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210話 【魔王】の戦場 (2)

前話からものすごく開いてしまいました((m(_ _;)m

いつも来てくださる方、ふらりと立ち寄ってくださった方、ありがとうございます。


「先ほどは不発だったのか? つまらぬ。もっと本気を見せてみよ。その程度では到底我に届かぬぞ」


 大人が子供に優しく語りかける口調で【ナヴィル皇子】は言った。

 いかにも強者の余裕といった風情である。自信過剰ではなく実力に裏打ちされた発言であるところが、襲撃者からすればとても残念だった。


(全然ダメージないっぽいな。やっぱり〝魔王〟かぁ……)


 瀬名がぶちかましている()()()の数々は、手の一振りだけで簡単に無効化されてしまっていた。

 しかもこの男は呪文を唱えていない。略詠唱ですらない。

 無詠唱だ。わかりやすい強さの目安である。

 より速く、より正確に、より強力な力をふるえる証拠。


(おまけにこいつが使ってるの、やっぱり魔力じゃなくて魔素だわ。やだなー、ハンデぐらいちょうだいよ!)


 自然界の魔素を集め、己が器の内部で循環させ、身に纏う。その鎧の前には、魔力を用いたあらゆる攻撃が無駄と化した。

 要するに、瀬名が他者を圧倒できる得意分野とそっくり同じなのである。

 この世界のどんな国へ行っても、この男は悠々と守護結界を素通りできてしまうだろう。

 なのに今それをせず、人の子の権力者らしい謀略をめぐらし、世界の勢力図を帝国一色に塗り替えようとしているのは、そういう〝契約〟になっているからだ。

 帝国の皇族として帝国の力を使い、この世界の大地すべてを帝国の領土とする。皇帝があの奇怪な大樹のヌシにそれを望み、己の皇子を差し出し、ヌシがそれを承諾した。

 面白がってか、契約の術式に逆らえなかったか、どちらにせよその取り決めが交わされた瞬間、この【ナヴィル皇子】が誕生した。


 そして現在において、これでもまだ成長中なのである。


 魔物ではないのに魔王と呼んでいいのか。そんな議論に意味はなかった。

 魔を帯びた脅威の王、恐るべき災厄の王、それを〝魔王〟と呼ぶ。

 魔物達が本能的に従い、平伏し、その恩恵をうけて力を増す――知能が高くなるケースもあった。そうして大地を舐め尽くし、蹂躙し、滅ぼし積み重ねた山の頂に立つ、それがもとは無邪気な妖精族(フェアリス)であろうと、それはれっきとした魔を持つ者の王たる〝魔王〟なのだ。


 いずれそうなる者の〝存在力〟の産声を世界が聞きとり、長らく半神(アーゼン)の血族の中に眠っていた因子が目覚め――生まれた子が【アスファ】と名付けられた。

 アスファ少年は小さな田舎の農村出身で、畑仕事の合間に素振りをしていたという。身体は確かに鍛えられ、村の子の中では喧嘩が一番強かったそうだが、言っては悪いがそれだけなら素人と大差がない。実際、少年は戦闘訓練を受けた戦士と比較し、筋肉の付き方が明らかに違っていた。

 目を瞠るべきはその後である。「俺、カッコ悪いただのガキだったんだな」と覚醒した瞬間から、アスファ少年は凡庸な少年ではなくなった。

 鍛えれば鍛えた分きっちり吸収し、みるまに体形や身のこなしが変わった。思いがけず頭も良く、たった数ヶ月で基本的な読み書き計算をほぼ憶えてしまった時には、瀬名は密かに戦慄せずにいられなかった……こいつひょっとして私より頭いいんじゃ、と。


 恐るべき将来性。

 数年後、この【ナヴィル皇子】が【イルハーナムの暗黒帝】とか何とか呼ばれ始め、契約から解き放たれた魔王の爪が全世界に傷痕を刻み始める頃には、唯一対抗し得る存在として充分な存在感を放っていることだろう。


 ただし、そうなっていれば、の話だが。


 そうはならない。

 〝これ〟は今、この時に潰すからだ。


 アスファは勇者になり損ねる。華々しく虚ろな未来を瀬名に奪われてしまうわけだが、文句はないだろう。

 師を、友を、故郷を失う恐れと天秤にかけてでも、輝かしい勇者としての活躍の場が欲しいなど、彼は一瞬たりと望むまい。


「風、岩、炎、雷……なかなか多才だな。通常はどれかひとつ、多くとも二つ程度に得意な属性は偏るものだが、すべてが高威力とは。そなた、我のもとに降るがよい。我に近い場所へ席を構えてやろう」

「……あいにくですが、『仲間になれば世界の半分をくれてやろう』なんて胡散臭い勧誘に騙されるほど単純ではございませんので」

「初めて口をきいたな。ふむ、良い声だ。まだ二十歳にはなっていないか? 才ある若者は頭上から抑えつけられるのが人の世の常、いろいろと歯がゆいことも多かろう。我がもとにいれば存分にその才を振るう機会を得られ、そなたの名声は高まり、財も自然と集まるであろう。帝国貴族の身分を与えてやるのもやぶさかではない。さて、どの地位が良いか。相応しい名も与えてやらねばな」

「…………」


 瀬名の胡散臭い台詞に突っ込みもせず、【皇子】は自分の言いたいことだけを言っている。

 中でも厄介とされるのが、〝話の通じない〟魔王。

 そもそも言語を持たない獣タイプや植物タイプの可能性なども考えられていたが。


(言葉は通じても会話が成立しないタイプか)


 なまじ、まともそうに見えるせいで余計対処に難儀するタイプだ。

 暖簾に腕押し、糠に釘。どんなに言葉を尽くしても、相手にまったく響かないと悟った瞬間の混乱や徒労感は凄まじい。そんな相手。


(昔、そういうタイプの男を父さんから紹介された記憶がなくもない気がするけど。気のせいだなきっと)


 瀬名はついつい嫌な人物を連想してしまった。

 何やら悩みまくっているのを見かねて、意見を出してやれば、何を言っても「でも」「けど」「だけど」と聞き入れようとしない。

 優柔不断で結論を出せないくせに、人のアドバイスをのらりくらりと拒絶することにかけては頑固。

 大昔に、そんな奴がいた。


 はなから人の話に耳貸す気がないんなら「どうすればいいと思う?」なんて訊くんじゃねーよ、とか。

 同僚のやり方がこんなふうに良くない、あの見解には賛同できない等、理論武装形式の愚痴をひたすら聞かされ、「へぇ嫌な人がいるんだねー」と適当に同意してやれば、「いやあの人にもこういう良い所があるんだ、そんなふうに悪く言うのはよくないよ」と何故かこっちが諭されたりとか。

 けれど曲がりなりにも父親から紹介された〝お友達〟なので、おととい来やがれとは言えなかったりとか。

 さらに外見も中身もれっきとした人類であり、真面目に仕事をして、酒やギャンブルに溺れることもなく、誰もが「まともそうな人」と低くない評価をつけ、もし二人の中央でコップが割れる事態を第三者に目撃されれば、一対九十九で瀬名の過失を疑われるであろうとか。

 とどめに、責任とらずに逃げるとか。


(なんか腹立ってきた……うん、アレに比べたらこっちのが断然ラクだわ!)


 何せこちらは人類の敵。我慢も遠慮も不要である。

 血も涙もなく、人の情など解さないとくれば、むしろ親切と言っていいほどだ。

 瀬名は少しだけ優しい気持ちになれた。


 ほら、今もまた、瀬名の攻撃を身内たる連中の方向へ平気で受け流しているではないか。自慢の皇子様は自分達を守る気が一切ないとようやく気付いて、青ざめる臣下が続出している。襲撃者へ憎悪の視線を向け、皇子の援護をすべく展開していた兵士達の顔も、味方の被害に困惑を隠せないようだ。

 避ければ済む時でさえ皇子はそうしていなかった。わざわざ一部を跳ね返し、後方の被害を拡大させているようにしか見えない。忠誠心で目が曇っていようと、さすがにこれだけ続けばわかるのだ。

 悲鳴があがる都度、青年の表情の上にほんのり愉しそうな色がよぎる。


 小鬼皇子…! 誰かが叫び、倒れた。そこを中心にさざ波が拡がり、真に忠実な者からそうでない者が綺麗に分離していった。

 襲撃者が次々と繰り出す攻撃も驚異的なら、それを受けて平然としている皇子も明らかに異常だった。

 第二皇子殿下は、いつの間にあんな真似ができるようになっていたのだろうか?

 彼は魔術士ではなかったはず。なのに襲撃者も皇子も、どちらも一切の呪文を口にしていなかった。

 否、襲撃者は一度だけ何かを口ずさんだ。けれど誰の耳にも憶えのない言語の連なりは詩歌に近い余韻があり、悪いことは何も起こらなかったため、誰もがそれを呪文と捉えていなかった。襲撃者がどこか異国の言葉で、皇子に話しかけたのだろうと思った。


 大勢の戦闘奴隷を抱え、手駒を上手に使い、この時まで【ナヴィル皇子】自身が本物の〝実戦〟に出たことはない。

 皇族は後方で守られるべき存在であり、前線には兵士が向かうもの。

 訓練だってお遊び程度でいい。手合わせは本気でしなくていい。

 だからこの時まで、実際彼らの自慢の皇子殿下がどれほど戦えるか、正確に知る者は誰もいなかったのである。


 とてもいい感じで動揺してくれていた。

 その調子でしばらく大人しくしておいて欲しい。

 瀬名は満足げに頷いた。


(――それに何と言っても!! あのシェルローの怒りの波動を真正面から浴びる恐怖に比べたら、絶対こいつのがラク!! マシ!! だってぶっ飛ばせば済むんだもん!!)


 瀬名はますます優しい気持ちになれた。

 【ナヴィル皇子】は一度も反撃してこない。防ぐだけだ。それも余裕たっぷりに、平然と、どこか面白がっている雰囲気で。

 どんなに全力でかかっても、すべての攻撃を難なく躱されてしまったら、大抵の連中はさぞ心を折られてしまうに違いない。自分はどんどん消耗させられているのに、相手には微塵もそんな様子はないのだから。

 が。使用可能なエネルギーの底無し加減は、瀬名も負けてはいなかった。

 この【皇子】との意思疎通も早々に放棄しているので、気力の消耗もない。

 翻って、シェルローヴェンの攻撃は精神にくる。心を抉る的確な言葉のチョイスは青い小鳥並みのセンスを誇り、逃げ場のない空間で無言のまま氷点下の視線にジィ――――…………と見おろされ続けてみるがいい。


(うおっやばい、背中がぞくぅってなった!? 遊んでないでとっとと片付けて帰んなきゃ!!)


 いや、遊んではいない。ちゃんと戦っているとも。

 瀬名は誰にともなく言い訳を呟いた。




◆  ◆  ◆




(……?)


 妙だ、と、初めて【ナヴィル皇子】は思った。

 根本的に他者についてあらゆることを深く考慮しない彼にとって、それは無意識に生じてきた疑問だった。

 考えずとも彼の明晰な頭脳は、瞬時に答えを導き出す。いらぬ思考に囚われていちいち立ち止まることがないので、臣下達の目には即断即決を旨とする潔い皇子の姿に映っていた。

 だから、〝首をひねる〟など初めての経験だったのだが、彼にはその自覚がなかった。



 ふるえ、ふるえ、ふるえ、

 ゆらげ、ゆらげ、ゆらげ――


 この世界は私が支配する――



 不発と思った呪術の文言が、やけに耳に残っている。

 いや、あれは呪術ではなかった。かつて妖精族よりも精霊に近い存在へ進化していた【ナヴィル皇子】は、自身が呪文を唱えることこそないものの、そこらの魔術士より魔術に関する深い知識を持っていた。

 呪術士の呪文に、あんなものはなかったはず。それに結局は何ごとも起こらず、魔力の流動も感じなかったではないか。


 なのに、何故だろう。

 あの文言が、真実を語っていたように思い返されるのは。


 どうして己がそんな疑問を抱いたのかが理解できず、【ナヴィル皇子】の中にささやかな困惑が生じる。


(そもそも。こ奴の放っている魔術は、〝魔術〟なのだろうか?)


 何も唱えていない。自分と同じだ。

 唱える者どもより遥かに、威力といい速さといい、申し分ない実力者だ。そう思い、己がしもべに引き込もうとしたのだが、違っていたかもしれない。

 やはり無意識に、【ナヴィル皇子】はその襲撃者の動きを、魔術の使い方を注意して追い始めた。


(これは、魔術なのか? 何かが違っている。わからぬが、違う気がする)


 そうして、また内心で首をかしげる。



 ――彼は、〈黎明の森の魔女〉の噂を知らなかった。



 かつて、【ナヴィル皇子】のもとで諜報員をさせられていたカシムとカリムの存在を、彼は忘れてはいなかったが、さして気に留めてもいなかった。

 だから彼らがどこでどうしているのかを、実は【ナヴィル皇子】は未だに知らないのだった。

 数年後は手に負えない存在になるだろう、しかし現在の彼はつまるところ、まだ未熟なのである。世界中のすべての人々の動向を網羅できるほど、彼の〝力〟は熟していなかった。

 【皇子】自身があの二人をつねに見張っているわけではないので、報告する者がいなければ知らないまま。

 だから彼は、デマルシェリエに現われた魔女セナ=トーヤの存在を知らない。

 間者達は〝おとぎ話の魔法使い〟の出現を本気に捉えておらず、正確で現実的で有用な情報を選んで本国へ送った。密かに送れる情報量には限りがあり、眉唾としか思えない真偽の怪しい情報の優先度は低かった。

 それでもデマルシェリエ辺境伯が厚遇していると噂だったので、「そういう者が現われたらしい」と伝えるだけは伝えていたものの、逐一こまかい報告を継続する者はいなかった。


 その後、状況は大きく変わっていくわけだが……以前、カリムがカシムに言った「短期間でめまぐるしく状況が変化し過ぎて、調査も報告も追いつかない」という台詞。

 それは紛れもない、間者達の本音であり事実だったのである。


 これは、何者なのだろう。

 最初に尋ねた時よりも、その疑問がやけに明瞭に【ナヴィル皇子】の中で存在感を増した。


(この者の術は、まるで――魔術の、真似事をしているような……)


 【雷鳴の剣】、【氷獄の鮮華】、【炎帝の槍】、その他まだまだ尽きる様子のない高位魔術の連発。

 どれも彼の知識にある高位魔術だが、……本当にそうなのだろうか?


 まるで、何かまったく別のものを、魔術に見せかけているような。


 何故、急にそんなふうに思ったのだろう?


 それに何故、この者はこれほど膨大な魔力を要する術を連発しながら、疲労の欠片もない?


 何かがすう、と襲撃者の傍に舞い降りてきた。

 あれは何なのだろう。白く丸い卵のようなそれには、薄く半透明の翅がある。

 ひし形の翅は、彼のしもべたる妖精族のやわらかな翅とは異なり、硬質で、冬の湖にうっすらと張る氷のようだった。


 鳥ではない。血と肉のにおいも気配もない。

 生命力もない。

 だが、まるで鳥のようだ。

 何かまったく別のものが、鳥のふりをしている。

 それが五つ、襲撃者の傍らを、忠実な臣下のように控えて浮いた。羽ばたきもせず、魔力すら感じないのに、どうして浮遊できるのか。


 それに奴は、あんな瞳の色だったろうか?


 まるで、太古の闇を閉じ込めた琥珀のような。




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― 新着の感想 ―
[一言] 魔王倒すとなってからの出番少な過ぎて興味なさ過ぎる皇子のキャラ紹介と説明と前振りが長すぎる… しかも魔王なんてば皇子の登場時から怪しくて 魔王だ魔王種だとブラフで迷ったくらいで 途中からほ…
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