193話 頭が鈍っている時に物事を決めてはいけない例
小さな広場の中央まで、カラコロと軽快な音を立てつつキャリーカートを運ぶ。
折り畳み式のカートの上には、人が中にすっぽり入れそうな大きさの物体が固定されていた。
「セナよ。そいつぁ何だ?」
「自重が行方不明になった結果の産物その一です」
「はぁ? ……」
虚空を見つめる瀬名の様子に何かを感じ取ったのか、グレンはそれ以上は突っ込まなかった。
先へ進む前に、しばしその場で待機である。瀬名は白いカプセルのような荷物に寄りかかり、空を見上げて待った。
灰色の雲を背景に、白い点がぽつぽつと生じた。
一瞬雪と見紛うが、それらはチラチラとひらめきながら舞い降りてくるにつれ、徐々に姿形の輪郭がくっきりと描かれてゆく。
四羽の白っぽい小鳥だった。
別名、瀬名の自重以下略その二である。
あらかじめこのメンバーの全員に「道案内役の白い小鳥とここで会う」と教えてあったので、誰も驚いた様子はない。
ただ、見るからに卵の、小さなコロコロとした珍しい鳥の姿はさすがに予想外だったらしく、目が釘付けになっていた。
羽の形も変わっている。薄く半透明な菱形の羽。あの青い小鳥は少なくとも一般的な鳥の姿をしていたが、この白っぽい小鳥達はまるで違っていた。
(セナは鳥を使うのが得意なのかな? ていうかこれ、鳥だよね?)
(もしや使い魔ではなく、鳥に似せた魔道具だろうか?)
彼らは物問いたげな視線を瀬名に向ける。
瀬名は無表情で沈黙しており、答えてくれそうにはなかった。
――が。
「……瀬名? どうかしたのか?」
「…………いいえシェルローさん? 何でもありませんよ? ええまったく、何にもありませんとも」
「え、何だ?」
「何かあったのかい?」
「いいえ? なんてこともございませんよ? これからの予定にはまったく影響ございません。お気になさらず」
「気になるわ!」
グレンが仲間達の全員を代表して吼えた。魔女と精霊族の意味ありげで不吉なやりとりは心臓に悪い。
しかし、これは彼らに説明しようのないものであった。
(ARKさんよ……? これはいったい何かね……?)
鳥型小型探査機〈EGGS〉。
最初に放たれた日、目にした彼らの姿はすべてトゥルリと輝く卵の白さだった。確かにそうだった。
間違いなくそのはずだった。
なのに。
一羽目、白と黒と茶色の三色になっている。
二羽目、トラ縞模様になっている。
三羽目、やや高い位置に黒い点がちょんちょんと二つある。
四羽目、チョビヒゲがある。
そんな小鳥達は次々と、輝く線で空中に文字を連ね始めた。
――〝非自律思考型 学習機能あり 最高管理者セナ=トーヤ〟
「うおっ、なんだこりゃ!?」
「うわぁ……」
「っ!?」
――〝アーク・スリーの指令により情報収集・索敵その他を担当 現在の任務:コル・カ・ドゥエル調査班に同行し適宜補助を行う〟
――〝鳥型小型探査器 タマゴドリ2号 ミケ〟
――〝3号 トラ〟
――〝4号 マロ〟
――〝5号 チョビ〟
「ああああぁああぁ~くううぅぅう~っっ!?」
「うおっ!? 何だいきなり!?」
「ど、どうしたんだ!?」
なんだもどうだもない。瀬名は今さらながらARK・Ⅲの悪癖を思い出していた。
命令を逸脱しない範囲内で拡大解釈ができる。――そして任務に差し障りのない範囲内で、悪ふざけができる。できるからやる。
まともなAIならば、こんな真面目な状況下でやる・やらないを天秤にかけた場合、〝やらない〟ほうを選択するのではないか……と。瀬名は思うのだが。
(どうせ誰も意味知らないからって好き放題やりやがる! 妙に可愛いのがなんか余計悔しい……!)
しかし瀬名はARK・Ⅲ以外の本格的な人工知能を知らない。ご家庭や会社で馴染みのあった汎用型とARKとでは比較にならないので、もし《私以外もこんなものでしたよ》などとトボけられたら勝てないのだった。
「口惜しや……!!」
「だから何だってんだよ!?」
「イイエ何でもございませんよ? お気になさらず……」
「気になるわ!!」
「セナ……」
「…………」
どうやら無表情とは裏腹に、魔女は内心荒ぶっているようだ。
薄々察した面々は、それ以上変に刺激しないよう、そこそこで口を噤むのだった。
◇
気を取り直して、東班と南班の様子を尋ねた。
「ゼルシカさんとウォルド達はどう? 無事合流できそうな感じ?」
――〝万事順調 予定通り〟
「そうかい」
時おり出現する敵を除けば、障害物のない道を高速で駆け抜けるゼルシカ達の移動速度はとても速い。その代わり距離が長く、途中で足が鈍る要因も加わるので、南へ到達するのに日数がかかる見通しであった。
しかし、順調なペースで予定を消化してくれているようである。
瀬名の一行がこれから向かう目的のポイントまでは、徒歩でおよそ一日半。
魔馬も雪足鳥も残念ながら乗って行けない。狭すぎて彼らの通過できない箇所が多かったからだ。
「僕らのほうが先に到着しそうな感じかな?」
「だね。向こうに着いたら、ゼルシカさんとウォルド達が合流するまでそこで待つよ」
「わかった」
「おうよ」
「ところで、瀬名……それはどうする? その状態のままで運ぶのか?」
「訊かないでくれたまえシェルロー君……ずっと忘れていたかったよ……」
キャリーカートの上に載せられた物体。
唯一その正体を知る青年が気にかけるのは当然であった。
「忘れたいと言ってもな。もう連れて来てしまったのだからどうしようもないだろう?」
「くっ、反論できない……!」
その通りである。ぐずぐず煮え切らない態度でしばらくうんうん悩む瀬名だったが、シェルローヴェンの言う通り、せっかく連れて来ておきながら何もさせずに送り返すわけにもいかない。
深々と溜め息をつき、過去の己を呪った。
なに考えてたんだ自分。そして何故これを止めなかったんだARK。
瀬名は最後にひときわ大きく息を吐いて、白い物体をポンと軽く叩いた。
「〝起きて〟いいよ」
――それは比喩的な表現。合図。眠っていたのではなく、〝これ〟はこの形をとりながら、この場にいる全員の会話をちゃんと認識できていた。
白いカプセルに似た物体の中央に隙間が走り、突然中央からめくれるように裏返った。
細かい亀裂が入り、継ぎ目のないツルリとした物体だったものが高速でブロック状になり、なめらかに回転し組み変わりながら、その形状をどんどん変化させていった。
「ッッ!?」
「っ!?」
グレンも、ライナスも、セーヴェルも、ローランも、彼らはその光景を凝視し、己の不規則になった呼吸が喉で不快な音を立てるのを聞いた。
まるで理解の及ばない、とてつもない何かが起こっている。
(な……なんだ、これは……!?)
(ちょ、おいおいおい、これ俺らが見てもいいモンなのかよ!? やべェんじゃねーか!?)
一度それを目にしている精霊族の青年でさえ、「凄まじいな…」と目を離せなかった。
時間にして十数秒ほど。最終的にそれは珍妙な雪ダルマとなり、胴の部分からは不思議な形状の腕が二本、下部には昆虫に似た脚が四本という、どうにも表現しようのない姿となっていた。
そしてやはり、雪ダルマの表面に継ぎ目は見当たらない。
《どおモ~皆サンはじめましてッス! 俺っちはベータ、得意分野は工作その他ッス! よろしくお願いしまッス!》
「あああああぁぁぁああ私の馬鹿ああぁぁああ阿呆ぉぉぉおおおぉぉ……」
《ンモ~、マスター? ここまで来ちまったんですカラ、いい加減腹ぁくくりまショーや? だカラ俺っちを見ても問題ナシなメンツを揃えたんでショーに。ARKだってオーケー出したっショ?》
「そうだけど、そうだけど、そうだけどぉぉお……!!」
そう。
そこにいるのは、〈スフィア〉の万能お手伝いさんの片割れ、Betaであった。
瀬名さん「向こうに着いたらあれやってこれやってそれもやるとなると、よしBeta連れてこう」
ARK氏(←止めない)