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218話 【魔王】の戦場 (10)


 例えるならオセロゲームの四隅を取り、勝利の確信に胡坐をかいていたら、気付けば四隅以外の大半がひっくり返されていた――そんな状況であった。

 せっかく有利な環境を整えても、慢心が過ぎて有効活用できなければ無意味。

 負の連鎖は果てしなく続き、【ナヴィル皇子】がそれの存在を思い出した頃には、既に手遅れだった。





(ええい、我の命令を聞け! 聞かぬか!)


【ううぅるさぁああい!! 我はこ奴らをやっつけるのに忙しいのだ、邪魔するな、指図するなぁああぁッッ!!】


(この間抜けめが――()()()()を見よと言っている!! 言うとおりにせば、その粗末な頭をひねり潰すぞ!!)


【ひぐッ!?】


 強制力が総動員され、万力でしめつけるかのごとき頭痛が【元皇子】に与えられた。痛みに耐性のない少年は、【くそッ、この無礼者めッ!!】と毒づきながら、しぶしぶ襲撃者どもの背後に視線をやる。

 共有した視界の向こうを【ナヴィル皇子】は凝視した。果たして、奇妙な白い玩具(オモチャ)が、奇妙な丸い小鳥を伴い、のこのこのこ、と柱の陰から出てきたところだった。


「用事は済んだのか?」

《ばっちりっス! ホラ、このとぉり~♪》


 精霊王子に声をかけられ、白い玩具(オモチャ)は丸々しい腹部をパカリと開けた。


(あ、あ、あぁ、あれもかあああ――ッ!!)


 どういう構造になっているのか、内部にきちんと固定された状態で仕舞われているそれは……最終手段として用意していた装置、その中核であった赤黒い結晶。


「いつもながら仕事が早いな」

《イヤぁ~、それほどでもあるッス!》

「ほかに気になるものはなかったか?」

《ゼンゼン! いかにもこれぞお宝部屋ってなカンジの、高価(たか)そーな絵トカ壺トカ金銀財宝トカいっぱいありやしたケド、マスターのお土産になりそーなモンは一個もありやせんゼ。王子サンも物色してみたいんなら、もっぺん扉開けましょーカイ?》

「いや、危険が排除できたのならもういい。ところで、()()を持ち帰ってどうするつもりだ?」

《エ~、ダッテそこらヘンにポイッ! て捨てて帰るワケにゃいかんじゃないっスか~》

「とぼけるな、そのぐらいわかっている。……よもや、今度は彼女の魔導刀に埋め込む気ではあるまいな?」

《ンなコトしたら世界滅亡級の魔剣が爆誕しちゃっテ、マスターに全力で封印されちまうじゃないスか。なんだかんだでウチの親分、マスターが拒否りそーなモンはそうそう作りやセンよ》

「ならば何に使う?」

《サテ~、ワタクシメニハ~、ナントモ~》

「……これもきっちり話し合う必要がありそうだな」


 どこか呑気な会話を遠くで聴きながら、万策尽きた事実を悟り、【ナヴィル皇子】は呆然とした。





 何故、仕掛けていた本人ですらこの時まで忘れていたものの在処を、奴らが悠々と発見し、無力化できたのか。

 それを知るすべも、時間も余裕もなく、もはや滅びが確定事項として目前に迫っていた。

 彼にとってそれは相手に与えるものであり、己が見舞われる悲劇ではない。愉しむのは自分であり、面白がるのは自分であり、ここまで一方的にやられるほうが自分の側などと、あっていいはずがなかった。


(許さぬ……)


 彼は愉しくないことが何よりも嫌いだった。敗北を潔く認め退場する、それは今まで〝勝利〟の快さを愉しんできた彼にとって、許容しがたい面白くない最たるものだった。

 臣下達の目に、彼が勝ち負けにこだわらない泰然とした人物に見えていたのも、順調に勝ち続け、それが当たり前になっていたからであり。

 ささやかな計算違い程度なら、むしろ遊戯を盛り上げる要素のひとつに過ぎなかった。

 それが〝ささやか〟の範囲におさまってさえいれば。


(この我を倒せたと、せいぜい喜ぶがいい。その魂に、永劫癒えぬ毒を流し込んでくれる……!)


 命をかけて一矢報いる。そんな上等な決意ではない。

 嫌がらせだ。自分を馬鹿にしていい気になっている輩に、倒せはしないまでも、後々まで苦しむように傷をつけてやりたい。

 彼は本来のナヴィル=ウル=イル=ハーナム皇子と波長が合い、今では本来の持ち主よりもその名に馴染んでいた。

 そうして彼は、彼自身の終焉の間際、よりによって決してやってはならない、絶対にそれだけは避けねばならなかったことに手を出してしまったのだ。


 回復にまわされるはずの力をすべて強引にねじ曲げ、記憶を、心を、魂を覗き込む。

 隷属していない強者の精神支配は困難であり、きっとこの相手は支配できない。

 だが、その精神に自らの全力をもって押し入り、逃れ得ない闇の因子を植え付けるぐらいならできるはずだ。

 裏切りの恐怖を、失う予感を、すべての者に対する不信を、つきまとう絶望を。

 それはじわじわ蝕みながら全身を巡り。

 いつか自身を崩壊させる。

 呪いという名の毒を一滴垂らしてやろう――


(フフ……どうせ滅びてしまうのならば、緩慢な道連れにしてやろうではないか)


 彼はそれを想像してほくそ笑み、束の間、愉快な気分を取り戻した。



 その呪詛が次の瞬間、まるごと己に還ってくるとは思わずに。



 彼はそこがどこなのか、己がどこにいるのかを見失い、息を呑んだ。

 否、実体もないのに息を呑めるわけがない。彼の精神の働きがそう錯覚させたのだ。

 裏切りの恐怖を、失う予感を、すべての者に対する不信を、つきまとう絶望を。

 彼は他者に与える存在と自負していながら、それがどんなものかを本当の意味で理解できていなかった。

 我が身でそれを体験したためしがなかったのだから。

 幽玄の星々の煌めきが、遥か彼方へ遠ざかってゆく。彼は己の魂が、底知れない深い闇へ沈み込もうとしているのに気付いた。

 ひとすじの光明もない、本物の、混沌の闇へ。

 恐慌をきたし、必死で足掻いた。あの煌めきのもとへ這い上がろうと。

 しかし、もがく手の先には何もなかった。

 己を吸い込みゆく何かの存在を足もとに感じ、心からの恐怖を、絶望を、後悔を覚えた。


 あの女は敵だった。一瞬たりと侮ってはならなかったのに。

 挽回の手立てを何もかも失い、取り返しのつかない今になってようやく彼は学習できた。

 そして、恐れるべきはあの女だけではなかった。


 黒衣の魔女の中に、魔女を護る怪物が潜んでいる。

 怪物は淡々と、無慈悲に、己の棲み処へ堕ちて来る獲物をゆっくり待ち構えていた。

 彼はもはや【皇子】ではなかった。進化した【妖精族】ですらなかった。

 深海に降り積もる、小さな餌の一匹に過ぎなかった。




◆  ◆  ◆




 イルハーナム帝国の皇宮に、その日、最後にして最大の雷鳴が轟いた。

 ほぼ同じくして、コル・カ・ドゥエルの廃神殿の最奥。セーヴェル騎士団長の手にある聖銀(ミスリル)の剣、増幅された破邪の力に満ちた切っ先が、大樹の繭に届いていた。



【こ、こ、こ、こ、こんな馬鹿なあぁぁああぁ――――ッッ!?】




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