182話 通りすがりの討伐戦、【武器を持つ者ども】の殲滅 (2)
あれおかしいな? 長くなりました←何度目。
こそっと前話を(前)から(1)に訂正しました。
(3)までとなります。
《魔物の群れを発見しました。【小鬼】十六匹、【人喰巨人】五体。先ほど【小鬼】九匹が武器を携帯し巣穴から離れ、おそらく狩りへ向かったものと思われます。巣穴は表面上の浅い部分のみ、深層はありません。新装備に慣れる目的も含め殲滅してください》
エセルディウスとノクティスウェルに案内され、精霊族の秘密の道へと向かう途中、魔の山のふもと近くで青い小鳥が唐突に言った。
《殿下方は離れた九匹の始末をお願いいたします。なお、反論は受け付けません》
◆ ◆ ◆
討伐依頼は受けていない。
魔物を倒せば貢献度を評価されてランクが上がりやすくなるものの、それには討伐部位を持ってギルドまで戻らねばならない。
【小鬼】は売れる素材がなく、【人喰巨人】の素材は良い買取価格になるけれど、今回は余分な荷物になるのでそれも駄目だ。――これから自分達は、遠い異国の地へ向かうのだから。
完全なタダ働き。
おまけに【人喰巨人】は高ランク、それが五体もいるというではないか。
けれどこの種の【武器を持つ者ども】は、群れを成すと人族の集落を襲いに来る。
しかも【小鬼】は放置していればあっという間に数が増えるので、依頼が出ていなくとも討伐が推奨されている魔物の上位にあり、規模が大きければギルド自体が依頼者となって討伐要請を出すこともあった。
(それを〝練習で〟倒せですって? 無茶言ってくれますわね!)
しかし魔女の使い魔が抑揚のない声で《やりなさい》と言うからには、やらねばならない。はっきり言って大物相手の討伐戦より、あの小鳥に逆らうほうが怖かった。
それに何より、やれるのでは、という自信もある。
何だかんだで魔女も小鳥も、確実にできないことを無理に押し付けたりはしない。
できないものを押し付けても無駄だという実に現実主義者らしい発想からなのだが、ちゃんと相手の力量を見極めて適度な仕事を振ってくれる点については信頼感があった。
無理だと止められているものを、「馬鹿にするな自分にはできる!」と強引に押し通すのではなく。
できると期待されている、そういうことなのである。
近くまで来れば、その洞窟はまるで髑髏だった。絶望した眼窩のごとき高所の穴に、この位置からはそれぞれ一、二匹の姿が見える。けれどその奥に、ほかにも気配があった。
悪趣味なこの魔物らしい巣穴だ。エルダはゆっくり息を吐き、湧きあがる嫌悪と緊張を身体の外に逃す。
昔は、ただの雑魚だと思っていた。自分が相手をするまでもない、こんな小物の討伐依頼を受けさせようなんてふざけているのか、絶対に嫌だと。
けれど、違った。違ったのだ。
アスファやリュシーと依頼をこなすようになって、この魔物の通過した後に何が残るのかを知った。
余裕があればその場ですぐに獲物を殺さず、いくらかは生かしたまま攫う。
遊びで拷問され、苦しみぬいて息絶えたと思しき亡骸を初めて目にした日、水以外がまったく喉を通らなかった。その後も何日か、肉を食べる気になれなかった。
雑魚か大物か、そんな話ではなかった。
魔物の討伐は己の偉大さを証明するための手段でも、金持ちの娯楽でもない。
そんな現実すら、あの頃はまったく見えていなかった。
そろそろ奴らの嗅覚に引っかかりそうな距離まで接近したあたりで、合図は音もなく訪れた。――穴の中の何匹かが突然慌て始めたのだ。
その後、気配がひとつ消える。
(さすがですわね、シモン)
何でもできる反則級の魔法使いが、「これは自分には無理」ときっぱり断言したのが弓の腕前だ。
四名のパーティメンバーの中で、唯一あの魔法使いに勝るものを持っているのがシモンだったのである。
本人は「ぼぼぼ僕なんてそんな!」と恐縮しまくっていたけれど、何かひとつでも勝てる要素があるだけで凄い。これはエルダだけでなく、ほかの二人も同意見だった。
(弓がなくとも魔法で遠距離攻撃できるでしょう、なんて仰ってましたけど、そういう問題でもありませんのよ)
ふたつめの気配が消え、ますます慌てた【小鬼】どもがひゅんひゅん見当違いな方向へ矢を放ち始めた。
エルダは速足で茂みを抜け、やっと異常に気付いた【人喰巨人】の前に堂々と姿を現わす。
「【守護の石壁】!」
右腕と左腕を胸もとで交差させる。
通常なら前方に出現する石の壁が、左右の地面からドンと出現した。
己の背丈より少し高い位置まで伸びた壁は、真正面ではなく横からの攻撃への対策。
間髪入れず、エルダは右手を前に突き出して叫んだ。
「【剣山の檻】!!」
輝く円陣が右手を包みながら拡散し、ずどぉぉん、と広範囲の地面が波打つ。
土や岩で形成された歪な剣が地面から一瞬で伸び、それが何十本あるだろうか。
「グォオオオオォッ!!」
「ウガアァアアァッ!!」
何体か仕留められれば儲けものと思ったが、やはりそう都合よくはいかず、足や腕を何本か貫いた程度だった。幸運にも無傷の者すらいる。
だが、これは予想の範囲内、いやそれ以上の結果だ。以前はかすり傷ひとつつけられなかったのだから。
エルダの使える最高位の攻撃魔術であれば、この五体をまとめて仕留めることも、もしかしたら可能かもしれない。
けれど確実ではない。相手は〝群れ〟だ。
一体でも討ち漏らしたら万事休す。最高位の魔術を一撃でも放てば、エルダの魔力はほぼ枯渇する。
以前より魔力量は増えたけれど、防御や攻撃に使えるほどの残量は期待できない。逃げるだけで精一杯となり、彼女の体力ではやがて必ず追いつかれてしまうだろう。
相手の動きを封じつつ、己の魔力・体力を温存する。
かざした腕と手の平が燐光を帯びて、美しい光の紋様を描いた。
魔術でつくった檻を補強し、かつ周辺の気配の探知もおろそかにはしない。
エルダのもとに【小鬼】の矢は来なかった。彼女を狙った瞬間、その個体はシモンの的になるからだ。まるでこちら側の弓使いが何名もいるかのように、次から次へと【小鬼】が倒れる。
(負けていられませんわね)
エルダには杖がある。
この右手がそうだ。
エルダの右手は、杖だ。
魔法使いから授けられた杖。彼女はそう思っている。
何やら青い小鳥が勝手をして、魔法使いからすれば予定外の事態に頭を抱えていた様子だったけれど、それについては怒りも不安もない。
切断された腕の記憶。当然のようにここにあるものが、突然なくなってしまうこともあるのだと知った。
生まれ変わったこの腕も、この先またいきなり失われてしまうかもしれない。
そんな想像をしても、不思議なほど恐怖を覚えなかった。
トラウマに縛られて動けなくなるのではなく、逆に肝が据わったらしい。
横合いから斬り落とされぬよう、まず左右の防御を固めた。
おそろしく精度の上がっている魔術操作に自惚れはせず、いつこの杖が失われても、左の杖で反応するべく心の準備をする。
魔法使いとの訓練において、エルダは己の固定観念が次々と破壊されていくのを感じていた。
一切の呪文を唱えず、魔術士の専用装備たるローブもなく、杖もなく、風を、火を、水を、土を、まるで呼吸のように操る。
妖猫族のグレンは、彼女の動きを「半獣族並み」と評していた。およそ一般的な魔術士の動きではないと。
そして精霊族の王子達でさえ、彼女と同じ真似はできないと断言していた。
『彼女の魔力の及ぶ範囲はおそろしく広い。我々が到底影響を及ぼせない場所にさえ彼女の〝魔法〟は届く――いや、その場所にある魔力をそのまま動かせると言ったほうが適切か。これは上手く説明できないのだが……通常ならば、魔術を発動する場合、その魔術士が起点となるだろう? セナの魔法は、起点をまったく別の場所へ自由に設定することすら可能というか……やはり、上手く言えん』
何となくだが、エルダは彼らの言いたいことが充分わかった気がする。きっと魔術士ではないアスファ達が聞いても、それのどこが凄いのかと腑に落ちない顔をするだろうが。
(要するに。わたくしが攻撃魔術を放つ際、あくまでもわたくしの魔力が中心となって放たれるものがほとんどだけれど、師匠の魔法は、どのあたりからどう放たれるかまったく予測がつかないのですわよね)
訓練の際は、エルダに合わせて手加減し、まるで魔術のような魔法の使い方をしてくれていたけれど。
あの魔法使いの本来のやり方は、到底他者に真似ができるレベルではないのだ。
――けれどエルダの中で、いつの間にか、あの姿こそが理想となっていた。
幼い頃に憧れた物語の絵、気高く美しい太陽の女王ではなく、血と熱をもった〝本物〟を前に、「これに近付きたい」と強く望むようになったのだ。
あんなふうになれるとは思わない。間違いなく無理だと確信している。
その上で、「あれがわたくしの目標」と、日に日に強く感じるようになった。
よく言うではないか――目標は高くもつべきだと。
同じものになりたいなどとは思わない。
同じことができるようになるとも思わない。
その上で、エルダはあれを目標にすることに決めた。あの場所を目指し、あの魔女が目の前でやっていたことを、己の中に落とし込む――出来うる限り。
そう決めた瞬間から一切の無力感も屈辱感も消え、ただ高揚する心が残った。
(わたくしは、高みを目指すわ。今まで通りに。でも、今までと同じではないのよ)
傲慢な子供の、実のない虚像を追い求め、それに周囲を巻き込むことは二度とするまい。
討伐者として成功する。正当な評価を得て、今よりも高いランクに到達する。それが叶った暁には――。
(……お父様。一度戻ってお詫びいたしますわ。お母様にも、さぞご心配おかけしているでしょうし。弟にも……)
それから、かつて大変な迷惑をかけてしまったであろう、指導役だった人々にも挨拶に向かおう。
もしかしたら追い帰されるかもしれないし、罵倒を浴びるかもしれないけれど、その時は甘んじて受けよう。
南へ行き。
戻って来た時は、必ず。
射手の【小鬼】達はもう何匹も数を減らし、【人喰巨人】をすべて拘束するまで、実際はさほど時間は経っていない。
大物達の意識は今、すべてがエルダに集中していた。
その瞬間、奴らの意識の向いていない方向から、躍りかかる姿。
一方はアスファ。
もう一方はリュシーだ。
エルダの唇に笑みが浮かぶ。
本番でいちいち誰かが「ああしろこうしろ」と指図をする必要はない。
誰が何をすべきか、すべて事前に打ち合わせ済みなのだから。
拘束しつつ囮役。過去のエルダさんは間違ってもそんな役割に納得しなかったでしょう。
次はアスファ君とリュシーさんの前衛組です。