179話 小鳥の所業
前回から三日もあけてしまった(汗)
小鳥さんが炸裂の回です。
多少のハプニングはあったものの、それ以降は特筆すべきトラブルなどはなく、予想以上に懐が温まったアスファ少年の一行は、この機会に装備を一新した。
ともに剣山鼠の群れを討伐した高ランクパーティに付き添いを頼み、彼らの助言を得ながら各々の防具と武器を揃えた。
彼はますますリーダーとしての素質の片鱗を見せ、無闇に背伸びをして高級品に手を出そうとはせず、ランクに応じた品々を望んだ。一年後の自分達の生活を見据えた節約と、いつか自身で物の良し悪しの判断がつけられるよう、先達からアドバイスを受けてさまざまなポイントを学ぶためである。
良い傾向だ。
今の彼らならば、身の丈に合わない幸運を目の前にぶらさげられても、たやすく飛びかかって泥沼にはまったりはしないだろう。
小鳥はアスファ一行を〈門番の村〉へ呼び寄せ、エセルディウスとノクティスウェルに〈スフィア〉から運ばせた装備品を、彼らの前にずらりと並べさせた。
「……何すか、これ?」
《あなた方のために準備しておいた聖銀製の武具です》
「えええっ!?」
「み、みみ、みすりるぅ?」
「わ、わたくし達、剣山鼠の報酬で新調したばかりなのですが……!?」
《存じております。これらはあくまでも一時的な貸与品、さしあげるわけではありません。欲しければ、この装備品に見合う実力を備えていただきます。それが最低条件です》
「――――」
彼らは一様に目を瞬かせ、次いで瞳の奥に好戦的な光をちらつかせた。
過度な臆病さが難点であったシモン少年も、教官の厳しい訓練に耐え抜いて自信がついたのか、挑むように目の前の装備品を見つめていた。
アスファ少年のパーティメンバーには重装備の者がおらず、全員身軽さを重視した防具になっている。
聖銀の鎖を縫い込んだ上衣を、デザイン違いで四人分。そして前衛メインのアスファ少年とリュシーには聖銀の軽鎧を、後衛メインのエルダとシモン少年には聖銀の胸当てを。
白銀の輝きは人の目を引き過ぎるため、鎧と胸当ては表面を黒紅色の【イグニフェル】の素材で薄く覆い、部分的に聖銀が顔を覗かせるデザインにした。
大抵の魔術士はローブと杖がセットになっており、一見すればエルダの格好はあまり魔術士向きではない。
が、それは中央に集中しがちな高位魔術士の植え付けた先入観だ。魔力操作の安定性の向上、魔力回復の付与、制御能力の補正効果――それらを備えた武具のほとんどが、安全圏での利用を想定されたデザインのローブと杖になっており、そして高位魔術士の大半は野蛮で血腥い接近戦を嫌う。
エルダも以前はそういう典型的な〝貴族的〟魔術士像に頭の中が固定されており、彼女が実家から身につけてきたものは、ドレスと呼んで差し支えのないワンピースと繊細なローブだった。
杖も言うに及ばず、実戦での使い勝手より、盗難の危険性をつねに念頭においておかねばならない代物で、まず討伐者向きではなかった。
「おわ、着心地いい!」
「あつらえたようにピッタリですわね」
「つけている感覚がほとんどしませんよ。腕を振っても違和感や抵抗感が全然ありません」
「ほんとだ……これ、もとの装備に戻す時、慣れるのに苦労しそうだね」
口々に嬉しそうな感想を交わす中、小鳥の声がさらりと冷水をかけた。
《ちなみに悪意ある者が触れた場合は死なない程度の電流が流れ、それでも強引に運び出そうとした場合は一歩進むごとに重量を増す仕掛けを施してあります》
「…………」
盗難防止策は万全ですアピールに、全員が無言になった。
――それはつまり、性能も価格も跳ねあがると噂の【魔道武器】ではないか?
聖銀メインで【イグニフェル】素材も使った【魔道武器】。
つい市場価値を想像してしまった四人は、おっかなびっくり自分達の装備を見下ろした。
さらに、それぞれの専用武器も貸与された。
リュシーには聖銀の細剣を。
シモン少年には万年樹と聖銀の弓矢を。
エルダは杖に依存しない魔術制御を己に課しているので――再生した腕がそこらの杖以上の役割を果たすからでもあるが――聖銀のナイフを二本。これは支給したレギンスの太腿部分にナイフホルダーを装着し、護身用の隠し武器として使う。
ラストは、アスファ少年の特別品だ。
「えと、これ、何っすか?」
「貸してみろ。こうして装着する」
首をかしげる少年からエセルディウスが〝それ〟を受け取り、右耳につけてやった。
――それはどう見ても、若者が好みそうな洒落た耳飾りであった。
「耳飾り型の魔道具、ですの?」
《ワイヤレスイヤホンです》
「わいや……えっと、何?」
《このような道具です》
「――おわあッ!?」
「きゃっ!? なな何ですのいきなり!?」
「アスファ?」
「ど、どうしたの?」
「いいい今、今、耳もとでっ……!?」
目の前にいる小鳥の声が、突然右耳の間近から響いたのだ。
驚きと恐怖で震えながら、少年はおそるおそる耳飾りに触れる。
《その道具からは私の送った声が装着者のみに届き、ほかの者が耳を澄ましても聴こえないようになっております。精霊族や灰狼であっても、互いの耳が触れるほど接近しなければ聴こえません。声の響き方が若干異なっているはずですので、区別がつけられるように慣れてください。さもなければ第三者が目にした際、あなたが奇妙な独りごとを叫んでいる危ない人に見えますよ》
「うえッ!?」
《では次へ行きましょう》
ムンクの〝叫び〟と化したアスファ少年を置き去りにし、小鳥はさくさく次の段階へ進む。
最後のひとつ。――それは、アスファ少年の〝専用武器〟だ。
誰もがその正体にぴんと閃き、何も気付かなかったふりをして部屋に戻りたい顔になっていた。
されど、ノクティスウェルの微笑みが「観念しようね?」と逃亡を許さない。
彼が容赦なく長い布の包みを外すと、そこにはやはり想像通りのものが現われた。
(……やっぱりかよぉぉ~っ!)
だが少年の記憶にある姿とはかなり違う。
まず、くすみや汚れが完全に除去されて綺麗になっていた。
それに、いかにも王侯貴族の好みそうな装飾がすべて取り払われ、よりシンプルになっていた。
余分な装飾を除いたことで機能美が際立ち、見る者が見ればこちらのほうが美しいと評するだろう。
鞘はアスファの虹彩と似た群青色、柄や模様は輝きを抑えた鈍い金色だ。
「ハハハ……」
乾いた笑いをこぼしつつ、少しだけ抜いてみる。
剣身は、空色――表面の部分だけ、わずかに透き通っている。
「これって……」
「うん。神輝鋼だね」
ノクティスウェルがふわり、と微笑みつつ宣告し、アスファ少年の意識が刈り取られそうになる。
(知ってるぞ。あんたみたいなのを〝隠れどエス〟っていうんだろ!? 師匠に聞いたんだぞ!!)
くらりと身体が傾ぎそうになった拍子に、視界の端で何かがきらりと煌めいた。
鞘と柄の部分にそれぞれ、さりげなく埋め込まれた石……。
「こ、ここここれはぁっ!?」
《浄化しました》
「じょうかしましたって!?」
――だから、何を。
《回復不能なまでに汚染された部分を除去した結果、どちらも小指の先程度の大きさになってしまいましたが充分でしょう》
「じゅうぶんでしょうって……っっ!?」
《ちなみに防具と同様、剣から所有者と認識されたあなたの許可なき者が持ち去ろうとした場合、重量を増して持ち上げられません。これはこの剣そのものが初めからそのような仕様になっておりました》
「は、はじめから? ……所有者って?」
《それに加えて、神輝鋼の精神感応性を利用し、独自に開発しました魔導式と組み合わせ、手元から飛ばされてしまった場合でも「戻れ」と念じれば浮遊して戻ってくる仕組みを追加しております。マスターの魔導刀にも同じ仕組みがあるのですが、ご存知でしたでしょうか》
「……ちらっと……聞いたことは、あるけど……」
《物質転移で瞬時に戻るようにしたかったのですが、この世界には生命エネルギーや魔力などとも違う〝存在力〟なるものがあり、個別の転移には膨大なエネルギーが必要となるようです。あらかじめ繋げておいた空間転移の道の内部を、〝存在力〟の大きな者が通過する分には問題がないらしいと最近判明したのですが、いつでもどこでも道を繋げられるわけでもありませんので、結局は断念せざるを得ませんでした》
「は、はあ……」
《魔力などと異なり、〝存在力〟は現時点で観測も数値化もできません。ですが〝有る〟ことは確かなようですので、これは今後の課題と言えるでしょう》
「………………」
…………。
もはや何を言われているのやら、これっぽっちもわからない。
つまり要するに、結論だけを言えば。
……神々の剣やら奇跡の剣やら言われているこれを、好きに加工したということになるのだろうか。
そしてこれでもまだ足りないと言っているのだろうか。
【………………】
気のせいだろうか。
先ほどから剣が何かを言いたそうにして、でも言えない雰囲気を醸し出している気がするのは。
(あ……アーク…………オマエよぉ…………)
瀬名がつねづね声を大にして叫んでいることを、この時アスファ少年も心の底から思った。
――この小鳥、何かがおかしい……。
いわくつきオリハルコン(お祓い済)、勇者の剣と合体。