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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
西の山脈国
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188話 森への誘い

日付変わる前に~と思ってたらぎりぎりになってしまいました(汗


 放たれた魔鉄鋼の網が魔物の全身を絡めとった。

 もがくほどに網がからまり、しめつけられて動きが鈍くなった隙を突き、魔術士が雷を落とす。

 鎖を伝わってかなりのダメージを与えたものの、それだけでは倒せなかった。

 しかし、麻痺させることには成功している。


「毒針に警戒せよ、回復する前に叩け!」


 脚を節から斬り飛ばし、鋏を落とし、奇怪に湾曲した尾を斬り飛ばして、一斉にとどめを刺す。

 分断された魔物の身体が次々地面に転がり、その眼から力が失われたのを慎重に確かめて、辺境伯は息をついた。


(やはり魔術士がいると違うものだな)


 長年、慢性的な魔術士不足に悩まされていたが、あの〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟のおかげで憂いが改善されつつある。

 今回、辺境騎士団の討伐隊には、魔術士のいる討伐者パーティも加わっていた。妖花【イグニフェル】の事件以降、ドーミアに拠点を移したパーティのひとつだった。

 これまでは魔術士に協力要請を出そうにも、そもそも該当者がおらず苦労した――戦力として期待できない人物は除外だ――なのに、今はひと声かければすぐに反応がある。それも高ランクのパーティで。

 さらに……



『〝調査・討伐に参加してくださるパーティの皆様には魔法使いお手製の回復薬を支給いたします〟』


『〝なお報酬金に加え、魔法使いとのお食事会も付けちゃいます! 皆さん奮ってご参加ください!〟』


 

 付け加えたこの〝おまけ〟目当てで希望者が殺到した。

 端から端まで違和感しかない怪しげなこの文面は、魔法使い本人が「多分コレで釣れる」と太鼓判を押し、半信半疑で利用させてもらったものなのだが。


『こういうのを入れ食いっていうんだよね……』


 ユベールがポツリと漏らしていた。

 なんとしても魔法使いとお近付きになりたい魔術士の討伐者達が、「どこからそんな底力が!?」と後退るほどの勢いで、パーティメンバーを説得と呼ぶのも可愛らしい〝説得〟により、ほぼ強制的に引きずり込んだという。


(まあ、人員がすぐ確保できるのだから良しとすべきであろう)


 今後もこの状況が続けば御の字である。いや、続くように環境を整えねばなるまい。辺境伯は何ごとも前向きに捉えることにした。

 同時に、眉をひそめる。

 強さを増した陽射しの下、バラバラになった魔物の残骸の色は黄色。光の反射を抑えた黄金色にも見えなくもない。

 鋏や尾の先端の針などは一部が半透明で、加工すれば武器としても宝飾品としても人気の素材になる。

 ただし、この国ではおよそ一般的な魔物ではなかった。


誘冥蠍(デスストーカー)……砂漠地方の魔物ではないか)


 あるいは魔の山の奥地にも一部が広大な砂地になっている場所があり、そこで蠍系の魔物の発見報告例がある。

 けれど、わざわざ人の生活圏の近くまで下りてきた例はない。

 第一に、光王国にこの種の蠍はいなかった。


「やはり、魔物の移動……もしくは活性化しているのでしょうか?」


 イシドール騎士団団長グラヴィスが尋ね、周囲が沈黙しつつも耳を澄ませる。

 辺境伯は聴かれているのを意識しながら、きっぱり「両方であろうな」と断じた。


「大っぴらにはしていないが、何者かが我が国へ凶悪な魔物を引き込んだ例もある。その影響で移動してきたものもいるかもしれんな。魔物の活性化についてはまだ仮定の段階であり、ユベールらによって調査中だが。付け加えれば、ただ活発になるだけではなく、〝強化される〟」


 討伐者ギルド長ユベール、情報に強い商人ギルド長、他の町の各ギルド長、デマルシェリエ領の騎士団すべてが協力し、この仮定の裏付けをとっている最中だ。

 グレンの息子の黒猫は王宮方面との連絡役になり、灰狼の族長は部下を率いてユベールの指示のもと情報収集にあたっている。

 ユベールはなんとか彼らに討伐者登録をしてもらえないかと、虎視眈々と狙っているようだ。

 が、簡単な話ではなかろう。彼らは依頼より、あの魔法使いの都合を優先する。

 それに先日、何やら族長の台詞だか行動だかに、受付のイェニー嬢が笑顔で青筋を立てており、周囲の連中がたいそう泡を食っていたそうだ。

 とある討伐者候補の少年少女達が「おっちゃん、デリカシーないやつは嫌われるんだぜ!」と間に入り、みごとに場を収めてくれたそうだが。

 大の大人が子供に助けられて胸を撫でおろすなど、何をやっているのだか……いや、その子らが並外れて有望なのかもしれない。一度面構えを見ておくか、と辺境伯は思った。


 デュカス家の協力を得られたのも決して小さくない。

 部下に対応を任せきりだったが、ドニという男とも、いずれきちんと話をしてみよう。


「強化……そのような現象が起こり得ると、何故今までは知られていなかったのでしょう?」


 グラヴィスの声は自然とひそめられ、憚られる単語を避けた。

 気持ちは痛いほど理解できる。普通は彼の反応が普通なのだ。

 平気でぽんぽん口にできるあの魔法使いが変なのである。


「その存在には二種類あるのだそうだ。〝本物〟と、それに近いものと。百年ほど前に出現したのは後者であり、脅威度が別物であるのだとか」


 グラヴィスに驚きの色はなかった。

 彼のみならず、ほかの者達もこれについてはもう知っているらしい。説明が省けて助かることだ。


「我らはそれらの区別がついておらず、ゆえに気付かなかったのだ。されど精霊族(エルフ)より伝え聞いた特徴で分類してみると、〝本物〟と思われるものが出現した時代、同様の現象が起こっていると判明した。いないはずの魔物の出現、異常に活気づいた魔物の群れ……」

「そうだったのですか……!?」

「先日の剣山鼠の一件もそうだ。あれらはもとより繁殖力が上位に入る魔物だが、春に生まれた個体が成体になるまで、まだふた月ほどあるはず。にもかかわらず、既に成体になったものが大量にいたという」

「…………」

「まあいずれにせよ、我らのやることは変わらぬがな。調査、情報収集、その過程で遭遇すれば討伐。我らの手が届く限りの脅威を取り除き、領民を守るのだ」

「御意」


 グラヴィスが拳を胸に当て、他の騎士達も続いた。

 初参加の討伐者パーティの誰かが、こっそり「カッケェ…」と呟き、辺境伯は苦笑しそうになる。

 そんな大層なものでもない。結局は魔法使い頼みなのだから。

 部下が誘冥蠍(デスストーカー)の成れの果てを回収するのを見届け、次の地点へ向かう。怪我人はおらず、血臭を気にせずに済むのはありがたい。

 光王国は寒冷な地域ではあるが、夏はそれなりに暖かくもなる。巣穴から出てくる魔物の数が増える季節なのだ。

 ウォルドも南へ向かう前、少し魔の山を調べてみてくれるそうだ。グラヴィスには仮定の段階と言ったものの、ほぼ確定であろうと辺境伯は思う。


 魔王種ではなく、本物の魔王。その出現に呼応し、世界中の魔物どもが平素よりも強力になる。

 百年ほど前の【ファウケス】も、数多の魔族や魔物を従えて人里を襲っていたと歴史に残っている。ゆえに人族(ヒュム)には違いがわからなかったが、長命種の精霊族(エルフ)は当時の魔物の様子を憶えているために、両者の比較ができるのだ。

 彼らは言っていた。「【ファウケス】の頃にそんな現象はなかった」と。


(世界中の魔物が強化され、より凶暴になる……ぞっとせん話だ。今はその前段階、か)


 本格的に力をつけて暴れ出すまでには、幸いまだ猶予があるらしい。

 遅くて五年ほど。かなり早ければあと一、二年ほど。魔法使いと、青い小鳥がそのような予測を立てていた。

 間を取ってだいたい三年ほどと見ておけば近いだろうとも。


 そしてきっと、あの魔法使いは――その前に叩く気でいる。


 力をつけるのを呑気に待ってやる気は毛頭ないのだ。

 

 その主義には大いに賛同する。やれるものなら是非ともやって欲しい。

 騎士としての矜持がどうだの、そんなものをいちいち叫んで滅びでもしたらとんだ間抜けではないか。魔法使いも、使い魔の小鳥もいろいろやり方がアレだが、必要ならばいくらアレな手段であろうとも全面協力にやぶさかではない。

 辺境伯もまた、徹底して実利をとる現実主義者なのである。


「――……」


 不意に、エセルディウスからかけられた言葉がよみがえった。





「わたしとノクトは一度、ウェルランディアに戻る。おまえも来るか?」


 正直、何ごとかと耳を疑った。

 精霊族(エルフ)の人族に対する視線は厳しく、冷淡だ。デマルシェリエと友誼を結んでも、彼らの基本姿勢は一切変わっていない。

 というより、初めに彼らが宣言したように、この友誼でさえ副次的に発生したものに過ぎなかった。

 彼らの最優先する魔法使いセナ=トーヤが、デマルシェリエを、そこに住む人々を気に入ったから。それ以上でも以下でもない。敵意はないが、かといって必要以上に好意を向けてくるでもなかった。

 セナ=トーヤが彼らの態度の違いに勘付いているか否かは怪しい。彼女の前では、彼らはそんな態度をおくびにも出さないのだから。

 親しいだの気安いだのといった表現はまったく相応しいものではなく、無意味な世間話など論外である。

 ――ならば何故、故郷へ戻るのに辺境伯を誘ったのか?

 エセルディウスは「自分に声をかけられたのがそんなに不思議か?」などと訊きはしなかった。

 訊くまでもなくわかるからだ。


「ラグレインだ」

「ラグレイン……?」

「おまえ、気になっているのだろう。いや、気に入っている、のほうが正しいか? 小気味のいい、彼女によく似た魔女の出てくるデマルシェリエ地方のおとぎ話。生涯それを集め続けていたという男」

「それは、……確かに、仰る通りだが」


 何故急にそんな話題が出るのだろう?

 困惑する辺境伯に、エセルディウスは淡々と告げた。


「母上からの呼び出しは、ラグレインにも関わる話らしい」

「――……」

「おまえはウェルランディアに連れて行っても構わないそうだ。多分、おまえが気になっている話が聞けるのではないかと思う。ただし問題は、おまえにとってそれが満足に繋がるか、それとも知ってしまったゆえの空虚に繋がるか、どちらになるかがわたしには判断できない。とりあえず、おまえはどうしたい?」


 辺境伯は目を瞠った。

 つまりこの王子は、嘘のようだが、どうも親切心で提案してくれたのだ。

 そういえば以前ちらりとセナ=トーヤが、「外見と言葉遣いは傲慢王子系だけれど、三兄弟の中ではこいつが一番まとも属性」とエセルディウスの性格を評していた。

 なるほど、こういうところか。妙に納得し、驚愕の後に可笑しみが湧いてくる。


 さて、それではどうしよう?

 せっかくのお誘いを受けるか否か。

 思案し、結論はすんなりと出た。


 叡智の森の女王からの呼び出しで、その話が出るとなれば。

 ラグレインの物語は、きっと物語では終わらず、何か現実味を帯びたものになってしまうだろう。

 聞いても後悔しないと言うだけはたやすい。エセルディウス達の帰郷に付き合い、何らかの真実を知ることも良い経験にはなるだろうけれど。


「日頃、我が息子を少々甘い若造とけなしておりますが……実は私自身も、いい年をしておとぎ話が好きなのですよ。謎は謎のまま、が良いのです」


 迷いはなく、すんなりと言葉が出た。

 エセルディウスはせっかくの誘いを断られて不快げにするでもなく、「わかった」と肩をすくめた。


「土産にウェルランディア秘蔵の酒をくすねてこよう。一本ぐらいなら多分バレない」

「それは楽しみですな」


 かなり本気で辺境伯は笑った。

 この青年が年上なのか年下なのかいまいち判然としないものの、ささやかな悪戯(イタズラ)を企むのは、何歳(いくつ)になっても楽しいものだから。




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