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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
西の山脈国
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204話 時間短縮攻略法


「その、駆除剤というものは、瓦礫に付着して残っていたりしないんでしょうか?」


 ローランが尋ねた。いい目の付け所である。


「大丈夫。一定時間を経過すれば毒性が消えて、無害な物質に変わる自然に優しい薬剤だから。――だよねBeta(ベータ)君?」

《はいっス! 粉塵さえ吸わなけれバ、もう中で呼吸してもゼンゼン問題ないっスよ~》


 それもシェルローヴェンが風と水の魔術の応用で洗い流し、見るからに綺麗清潔な空間になった。決して大袈裟ではなく、曇り空の下でも瓦礫の表面がキラキラ反射し、冒険心をくすぐる美しい遺跡の趣になっている。

 グレン、ライナス、セーヴェル、ローランは腹をくくり、瀬名から預かっていた回復薬――服用後の数時間、負った傷や消耗した体力・魔力を回復し続ける――を飲んだ。





 崩落を防ぐための補強には木材が使われていたが、特殊な木材だったのか保存環境が理想的だったためか、劣化がほとんど見られず、まだまだ現役で天井を支えていた。ただし今日までは。

 階層ごとに高さが異なるので一概には言えないものの、地下はざっと五階層ほど突き抜けて落ちている。

 瀬名は球状のエネルギーではなく、何トンもの巨大な立方体の角を衝突させるイメージでやったため、逆ピラミッドの形になっていた。

 すぐ下の階層の床が段差になって残るので、そのほうが下りやすくてよさそうだな、という単純な発想からである。

 それと、逆ピラミッド型の大穴を見てみたかった。まさかそれがメインだった、なんてことはない。


 大規模な破壊行為を目撃し、薬剤カプセル投下用の穴をあけた方法は、さすがに友人達の意識から吹き飛んだようだ。


(つうかセーヴェルさん知らなかったって意外。高温で表面が硝子状になってるやつとか見たことなかったのかな? ――や、ないから驚いてたのか)


 ドーミアの建材として使用されている切り石や煉瓦は熱に強い。それに高所でも水が豊富で、火事が起きてもすぐ鎮火させられ、延焼もしにくい。


(時代の古い建物ほど脆い傾向があるのかも……武具と同じで、魔力の(かよ)ってる建物は劣化しにくくて耐性上がるはずだし。だからこういう大昔につくられた神殿なんかは、どうやってあの重量支えてんだろうってな設計がちょくちょくあったりする。でもって、エネルギー通わなくなった途端に防御力がさくさくクッキー並みになって、あっさり廃墟化するんだな)


 などと瀬名はつらつら考えるが、ことはそんな話ではない。

 仮に城を攻める時は、壁に衝撃を与えて砕くか、内通者が内側から扉を開けるという思考になる。

 侵入するには〝破壊する〟ほうが受け入れやすいに決まっていた。

 ――建築物というものは、とかすものではない。

 そこからしてやっていることが変なのだが、あいにく指摘できる強者はいなかった。

 ちなみに瀬名の発想のヒントは、彼女の昔の知識にあるおとぎ話の〝お菓子の家〟や〝氷の城〟からも来ている。

 チョコレートの家なら実際に購入して食べた。うっかり常温下で放置していたのを失念し、皿に移し変えようと触れた瞬間、繊細な屋根が壁ごとひしゃげてしまったのは切ない思い出だ。

 美味しかったけれど。 


 本来ならば隠し通路から繋がっていた空間は、もちろん本来ならたやすく侵入できるような場所ではなく、外部に面する窓もない。

 隠された扉の位置、開錠の方法、そのヒントもろもろを見つけ出さねば入れない、そのはずだった。

 が。順路通りにちみちみ攻略して時間をかけたくない瀬名はショートカットした。


(だって位置も構造もわかってるんだもん。まどろっこしい真似せずに直通路を造っちゃえばいいじゃん?)


 エレベーターがなければ床を抜いてしまえばいいじゃないの精神で、瀬名はひょうひょうと下の階に飛び下りる。上空を旋回していた白い小鳥、あらためミケ・マロ・トラ・チョビが、羽ばたきもなく浮遊しながらついてきた。

 三色まだらの小鳥。

 ちょんちょんと黒い点のある小鳥。

 トラ縞模様の小鳥。

 チョビヒゲのある小鳥。

 それらが音もなくスゥー、と周辺を泳ぐように飛ぶ姿は、何故だろう、驚愕よりも微妙な気持ちしか誘わない。

 雪ダルマもどきは《トウ!》《ハイヨ!》《ホリャ!》などと元気な掛け声とともに、四つ脚を深く屈伸させつつぴょいんぴょいんとジャンプしていた。


「いいんだろうかこれ」

「いいんでしょうかこれ」

「良いのではないか? 細かいことは気にするな」

「俺もいつかこれ全部細かいことって言い切れる大物になりてぇぜ」

「ならないほうがいいような気もしますが」


 ひそひそぼそぼそ囁き声が響く。

 贅沢な連中だなと瀬名は思った。本当なら息苦しく暗い地下空間が続くところだったのが、こんなにも開放的で除菌・消臭も完璧な爽やか空間と化したのだ。何の文句があるというのか。


 深い階層では、時おり骨が散らばっていた。走って襲える凶化版Zの邪霊屍鬼(グール)は、陽光に晒されるか、あるいは神聖魔術で倒されると焼滅し骨になるらしいので、おそらくそれだと思われる。

 地下世界に満ちていた負の魔力は、優秀な駆除剤が念入りに分解してくれているので、彼らが狂骨剣士(スケルトン)に転生する心配もない。

 白骨化していない時代が新しめの亡骸もごくまれに倒れていた。腐敗臭はなくミイラ化しているけれど、直前まで自力で這いずっていた痕跡があった。

 完全な骨よりも視覚から胃袋へダメージが直結する手合いである。けれどこれも薬剤のおかげで動かなくなっている、もはやただの屍のようだ。


 が。大丈夫と安心して背を向けたり側を通り過ぎようとした瞬間に動き出す、Zのお約束である。

 瀬名はだいぶ手前から球状の熱の塊で包み、内部を高温で灰になるまで焼いた。念には念を入れておいて損はないのだ。短時間で手早く済ませるのがコツである。


「いつも思うのだが、それはどうやっているんだ?」

「ん? なんか丸いので内側をジュッとやるイメージでこう」

「わからん」

《理屈で理解しようとスルナ、感じろ感じるンダ! てやつっスね》

「…………」

「そんな睨まれましても。ていうかなんで私を睨むの」


 決して煙に巻いているのではなく、事実を言っているのだと、どう説明すれば良いのやら。

 ARK(アーク)氏が詐欺の手口で瀬名の精神に膨大な魔導式を刻み込み、逐一理論や言語ではなく感覚で使いこなしてきたので、他人に説明できるものではないのだ。


(私だってあんたらの使ってる魔術を使えないんだし、おあいこじゃんよ)


 しかし、魔術の知識はあるのに魔術を使えないと言っても、余計に混乱させるのが目に見えている。


「うーん……〝魔素〟ってわかる?」

「〝魔素〟? ……知らない言葉だ」

「やっぱり知らんか……。あんたら精霊族(エルフ)は、なんとなく知らないけど気付いてるみたいな感じで、無意識に使えてる感じがするんだけどね」

「……そうなのか?」

「うん。これを明確に捉えるのがまず大前提なんだよね。無意識下だったものをちゃんと意識するのって難しいと思うし、帰ったらちゃんと教えようか? 興味があったらだけど」

「もちろんある。是非教えてくれ。エセルやノクトも同席していいか?」

「いいよ。ていうか、むしろあんたら三人以外は却下で頼むよ。偉そうにして悪いけどさ、どこまで教えていいのか私でも判断つかない部分が結構あるんだ……」

「構わない」


 騎士達から残念そうな気配が漂ってきた。グレンはともかく、彼らも興味津々だったようだ。

 思えば、仕方ないとはいえ、あれもこれも彼らには秘密にしていることが多過ぎる。

 なんだか申し訳なくなってきた瀬名は、話題を変えて空気を変えることにした。

 魔術の仕掛けを施されていた、例の書の内容についてだ。彼らの荷物に数冊ずつ分けて入れてもらっており、さほど重さはない。瀬名としては持ち帰る必要性を感じず、闇に葬っても心は痛まない代物だったけれど、神官組がこの先ずっと気にしそうだったので、彼らの土産用に確保していた。


「ところで、あの書物の中身だけどねー」


 とはいえ、興味のなさが声音にありありと反映し、実に感情のこもらない事務的な口調になってしまったが。


「簡単に説明すれば、こんな内容だった」



・最高神殿は最も徳を積んだ素晴らしい神官が選ばれて入るところだった

・最高神官に選ばれし者は現人神(あらびとがみ)のように敬われ神々に祈りながら生涯を終える

・俗世間から隔絶された環境であり表には滅多に出ない

・表に出る最高権力者は大神殿の大神官

・そのせいで大神殿の連中が時代とともに調子に乗り始めた

・やがて民の尊敬を集める善良で優れた〝厄介者〟が最高神官に選ばれ始めた

・つまり好き勝手したい大神官どもが目の上のタンコブを送り込む場所と化した

・最後の囚われ神官は二人

・十数名の労働奴隷はすべて監視役

・最高神官達は余計なことを何もしなければ大切に守られ世話をされるだけ

・でもやっぱり悔しいんだよ許せないんだよチクショー

・記録に残しちゃる



「そんな感じでこっそり書かれてたのがその日記で」

「待て。待て待て待~て~!」

「ごめんセナ、ちょっと、あれどうしよう、なんか心臓が!?」

「若君、それはひょっとしたら、胃のほうかもしれません。……常備薬ありますよ、いかがですか」

「ローラン、こんな所まで持ってきてたのか……」

「もらう。わけてくれ」

「つうわけでセナ、ちょい休憩な。休憩」


 ストップをかけられてしまった。

 瀬名はありゃ? と首をひねる。まだ前菜なのに、どうして既に胃もたれしたような顔で止められるのだろう。

 

「す~、は~、…………よし、いいぜ。続けやがれ」

「僕も心の準備はできた。でもできればもう少しやわらかめの表現で続けてくれると嬉しい」

「はあ」


 やわらかいも何も、そんなに身構えなければいけない話し方だったろうか。むしろ感情をこめて語るほうが心臓に悪いのではないかと思うのだが。

 比較的そういう展開が平気そうな面子に来てもらったものの、やはり生まれた時から濃密な信仰が身近にあった者達と、そうでない瀬名の感覚の差は如何ともし難いようだった。


 


侵入者妨害用の罠とかあったはずなんですがすべて…。

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