表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
たびびとレベル1、始動
20/316

19話 十六歳、はじまりの町で、その顛末 (前)


 ドーミアの城下町は光王国内では中規模に入り、都市と呼ぶほどの規模はない。

 とはいえ、端から端までの直線距離が、およそ五キロ前後はある。坂道や段差、水路なども多いので、移動手段が限られている世界では、まず一日ではすべて回りきれない広さだ。

 最も外側にある防壁の北と南にそれぞれ門があり、南門を出てさらに南下すれば、国境砦が見えてくる。〈黎明の森〉から、西のドーミア方面へ流れゆく大きな川には橋がかかっておらず、舟もないので、その川をまたぐ形のドーミアを通過しなければ国境へは行けない。

 北門と南門以外にも、緊急避難用の門が何ヶ所かに設けられているけれど、普段はかたく閉ざされている。

 有事の際は、この町が後方支援の役割を果たしつつ、万一国境砦が突破された際には、新しい防衛線として機能するようになっていた。

 

「こんだけ立派なのに、都市って呼んじゃ駄目なの?」

《かなり栄えているほうですが、この国の基準ではぎりぎり〝町〟に該当します。それに町全体に満遍なく人口が密集しているわけではなく、特産の果樹園などが占めている土地もありますので》

「なるほど。総人口か…」

《それにギルド支部があるので討伐者を多く見かけますが、彼らは全員がドーミアの出身というわけではありませんよ》

「あーそっか! 依頼で来てる人とかいっぱいいるわ、そういや」


 一見すればドーミアはたくさん人がいるようだけれど、全体的にのんびりと開放的な空気が漂っているし、広々とした場所も多い。

 かつて通いつめていたカフェで窓の外に映し出されていた、明るいイタリアの町並みが一番イメージに近いかもしれない。もちろん窓の向こうにあるのは、どこまでも続く世界などではなく、精巧に作られた映像を流すための機械だったのだけれど。


 馬車を引くのは厳密には馬ではなく、魔馬と呼ばれる生物だった。人と共存することが可能な魔獣の一種らしく、馬の体格をひとまわり大きくして、肉食獣の要素を足した外見をしている。筋肉質で口元から牙が覗き、瞳孔は縦に細く裂いたような形。足は猫科の猛獣に似ており、出し入れ可能な鋭い爪を持っていた。

 他にも、魔馬並みの巨躯を誇る鳥もいた。(くちばし)からふさふさの羽まで、カラスを髣髴とさせる漆黒の巨鳥は、空は飛べないけれど魔馬に負けないパワーがある。足首部分から下だけが雪をまぶしたように真っ白なので、そのまま(ゆき)(あし)(どり)と呼ばれていた。

 魔馬と雪足鳥は、価格も飼育の手間もさほど違いはないが、前者は平原に強く、後者は山に強い。どちらを利用するかは、利用者の行動範囲と好みによるのだそうな。


「どっちも飼ってみたいけど、(うち)じゃ飼えないよね……」

《常時繋いでおかなければ、確実に迷ってしまうでしょうね。特に〈スフィア〉近辺は鉱脈の中心部が真下にありますので、右へ行こうとして左へ進んでも気付かないほどの狂いが生じます》

「方向音痴どころじゃないわそれ。散歩でリフレッシュどころか、ストレス溜め込みそう……可哀相だからあきらめるか」


 目に映る生物はどれも、地球の動物とどこか似ているようで違っている。

 犬に限りなくそっくりな生き物や、猫に限りなくそっくりな生き物もいたけれど、実はどれも魔獣の一種だった。

 食物連鎖に魔物が組み込まれているこの世界において、普通の動物では生き残れない。

 魔素や魔力の影響を受け、進化の過程でゆるやかに魔獣化した生物が生き残るのは、自然の(ことわり)と言えた。





「ロレガノ爺さんの串焼き店で喰ったことあるか? 煮ても焼いても硬すぎて喰えやしねえ()(がん)(とり)の肉がな、爺さんの腕にかかれば嘘みてえに柔らかくなっちまうんだよ。〈青い小鹿〉の場所は知ってるだろ? あの近くだ。祝祭期間しか店出してねえからな、喰い逃したら損だぜ!」


 人口密度が普段から数倍に膨れあがった街路をつっきり、念願の串焼き肉を一年越しでゲットした。

 それも何故か、すっかり顔なじみになってしまった領主の息子と、高ランク討伐者のおごりでである。


「ありがとうございます、食べたかったんですよこれ。去年はひと足遅く売り切れちゃってたんですよね」

「あ、ひょっとして例のどさくさで喰いそびれたんか?」

「ええ、まあ」

「あ~、なんつうか、悪かったなそりゃ」

「本当にその節は迷惑をかけたね……」

「いえ。お二人のせいじゃありませんし」


 城壁の上の通路にベンチを用意し、三人でしこたま買い集めた屋台料理を並べる。

 三月下旬。年間平均気温の低いこの国において、冷たい敷石にそのまま座るにはまだ早い季節だ。せっかくまだ湯気をたてている食べ物も、石の上に直置きなどすれば、すぐ冷え切ってしまうだろう。

 背もたれのない椅子を適当に置き、おのおの自由に座って食べた。


「ん~、んめえっ」

「わ、ほんとに美味しい……」

「だろ!?」


 期間限定・()(がん)(とり)の串焼きは、舌の上でとろけそうな触感と、秘伝のタレのハーモニーが絶品のひとことに尽きた。

 まさに病みつきになりそうな食べ物で、多めに購入したにもかかわらず、あっという間に食べきってしまった。


 ところで、城壁の上という場所は、兵士達が警備や防衛のために利用する所であって、一般人は立ち入り禁止である。なのに三人がこんなところで呑気に遅めの昼食を楽しめているのは、領主の息子の顔パスだけではなく、領主本人が許可を出しているからだ。

 職権乱用という禁句が脳裏をかすめたが、春祭りで町じゅうが混雑する中、周囲を気にせず落ち着いて食べられる場所の心当たりが他になかったので、誰も何も気付かなかったことにした。


「あれから一年か……」

「ああ、早いもんだな」


 何気ない呟きに、本日もセクシーでダンディな長靴をはいた猫が相槌を打ってくれた。

 同意を返してくれるのは嬉しい。親しく会話できるだけで天にも昇る心地なのだけれど、残念ながら、逆の意味で言ったのである……。

 しかしあえて訂正はせず、瀬名はもっちりとした食感のパンにかぶりつく。

 タマネギに似た野菜と何かのミンチ肉を詰め込んだ、このあたりの地方ではよく食べられているおかずパンで、塩気はやや薄いが、なかなかの美味だった。

 焼きしめた固いパンと違って日持ちはしないけれど、保存食ではなく、その日のうちに食べるためのパンだから問題ない。冷めにくいミンチ肉がいい具合に熱々で、ハフハフ。

 ちなみにこの国、食事が結構舌に合う。これもこの国に来て良かった点である。


 ドームにいた頃は月日の経過がとてつもなく速く感じられていたけれど、今は異様に長く感じていた。毎日が濃縮された新鮮な情報と経験に満ちており、時間の密度が凄まじく違うのだ。

 それに拍車をかけた最大の原因は、間違いなく目の前にいる二人だろう。

 今後関わり合いになるまいと思っていた領主親子と高ランク討伐者に、何故かあの後もちょくちょく会い、気軽に言葉を交わせる間柄になってしまった。

 気ままに訪れる〝セナ=トーヤ〟に、誰も何の詮索もせず、堅苦しい礼儀も要求してこないものだから、油断して、気付けば普通のお喋り友達になってしまっていたのである。


 正直言って、領主親子は眼福だ。性格も好ましい。

 が、だからといって、己の身の丈に合わない人種とは関わり過ぎたくない。高位貴族が美形で好人物、それだけで終わるはずがないのである。

 長靴を履いた猫は理性の崩壊の危機という意味で危険だった。ARK(アーク)氏のおかげで無表情を取り繕えているけれど、いつなんどき「触らせてください」と変態発言が飛び出すかわからない、常に己との闘いを強いられる相手なのである。


 ――なのに、気付けば何故かこんな状態に。


 そうなれば必然、領主親子の部下とも顔見知りになるし、グレン経由で他の討伐者にも知り合いができる。小鳥とAlpha(アルファ)Beta(ベータ)しか話し相手のいなかった日々からすれば、短期間で一気におそろしく知人が増えた状況だ。


 たまに話す騎士達によれば、やはり他の貴族領ではこうはいかないらしい。グレンもたいがい自由に見えるが、長年ギルドで実績を積み上げ、聖銀(ミスリル)クラスに至った彼は、下手な貴族より身分が保証されているのである。

 ある日突然、ふらりと現われた瀬名と一緒にしてはいけなかった。瀬名は特別扱いされているのだ。

 それは〝セナ=トーヤ〟が〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟であり、法を犯してでもいない限り、束縛や強要のたぐいはご法度という暗黙の了解があるからだそうな。

 もちろん己のプライドを優先し、「はッ、たかが魔法使いごとき!」というタイプの領主もいるらしいが、民衆には嫌われるとのこと。


(つうか私、魔法使えないんですが?)


 あくまで〝魔女のお使い(パシリ)〟だと最初から言っているのに、セットで実力者と認識されている。

 魔女の弟子と印象づけるためにセナ=トーヤと名乗り、〝レ・ヴィトス〟を否定しなかったばかりに、こんなことになってしまった。

 ARK(アーク)(スリー)は問題ないと言うが、騙されている気がしてならない。


「ときにライナス、姫さんはどうした? 祭り前には来る予定だったろ?」


 本日非番の青年は、さりげなく上品な貴族服に身を包み、帯剣してはいるものの、ゆったりと優雅にくつろいでいる。


「昨日の夕方頃にはいらっしゃる予定だったんだよ。だから今日からしばらく、予定を一切入れていなかったんだけどね。行程がずれ込んで、到着は明日になるって連絡が来たんだ」

「途中でなんかあったんか?」

「ああ。どうも、慣れない旅で体調を崩されたみたいでね……」

「ありゃまー……」


 グレンが目をまるくし、ライナスがため息をついた。


「降って湧いた休暇ってわけですね。あの王女さんが来たら毎日が激務だろうし、今のうちにゆっくりのんびりしといてください」


 つい同情をこめて労わりの声をかけると、何故かライナスとグレンが二人ともきょとんとした様子で見返してきた。


「もしかして、昨年の彼女だと思ってる? グレンから聞いてなかった?」

「ああ、そういや言ってねえな」

「?」


 首をかしげ、そういえばこの国は一夫多妻制だったなと思い出す。


「まさか婚約者、二人いたんですか?」


 心の中で「さいてー」と付け加えた。

 が、ライナスは「いいや」と首を横に振った。


「我が家は代々が一夫一妻主義だよ。普通の貴族に嫁ぐより苦労させるから、その代わり妻はひとりしか迎えないんだ」

「庶民は一夫一妻が多いんだがな、貴族じゃめずらしいぜこういうのは。……まあ要するに早い話が、婚約者が変更になったのさ」

「へえ?」


 二人は昨年の顛末を語り始めた。




◆  ◆  ◆




「そういやあのお姫ちゃん、どうやってまんまと外に出られたんだ? 護衛騎士がついてたはずだろ?」


 当然の疑問に、辺境伯親子がそろって眉根を寄せた。

 そんな表情をするとそっくりだな、とグレンは場違いに微笑ましい感想を抱く。


「姫付きの侍女だ。誘拐犯どもと通じていた」

「……そりゃまた。これ以上は聞かねえほうが良さげな話か?」

「構わんよ。今回のこれに背後はない」


 軽い調子で肩をすくめつつ、瞳の奥には隠しようのない怒りがともっている。


「姫の侍女は、かつて政略で嫁いだ相手が、常軌を逸して最悪な男だったそうでな。双方の実家に露見し、離縁の流れとなったらしいが、再婚は容易ではなく、元夫の親族が侘びを兼ねて侍女に推薦したそうだ」

「へえ。野郎はどっかで野垂れ死にすりゃいいな。それで?」

「姫が禁句を口にした。『自由な恋が許されているあなたが羨ましい。心から愛する男性のもとへ嫁げるのだから』と」

「――っはああッ!?」


 つまり自由に恋をしたいからライナス=ヴァン=デマルシェリエに嫁ぎたくないと、そうほざいたわけかあの小娘は?


(阿呆か!? 阿呆だろう!?)


 しかも侍女であれば恋愛自由? なんだその勘違いは。

 王宮侍女はみな貴族令嬢なのだ。政略結婚の箔付け目的で勤める者も多いだろうに、まさかそれを知らないと?


「いや、ライナスと姫が顔合わせをする前の話だそうだ。恋に恋する年頃のようでな、くだんの台詞も深く考えての発言ではなく、王都で流行っていた恋愛物語の悲運な姫君に感情移入し、己をその立場に置き換えておられただけのようだ」

「ああそうかよって、納得できるかおい。ごっこ遊びだろうがなんだろうが、王女の立場でその台詞やべぇだろうが?」

「あいにく、姫はご自身を客観的に省みることがお苦手でな」

「おいおいおい……」

「単に〝自由なき哀れな王女〟をご自分に重ねて酔っておられただけであり、深い意味はないと侍女も承知していたらしいが、苛立ちは年々積み重なっていったそうだ。そしてライナスとの顔合わせ後、姫がそれまでの言動をあっさり翻したことで怒りが頂点に達した。さんざん会いたくないと駄々をこね、周囲を困らせておきながら、一転してライナスとの出会いを『運命の恋に違いない』とはしゃぎだしたそうだ」

「……あ~……侍女に同情するわ、そりゃ……」


 いざ会ってみれば好みの男だったので、コロリと態度を変えたわけだ。もし侍女の立場なら、自分も王女を引っ掻いてやりたくなるなとグレンは思った。

 むろん非力な少女に爪を立てたりはしないが、男相手のように痛めつけて解消できない分、余計にイライラが溜まりそうである。


「『とにかく滅茶苦茶にしてやりたかった』のだそうだ。かつての嫁ぎ先に出入りしていたその筋の男に接触し、姫の耳に市井の賑わいを吹き込み、それとなくお忍び見物をしたくなるように誘導した。そして自分も姫の巻き添えで攫われたように見せかけ、姿をくらます計画だったらしい」

「行動力のある女だな……計画は杜撰だけどよ」


 しかし、個人的には同情するが、侍女にしては我慢が足りないと言わざるを得ない。年上の女なのだから、相手は思慮の足りない小娘と割り切るべきだろうに、何故こんな大罪を?

 グレンの疑問に、辺境伯は薄く笑いながら答えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ