21話 ほのぼのと依頼を出してみる
五月。雪も氷もすっかりとけて、ポカポカと心地良い陽気が緑を照らす。
(平和っていいねえ……)
爽やかなそよ風。可愛らしく色づく野の花々。
元気に頑張る子供達。
「セナさん、春告草はこれだけあれば足りる?」
「うん、充分かな。ありがとう」
「セナさーん! こっちにココの実たくさんあるよ! とっていい?」
「おいミウ、あんま離れんじゃねえよ! 迷ったらどうすんだ!」
「あ、ごめーん」
しまった、と頭をかきながら、ミウと呼ばれた少女は素早くささっと戻ってくる。
木の上から。
しかも最後はジャンプして一回転して着地。
毎度みごとなものだと感心するが、他の二人は見慣れきっているのか、たいして感動した様子もない。
トールはおよそ十一歳の男の子、やんちゃ盛りに見えて意外と責任感のあるお兄ちゃんタイプ。
レストはトールと同い年ぐらい、気弱そうに見えて芯の強い男の子。
ミウはおよそ十二歳の女の子だ。年長さんなのに、この三人の中では一番言動が子供っぽい。
彼らは全員、ドーミアの討伐者ギルドに登録している子供達だった。
ランクは最も低い草。これは彼らの能力不足ではなく、単純に子供はみな最下位ランクなのである。
討伐者ギルドで登録できる最低年齢は十歳から。家計を助けるために、子供が登録するケースは少なくないらしい。
ギルド長権限による特例でもない限り、十三歳になるまでは次の石クラスへ上がることはできず、簡単な採集やおつかい系などの、安全性が高く低報酬の依頼しか受けられない。
そして、十三歳未満の子が採集依頼を受ける際には、最低二名以上で組まなければいけない。町を出て子供が単独行動をとるのは、危険きわまりないからだ。
とりわけ危険なのはミウである。ボーイッシュで大雑把な言動と裏腹に、顔立ちは可愛らしく、身体つきもけしからん感じにすくすく育っている。「最近また胸当てがきつくなっちゃって困るんだよねー」とか堂々と言い放ち、男の子ふたりが「ミウーっ!」と真っ赤になって叫んでいた。
ミウの場合、自慢ではなく素だから始末に負えない。
そんなこと危ない大人の前で言うなよ、攫われちゃうだろ、と怒る男ふたりのほうがよくわかっていた。
あぶない大人の自覚がある瀬名はどきりとした。
ふさふさの白い猫耳とふさふさの尻尾が凶悪なのである。
そう。なんと彼女はケモノっ子なのだった。ゆえに、可愛らしい顔立ちの女の子なのに、体力と運動神経と食欲は並みの男の子を軽く上回っている。
さばさばとした性格で、「毛が絡まりやすくて面倒なんだよねー、刈っちゃおうかな?」などと言い放っていた。絶対それはやめろと本気で止めていたトールとレストに、瀬名は心から拍手を送りたい。
――この子絶対、単独行動させちゃ駄目な子だった。
(それは置いても、ほんとしっかりしてるよなー、ここの子供って)
呼び捨てでいいよと言ってあるのに、三人ともに拒否されてしまった。
「年上にはきちんとしなきゃだめなんだよ、じゃないと他のガキどもがマネしちゃうだろ!」
「そうだよ。セナさんは依頼人だし、ていねいにしなきゃ」
「ってみんな言ってる!」
そんなふうに言われては、強引にやめさせることもできなかった。とくに最後の意見。
◇
〈黎明の森〉は広大な迷いの森だが、ある程度まで踏み入らなければそうそう迷ったりはしない。
木々がまばらに生えている入口付近は、例の地下鉱脈とやらの影響範囲にはなかった。
ただし、普通の人々にはそれがわからない。とりあえずなんか怖いからと、滅多に誰も〈森〉のほうへ近寄ろうとはしなかった。
瀬名にとっては、ただ豊かで美しい森なので、ちょっと勿体ない気分になる。なんとなく、自分のホームを自慢したいような心理なのだが、妙におどろおどろしいイメージを持たれているらしく、「いいところだよ」と言ってもすんなり納得してもらえないのが切なかった。
しかし変に森のいいところを宣伝しても、資源目的の連中に目をつけられたらろくなことにならない。薬草も鉱物も、とにかく希少なものがたくさんあり、入口付近はそこそこ程度だけれど、奥へ進むほどそれらは多くなる。
下手にそれを教え、欲まみれの連中が〈黎明の森〉へ侵入を試みるようなことになれば、大量の行方不明者が出て大騒ぎになってしまうだろう。ARK氏が侵入者など許すわけがないのだから、採集家達がやる気になればなるほど、被害が拡大する未来しか見えない。
しかし、「うちのホームも悪くないよ主張」も少しはしてみたいジレンマ。
そんなどうでもいいことで呑気に悩んでいると、ライナスから「討伐者ギルドに依頼をしてみては?」と提案があった。
「草の子に採集を手伝ってもらう依頼をすればいいんじゃないかな? 危険な場所へ行かないよう、採集しながら君が指示すればいいと思うよ」
ふむふむと頷き、グレンに紹介してもらったのが、トール、レスト、ミウの三名だった。
この三名はパーティを組んでおり、十三歳になれば石クラスへ上がることが決まっているらしい。それぞれ性格はバラバラな子供達だが、仕事はきちんとするし、なんだかんだでミウを含めて自分の力量をわきまえ、無謀な真似はしない慎重さを持っていた。
彼らはみな孤児院の出身で、自分より小さな子供達の面倒を日頃からよく見ていると聞いたから、そのせいかもしれない。元気いっぱいで無邪気だけれど、とてもしっかりとして、地に足が着いているのだ。
そうして、瀬名は初の依頼をギルドに出した。
〈森〉の入り口付近で、この季節でのみ採れる草や実を集める手伝いをしてほしい、と。
人が寄り付きたがらない場所での作業だからという名目で、報酬の設定は相場より上乗せし、食事はこちら持ちとした。大抵は食費も自分持ちということなので、サービスとしてつけてみた。
「すっげえ太っ腹!」
「こんなもらっていいのかな?」
「あ、あたしあれとこれとそれと、えーとね、それからね」
「おまえちったぁ遠慮しろよ!」
「だって動いたらおなかすくんだもん! お仕事にならないから仕方ないんだもん!」
ドーミアの屋台で売られているおかずパンのうち、好みのものをそれぞれお弁当に選んでもらい、〈森〉の外側のなるべく安全な場所でお手伝いをしてもらった。ちゃっかりした子供達だなあと最初は思っていたが、仕事ぶりは想像以上にきっちりしており、用意していた布袋がぱんぱんになっていた。
しかも、瀬名が欲した草や根、木の実などは、なるべく傷がつかないよう、丁寧に採集されている。
本来なら、草から石へランクアップする際には試験期間が設けられるはずなのに、それが免除されているというのも納得の仕事ぶりであった。
何より、彼らは〈黎明の森〉を恐れておらず、依頼人である瀬名に対し不要な詮索もしない。
このあたりは大丈夫、と瀬名が言えばそれを信じ、あちらのほうは危険だと指示すればそれに従う。誰彼かまわず初対面の人間の言葉を信用しているのではなく、ちゃんと相手を選んでいる。
低ランク討伐者の支援をしている気になっていたが、それは失礼な思い上がりだと、認識を改めねばなるまい。
「うん。これなら、次も君らに頼むわ」
「よっしゃあ!」
「こちらこそ、ぜひまたお願いします」
「わーい!」
ホーム自慢をしてみたい、そんなわけのわからないジレンマも、いつの間にか消えていた。
むしろなんだったのだろう、その願望。
内心首をひねっていると、小鳥が思念通話で報告してきた。
≪マスター。なるべくお早めに西の方角へ移動したほうがよろしいかと≫
≪西ね。了解≫
「トール、レスト、ミウ。向こうへは行かないように。あっちへ移動するよ」
「はーい」
「了解しました」
行動範囲が広がり、〈スフィア〉から出る回数が多くなって結構経つのに、犯罪者やゴロツキといった危険人物は何度か撃退してきたけれど、瀬名は未だ、魔物には会ったことがない。
優秀な小鳥に付近の偵察をしてもらい、なんかいそうなところは事前に察知して教えてもらえるのだ。
とても助かる。ありがたい。
それについてはあまり不安を感じなくなっているけれど、むしろ今は他の心配ごとができてしまった。
「ちゃんと三人で帰れる?」
「ぶっ、あたりまえじゃん! ちっこいガキじゃねえんだからさ」
「ここはちゃんとした街道だから大丈夫だよ」
「セナさん、心配しすぎ~」
彼らのギルド証に〝依頼達成〟のサインをしたあと、そんな心配をしたら呆れられてしまった。
いやしかし。よくよく考えれば、魔物以上に山賊でも出そうな場所ではないか? と思ってしまったのだ。
いいところだよーと主張したい欲求が薄れた今、純粋にそちらのほうが心配になってきている。
今までも旅人や行商人が普通に利用してきたメインルートと言うが、岩にさえ根を張るたくましい木々と、ごろごろ転がる巨岩の隙間を縫って通された道は、盗賊団のような連中にとって格好の襲撃ポイントにしか見えない。
迷わない場所、安全な場所を選択し、お手伝い依頼を出した。
けれど、これからドーミアへ帰ろうとする彼らを、森と森にはさまれた道へ、そのまま送り出していいものか。
すると、トールに呆れられてしまった。
「このあたりを根城にする盗賊なんていないよ。俺らはセナさんがいたから大丈夫だったんであって、そうじゃない奴らは迷っちまうもん」
「この道をそれたら、もう終わりだもんね。盗賊だって危ない橋は渡りたくないんじゃないかな」
「前はねー、いたことあるって聞いたよ? でもねー、なんかみんな死体で見つかるんだって」
「ちょっと待てミウ、それはどういう意味だ」
思わず突っ込むが、しかしミウも漠然と憶えていただけで、詳しいことは知らなかった。
話によればどうもやはり、うっかり迷って干からびたり、川に落ちてしまったりという事故が原因だったようだが、とにかくゴロツキにとっても不吉で有名な場所なので、好んでここに棲みつくとは考えにくいらしい。
これ以上引き止めたら閉門時間に間に合わなくなってしまうので、手を振る彼らを今度こそ見送った。
「うーん。心配しすぎって言われても、やっぱりちょっと心配だな……」
《彼らの場合、ミウの鼻がきくので魔物や賊はたいてい回避できると思いますが、他の方々に都合よくそんな能力を持つ者がいるとは限りませんしね。代々の辺境伯も、この〈森〉に対する畏怖の念から下手に拡張工事などが行えなかったようですし。余裕があれば、今後この近辺の道や治安について、改善を望みますか?》
「うん、そりゃあね。まあ、余裕があれば、でいいけど。安全で過ごしやすいっていうか、安心できる道のほうがいいよね」
流れ者などはあまりこの辺りの噂などに詳しくないだろうし、知らずに棲みつくかもしれない。
その連中がうっかり全滅するまでに、誰かが被害に遭わないとも限らないのだ。
今日明日でどうにかできるとも思えないが、いつかそのうち、どうすればいいか検討するとしよう。
働き者の彼らのおかげでずっしり重くなった袋を抱えなおし、〈スフィア〉の方角へ足を向けた。




