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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
たびびとレベル1、始動
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18話 三者密談


 その夜、三人の男達がドーミアの城の一室に集い、春の祝祭期間を潰しかねなかった厄介事の解決を祝った。


「〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟が、我が領地に居を定める日が来るとはな……」


 人払いを行い、杯を傾けつつ、辺境伯が嬉しげに呟いた。

 おまけに、移り住んだのはあの森の中だという。

 〈黎明の森〉――代々この地を治めるデマルシェリエ家の伝承において、別名〈神域の森〉と呼ばれる、あの不可侵の森に。


「善き者は迷いに迷ったあげく、いつの間にか森の入り口に戻され、悪しき者は永遠に姿を消す。かつて太古の神々の住まいがあったとされ、魔馬達でさえ決して近付こうとせぬのに……」


 あの少年の言に、嘘偽りは感じられなかった。すべてを語っているわけではないだろうが、腹に一物あって相手を騙そうとしている気配はなく、少なくともあの森で平気で住めているのは事実であろうと辺境伯は感じていた。

 何より彼の、強者を嗅ぎ分ける嗅覚が告げていた。

 ――あれは底知れない、と。


 しかし、息子ライナスはいまいち納得がいかないようだった。


「あのまま行かせてよろしかったのですか、父上? せめてあの森に住んでいるのが事実かどうか、自宅近くまで送って確かめるべきだったのでは……」

「ライナス。〝魔法使い〟に対して詮索は無用だ。こちらが強引な態度に出ると、彼らはさっさと姿をくらまし、別の土地へ行ってしまう。今後彼を見かけた際、世間話をする程度なら構わぬが、くれぐれも尋問めいた真似だけはしてはならんぞ」

「もちろんそのようなことは致しません。しかし父上、彼はそもそも本物なのでしょうか? あの少年からは魔力など微塵も感じませんでしたが」

「私が若い頃に会った〝魔法使い〟も、みごとに魔力を感じさせなかったぞ」

「――え?」


 きょとんとする青年に、口を開いたのはグレンだ。


「カルロの旦那の仰る通りだぜ。結界に護られた安全な壁の内側で、これみよがしに魔力を垂れ流してる魔術士どもの中に、本物の強者なんぞいやしねえ。弱いヤツほどきゃんきゃん吼えるっつーだろ? 俺はこんなすげえ武器を持ってるんだぜってひけらかす野郎ほど、たいがい見かけ倒しなのさ。〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟ってのはな、魔物の跋扈する壁の外で、自力で生きられる智恵と能力を兼ね備えた強者なんだよ」


 己の魔力の隠蔽など朝飯前。それだけで、魔力に反応して寄ってくる魔物の大半は素通りする。

 襲われてみすみす被害をこうむる者は三流。

 戦って勝利できるようになって二流。

 さらに、そもそも襲われすらしなくなれば一流だ。

 貴族化が進んだ近年の魔術士は、二流を一流と勘違いして、そこ止まりになる者が多い。


「グレンの申す通り。魔術士どもは彼らを、子供向けのおとぎ話と鼻で嗤うがな。古来より語り継がれるおとぎ話には、馬鹿にできぬ裏の意味が潜んでいるものが多いのだよ」


 肩をすくめつつ、辺境伯はグレンの台詞を肯定し、そして最も重要なことを告げた。


「〈黎明の森〉から出る気のないらしい魔女殿についてはともかく、決してあの少年の機嫌を損ねてはならん」


 ライナスは目を見開いた。他人のご機嫌取りほど、カルロ=ヴァン=デマルシェリエに相応しくない言動はないからだ。

 〝魔法使い〟の少年が仕える以上、かの森にいるという魔女もまた〝魔法使い〟と考えたほうが自然だ。一人でも滅多にいないのに、同じ場所に住む二人の〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟――それならば多少は仕方がないと思わなくもないけれど、だからといって、この偉大な父がそこまで気を遣う必要があるのかと、どうしても思ってしまう。

 そもそも、単に魔力が少ないだけかもしれないのに、隠し方が上手いと断定するのは、いささか気が早いのではないか?


「ん~、それについちゃ根拠があるんだぜ」

「どういうことだ?」

「あの坊やが血祭りにあげた連中だよ。坊やはどっからともなくいきなり現われて、人間業と思えねえ動きで、数秒だか数十秒だかの間に、連中の手足をぶった切ってのけたらしい。現場は血の海だったってのに、坊やは返り血を浴びてなかった。洗浄系の魔術は使ってねえっつー話だから、あの狭い場所で血を浴びねえぐらい、次の動きが速かったってことだろうな」

「それは、――凄まじい話だが、ずば抜けた腕前を持つ剣士の話にしか聞こえないぞ」

「あの中に魔術士くずれが二人いたんだよ」


 息を呑むライナスの前で、グレンは残り少ない酒杯の中身を一気にあおる。


「胴から首がおさらばしちまった二人がそうだ。片方は没落貴族の息子で、もう一方は商家の息子だったが、素行が悪すぎて勘当されてる。中途半端に魔術を学んで、開花するほどの才能はなかったものの、悪党の世界じゃ立派にお役立ちだったらしい。そいつらは二人ともけっこう高価な魔道具を身につけてた。持ち主に怪我を負わせかねないあらゆる攻撃を防ぐ、守護結界の魔道具だ」


 悪さを働く時は、おもにこの二人が〝獲物〟の拘束役だったらしい。

 魔術士は両手が塞がっていても攻撃手段がある。加えて、強力な守護の魔道具で身を守っているから、奪還を試みた者の不意打ちも、すべて彼らには通じない。

 そのはずだった。


「ところが奴らは、結界ごと首を斬られた。骨まですっぱりとな」

「結界を無力化するまでもなく、それごと斬り裂くなど、剣が魔力を纏っていなければ確実に無理であろうな」

「――――」


 辺境伯が後を続けて酒杯をあおり、ライナスは絶句した。


 武器に魔力を帯びさせて戦う。これは通常攻撃より遥かに高い攻撃力を得られる代わりに、制御がそこそこ難しく、普通の武器だと損耗も早くなる。ゆえに魔力に強い素材を用いたり、何らかの術式や魔石を組み込むことで耐久力や制御の問題を解決した武器を【魔道武器】と呼ぶが、本格的なものは価格が二桁も三桁もはねあがった。

 おまけに使用者の魔力量が一定値を下回っていれば、手にしたところでうんともすんとも言わない。

 もしあの剣がそういうものだったなら、セナ=トーヤが決して弱くはない魔力を持っている証明になる。


 辺境騎士団では死霊系の魔物や魔粘性生物など、敵が普通の武器で倒せない場合の対策として、支給の武器に魔力制御の術式を仕込み、魔力値が一定以上の者になるべく行き渡らせていた。

 経費を抑えねばならないので、【魔道武器】としては残念ながら安物でしかないが、他の貴族領ではそもそも一般兵の支給品として与えたりはしない。ただの安物でも、通常の武器類より高価なのだ。

 武器の耐久力など、まるで気にする必要のない例外が精霊族(エルファス)である。精密な魔力操作は息を吸うことと同義であり、彼らには制御用の術式など一切必要がなかった。さらに、魔力を浸透させれば損耗どころか、むしろ強化される聖銀(ミスリル)を、彼らはふんだんに武具に使えるのだから。


「只人でさえいくらかは魔力の気配を帯びるものを、片鱗も覗かせぬほど魔力操作に長けた者は〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟以外におらん。それに、剣士は魔術を習得できるとは限らぬが、逆はたやすいのだ。健康な身体ひとつあれば良いのだからな」

「そうそう。両方鍛える奴があんまりいねえってだけでな。俺の爺さんが若い頃に会った御仁は、世間の思い描く〝魔法使い〟像ってやつをガッツリ裏切る肉体派だったらしいぜ」

「私が会った御仁もそうだったな。『温室育ちの花のごときひ弱な肉体で野良生活なんぞできるか! 鍛えられるだけ鍛えておいたほうが遥かに生き延びやすくなる、当然であろうが?』と仰っておられたぞ」

「……まさか同一人物じゃねえよな?」

「ありえん……とは断言できぬな。彼らは数が少ないしな……」


 父とグレンが微妙な視線を交わす中、ライナスがぽつりと尋ねた。


「……〝魔法使い〟なんですよね?」

「〝魔法使い〟だが?」

「…………憧れていたのと違う…………」


 青年の呟きが寂しげに響いた。憧れていたのか。


「ま、まあまあ、いちいち気にすんなって!」


 グレンはライナスの腕をぽむぽむと叩き、父は息子の杯に黙って酒を注ぎ足した。


「ちなみに討伐者登録してる魔術士の中にも、そこそこ身体鍛えてる奴が何人かはいるんだぜ。呪文唱えて放つ以外にとりえのない奴なんざ、喉を潰されりゃ一巻の終わりだからな。……ただなあ、魔術士って無駄にプライド高ぇ連中多いんだよな。日頃から地道に備えるっつーことをしねえから、突然ソレが使えねえ事態になるともうダメでな、態度でかい割に簡単な依頼でもあっさり死んじまうんだわ」

「ああ、父上と王都へ出向いた際に、何人かの魔術士とお会いしたが、あの高圧的な態度はないなと思った。討伐者でもそうなのか?」

「つうか魔術士に限らず、貴族出身だけど家督継げねえから、外で身を立てなきゃなんねえって奴らに性格難が多いんだよ。連中にとっちゃ、ギルドに登録すんのは最終手段なんだとよ。デマルシェリエ領(ここ)みてえに貴族と俺らがうまくやってる所なんぞ、他じゃ見たことねえ」


 大半の上流階級民にとって、討伐者ギルドは野蛮なゴロツキの巣窟と大差がない。

 最初からそれを目指す変わり者など滅多におらず、別の道を模索していたのにそうなるしかなかった、恥ずべき無才の証明と捉える者が少なくなかった。


「んな調子で誰かと組んでも、長続きするわきゃねえからな。魔術専門の討伐者は、八割ぐらいが青銅(ブロンズ)から上のランクに上がれねえ。大口叩く割に、攻撃系の魔術を戦闘開始早々に二、三発撃って力尽きるとか、そんなんばっかりなんだよ。――あの坊やなら単独(ソロ)でも順調に稼ぎそうだけどよ。ま、多分やりたがらねえだろう。面倒ごと嫌いそうなニオイ出しまくってやがったし」

「ああ、彼は凄いな、あの若さで。まだ十二、三歳くらいだろうに」

「な~」


 グレンとライナスが頷き合い、辺境伯は「ん?」と首を傾けた。


「待て、報告書に目を通しておらんのか? 彼は十五歳らしいぞ」

「――十五!?」

「え、まじかそれ!?」

「私もはじめは十二歳ぐらいかと思ったがな。セーヴェルの報告によれば成人済みとのことだ。十五歳でもかなり若いが、早熟の天才ならば、世に名が知られ始めてもおかしくはない年齢であろう」

「いやいやいや……人族(ヒュム)であれだったら、せいぜい十二くらいだろ? 十五でもガキはガキだけどよ」

「グレン、十五歳は成人だぞ? 結婚もできるじゃないか」

「いや、さすがに結婚は無理じゃねえ? 女ならともかく男の方には、女子供を養う甲斐性ってもんが――ああ、坊やは俺と同業でいけるか。賞金稼ぎでも喰ってけねえことはねえな」

「犯罪者狩りは報復の危険があるから、専門にしないほうがいいんじゃないか? 依頼を選べる討伐者のほうが、まだ恋人や奥方を安心させられるだろう」

「選べるっつってもなぁ、安全な依頼ばっかだと収入がちょびちょびだぜえ? 土産をちょっと奮発しようと思ったら、やっぱ男はなあ」

「いや、やはり安全性の高い仕事の選択肢はあったほうが――」


 にわかに盛り上がりだした二人に、辺境伯は呆れた目を向けた。


「この手の話題になると途端に活き活きし始めるな、お前達は。……彼は今日、〈青鹿〉に薬を卸しに来ていたそうだ。薬はかなり質が良く、女将も彼を気に入ったそうだぞ。彼自身も調合を学んでいるとすれば、薬師としてもやっていけるのであろうな」

「へえ? あの婆さんに気に入られたんなら勝ったも同然だな、坊や。つうか、坊やっぽく見えても、女を養う甲斐性は充分にあるってことか。想像できねえけど」

「彼はこれから背も伸びるだろうし、多才のようだから、グレンより女性達にお買い得と言われるようになるんじゃないか?」

「む。わかってねえな坊ちゃんよ。いいか女ってのはな――」

「女の話題から離れんか、お前達……」


 辺境伯は溜め息をついた。




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