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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
西の山脈国
191/316

190話 空から来た魔女 (前)

いつも増えるんだし(前)じゃなく(1)にしておけばいいんじゃないかと思わなくも。

いえきっと、次話は(後)になります。


多分。


 兄のいないところで弟二人は密かに盛り上がり、いつもは無言の旅路に時おり笑い声が響いた。

 やがて叡智の森の都に着くと、エセルディウスとノクティスウェルは万年樹に囲まれた世界樹の城を目指す。

 彼らの父親である王配オルフェレウス卿とハスイール卿は本日も不在だった。

 早くて一年。魔王が手の付けられない成体になるとされる最短予測に基づいて、父親達はますます忙しく各地へ足を運んでおり、なかなか全員揃って顔を合わせる機会がない。


 たった一年、されど一年。

 おまけに、どこかで誰かが犠牲にならねば対処方法を見出せなかったこれまでと大きく違い、とうに相手の正体にまで言及されている。故郷に籠もって動かずにいるのは愚策というものだ。


(まずは人族(ヒュム)の国々を落とし、次に他種族へ手を伸ばそうとする。我々の順番はおそらく最後。それを待ってやるのは親切が過ぎるというもの)


 野心ある魔王種の大半は自己顕示欲が強く、魔王にはそれがない。

 わざわざ力で他の魔物を支配下へ置こうとせずとも、魔物は自主的に魔王を恐れ、敬い、従う。


(行動原理はつまらぬ野心からではない。しかし当代の魔王は、それと見紛う行動をとっている。「我こそが世界を支配する」――そんな行動を)


 奴隷にされていた半獣族(ライカン)の兄弟、カシムとカリムの存在が思い起こされる。

 半獣族(ライカン)の国々、部族は、東の地に大半が集中していた。すなわちイルハーナム神聖帝国は、半獣族(ライカン)という種族の支配についてはほぼ完了しているに等しかった。

 単純な脳筋の多い半獣族の勢力を搦め手で倒し、次は小賢しく数の多い人族(ヒュム)の支配に着手する。攻めやすいところから攻め落とし、勢力を拡大させてから厄介な種族に挑む。そういう手順を踏んでいる。

 ――だから郷の者は皆、「そいつは違う」と外していたのだ。


【お帰りなさい、お二人とも。それとも「いらっしゃい」のほうが良いかしら?】

【最初ので良いですよ】

【あちらもこちらも、わたし達の〝家〟なのですから】

【ふふ、そうですね】


 自らエセルディウスとノクティスウェルを出迎え、女王ラヴィーシュカはころころと笑った。

 人払いをした後、手ずから盃へ果実水をそそいでやり、息子二人はさほど遠くもなく近くもない旅路で乾いた喉を潤した。


【到着して早々に申し訳ないのだけれど、忙しいあなた方に無駄な時間をとらせてもいけません。さっそく本題に入りましょうか】

【はい】

【異論ありません】

【では、シェルローとあの娘はどの程度まで進展しましたか】


 息子達は果実水を噴きそうになった。精神力を総動員して呑み込んだ。

 一緒に空気まで「ごぐり」と呑み込んだ嫌な感触が喉を通る。


【…………】

【…………】

【ああ、ごめんなさい。間違えて好奇心を先に出してしまいましたね。仔細は本人の口から説明してもらうことにしましょう】

【やめてあげてください母上、そういうのはそっとしておくべきなのです】

【シェルロー兄様が二度と寄り付かなくなりますよ、良いのですか】

【それは困りますね】


 女王はまるで困ったように見えない花のごとき微笑を浮かべ、息子達は「何故この話題で自分達が冷や汗をかいているんだろう」と思った。

 もしかしてこの母の情報源、自分達なのではあるまいな? そんな疑惑が二人の胸によぎった。道中のあのお喋りをもしや母の〝耳〟に拾われていたか。

 いや、そうではないと思いたい。きっと母のことだから、自分達よりもっと前に何やら勘付いていたのだ。


(兄上、しばらく帰らないほうがいいぞ)

(ちょうどお出かけになっている時で良かった)


 じとりと睨むエセルディウスとノクティスウェルだったが、そんなものはラヴィーシュカに何ら痛痒を与えはしない。わかっていても、揶揄われたら反抗したくなるのである。


【では、次の本題に行きましょう。――ついて来なさい】


 息子達と軽くじゃれて満足し、その盃が空になっているのを見てからラヴィーシュカは言った。





 世界樹の城、女王の住まいを通り抜け、王族しか立ち入りを許されぬ場所を進んでいく。

 自分達以外に気配のない静か過ぎる回廊を抜け、螺旋階段をえんえんと下って行った。


【もう予想していたでしょうけれど、わたくしはラグレインと会ったことがあります】


 大樹の根元の深淵まで潜り続ける階段を見下ろしながら、女王は足を止めずに少しずつ語り始める。

 兄弟達は否定しなかった。女王の言う通り、呼び出しが〝ラグレインの件〟となっていた時点で薄々そうだろうと思っていた。

 だが、次の台詞の内容は予想外だった。


【わたくしが彼に会うため、この地へ呼び寄せました】

【母上が……!?】

【あの頃に、人族(ヒュム)をこの郷へ招いたのですか……?】

【そうです。――そもそも、わたくし達がエスタローザ光王国と絶縁した原因を知っていますか?】

【かの国の王族が、母上の知人を酷く侮辱したと父上達からは聞いております。違うのですか?】

【それは正しくもあり、遠慮が大幅に入った生易しい表現でもありますね。……アルセリーヴェンです】


 エセルディウスとノクティスウェルは顔をしかめた。

 小柄で華奢な少女めいたアルセリーヴェン――その正体は、この母と同年代の親友である。


(かなり、とてつもなく、嫌な話っぽいな……)

(逃げたい……)


 続いた母の台詞は、彼らの嫌な予感を超える内容だった。


【当時の王太子であった愚物が、対ファウケスの共同戦線を張るべく、使者として赴いていた彼女に懸想しました。その上あろうことか、「そなたは我が妻に相応しい。魔王を倒してみせた暁には、褒美として正妃の座を与えてやろう」などとぬかしたのです】

【なんと――】

【い、命知らずな……瀬名に聞かせられませんね、それ……激怒じゃ済みませんよ……】


 馬鹿王子の妄言に泡を食ったかの国の臣下達が、凄まじい速さと団結力で王太子廃嫡という形の誠意を示し、ラヴィーシュカもアルセリーヴェンも一旦は矛をおさめた。その当時の人々の苦労を知らない、次々代の王が再び話を蒸し返し、無神経にも苦言などを呈してきたので、もはやこれ以上付き合う価値はないと縁を切ったのだ。


【ラグレインに会ったのはその少し前の時代です。さらに彼はエスタローザ王家の不興を買って〝左遷〟されながら、それについて屈託を抱いていない稀有な人族(ヒュム)でした。デマルシェリエの血族と水が合う人物と言えば納得できるでしょう】

【なるほど】


 兄弟達は頷いた。


【その時、わたくしには知りたいこと、訊きたいことがありました。そしてそれはラグレインの知りたいことと一致していました。ですから、ここに招いたのです】


 女王の前に巨大な扉が立ちはだかる。

 彼女が低く古代の言葉を詠いながら命じれば、重厚な扉は見かけに反して音もなくひらいた。


【これは……】

【あの〝転移の道〟と同じ原理なのだそうです。ただ、あちらは行き先を変更できますが、こちらは固定式で変更ができません。その代わり、あちらより小さくまとまって場所をとらない利点があります。ウェルランディアの礎と同時に築かれた、わたくし達では到底模倣できない太古の奇蹟のひとつです】

【…………】

【あなた方を連れて来るのは初めてですね。身構える必要はありません。……ここは、代々の王族が大地へ還る前、大切な物語(たからもの)を遺していった場所なのですよ】




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