200話 恐ろしい誘惑
短めですがとうとう200話。
ありがとうございます。
すげえすげえとはしゃぐ子供達の声に、ほんわり和まずにいられない。
天敵ばかりの殺伐空間で何日も過ごしたせいか、勇者パーティの周辺から癒やし成分が満ちてゆく。
大人組の全員が似たような表情を浮かべているのは錯覚ではないだろう。
(うん。やっぱり幼いよなあ。なごむ)
アスファ少年はもちろん、エルダやシモンはまだ十代の若さで、実年齢と精神年齢に齟齬がない。
最年長のリュシーでさえ二十代前半。過酷な人生経験による落ち着きを備えている一方、自己肯定感は最も低く、無用の不安に囚われて足踏みをするタイプだった。アスファにぐいぐい引っ張られ、エルダにちくりと嫌味を言いつつ、素直なシモン少年から尊敬されるのをくすぐったく感じ、気付けば前向きに歩けるようになっている――強引に歩かされている、とも言える。
そして、落ち着きのある大人がひとりでもいれば、無意識に子供組は安心するものだ。はじめに想像していたよりもずっと、相互にいい影響をもたらすパーティになっていた。
けれどまだまだ成長途上。幼さについては如何ともし難い。
おそろしいほどの将来性については疑うべくもないが、現時点では無邪気さが勝る若者達の集まりだった。
(こんな若い子だけに人類存亡をかけた究極ミッション成功させろとか、いい大人が無茶ぶりすんなっての)
勇者だの半神だのといった肩書を利用し、彼らに重責を負わせる気など瀬名には毛頭ない。
それを本気で押し付けるために、勇者獲得に動いていた連中が何人もいたらしいのだから呆れたものだ。
過去形ではなく現在形で存在しているようだが、青い小鳥氏が〝さまざまな知り合い〟と何やらその連中の処理についてお喋りしていた……そんな噂を小耳にはさんだので、未来形の心配まではしなくてもいいけれど。
「そちらは誰も怪我とかしてないかな?」
《おう! 途中で時々トラブったりしたけどな。なんとかなったぜ!》
トラブルか。
どんなトラブルだろう。
そんな報告、ARK氏からは一度たりともなかったのだが。
瀬名のか弱いハートは「訊くな」と強硬に訴えてくるが、経験上これを放置しておけば、もっと心臓に悪い結果になりそうだった。
「……ARKさん?」
《はい、マスター》
向こう側のテーブルの上に、ちょこんと青い小鳥の姿。
「何事かあれば連絡を寄越すっつったろ? EGGSなりBeta達なり通信手段はいくらでもあったろうが?」
瀬名とARK間で現在念話は使えない。〈スフィア〉もしくは青い小鳥から一定以上の距離を開けてしまうと、タマゴ鳥や雪ダルマ達を中継地点にしても、ノイズが酷くなってほとんど聴き取れなくなるのだった。
《報告すべき事案は発生しませんでしたので》
「事案て何だ事案て! ――一応、こういう時の決まり文句として訊くだけは訊いておくけど、そちらの首尾はどんな感じだった?」
《はい。造船技術と一時的な船大工の提供者、および海産物の輸入先を確保いたしました》
「君はいったい何をしに行っているのかな!?」
まずい、一羽だけなんか目的の違う奴がいる。
全員の視線が青い小鳥に集中し、その次に瀬名へ一斉にそそがれた。
周囲から突き刺さる視線が痛い。痛すぎる。お願いこっちを見ないで。
《こちらの海域に生息する〝飛び魚〟なる魔魚と遭遇いたしました。討伐直後の新鮮な身をこちらの方々に調理していただき、アスファ達が試食した感想によれば、なかなかの美味とのことです。川魚より遥かに種類も豊富、より味わい深い魔魚もいるとのことですが》
「クッ!? ……き、きさま……ッ!」
《なお、流通経路が確立するまではマスターの個人輸入という形で少量を手配していただく予定となっております。運搬については精霊族の皆様が請け負ってくださいました》
「魚を運ぶためだけにこやつらを動かすか!? どんな対価を払った!? まさかタダ働きとか言わんよな!?」
失礼なのは承知の上で、瀬名はシェルローヴェンがいるであろう辺りを指差した。
あまりのことに怖くて顔が見られなかった。
《魚料理のレシピを提供いたしました》
「それから!?」
《それだけです》
「………………」
恐怖心がすこんと抜け落ち、ぐりんと顔を横向けてシェルローヴェンのほうを見た。
ほぼ同時に視線を逸らされた。
「シェルローさん?」
「初耳だ。その件にわたしは一切関与していない」
「目を合わせてもう一度言ってみようか?」
「請け負いそうな者ならいる」
「ほほう誰かね。怒らないから正直に懺悔してごらん?」
「多過ぎて特定できない」
「……待ちたまえシェルロー君。キミ達はレシピで買収されてしまうのかね? 精霊族の矜持とやらはどういう構造をしているのかね?」
「……返す言葉もない」
精霊王子が額を押さえた。ただのポーズだけではない。
(マジか。え、ちょい待ってこれ、もしかして私が慰めてフォローすべき案件?)
というより、謝罪案件ではないか? 何せ、持ちかけたのは確実に瀬名の小鳥である――。
そこに当の青い小鳥が悪びれもなく追い打ちをかけた。
《マスター。彼らが快く引き受けてくださったのは魚だけではなく、海産物の運搬です》
「それがどーした!?」
《新鮮な貝類、海藻類、硬い殻の中からぷりりとした身が》
「うっ……ぐ、き、きさまッ……!?」
《シンプルな塩味、バター醤油。炭火焼きだけでなく鍋も良さそうです。ライスと一緒に香ばしく炒めても良し、クリームと一緒にパスタに絡めても良いでしょうね》
「…………ッ!!」
悪魔だ。ここに悪魔がいる。
瀬名は思考回路を侵略してくる美味しそうな想像に頭を抱えた。
新鮮な海産物。なんたる誘惑か。はっきり言って食べたい。
おかしい。自分は今どこにいるのだったか。空腹でもないのに、何故よだれが口中に溢れてくるのだ。
もしや精霊族の皆も、こんな恐ろしい台詞を耳に吹き込まれて――……?
《ふっ…………く、ふ、ふふ……》
《…………ミラルカ》
《ご、ごめ、なさい…………つい……》
《…………》
「?」
聞き覚えのない女性の声に、瀬名は顔を上げた。




