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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
西の山脈国
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199話 不穏な記録


 鍵の魔術式は瀬名の知識にないものが使われていた。強引に開けようとすれば中身を破損させるたぐいの術もあり、ここは精霊族(エルフ)に頼んだほうが確実だった。

 引き出しの中に隠されていた冊子を取り出し、文机の上に並べる。

 それから書棚を調べていた際、触れた瞬間にぴり、と静電気の走る感覚があった何冊かも引き抜いた。


「一番上、私でも届かないな。踏み台壊れてるや」

「どれだ?」

「ええと」


 す、と背後を覆って接する気配に、瀬名は妙な安心感と、妙な緊張感を覚えた。


(背高いなぁ。今じゃ私もそんなに小さくない、はずなんだけどな)


 東谷瀬名が百六十センチの平均身長だったのは昔の話。あの頃より十センチ以上大きくなり、こちらの国々でも女性として長身の部類に入る。なのに体格差がこれほどあるなんて。

 瀬名よりも体格の大きな筋肉ムキムキのゴロツキ、凶暴そうな魔獣などが間近にいる時とは別種の緊張感があった。敵と違い攻撃できない相手、なおかつ強さを知っている相手が死角に立っていれば、理屈抜きで肩や背に力が入ってしまうのだろう。

 そう結論づけ、つとめて平静を保ちながら書棚の一番上を指差す。


「あのへんと、あのへんが気になる」

「これと、これか。これもだな。……触れねばわからんほどに巧妙とは。ここにいたのは間違いなく実力者だな」

「だね」


 シェルローヴェンの魔力や魔術に対する気配察知能力は、瀬名の精神に刻まれた〈精神領域刻印型魔導式(グリモア)〉による魔素検知と遜色がなかった。精霊族(エルフ)もやはり魔素という概念を持っていなかった割には、無意識に差異を感じ取っているとしか思えない。

 より詳しいほうが一歩先にいる。魔素の流れ、操り方は瀬名に軍配が上がり、魔術の知識や細かい癖などについてはシェルローヴェンのほうが上だった。


「おまえさんらが二人とも口を揃えて褒めるってなれば、すげー奴がいたもんだな。意外と肩書だけじゃなかったっつーことか」


 グレンが感心しつつ言った。内心、こういうところに好んで来る連中は、たいした実力もないのに己を特別と勘違いした手合いなのではないかと疑っていたのだ。

 瀬名はそれについて特に答えず、受け取った書をぱらりとめくる。何の変哲もない、この土地の気候に関する記述――いや、視界がブレる不快感があり、文字が二重になった。

 目を凝らせば下の文章が明瞭になり、もとからあった文章と入れ替わる。そこから何ページかめくっても前後の文章にちぐはぐな箇所はなかった。先ほどの段階で、すべてが入れ替わり済みになっているようだ。


「実際に触れている人物の目でなければ読めない仕組みだな」


 シェルローヴェンが別の冊子を開けて瀬名に見せた。これもごく平凡な内容だったはずが、瀬名がその表面に触れてみると、同様に文字が変わった。


「手に取りさえすれば、誰でも読めるってことにならない?」

「なるな。だが、あの魔道具でこの部屋自体がさりげなく、他者の意識を遠ざけるようになっていた。これは侵入者対策ではなく、遠視の術による監視への対策だろう」

「遠視。――見られるのを常に警戒してた?」

「おそらくは」

「じゃあこの鎖を外したり、部屋の外に持ち出したりしたら文字が全部消去されて読めなくなったりするかな? 私が見た限りじゃ、そういうのはなさそうなんだけど」

「ないな」


 あっさり断言した。いわく、この部屋全体に効果を及ぼしていた魔道具の術式も、この書物に施された隠蔽の術式も、どちらも高度で強力だった。

 より強力であるがゆえに、性質の異なる術式をあれもこれもと同時に設定すれば、どちらかが上手く発動しないリスクが高まるらしい。あらためてこの書物をじっくり観察しても、隠蔽の術式以外は設定されていないとのことだ。


「欲張って詰め込み過ぎると動作不良を起こすってやつか」

「そうだ。ほら」


 書棚と冊子を繋いでいた鎖が、青年の手の平の上でパキン、と音を立てて砕けた。


「っと! いきなり切るかよ?」

「消えていないだろう?」

「そうだけどさ! 予告ぐらいしてくれんかね、もう……」


 ぶちぶち文句を垂れつつ、目ぼしい書物を文机に積み上げ、瀬名は念話でBeta(ベータ)に問いかけた。


Beta(ベータ)君や?≫

≪ハイヨ、マスター≫

≪これ全部、タマゴ鳥のスキャンにも引っかからなかったんだけど。あんたはどう?≫

≪俺っちにも引っかかりまセンや。俺っちには白紙の書物に視えヤス≫

≪白紙?≫

≪インクの色素、成分、ペン先で紙面を引っ掻いた際に生じるわずかな溝ってヤツが確認できないンでさぁ。何が書かれてンのか、俺っちにはサッパリ≫

≪そっか。……ここにいた人がそれを狙ったわけじゃないんだろうけど、これはちょっと、称賛に値するよね≫

EGGS(エッグズ)や俺っちをカンペキ欺けるっつー人、この世界じゃ稀有ッスよ≫


 Beta(ベータ)は自信過剰な発言などしない。それは純然たる事実だった。

 わざとではなかったのが救いだ。それに、簡単に真似がきく方法ではない点も。


「ちゃんと神聖魔術なんだね。聖霊系の魔術っぽいけど」

「すべて位階の高い神聖魔術だ。そこらの大神殿でも、同じ術を使える者はそういないな。格の高い資格保有者となれば、性格もまともな人物であったはずだ」


 話している間に、また魔蟲がぞろりと寄ってきた。瞬時に役立たずと化した瀬名は涙目になりながら安全な盾の背後に逃亡し、その間にグレン達が手際よく始末する。

 この場でゆっくり読むのは無理そうだと判断し、いったん皆で空中庭園まで引き揚げた。





 瀬名が用意していた謎荷物シリーズの中にはテントもあった。放り投げれば数秒でぽんと設営可能、手間いらずの優れものだ。

 皆の荷物に分けて入れており、広げた際にそれぞれを連結させれば全員が寝泊まりできる広さにもなる。

 ただし道中で寄った山道の休憩所よりも狭いので、さすがに今回は男性陣、女性陣のテントを分けた。

 魔蟲には身を隠しやすい建物内から出たがらず、空中庭園には近寄らない種が多い。シェルローヴェンが庭全体に結界を張り、Beta(ベータ)が魔物よけの防御網を敷いた。建築物の高さや幅、壁や柱に邪魔をされず、蟲よけは外のほうが楽だった。

 太陽が沈んでも、彼方の空には相変わらずおぞましくも幻想的な花畑が咲き誇っている。陽光に照らされた地上を映しているわけではないのだから。


 精霊王子が断言した通り、書物の中身が消去されることはなかった。

 それは日記であり、歴史でもあった。監視人を欺きつつ、確実に後世に遺すために細心の注意が払われていた。

 食事休憩を挟み、仲間達が見守る中、瀬名とシェルローヴェンは黙々とそれらを読んだ。この二人以外は読めるが読めなかった。古く難解な神代文字で書かれており、セーヴェルやローランは簡単な単語なら読めたが、文章となるとお手上げだった。時代が違えば、同じ国の言葉でも言い回しや文法が変わる。遠く離れた他国ならばなおさらだ。

 何度も同じことを説明するのは面倒なので、瀬名はウォルドやゼルシカ一行が合流した後、全員の前で話すつもりだった。が、邪魔をしないよう黙ってくれている彼らに申し訳なさを覚え、これぐらいならと口をひらいた。


「最後にここにいた高位神官は、やっぱり二人だけだったみたいだね。それから、料理人とか洗濯係とか、身の回りの世話をするための労働奴隷が全部で十数名ぐらい」

「明確に決まりを破っているのに、資格を失わずに済んだのは何故なのかな?」


 ずっと気になっていたらしい。ライナスが尋ねた。


「彼ら自身は破ってなかったからだよ」

「……抜け道?」

「そうじゃない。彼らは監視されてたんだ、奴隷達に」

「なんだって?」

「穏やかじゃねえな。つうこたあれだ、その高位神官二人の動向を見張ってる誰かが、奴隷を用意した主人ってことか」

「あたり」


 騎士達は苦々しい表情で押し黙り、漠然と生臭神官を想像していた自分達を少し恥じた。その話が真実であれば、ここにいたのは被害者なのではないか。


 翌日も神殿内の調査を続行した。天敵が時おり出没するために、瀬名にとっては遅々として、それ以外の面々にとってはBeta(ベータ)が複雑な内部構造もまるっと教えてくれるおかげで非常に速く進み。

 結局、はじめに発見した部屋の書物以外に目ぼしいものはないとわかって調査が終了となった頃、ウォルド一行とゼルシカ一行が合流を果たした。





 東班が南班と合流し、協力者のもとに滞在することになった。

 そして協力者の都合がつき、全員が揃うことになった。


《んじゃ、始めやすゼ~!》


 庭園の中央で雪ダルマもどきが宣言し、今までよりひときわ大きな画面が空中に展開された。

 その途端――


《うおわぁっ、マジかッ!?》

《きゃっ……》

《おお、凄いもんだねえ》


 懐かしい声。懐かしい顔。懐かしい反応。

 何故だろう、こんなにも郷愁をそそられるのは……。

 



次話、やっと南班の方々と通信です。

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