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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
西の山脈国
207/316

206話 元凶の樹


 邪悪な魔女にそそのかされ、最下層の守護者(ガーディアン)は全滅した。


 落とし穴に落ちかけ、必死でしがみつく者の指を荊や針で【え~い、ちくっ♪】【ちくちくっ♪】と刺したり。

 魔物がこちらに気付かず通り過ぎてくれるよう、物陰で息を殺しながらじりじり待つ者の背後で【わぁっ♪】と大きな声をあげたり。


 そんな悪質にして小さな守護者達は、せっかく久々に訪れた侵入者の前で何ひとつ活躍することなく、一匹もいなくなっていた。


 そして仲間達の進む方向に、入り口が見えてきた。扉はない。

 入り口ではなく〝出口〟なのだろうか。そう錯覚するほど奥のほうが明るかった。

 接近するにつれ、入り口から根や蔦が這って拡がり、やわらかそうな苔や木の芽の緑色がほっと目を休ませる。

 ここが閉ざされていた地下の最深部で、それが異常な光景であると思い出すまでは。


(おい、待て。まさかマジで到着か?)

(ひょっとして、さっきのあれが最後の難関だったのか?)

(確かに、小さいものが大量に湧いて攻撃してくると非常に厄介なのだが)

(え、本当にあれだけで終わり…?)


 いや、考えてみれば有害種の魔蟲に屍死鬼(ゾンビ)邪霊屍鬼(グール)、凶悪な罠や妨害術式の数々が待ち構えていたはずなのだ。まともに順路を辿っていれば、かなりの困難が予測されていただろう。

 さらに、こちらがボロボロになって休もうとした瞬間、どこからともなくあれらが湧いて出て、【きゃっきゃ♪】【うふふ♪】【やっちゃえ~♪】とばかりに無邪気に攻撃(イタズラ)してくるとなると――相当に気力を消耗させられたのではなかろうか。

 そして本来ならば、地図もない。あったとしても入手困難。

 なるほど、ひとつひとつ丁寧に並べてみれば、とても攻略の難しい凶悪な地下迷宮(ダンジョン)だったようだ。

 単に誰もその難しさを味わうことなく到達してしまっただけで。


 おかげさまで皆の体調は万全。気力・体力・魔力も充分。

 そして、地上で呑んだ回復薬の効果時間はまだたっぷり残っている。

 四羽の小鳥が辺りを警戒しつつ音もなく浮遊し、おそらく死角はない。

 ほかにも隠しワザを持っているであろう万能使い魔Beta(ベータ)は、状況を正しく読み、音を立てずに進んでいた。どんな素材でできているのか、〝彼〟の関節部や脚の裏側は、地面に接する瞬間の摩擦音さえ立てない。


(まぁいいか。どうせ、これからが本番なんだしよ)

(本命へ突入する前に、一切消耗せずに済んだのだから素直に感謝しないとね)

(敵の巣穴では、いかにして余力を残しておくかがいつも最大の難問だったのだ。ありがたい)

(そういえばちゃんと確かめてないけれど、この先には本当に〝大物〟がいるんだろうか? 若君が仰ってたように、ただの宝物庫だったなんてことは……まあ、それはないか。いるんだろうな。俺がいると何故か必ずと言っていいほどアタリを引くしな……)


 仲間達はそれぞれ内心で呟き――ほんのりフラグ体質な誰かは不吉な予言をこぼしていたものの――地下神殿の終着地点に向け、生じかけていた油断を己から締め出した。

 そして精霊族(エルフ)の王子は。


(……何を考えている?)


 横目で瀬名を疑っていた。





(やばい、勘付かれたかも。頼む、何にも訊かないでよ~……)


 当の瀬名は内心で冷や汗を垂らしていた。

 ずっと気を付けていたのに、ここへきて気が緩んでしまった。

 この鋭い生き物と行動しながらずっとバレなかったのだ、むしろ自分を褒めるべきだろうか。


(やばい……こいつ、怒るよな……)


 あの奥は〝本命〟に通じている。それは間違いない。

 間違いないけれど、最後にひとつだけ、複雑にして単純な要素が残っているのだ。

 瀬名はそれをシェルローヴェンには話していなかった。瀬名が何をやるつもりなのか、話せば止められると想像がついたからだ。


 さらに瀬名は今後の流れをつい想像してしまう。

 多分この男は怒るだろう。

 凄く怒られそうだ。

 もの凄く怒る。

 確実に怒る。

 本気で怒る。


(どうしよう、激怒される未来しか思い浮かばない!?)


 極寒の怒りを想像し、増した冷や汗でじっとり肌が湿ってきた。

 もう少し建設的な未来予想図はないのか。模索してみる。

 無かった。

 怒りを回避する方法は?

 無かった。

 なんとかして逸らす方法は?

 少しでもなだめられる適切にして素敵な言い訳はないか?


 無かった。


 精霊族(エルフ)は瀬名に優しい。とりわけ三兄弟はそうだ。

 その三兄弟の中でも、シェルローヴェンは長男気質が強い。己はもちろん、弟二人を保護した相手への恩義を最も強く感じているのか、瀬名に対して一番甘いのは彼だった。


 それでもさすがに、今回ばかりは、「もー、仕方ないな~」で許してもらえる範囲を逸脱している。


 今振り向いたら百パーセントの確率で視線が合いそうである。

 最大の脅威は進行方向ではなく、真横にいた。





 透かし彫りの天井から陽光が降りそそいでいる。そこは外よりも明るく美しい世界だった。

 仲間達があんぐり口を開けるのを見て、瀬名は「違うよ」と告げた。


「あれは太陽の光じゃない」


 その後は続けなかった。この説明の後を彼らに聞かせるとすれば、瀬名の生活圏の平穏を脅かす可能性を綺麗に駆逐し、〈黎明の森(おうち)〉に戻ってからである。


(ここはもう〈祭壇(アルタリア)〉だ)


 巨大な魔導陣と説明したけれど、それも正確な表現ではない。

 ――人々を外敵から守るための防衛システム。かつて瀬名の故郷よりも高度に栄えた魔導科学文明の遺産。

 魔導式は平面上に描かれるとは限らず、一面だけとも限らない。

 床と壁、天井に描かれた円陣が相互に影響を及ぼすことも可能だと、精霊族(エルフ)ならば知っている。およそ十万年の歴史まで遡れる彼らは、魔術士として最高峰の十二階位に到達する者が何人もおり、瀬名の見たところ、十二階位以上の魔術式は円陣を一部重ね合わせたり、立体で展開するものもあった。

 それでも、これだけの規模の魔導システムを読み解くことはもちろん、再現どころか応用さえ叶わないだろう。

 ARK(アーク)氏が魔改造を施したフラヴィエルダの腕は、徹底して力のコントロールに重きをおいているために、魔力を収束させる方面で〝多重円陣〟の展開を可能とさせた。つまり小さくまとめた分、一点集中の威力を高めることに成功したわけであり、彼女自身の容量を超えて大きく広げることはできなかった。

 瀬名はしばらく「うぃーんとか言いながら変なギミックが出てきたらどうしよう…!?」とこっそり怯えていたけれど、幸いそんな大事件にも発展しなかった。


 ともあれ。

 これは人の身でどうとでもなる代物ではなかった。

 ――ARK(アーク)(スリー)よりも高度な知識で造られたものなんて、人類にどうこうできるわけがなかろう。


ARK(アーク)さんのプログラムも、確か平面じゃなく立体なんだよね……私の〈グリモア〉だって多面体のイメージで、内部にも膨大な情報行き交ってるし。〈グリモア〉がARK(アーク)さんより高度なんてそんなわけないしな)


 この〈祭壇(アルタリア)〉も、肉眼で確認できない場所に膨大な魔導理論が組み込まれている。

 はっきり言ってお手上げ。破壊も利用もできない、見事としか言いようのないものだったのだ。

 管理権限を持ついずれかの神々だけが、停止などという力業を実行できる。


(ただし。エネルギーの湧いてた場所に造った装置を無力化させただけであって、エネルギー源を消せるわけじゃないってのがね……。強引に塞ごうとしたら、別の場所から漏れて暴発しかねないし、無理もないけどさ)


 あの光こそが、〝竜脈〟のエネルギーだった。

 太陽と見紛う、あたたかで力強い光。こんな状況なのに、心地良さでため息が漏れそうだ。


 その光のふりそそぐ下、ぐにゃりと歪んだ形の、けれど立派で美しい大樹がある。

 生命力に満ち溢れる豊かな葉。クッションのように触れ心地のよさそうな苔。根の隙間にキノコが生え、小さな花弁の可愛らしい花さえも咲いている。

 荘厳な空間。涼やかな空気。幻想的で、そのまま絵本に出てきそうな光景。

 その大樹の枝や、根もとに繁る草花のそこここに、握りこぶし大の光る繭がある。

 繭は輝きを放ちながら透き通り、内部には翅の生えた小さな子供が身体をまるめて眠っていた。


 〈妖精族(フェアリス)〉だ。

 ここであの守護者達が量産され続けている。

 まだ育ちかけで輪郭がぼやけており、繭が破れるにはかなり時間を要するだろう。


 〈妖精族(かれら)〉は魔物ではない。

 だいたいが森の中で見かける。

 生まれ方もさまざまだ。花の蕾の中から生まれる者もいれば、木の実の中から生まれる者、種が芽吹いた瞬間に生まれる者もいる。

 森の魔力が形となって表れた、言うなれば精神生命体のような種族であり、森があるからといって必ずしも妖精がいるわけではない。

 悪戯は厄介だが、笑って許せる程度のものだって多い。

 旅人を迷わせて遊ぶ悪質な子もいれば、逆に正しい道を教えて助けてあげる親切な子もいる。人の子がそうであるように、彼らにも個体差があるのだ。


 けれど、ここにいる者達は。

 いとけない笑顔で、棘を刺す。

 生まれ方も不自然だ。これほど大量に、同時期に、同じ場所で妖精の繭が発生することなど通常はない。


 どう見てもあの大樹が犯人だった。

 どう見ても〝竜脈〟のエネルギーを利用して兵隊を量産しているの図である。

 そして歪んだ幹の中、ひときわ大きな光の繭を抱え込んでいた。




そろそろやって参りました。

元凶よりシェルローさんの怒りのほうが怖い主人公。

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