196話 突いてはならない弱点もある
誤字脱字報告ありがとうございます。こんな所で間違えてたとは…!
前回から間があいてしまいました。書ける時間の捻出が難しくなってて亀の歩み(当社比)ですが、次はもうちょっと早めに更新したいと思ってます。
「僕はどうして選ばれたんだろう?」
ドーミアの酒場。グレン、セーヴェル、ローランの前で、ライナスは質問とも独白ともつかない言葉をポツリとこぼした。
人目のあるところでは、聞き耳をたてられても困らない言葉選びが習い性になっている。けれどたまたま客足の少ない空白時間にあたったのか、妙に注目したり気安く声をかけてくる者はなかった。
「僕は凡庸だ。それなりに研鑚を積んできた自信はあるし、無闇に自己卑下をする趣味はない。でも上には上がいることをよく知っている――そう教えられて育ってきた。僕よりも機を見るに敏で、強く経験豊富な者は何人もいるのに、僕が同行者のひとりに選ばれたのは何故なんだろう?」
大人数でぞろぞろ移動すれば行動範囲を制限され、足も鈍る。五名から十名ほどの人数でまとめたほうが効率的だ。
精霊族や灰狼の部族も皆、適材適所で仕事が割り振られているけれど、その程度の人数ならば割けなくもなかったろう。
なのに自分が選ばれたのは何故なのか、やはりライナスにはわからなかった。
「まさか、単純に気心が知れてるからってだけじゃあるまいし……グレンはわかるかい?」
「まぁな。セーヴェルさんとローランはどうだ?」
「推測だが、私も何となく。自分だけではなく、若君やグレン殿、ローランが選ばれた理由もわかる気がする」
「そうですね。私も何となくですが」
「ええ? わかっていないのは僕だけってことか?」
「だっはっは! こいつぁそれこそ人生経験値の差ってやつだな!」
グレンはぽむぽむとライナスの上腕を叩いた。
ここに集う者は全員が間違いなく強者だ。それゆえに、最近〈魔女の森〉に集い始めた強者どもの質が、どいつもこいつも根本的に格が違うと気付けてしまう。
瀬名がいなければ、生涯関わるはずのなかった種族。そんな連中を差し置いて、彼女が自分達を連れて行こうと思ったのはどうしてなのか。
「まぁ、行ってみりゃ実感できるんじゃねえの? おまえさんだけじゃなく、俺らよか戦闘力高くて場慣れした奴は、あの〈森〉にゃ確かに大勢いるんだろうよ。セナが来て、いろんなことが急激に変わって、いろんな奴がぞろぞろ集まってきた。そいつらじゃなく、俺らじゃねえと、ていう理由はちゃんとあるぜ?」
「……うん。案外短気で猪突猛進なところがあるというか、顔は澄ましてても素の言動はかなり荒っぽいとか、だんだん見せてくれるようになってるし。だから、何かしら理由はあるんだろうな、とは思ってるけどね」
「若様よ。ちょい矛盾してるぞ? ――だから袋小路にハマっちまうんだ」
「え?」
意味ありげに酒を舐めながら、グレンが「やれやれ」と瞳を細めた。
「セナは現実主義だぜ」
◆ ◆ ◆
寒々しい廃墟の中、出発前夜に四人で交わした会話を思い出し、グレンはちらりとライナスを窺った。
(まだ首をかしげてやがんな。さて、どうすっか。坊ちゃんになら教えてやっても構わねえ気もするんだが)
教えても、ライナスはそれに惑わされてミスを増やしたり、態度をころりと変化させたりはしない。セナ=トーヤが〈黎明の森の魔女〉その人であると、いきなり判明した時もそうだった。
あの時は誰もが狼狽し大騒ぎになっていた――森の主本人であったという事実より、性別〝女〟というところで。
うちの受付嬢の中で胸が一番イケてるのはあの子だぜ、あの酒場のねーちゃんはチラリと見える足がいいぜ、などなど、そんな俺達の萌え談議にさりげなく平気でまざっていたあいつに限ってまさか――という具合に。
そんな中、いちはやく立ち直り、接し方を一切変えなかった者がアスファと辺境伯親子だった。その後、グレン達が我に返って続いた形になる。
むろんこれも選考基準のひとつに加えられているだろうが、すべてではない。
「はッ!」
「おりゃッ!」
「ギィイッ!!」
「ガッ!!」
振りおろされた歪な鎌をライナスが避けざまに斬り飛ばし、グレンが無防備になった首をはねる。
その間にもう一匹はセーヴェルとローランが沈めていた。硬い天然の鎧だけが自慢で、毒や粘液を吐かないタイプの敵が多く、それだけでもだいぶ倒しやすくていい。
騎士達の振るう聖銀の剣は、瀬名が辺境伯に贈ったものだ。「今まで皆々様におかけした多大なるご迷惑と、これからおかけするであろうご迷惑に…」と、あまり嬉しくない文言を添えて。
それを辺境伯が息子と騎士二人に与えた。そういう手順を踏まなければ、彼らは高価な贈り物など決して受け取ってくれないと明らかに計算している。
ちなみにグレンは妙な何かを押し付けられる前に、「俺は美味いメシと酒だけでいいぜ!」と先手を取った。間違いなくこの中で最も要領のいい男であった。
とはいえ、頼まれれば同行を断る理由もない。鈍いふりをして、お膳立てされた平和の中で〝最高ランクの討伐者〟を名乗りつつ〝危険な依頼〟を受け続ける――そんなもの、とんだ道化ではないか。
(恥ずかしいったらねえぜ。ンなもん、絶対なりたかねぇや)
道楽で討伐者登録をした貴族令息の有名な笑い話がある。危険度の高い魔物を何匹も討伐したのにまったくランクが上がらず、お坊ちゃまは怒ってギルド長を問い詰めた。
『ハッ。討伐したのはあんたじゃなく、あんたの親父さんの手下だろ?』
父親が私兵を使い周辺の魔物をあらかじめ始末させ、お坊ちゃまは危険がなくなったのをしっかり確認した後で、討伐対象の一匹だけを始末していたのだ。
そしてギルド内でも社交界でも、己がいかに凶悪で手ごわい敵を倒してのけたのか、長々と誇らしげに語りまくっていたのだという。
討伐者ギルドが高貴な方々の中で「ゴロツキの巣窟」と蔑まれるようになったのは、そういう娯楽気分の傍迷惑な登録者を防ぐ目的で、実はギルド側が噂を流して誘導したのではないか――ひそかにそんな噂もあった。
とにかく、保護者が用意した囲いの中で、事前に弱らせておいてくれた獲物のとどめだけを刺し、「すべて俺の実力だ、すごいだろう!」などと声高に主張する、そんな恥知らずの間抜けと同類にはなりたくない。グレンはもし瀬名に誘われなかった場合、自分からギルド長に売り込みをかけ、何がしかの働きをするつもりであった。
もちろん働きに応じた報酬と経費はきっちり出してもらう。無料奉仕の精神などない。自分が今後も心おきなく、危険で気ままな討伐者生活を送るためにだ。
「つうかセナよ。おまえさん、マジで蟲が駄目なんだなぁ?」
「…………駄目。無理。ほんと無理。金色の野を生み出す伝説のアレ以外は全部駄目。ほんとやめて……」
足がいっぱいとか眼がいっぱいとか数がいっぱいとか、もう超絶に無理です――消え入りそうな声には本気で泣きが入っていた。
(金色の野を生み出す、って何だ?)
(金銀財宝っていう意味かな? そんな伝説の魔蟲などいただろうか?)
しかし全身から拒絶を発している瀬名に、しつこく尋ねるのは憚られた。
深層には潜らず、ひとまず建物の表層部分を調査しているうちに、それらはどこからともなく寄ってきた。魔性植物の支配する楽園で生存可能な、もしくは共生できる生物、それが蟲系の魔物だったのである。
足音や小さな話し声、吐息などに遠方から引き寄せられてきたものと、地中深くから湧いてきたものとがある。獣系の魔物と比べ、気配が希薄で読みにくいのが難点だが、幸いにしてさほど厄介な大物はいない――ただし瀬名にとっては充分に恐怖の塊であった。
グレンや騎士達に障害物の駆除を任せ、彼女は精霊王子の背中にぴったり貼りついて離れなかった。ずっと服にしがみつき、ほとんど顔も上げずに縮こまっている。
善良な第三者がいれば、繊細な心の弱々しい少年が怯えていると誤解を招きそうだった。
「こんなんよりずっとやべぇデカブツ、ざっくざくに切り刻んでたろーがよ? おまえさんが本気出しゃあ、魔蟲なんぞ群れで来たって軽くブッ飛ばせんだろーに」
瀬名の瞳からフ、と光が消えた。
「群れ。…………群れか…………群れね…………」
「……おい?」
「…………ク、クク、くははは…………この私の前にうぞうぞ団体様で来ようものなら、山ごと大海の果てまでブッ飛ばしてくれるわ……!!」
「うお!?」
「ちょっ、セナ!?」
「我が安寧を阻むゴミどもよ、粉微塵となって果ての深淵に潜むものどもの糧となるがいい……!!」
「おいこらまて、早まるな!! あれなんか急に風が吹いて!?」
「大丈夫、大丈夫だから!! そんなの僕らが一匹たりと近付けないからね!?」
「そうです、我々がおりますからどうか落ち着いてください!!」
「ふむ、結界を補強しておくか。大海に届くほどの衝撃となれば……」
「んなもん準備する前に止める努力をしろや!?」
「冗談だ。どうせ瀬名が全力でやれば、わたしの結界など効かん」
恐ろしい事実をさらりと告げ、シェルローヴェンは瀬名の頭を軽く撫でた。
「――彼らがいるのだから案ずるな。気持ちの悪い輩など視界にも入れんよ」
「うん……」
何度か撫でるうち、多少涙声を引きずっていたものの、落ち着いてくれたようだ。
危機は去った。ひとまずは。
「あ~、びびった……」
「グレン?」
「いや、悪ィ」
精霊王子から咎める視線を受け、グレンは素直に非を詫びた。
相手の苦手意識を盛大にえぐる禁句を投げかけてしまった、そんな自覚はあったので。
(つか、なるほどナー。……そりゃ自分以外の戦力も欲しがるわけだわ)
どんな強者であろうと、理屈抜きで猛烈に苦手なものは存在する。突然ぞろりと現われたら、つい冷静さを失いもしよう。
瀬名の場合、怯え惑って逃げるのではなく、全力で目の前から排除しようとした結果、大惨事が引き起こされるのだった。冗談抜きでこの山々を更地にする勢いで〝掃除〟し尽くすかもしれない。
コル・カ・ドゥエル滅亡の詳細については、タマゴドリにも調べ切れていなかった。あの妖花が元凶としても、蔓延り始めた経緯や時期などは曖昧である。最も奥にあるこの神殿内で情報の断片なりを探そうというのに、キレた暗黒魔導士に戦闘を任せたら、敵ごと貴重な情報がこの世からおさらばしてしまうに違いなかった。
そんなささやかな騒動があって以降は、おおむね平和だった。そのおかげか、悩める若者の頭に再び疑問が戻ってきたらしい。
じっくり悩めるのは余裕がある証拠。ライナス本人もそれがわかっているのか、いちいち周りに答えを求めようとはしなかった。
グレンは既にヒントを教えてやっていた。さっさと解答を与え、すっきりさせてやるのも手かもしれないが――セナの〝心〟に関わる話題を出して、精霊王子がどんな反応をするかが読めなかった。
(この野郎はきっと、セナにとって有害だと判断したら俺らでも始末できる)
冷徹な現実主義者だからではない。
激情型だ。
長い時を生き、積み重ねた知識や経験からくる振る舞いが人物像を真逆に見せているだけで、実際は本音のままに動いている。
一方、瀬名は考えなしの猪突猛進型ではなかった。豊かな感情をねじふせ、抑制できるだけの理性を持ち、慎重で、警戒心が強い。
その内面は複雑で、わかりやすくぷりぷり腹を立てていそうな時でさえ、その下には冷ややかに周囲を観察する人物が潜んでいる。
すべてに対し、常に懐疑的。
情に呑まれて判断力が鈍ることもない。
(セナには壁がある。なんかわかんねえけど、でっけえ壁が。でもって、ここがどこで、俺らがどういう奴かってのを並べてみれば、おのずと答えは出るんだぜ、ライナスよ)
ここは世界中の神殿の総本山――かつてそう呼ばれていた地。
当事者たる神官や、神々に関わりの深い加護持ちが、何故ひとりもここに呼ばれていないのか。
灰狼の部族は皆、適当で豪快な性格をしているけれど、まともな信仰心を持っている。むしろそこらの生臭神官どもより遥かに、神々や聖霊に対して真摯だ。
精霊族は聖霊の眷属とされ、畏敬の念を捧げられる高位種族であり、その上に君臨する女王などは只人の感覚からすれば女神に等しい。三兄弟は瀬名に忠実であっても、他の同胞達がいざという時、女王と瀬名の言のどちらを優先するかは不明だ。
つまるところ、ここにいる全員の共通点は。
いざという時に〝神々〟を理由に立ち止まりはせず、信念も行動も曲げない連中だ。