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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
西の山脈国
203/316

202話 世のためになる悪質な主従の合理主義


 遠話を終え、呆れとも驚愕ともつかない空気が誰からともなく「はあ…」と吐き出された。


「とんでもねえ女」

「見つけるための手がかりを探しに行ったんだとばかり思ってたよ、セナ様」


 カシムとカリムがぼそりとこぼし、力いっぱい頷く者が続出した。

 普通は誰でもそう思うだろう。皆は瀬名が、決定的な手掛かりのある場所を見つけ、それを得るために山脈国へ足を運んだのだとばかり思い込んでいた。

 まさか手がかりどころか、本体を叩きに行ったなどと思いもよらなかったのだ。


「てこたぁよ。魔王って、コル・カ・ドゥエルにいたんか?」

「そんな……!」

「嘘でしょう……!?」


 灰狼の軽い口調に強い反応を示したのは、アロイスとメリエの神官組だった。

 彼らの顔からは血の気が失せ、悲壮感が漂っている。


「我々の聖地が根城だったなんて、あるはずがない!」

「そんな馬鹿な!」

「……あんたら二人が、こっちの班になったのも道理だよな」

「はい?」

「どういう意味です?」

「神聖魔術ってすげえ助かるけど、なんであっちの班に神官入れてやんなかったのかな、て不思議だったんだよな。そういう反応するのが目に見えてたからだったんだなーと」

「多分ザヴィエさんもなんとなく知ってたろ。だからあの爺さん、この人選に文句つけてこなかったんだな」

「う……」

「……」


 アロイスとメリエはがっくり肩を落とした。反論できなかったのだ。


「しゃっきりしな! 落ち込むだけなら子供だって出来るさね。こいつらの軽口ごときにいちいち沈められてんじゃないよ!」

「っ!」

「ぜ、ゼルシカさん…」

「容赦ねえな姐さん。こーゆーのが平気かどうかってのぁ人によるぜ?」

「ふん、知ってるさ。悩みに悩みぬいた後で、いつか立ち直れる奴もいりゃあ、いつまで経っても浮上できない奴もいる。人それぞれさね。どっちになるかわからんものを戦場で気長に待ってやれるほど、あたしは無敵でも暇人でもないんだよ」

「きびしー!」

「ばっさりだな!」

「つか姐さんが無敵じゃねえって、どっから出たデマだよ」

「はん、上には上がいるさね。そもそもがあたしら、暇過ぎて遊びに来たんじゃないってのを忘れてやいないかい?」


 ぎく、と灰狼の幾人かが硬直した。ゼルシカの眼光が鋭さを増加させ、アロイスとメリエがきょとんと目をまるくする。


「え、お忘れだったんですか……?」

「いいいーや、んなこたぁねえぞ!?」

「そうだ! 断じて忘れちゃいねえ! 珍しい景色がおもしれーとか、食いモンが美味くて楽しいなってだけだ!」

「そりゃあ、こちらの景色は素晴らしいですし、いただくお食事はどれも美味ですけれど」

「だよなー!?」

「――……」


 海の幸や南方の果実を堪能し過ぎて、いつの間にか彼らの中で目的がすり替わっていたらしい。


《すなわち、仕事にかこつけた観光旅行ですね》

「うっ」

「ぎくっ」


 女将は馬鹿どもをギロリと睨んだ。睨まれた者が「ひい!」とすくみあがるも、反省しているかどうかは謎である。

 アロイスとメリエの悲壮感は綺麗さっぱり消えていた。本格的に落ち込む前に吹き飛ばされてしまったので、ありがたいが微妙に騙されたような納得のいかない気分に陥る二人だった。


「あんたら、余裕だよなあ……」

「いやアスファ、誤解すんじゃねえぞ? 役目があればきっちりこなすからな!」

「そうそう、どうせ仕事すんなら楽しんでやれっつー主義なだけで!」

「今はひとまずやるこたねーし、忙しくなる前に全力で遊んじまえってなるだろ?」


 忙しくなるのが事前にわかっていれば、その前に身体を休め、万全の状態に整えておこうとするものではなかろうか?

 アスファ組は悪い大人達の見本にジト目を向けた。


「やべえ、俺らの評判が風前の灯だぜ。ラザックよ、これどうすりゃいい?」

「おまえらにんな大層なもんあると思ってやがったのか」

「そりゃねえよお~!」

「文句つけてんのか、無ぇと認めてんのかどっちだ、ったく。――アスファよ、俺らよりおまえさんこそ余裕あんじゃねえの?」

「俺? なんで?」

「とぼけんな。セナ様から全部聞いてたってわけでもねえんだろ?」


 もう少ししたら魔王追い込んで仕留めるから、そっちの大物呼応して出てきたら倒しといて――

 あの爆弾発言の直後、一瞬沈黙が支配し、それを破る勢いで「何ぃぃぃ!?」と大騒ぎになった。

 混乱の渦の中、全員がひとしきり叫んでまともな言葉を発せなくなった頃。



『わかった! 俺らはこっちにヤバいのが出たら、みんなでそいつを倒しゃいいんだな?』

《そうそう。腰巾着もぞろっと一緒に出てくるかもしんないけど。やれる?》

『やってやるぜ! 魔王は師匠(アンタ)に丸投げでいいんだろ?』

《もちろんだよー。じゃ、そーゆーことで!》

『おう!』



 遠話の術はそこでふつりと終了した。呆気なく。

 おいおいおいおおい!? と誰もが心の中で突っ込んだ。しかし終了してしまった以上は為すすべがなかった。


「だって師匠、もとから『見つけた』っつー口ぶりだったじゃん? マジで見つけてたってのにはビックリしたし、そっこー倒しに行くとは思ってなかったからそれもビックリだけどさ」

「そりゃ、思い返しゃあそんな口ぶりだったけどよ……マジで〝そのもの〟を発見してた、なんてのぁ想定外もいいとこだぜ」


 勝手な先入観と言われればそれまでなのだが、魔王に繋がる決定的な手がかりを求めて、ではなく、そもそも倒しに行ったのだ、などと誰に想像できようか。

 それ以前に、勇者がここにいる。その点について勇者本人はどう考えているのだろう。

 魔法使いが数名のお供を連れて魔王討伐に向かい、肝心の勇者はお留守番。正しくは出現するかもしれないしもべの始末を命じられ、本命との戦いから外された形になる。

 その疑問に対するアスファの答えは実に明快であった。


「んなもん、俺に倒せるわけないじゃん!?」

「まあ、そーかもしんねえけどよ」

「おまえが魔王倒せって言われるよりなんぼかマシ!! だいたい俺みてーなガキに勇者なんぞつとまるわきゃねーだろ!? 無茶ゆーな!!」

「そーだけどよ」


 すると、ほかのメンバーもおずおずと口をひらく。


「わたくしもいつかは、と思わなくもありませんけれど。今のわたくしが勇者一行、と呼ばれますのは少々、抵抗がありますわ……」

「私も勘弁願いたいですね……」

「ぼ、僕だって無理ですよ~! アスファが勇者って凄いし応援しますけど、そうなったら僕みたいな未熟者はパーティメンバーに相応しくないって、絶対に陰口叩かれます!」


 決して卑屈になっているのではない。今のアスファに勇者の肩書きは大仰過ぎるし、このメンバーで魔王の討伐など夢のまた夢であろう。

 そう。今は、だ。

 そしてそれは、魔王にも適用される。


《魔王が手の付けられない脅威に成長し、世界中に甚大な被害を及ぼす頃には、それに対抗できるほどの力を身につけているでしょう。本末転倒と言わざるを得ません》


 青い小鳥が現実を指摘し、アスファ組以外の全員がうめいた。

 その通りだ。その通りなのだが、歴史における魔術士、おとぎ話における魔法使いとは、勇者や英雄にさまざまな武器や防具、薬などを提供して戦いを有利に導いたり、とにかく一貫して何らかの補助を行う立ち位置にいる。そうでなければ敵側だ。

 ぐずる未熟な勇者や英雄もどきの尻を蹴飛ばし、根性を叩き直す魔女の話ならデマルシェリエのおとぎ話になくもないけれど、魔女本人が魔王の喉笛を狙いに行く話など前代未聞であった。


《居場所も正体も判明しているのならば、倒しやすい内に倒せる者がさっさと始末しておく、それが最も合理的です。数年後に活躍させる予定を立て、年月とともに被害が拡大するとわかっていながらアスファの勇者覚醒を待つなど無意味。何らおかしいことではありませんでしょう》

「そーそー!」


 アスファ少年だけが手を叩いて嬉しそうに同意していた。

 勇者とは。


「……その居場所だか正体だかを掴むのが、そもそも難しいんだがね。そこをクリアしてんなら、早いうちに倒しとくのがそりゃ最善ってもんさね。――ただ、せっかく〝神々にまつわる者〟がいるってのに、全員こっちに寄越したのは合理的な判断ゆえってことでいいのかい?」

「心配ねーよゼルシカさん、師匠は自分が出来そうにねーもんをきっぱり『やる』とか言わねーから! 言い方変えたり黙ったりして、しれっと誤魔化すんだぜ」

「ですわね。『仕留める』と断言された以上、その算段は既につけておられるのでしょう。わたくし達はわたくし達の戦いに専念したほうが良いと思いますわ。ひょっとしたらというニュアンスでしたけれど、こちらの大物とやら、現われる前提で備えておくのがよろしいのではないかしら」

《さすがは弟子の皆様、おわかりでいらっしゃいます》

「付き合い長いからな! ――あれ? 長かったよな?」

「あら? そ、そうですわよね。……あら?」

「……あの方にお会いして随分経っているような気がしますね」


 教官だの師匠(せんせい)だのと呼ぶのに抵抗感もない。つい十年ぐらい前には知り合っていたような気がしてしまう弟子達であった。


「はぁ……ま、別にあたしも否やはないさね。ちょいと驚かされたがね」


 女将がしめくくり、彼らの方針は決まった。

 今さら魔女の計画を逸脱して勝手に帰宅など出来はしないし、誰もする気はなかったのだ。


「そうだ、うっかりしてたよ。アーク、魔王は実際コル・カ・ドゥエルにいるのかい? そこんとこ明言してなかったろ?」

「あっ、そういや聞いてねえぞ!?」

「さすがゼルシカさん」


 これもなんとなく、話の流れから〝そう〟だと思い込んでしまっていた。

 魔女も小鳥も実に人が悪いと、皆が再認識する。


「コル・カ・ドゥエルで何があったとか、これから何するとかちゃんと説明してねえぞ師匠。そこんとこどーなんだよ?」

《この場では回答を差し控えておきます》

「ちぇーっ。主従揃って秘密主義にもほどがあるぜ!」

《不都合が生じますので、この場での回答はできません》

「……わかったよ」


 腕白少年は渋々引きさがり、大人達は苦笑しつつも内心では少年に同調するのだった。


「詳しい話は後で、だな。よっしゃ、釣り行こうぜ釣り!」

「漁だな漁! しこたま獲ろーぜ!」

「は!? なんでそーなんだよ!?」

「戦の前にゃたらふく喰って英気を養うのが基本なんだぜ!」

「何匹獲れるか勝負だアスファ!」

()()――やったろうじゃねーかァ!!」

「おお、その意気だ!」

「俺が一番デカいの獲ったる!」

「ぬかせ、勝つのは俺だ!! 行くぜシモン!!」

「えええええ、僕も!?」

「ちょっ、俺まで!?」

「おいっ、引きずんなッ!! 俺は行かねえええッ!!」


 シモンはアスファに引きずられ、不運にも進路上にいたカシムとカリムもあえなく灰色の暴風に巻き込まれてしまった。


「……アスファ。何故そんなにチョロいんですの……?」

「行き当たりばったり、ぶっつけ本番しか考えていないんでしょうかね、あの男どもは……」

「放っときゃいいさ。体力使い果たした頃に大物に襲われて、骨の一本もかじられりゃ後悔するだろ」

「ゼルシカさん、それ私達も大物と戦う時に困るパターンでは」

「そうなったら馬鹿どもを盾にして逃げな」

「そうですわね」

「そうしましょう」

「あら? メリエ様、アロイス様はどちらに? ま、まさかあの中に……」

「……ご心配いただくことはありません。あの男、釣りが趣味でして……多分、あの方々に負けず劣らず、目をキラッキラさせているのではと……」

「そ、そうだったんですの。意外なご趣味ですわね……」

「川と海じゃあ魔魚の規模が違いそうなんだがねえ。油断して釣り餌ごとバクンとやられなきゃいいがね」


 ゼルシカが洒落にならないことを言い放ち、しかし女性陣は誰ひとりフォローしなかった。




「……セナとアークはああいう奴で、あいつらもああなんだが。……幻滅したか?」


 いつものごとく人徳の勝利か、それとも傍らの貴人女性が粗野な野郎どもをはじく結界になったのか、唯一無事だったウォルドがどことなく気まずそうに尋ねた。


「幻滅? まさか! ――感無量よ」


 少し震えた声色に、隠しきれない歓喜が滲んでいる。

 ウォルドは苦笑を深めるのだった。




この空間でウォルドさんの周囲だけ平和。

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