185話 救いの手
短めです。
「アークよ……さすがに荒療治が過ぎないか?」
《いいえ、ウォルド殿。利用価値ありと見做せば若者の未来を容赦なく食い潰す手合いと、生涯交流を持つ気にならないよう胸に刻んでいただく良い機会でした。拒絶反応が出る段階にまで至っていればなおよろしいですね》
「うわああああん!」
「ひ、ひでぇ……」
「鬼畜だ……」
「頑張ったんだねえ、あんたら……よくこらえたよ」
労りに満ちたゼルシカの言葉にウォルドは重々しく頷き、アスファ達は「ゼルシカさ~ん」と瞳を潤ませた。
割り込まずに聞いていたカシム達も、どこか同情を滲ませている。
「本音を言ってしまいますと、お部屋ごとぶっ飛ばしたかったですわ……我慢しましたけれど!」
「やべえ俺、別にそれでもよかったんじゃね? とか思っちまったよ……」
「良いのではないですか? こぼれた輩がいれば私が処理します。目撃者は残しません」
「…………」
どちらかといえば突っ込み役のアスファが肯定派に回り、いつもなら止める穏健派のシモンが今回に限っては静かだった。
ゼルシカは彼らの受けた打撃の深刻さを知る。
「で、どうやってその魔窟から逃げられたんだい?」
◆ ◆ ◆
にわかに貴族達が騒がしくなった。――どうやら予定外の客人が来たらしい。
蒼白になってうろたえたり、眉をひそめたり、その場にいる連中にとっては明らかに不都合な客人であると見て取れた。
シモンよりも年下だろうか。その少年は豪華でありながら不思議と厭らしさのない衣装を纏い、お付きの者を何人も従えていた。
――たまたま通りかかってみれば、楽しそうにしているではないか。
――は、そ、その……。
――して、その者らが勇者とやらの一行か?
――なっ、何故それを……!?
――何故、だと? 戯れ言をぬかすな。我らに報告もせず、さっそく次から次へと縁談を持ちかけているようだが、随分と軽んじてくれたものだ……。
――そっ、そそそのようなことは決して!
冷や汗を浮かべながら、口々に苦しい弁解をする。「まずは異国より訪れた勇者一行を歓待し、この国に好印象を抱いてもらってから報告するつもりでありまして」云々……。
しかし尊大な態度の少年はきっぱりとした物言いでことごとく論破し、あれよという間に客人達の身柄をぶんどった。
そして悔しそうな貴族達を置き去りにし、全員をその場から救い出してくれたのだ。
はじめアスファ達は「また新たなトラブルの登場か?」と身構えたものの、ウォルドが厳しい表情を保ちつつホッとしているのに気付き、どうやら悪い相手ではないと認識を改めた。
「我が国の者どもが不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
アスファ達を彼の別荘だという豪邸に招き入れ、人払いの後、少年は真っ先に謝罪した。
「私の名はナハト。女王ミラルカの第一子にして、パナケア王国の王太子です」
少々なまっているものの、かなり流暢で丁寧なエスタ語で紡がれた自己紹介に、ウォルド以外の全員が面食らった。
南方諸国は、北方とはかなり事情が異なっている。
まず〈ガラシア都市同盟〉は、それ自体が国の名前ではない。文字通り、各国の都市によって結ばれた同盟のことだ。
大昔、南の地に未熟な小国群が大量に散らばっていた時代、あちこちで頻繁に武力衝突が起こっていた。武力を持たぬ人々は武力行使を好む国々から身を守るため、あるいは対等に付き合うため、交渉力に長けている都市同士で同盟を結んだ。その発起人である大商人の名が〝ガラシア〟であったとされている。
加盟している都市の大半はどの国にも属していない。力ある優れた商人が市長となり、定期的に評議会が開かれ、その総意によって〈ガラシア都市同盟〉は動く。
そんな中でも、やはり時代とともに力ある都市とない都市、優劣が出てくるもので、現代においてパナケア王国はトップクラスの地位を築いていた。
ここはパナケア王国の領土であり、アスファ達を弄んだ連中はこの国の貴族だった。
神殿が〝勇者〟の存在を秘するならまだしも、貴族が王宮への報告を怠るなど言語道断。――それを言うとデマルシェリエはどうなのだという話になるが、辺境伯達はアスファを宴に引きずり込んだり、己の親族を娶らせようともしていない。
ギルド長のユベールともども、そんな存在ははなから「知らない」ものとし、囲い込みはせず、いち討伐者として自由にさせている。
王宮ではなく、懇意にしている大貴族へ報告を入れたパナケアの神官長も、それを一切咎めずに乗っかった貴族達も、王族から睨まれて仕方のない行為をしていたのだった。
ナハト王子は勇者一行を王宮へ連れて行こうとはしなかった。というのも、彼らが南に来ることを、王子は最初から知っていたのである。
異国から〝知人の神官騎士〟が訪れた際、まず最初に訪問する可能性の高いいくつかの神殿を確認し、前々からその近辺の別邸に滞在していた。使いの者に任せず、王子自身が出向いたのは、先の宴の様子からもわかるように、彼の身分が最も上だからである。
もし他者に任せていれば、傲岸不遜な者どもを相手取った際、身分負けして強く出られないかもしれなかった。
「詳細は後に話すとして、まずは食事を用意させましょう。ろくに腹に入れていないのではありませんか?」
その瞬間、アスファとシモンの腹が盛大に鳴った。
エルダは赤面し、リュシーは呆れ顔で溜め息をつくも、苦言は控えた。彼女らも腹と背中がくっつきそうになっていたからだ。
あの宴ではひと口も飲み食いできていない。猛烈に不愉快な連中のせいで、空腹感が一時忘却の彼方に家出していた。
よしんば忘れていなかったとしても、妙なものを盛られていないか不安になって口に入れられなかったろう。
時間を優先し、手早く簡単に用意された夕食は、宴で出されていた豪勢な料理の数々と比較し、遥かに質素に映る。けれどその香りは充分に食欲をそそり、味わってみれば次の皿、次の皿へと手が止まらない。
既に食事を終えていたらしい王子を前に、自分達ばかりバクバク食べるのには罪悪感を刺激されたけれど、彼らは一心不乱にすべての料理をたいらげていた。
「感謝する、王子。……俺は王族に対する礼儀を学んでこなかった無骨者ゆえ、言葉遣いや所作に至らぬ点が多々あると思うが……」
「気にしなくて構いません。そも、国が違えば言い回しや礼儀作法その他、変わる点などいくらでもありましょう。公の場に出る必要があらば最低限わきまえねばならぬこともあるでしょうが、それにも準備期間がもうけられて然るべきですから」
ナハト王子はフ、と笑った。一行を貴族どもの巣窟から救い出した時の尊大さはない。
気品と理性に満ちた少年の顔に、ウォルドが何故か懐かしげに目を細めた。
「実は私は、ウォルド殿にお会いしてみたかったのです」
「俺に?」
「ええ、とても楽しみにしておりました。まあ……私が先にいろいろ話してしまうと、母上のお叱りを受けるゆえ、そのあたりは後日ということで。それよりも、これからのことを話すとしましょう」
一の説明で十を理解し、理路整然と語る王子。
もし光王国の臣下団がこの少年を前にすれば、「うちの王子と交換したい……!!」と血涙を流しそうだった。
アスファ君達の救出回。
光王国の臣下はもちろん、フェリシタさんがいても「うちの弟にこんなのがいたら…!」と悔しがりそうなナハト王子でした。