214話 【魔王】の戦場 (6)
またものすごく間があいてしまいました(大汗)
待ってくださっていた方々には感謝しきりです。次回以降はこんなに開かないと思います。
誤字脱字報告師様もありがとうございます、いつも助かっております。
すべてを破壊されてなお、突き立つ魔導刀のもとにその肉体は戻ってくる。
炭化するまで攻撃を繰り返され、灰となって残らず消滅させられても、まず先に心臓が蘇り、その他臓器や骨が不気味な早送り映像のように蘇って、一定時間を経過すれば肉体がもとに戻っている。
生々しい光景を前に、内心「げげ」と舌を出しながら、瀬名は念話で小鳥に話しかけた。
≪脳が一番最初に戻るわけじゃないんだね。なんでかな≫
≪可能性は複数あります。心臓の位置に魂の位置を設定しているため。そもそも魂とは心臓に宿る性質のため。心臓がなければ生命活動の成り立たない種族を選んだため。断定できるものはありません≫
やはりナチュラルに答えが返ってくる。タマゴ鳥を中継点にして、情報化した言葉を送ってきているようだ。
≪離れ過ぎるとノイズが酷いとかで念話は使えなかったんじゃないの?≫
≪使えませんでした。これまではそれで不都合はありませんでしたが、今後を見据えて改善しております≫
≪あ、そう…≫
≪私からEGGSに送った信号を、EGGSがあなたの補助脳に〝会話〟と認識できる信号に変換して送るという単純な話なのですが、容易ではありませんでした。EGGSには会話に適した機能がなく、中継機として作られたわけでもありませんでしたので≫
要は、無い所に新しい機能をわざわざ作って追加したわけだ。真面目に説明されてしまうと、できるんならもっと早く言えだの何だのと文句をつけるのも大人げない気がしてくる。
それはさておき、過たず魂を魔導刀で貫いて固定したおかげか、最初にハートの串刺しができあがる所はシュールであった。
≪ですがマスターの〝実験〟はひととおり成功、でしょうか≫
≪……その言い方あんま好きじゃないけど。まあそうかな≫
山脈国の廃神殿に本体があり、帝国の第二皇子の肉体を乗っ取っている。そう推測した時に、【ナヴィル皇子】の不死性についても同時に想像がついていた。
そこでひとつ疑問が湧いた。
この男の身体をすべて消滅させたら、果たしてどうなるのか?
治癒の魔術による怪我の回復を細胞分裂のように捉えていた瀬名は、ふと、分裂するものがなくなっても身体は元通りになるものなのか気になった。
そして最初に特大の一撃を食らわせた直後、飛散した部位がある一点を中心に引き寄せられてゆくのに気付いた。
氷がとけて水になり、水が蒸発して大気にとけこんでも、本当の意味でそれはこの世から消滅したわけではない。
大気中のどこからともなく水分を集め、氷に変えることが可能であるように、肉眼では捉えられないだけで、【ナヴィル皇子】の肉体を構成する何かは存在したままなのだ。
具体的に言えば、その〝何か〟の繋がりが消滅しておらず、変質して飛散しても自動的に集まり、肉体を再構築する仕組みになっている。
その中心と思しき場所へ、ものは試しと捕獲するイメージで魔導刀を突き刺してみれば、大当たりだったわけだ。
≪復活を始めたらもうそこで詰み確定、ってのもなんだかなー≫
≪自動回復ですから止めようもありませんしね。しかも回復に要するエネルギーは無尽蔵に供給されております。いわゆる不死の術のわかりやすいデメリットですね≫
終わりが来ない。強力なものであればあるほど。
そして粉塵化した己の一部を自在に操ることもできない。
決して抜け出せない状況に陥り、そこで永遠に回復し続けるとなれば、一種の地獄ではないか。
そうなることを少しでも考えなかったのだろうか?
(まぁ、考えなかったんだろうなー)
自分がそのような危機的状況に陥る未来など、微塵も想像していなかったに違いない。多少は想定外の展開があったとしても、いくらでも切り抜けようがあると思っていたのだ。
瀬名の中には一滴の哀れみもなかった。浮かぶのは馬車の中で飢え細っていた、骨と皮だけの子供達の姿。あれを商品と呼べる人種の一切が相容れない存在であり、この男は代表格の一人だった。
契約に従い世界征服に乗り出すまでは理解と共感の及ぶ範囲である。が、その際に立てた計画の内容が完全にアウト。イルハーナム帝国はもともと、攻め滅ぼした相手を奴隷化して肥大し、第二皇子の生まれる頃には東の地すべてを平らげていた。そのやり方を北・西・南の全土にそのまま使おうとしたのがこの男だ。
直接ぶつかってくるか、水面下で動くか。以前の帝国の方針と異なるのはその程度でしかない。
このぐらい痛めつけて丁度なのである。
そしてもうひとつの実験。
これは昨日今日思いついたものではなく、かなり以前から何となく疑問に思っていたことだ。
この世界のすべて、人も魔物も植物も、ある程度の魔素もしくは魔力を自然に保有している。――ならば、体内からすべての魔素もしくは魔力が失われたらどうなるのか?
人の体内には魔素を魔力に変え、時にそれを操る機能が生まれながらに組み込まれている。魔素に満ちたこの世界に適応して進化した生き物は、獣であれば魔獣、それ以外ならば魔物と呼ばれていた。ならば何故、人は〝魔人〟と呼ばれないのか、瀬名はずっと不思議に思っていた。
人の子に値札をつけ、命を売り買いする者達がそれでも人と呼ばれているのに、遠い先祖が魔王に与したリュシエラの血族は、現代ではまるで実害がないのに魔族と呼ばれなければならなかった。それをよく思っていない人格者もいるけれど、咎の末裔が人と違う生物である点については否定していない。
この世界の人々がごく当たり前に受け入れている事象の中には、瀬名にとっては不可解なものが数多くあった。
瀬名にとっては在って当然のものではなく、だからこそ彼らが思いもつかないようなことを、瀬名はよく考えつく。
相手が攻撃魔術を発動させる前に、それを分解して阻止できないか。失敗があってはならないので、まずは人ではなく魔物相手にそれを試した。
うまくいった。その時〝操作可能な周辺の魔素〟の中に、他人の魔力も含まれていると知った。
そうして魔物で何度か試したその方法を、今回、イルハーナム帝国の皇宮を取り囲むすべての兵士達に使った。
彼らの体内の魔力をすべて魔素に分解し、その一切を一気に体外へ放出させたのである。
そうしたら、誰も動かなくなってしまった。
◆ ◆ ◆
(なるほど、な……魔力切れなる現象があり、魔力を使い過ぎれば、あ奴らは倒れる。倒れることで最後の一線を突破せぬよう阻止しているのだ。考えてみれば、当然のことよな)
生まれて初めて味わう信じがたい苦痛の中、それでも【ナヴィル皇子】は思考をやめなかった。止めた瞬間に終わりだと、この相手を前に確信を持っていたからだ。
終わらせれば楽になれようとも薄々気付いていたが、それを選ぶことはできなかった。契約の破棄はできない。強い魂と魔力を持つ精神生命体にとって、契約は何よりも重要なのだから。
血肉を持つ生き物が自力で己の鼓動を止められないように、彼は一度交わした契約を自らの意思で破棄することはできない。
契約によって、より強い力を得る。その代償と呼ぶべきものを、今彼は自らの苦痛の中、初めて理解していた。
ただし、反省はない。己が過ちを認めるという現象は彼の精神に存在しない。
文字通り手も足も出ない中、それでも彼は虎視眈々と反撃の糸口を探していた。
(……女、だったのか。線が細いと思って、いたが……)
不自然なほどに肝の据わった小柄な少年。そう思っていた。
しかし女だとわかってみれば、さほど幼い相手には見えない。
背の高い、身体つきのしっかりとした人物。筋肉質な線の出ない衣装を選び、着飾らせてみたいと不意に思った。
愛想の欠片もなく、言葉遣いも粗野だが、案外似合うのではないか。
黒も良い。帝国で好まれる赤も悪くない。
だが、青を着せても似合いそうだと思った。
澄み渡る天空の青。
果てなき大海の青。
きめ細かな肌に化粧は施さずとも良いと思うが、させても良いかもしれない。
にこりともしないあの唇に紅を引いたら、どれほど映えるだろうか。
とりとめもなく思いながら、【ナヴィル皇子】はこの襲撃者が、血も流さず音もなく、どのように兵士達を倒してのけたのか、その方法に辿り着いていた。
(あの者どもの魔力をすべて奪い去った。この者にはそれが可能なのだ)
雨粒が落ちてくる。やがて地を打ちつける豪雨となり、地表は流れる川と化した。
回復とともに徐々に鮮明になる視界の中、彼はその女がまったく濡れていないのを知った。
そしてこれは女の〝実験〟のひとつなのではと気付いた。――雨粒の一滴一滴が高濃度の魔力であり、その魔力を彼は思い通りにできなかったのだ。
それは正確には魔力ではなく魔素だったのだが、それを知るか知らないか、操れるか操れないか、それもこの二人の明暗を分ける最大の要因になっていた。
(妨害しようとしている。あの兵士どものように、我が魔力を操作しようとしているのか)
知らない割に、結論をそう外さないところは見事と言える。
瀬名は彼の魂を縛り付けることに成功した。徹底的に破壊し尽くせばどうなるかの答えも得た。
そして次に、【ナヴィル皇子】へ集まる魔素を妨害できないか、彼の体内にある魔素を操作できないかを試している。
結果は、不可。どれほど周辺の魔素を己の支配下に置いても、かならず必要量が彼のもとに集まってしまう。そして彼の体内に満ちる魔素を動かすこともできなかった。おそらくはその仕組みの大もとが例の廃神殿の本体にあるか、もしくは双方同時に破壊せねば止まらない性質のものだからだろう。
ゆえに彼の肉体は、もはや慣れた光景を経て回復し続けるのだ。
(これは、本当に、何者なのだ? これでは、まるで――)
まるで、神々のような……。
それでも彼には〝あきらめ〟と〝思考停止〟の選択はない。
何より、まだ奥の手があった。
【ナヴィル皇子】は遠方に意識を馳せる。蘇ってきた感覚をできるだけ速やかに研ぎ澄まし、その奥の手を隠している場所を探った。
母なる大樹の眠る西の地へと。
それから、南の地へと。
そこで彼は、本日これ以上はないと思っていた驚愕の事態を、再び見せつけられることになった。




