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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
西の山脈国
202/316

201話 魔境で打ち合わせ

久しぶりの二日連続投稿。


 波打つ濃い黒髪に浅黒い肌のエキゾチック美女が、厭らしさのない優雅な仕草で唇に手をやり、ころころと笑っている。


《ご、ごめんなさいね。我慢できなくて》

「いいえ……」


 我慢できずに噴き出してしまう様も、人によって実に美しくなるものだ。

 自分ならさぞみっともない有様になるだろう――あきらめの境地で瀬名は思った。


(さっきウォルド、ミラルカって呼んでなかったっけ? ひょっとしなくても〝あの〟ミラルカだよな? やっちまったぃ!)


 パナケア王国の女王ミラルカ。今回ウォルドが南の地での協力者として、瀬名とARK(アーク)氏に推薦した名だ。

 ウォルドが今よりずっと若い頃に出会い、豊かな知識と前向きな考え方、芯の強さに感銘を受けた女性。

 もしも彼女の本質がその頃と変わっていなければ、是非こちらから協力を頼みたい人物であった。夫である先王亡き後に王宮を掌握してのけた行動力、打ち出した数々の政策などは目を瞠るものがある。

 もっともそれらはARK(アーク)調べによる過去調査の一部でしかなく、実際に彼女が信頼に足る人物か、そもそもこちらへ協力してくれる気になるかは、ウォルドがコンタクトを取り、会ってみてからの最終判断となった。

 かつて友と信じていた男に裏切られた経験のあるウォルドは、己の人を見る目にあまり自信がない。が、彼の経験はかなり特殊な事例だと瀬名は思っていた。相手には他者を貶めている自覚の一片もなく、ウォルドのことを友として尊重する気持ちに偽りはなかったのだから。

 見抜くのは誰にとっても困難な罠。ウォルドはそれに運悪く引っかかってしまっただけだった。


 以前ウォルドから聞いた限りでは、ミラルカは天晴れな女性だ。再会した彼女の印象が、たとえ積み重ねた年月の分だけ変化があったとしても、やはり「変わらない」と感じるようであれば――もしくは一層魅力を増したと感じるようであれば――この時この場に彼女を招待するよう、ウォルドには伝えてあった。

 そうして今、Beta(ベータ)ARK(アーク)氏の通信映像の中に、彼女の姿がある。


(これどうしようね!? 威厳の欠片もないヨ!! もとからそんなもん無いって知ってるけどね!? やっぱ不安だから協力やめるわって言われたら責任問題じゃないかな!?)


 ミラルカはエスタローザ光王国の魔女の物語が好きだという。とりわけデマルシェリエ地方の民話に出てくる魔女が好みに合致しているらしい。

 それについては寡黙な神官騎士の昔話でさらりと出てきた程度なので、瀬名は彼女の思い入れがどれほど強いかを認識できていなかった。

 そもそも瀬名は辺境にある変わった魔女のおとぎ話の存在は知っていても、話の内容自体は数話程度しか知らない。初めてこの世界に降り立った後、瀬名が憶えねばならなかったのはこちらの国々の言葉や文法、生活習慣、地理、膨大な国法や領主法、魔術や魔物に関する知識、おとぎ話よりもまず神話。

 つまり優先順位が低いために後回しにされてきて、それでも知りたいと願うほど興味をそそられなかった。

 

 ――ミラルカは違っていた。


 不思議な青い小鳥と魔女のやりとりは、彼女の常識や経験ではまるで想像もつかないものだった。

 まるでそこに実物が存在するかのような〝映像〟を用いた〝遠話〟の術。

 絶句し、目を白黒させていたところに、あの会話である。

 内心で緊張しまくっていただけに、落差が激し過ぎて笑ってしまったのだが。

 

(し、しまったわ! へそを曲げられたりしないかしら!? そうなったら私のせいよね!?)


 どちらもポーカーフェイスが上手いせいで、互いが互いの心証を悪くしてしまったのではないかと内心で慄く構図が出来上がった。

 幸い、相対しているのは二人きりではなく、ミラルカの横には救済者がいた。


《緊張せずとも構わんぞ? あの程度でセナはそうそう怒ったりせん》

《そ、そう? でもわたくし、さっきとても失礼だったのではないかしら?》

《え、女王様なんか失礼なことしたっけ?》

《アスファ! だからあなたはもう!》

《痛てっ! んだよ!?》

《非公式って言葉をご存知!?》

《あっ。……や、でもさー、どうせこの部屋で聞いてるのって、俺らしかいないしー……》

《そういう問題じゃありませんのよっ! いいからあなたは黙ってなさいな!》


「…………」


 なんとまあ、呆れつつも微笑ましい光景であることか。

 性根を叩き直すにはどこから手をつけようと、黒い笑みを誘われずにいられなかった問題児達が懐かしい。

 見れば女王ミラルカも微笑ましそうにしていた。これだけで彼女が型通りの〝ご立派な女王陛下〟ではないとわかる。


(無礼な! て怒らずに自分の非礼を先に気にするとこはフェリシタと同じかな)


 己の〝はしたない〟失敗を居丈高な態度で誤魔化そうとしない点も好印象だ。

 瀬名は自分の恥や失敗は有耶無耶に誤魔化す派なので、この隙にさっさと話を進めてしまうことにした。


「初めまして、セナ=トーヤです。あなたのことはなんて呼べばいいかな?」

《っ! ――初めまして、わたくしのことはミラルカとお呼びください。あなた様のことは、どのようにお呼びすればよろしいでしょうか?》


 どことなく瞳が潤んでいるのは、先ほどの笑いを引きずっているからだろうか。


「好きなように呼んでいただいて結構ですよ、ミラルカさん。言葉遣いも話しやすいのでいいですから」

《……では、魔女様と。わたくしに対しても、畏まった言葉遣いや敬称は不要です》

「そう? ありがとう。じゃあ、遠慮なくそうしますね」

《はい。お願いいたします》


 敬語だの何だのは使い分けが難しくて苦手だ。適当な素の言動で構わない相手は、円滑な進行に不可欠だと瀬名は思う。

 一区切りごとに無礼だのマナーがなっていないだの、本題と関係のない文句ばかり言いつのる輩は多少有能であっても除外。そう徹底しているので、瀬名と直接言葉を交わすどのメンバーにもその手合いはいなかった。

 何を解決するでもない不毛な文句にえんえんと付き合わされれば無駄にストレスが溜まり、時間を食い潰され、そのデメリットを相殺できるだけのメリットをそいつがもたらせるかといえば、まず無い。

 そんなふうに自分の気分と都合を優先してもらっている分、こちらからも無意味に相手を疲れさせる文句は言わないようにしようと心掛けている瀬名であった。

 ちなみにアスファ達の茶々は無駄に分類されない。お子様の言動を許容できない短気で神経質な者の良いあぶり出しになる。

 意外なようだが、黙して耳を傾けているカシムの機嫌も悪くなかった。彼は本気で不愉快になったり傷付いたりすれば、雰囲気も表情も完全に〝無〟と化すので微妙にわかりやすいのだ。カリム情報である。


「ウォルドのほうはどうだった? 魔の山」

《やはり、滅多にいない強い種が多くなっていた。数も増えている》


 ウォルドは彼が別行動を取っていた間、アスファ達が道中で遭遇したふもとの魔物討伐についても簡潔に説明した。

 エセルディウスやノクティスウェルの力にも頼らず、アスファ達の本来のランクからすれば結構な大物を手際よく倒してのけたようだ。


「へえ、やったじゃん?」

《へへっ、おうよ!》

「ここで調子に乗ってコケたり――」

《もち、しねえって!》

《肝に銘じておりますわ》


 有頂天になって足もとが危うくなっている雰囲気はない。これならば確かに大丈夫だろう。瀬名は頷いた。

 次にゼルシカ達の道中についても尋ねる。こちらも予定外の魔物と遭遇したらしく、念のために渡しておいた赤い悪魔がまさかのお役立ちだったようで、カシムがどこか遠くに視線を逸らしていた。

 誤爆や自滅の危険性を減らすために液体と丸薬状にしたのだが……粉末にしなくてつくづく良かった。瀬名は胸を撫でおろした。


《そういえば、ゼルシカさんのお土産もらった連中はどうなったのかな?》


 カリムが不意に尋ね、それについてはARK(アーク)氏が答えた。

 東突入班が海岸沿いの隠し通路の入り口を急襲した際、最も近くにいる仲間へ襲撃を報せる伝書鳥が放たれていた。が、鳥がお仲間達のもとに到着した頃、彼らはゼルシカからの差し入れで、ぐっすり気持ちよくおねんねの最中だった。

 目覚めた頃には自分達のとんでもない大失態が確定しており、逃亡派と隠蔽派とお叱り覚悟で報告する派に分かれた。対処は遅れに遅れ、どうやら殺し合いに発展したらしい。

 そうこうしている内に、定期報告がないと不審に思った別の封鎖区域の担当者が訪れ、ひと悶着のあとに逃亡派を全員捕縛したはいいものの、さてこれどうしようかと目下相談中、なのだとか。


「え~? じゃあそいつら、ひょっとしてまだ上に報告してないの?」

《そのようです。どう足掻いても取り返しのつかない失態ですから、少しでも罪を軽減してもらうために犯人を捕らえようという結論に達したようで》

「勝ち目の存在しねえ賭けに出ちまったか……捕まえられなかったらどうしようとか思わねーのかね? 緊急事態の報告遅れたら、余計に罪重くなると思うんだがなぁ」


 勝てない賭けには手を出さない主義のグレンがつい割り込み、ARK(アーク)氏は《ごもっともです》と相槌を打つ。


《とりわけ出入口付近で詰めておられた方々には厳しい私刑が加えられたようです。中には何故か斬新な〝化粧〟を施された方もおられたらしく、涙なくして語れない目に遭われていましたよ》


 その瞬間、東班の面々の視線が一斉にカリムへそそがれ、当のカリムはとてもいい笑顔を浮かべていた。

 犯人は判明した。動機は不明だが。


 そして次にミラルカの順番が来た。

 ゼルシカ達がどんなルートを通って南下したかを最初に聞いた時は、さすがに耳を疑ったらしい。

 そして彼女は即座に、南方諸国に内通者がいる可能性へ思い至った。


《まったくもって腹立たしいのですが、間違いなく〈ガラシア都市同盟〉に帝国の共犯者がおります。そうでなくばあの通路は、完成する前に必ず目に触れてしまう。そうならなかったのは、あの近辺の海域へ一般の商船や漁船を入れなかった者がいたからです》


 ミラルカは、既にあたりをつけていた。

 脅されているわけでも、操られているわけでもない――少なくともそういう自覚のない〝協力者〟がいるのだ、と。


「そいつら、帝国と協力関係なんて築けると本気で信じてるのかねぇ?」

《信じているのでしょう。「まさか自分達が侵略される側にはならない」と》


 何故なら、帝国の目はずっと北方諸国、とりわけ邪魔なエスタローザ光王国へそそがれていた。長い歴史の中、かの国の打倒を掲げてきた帝国が、まさか急に矛先を変えるとは思っていないのだ。

 自分達を強襲するのは不可能という慢心もある。距離が遠過ぎる上に、南から北へ向けて流れる潮のために、大軍を送り込むのは不可能というもっともらしい理由もあった。

 利益を提供し合えば、善き関係を築けると思い上がっている。この場合、南方諸国が帝国に提供する利益とは、通り道の建設と利用を邪魔しないことだ。

 その〝通過のためだけの道〟が実際にどの程度の規模になるか、その連中は果たして正確に知っているのだろうか?

 それに――。


「帝国がそいつらに約束した利益って、光王国やその周辺諸国を制圧した暁には、領土を分けっこしようとかそんな話かな」

《わたくしもそう考えております》

《はあぁッ!? んだよそれ!?》

《アスファ、静かになさいっ》

《気持ちはわかりますけどね…》

《そうだよアスファ、我慢だよ我慢……僕もびっくりしたけどさ》

《ご、ごめん》


 アスファは素直に引っ込んだ。彼の叫びはこの場にいるほとんどの心を代弁していたので、あまり強く咎める者はいなかった。

 瀬名は小さくため息をつく。〈ガラシア都市同盟〉は海千山千の集まりではなかったのか? 小者感の酷さに腹が立つを通り越し、呆れ果てるしかない。


《残念ながら、かつては、という注釈がつくのです。わたくしの印象では、昔は間違いなく彼らは大商人だった。けれど現在は、ただの貴族に過ぎません。貴族とは呼ばないだけの》


 ミラルカは怒りと苦々しさを笑みに乗せた。迫力のある女王の笑みだった。


《かつて都市同盟の発起人であるガラシアは、同盟都市の代表者達に、己の後継者は他人から選ぶようにと定めました。決して二親等以内の血族から選んではならないと。しかし後の時代になり、それを「古臭い無意味な決まり」と言い出して破る者がおり、現代においてはほぼ世襲です。まったく、本当に愚かな》


 それを破ってどうなったか。血縁に目がくらみ、無能な息子を後継者に据える者が続出したのだ。よくある話である。

 そういう事態を防ぎ、質の低下を招かぬよう、ガラシアはそんな決まりを設けたはずなのに、後世の連中が崩壊させてしまったわけだ。

 身分は貴族ではない。ただし豪勢な暮らしに浸かりきった裕福な商人は、時に貴族と変わらない。


《自分達は海千山千の大商人であり、容易く手玉に取られはしないと彼らは誇らしげに言うのです。ですがわたくしに言わせれば……危機感の薄い貴族でしかありません。商人ですらないわたくしを転がすことさえできないというのに》


 パナケア王国の首都が都市同盟に参加し、長い年月の中、たかが王族は彼らから見下されてきた。経験を積んだ商人にかかれば王侯貴族など、舌先三寸で丸め込まれてしまうからだ。

 女王ミラルカが傑物であっても、都市同盟が初期の理念を失ってさえいなければ、対等に渡り合うぐらいはできたはずだったのに。


「……都市同盟については、お任せしていいかな?」

《お任せください。裏切者を決して野放しにはいたしません》


 怒れる美女は怖かった。


「頼もしいけど、命に関わりそうな無茶はしないようにね。ウォルド、アスファ、ゼルシカさん、ミラルカと息子さんの護衛をお願いできる?」

《むろんだ。言われるまでもない》

《ウォルド……》

《もちろんだぜ!》

《そいつぁ当然さね。――ところで、ほかに何かするこたないのかい? こういう言い方はあれかもしれんが、護衛のためだけにあたしらをこっちに寄越したわけじゃないだろ?》


 ゼルシカは一歩進んで鋭かった。はっと息をのんだ面々がゼルシカと瀬名を見比べる。

 瀬名はさすがだな、と思いつつ「ウン」と頷いた。


「もう少ししたら魔王追い込んで仕留めるから。そっちの大物、もし呼応して出てきたら倒しといて欲しいなって」

《…………》

《…………》

「………………」


 …………。


《――ッはああああ!?》

《えええええ!?》

「んだとぉお!?」

「ちょっとセナどういうことかな冗談きついよ!?」

《何ぃぃぃ!?》

《ま、まお……って!? 嘘だろ!?》

「…………」


 嘘でも冗談でもない。瀬名は心から本気であった。

 ――こういう反応になるのがわかっていたから言わなかっただけで。




全員揃うと賑やかになりました。

都市同盟は、能力よりも親の欲目で我が子に跡を継がせるのが続き、年々質が低下してしまったのでした。

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