇をがっちりホールドされ、瀬名はあえなく連行されていくのだった。




