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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
南の地にて
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176話 船上での再会


 一隻の船が近付き、一定の距離で静止すると、そこから何本もの縄梯子が投げかけられた。

 縄の端を鉄骨にしっかりくくりつけ、労働奴隷だった人々を優先し順番に渡らせてゆく。

 彼らは口々にゼルシカ達へ礼を告げ、斜めの梯子を四つん這いでのぼり進んだ。はたから見れば少々間抜けだったが、長らく高所で作業をさせられてきたためか、高さに竦んで動けなくなる者は幸いにしていなかった。

 雪足鳥も羽根を広げてバランスを取りながら、器用にひょいひょい渡ってゆく。魔馬だったならこうはいかないだろう。


「にしても、でけえ船だなー」

「内陸の河川じゃ見かけない大きさだねえ。立派なもんだ」

「湖でもこんだけでかいのは見たことねえよな」


 船は数隻、なかなか上等な大型船ではないだろうか。

 最後にゼルシカ達の一行も全員が難なく渡りきると、船員が曲刀を振ってすべての縄を断った。


「あなた方はあちらの船へ移ってください、魔道具技師が待機しておりますので」

「あ、ありがとう、ありがとう」

「う、うう……」

「ぐすん……生ぎででよがっだ……」


 ゼルシカ達があらかじめ「船員の指示に従え」と命じていたおかげで、隷属具の反発にも遭わず、労働奴隷達は船の間に差し渡された梯子を通って、技師がいるという別の船へ移っていった。

 彼らはこれから、己を束縛し続けた鎖からようやく解放されるのだ。


「随分いい乗り物を寄越してくれたじゃないかい、ウォルド?」

「ああ。これだけ大きな船なら一隻で足りるかと思ったんだが、提供してくださった方が『多めに連れて行け』と仰ってな。ご厚意に甘えて正解だった。結構な人数になったな」

「あれの建設作業員としちゃあ、少ないほうだと思うがね……まともな公共工事ならさ」


 背後にあるむき出しの基礎や鉄骨部分を親指で指し、ふんと不愉快そうに鼻を鳴らす。

 腰に手を当てて胸を反らせた拍子に、体格のいいウォルドの後ろで、うずうずと肩を揺らしている少年少女の姿が目に入った。

 どうやら、邪魔をしてはいけないと我慢しているらしい。微笑ましい様子にゼルシカは吹き出しそうになった。


「アスファ、エルダ、リュシー。訊くまでもないだろうが、首尾はどうだい?」

「――ああ、ばっちりだぜ!」

「この通りですわ!」

「ゼルシカ様も、ご無事でよかったです」


 見えない尾をぶんぶん振りながら、満面の笑顔で前に出るアスファとエルダに、苦笑するウォルドとリュシー。それを見て女将は呵々と笑う。

 ゼルシカは黎明の森の食事会に呼ばれるまで、駆け出し討伐者のパーティ〝曙光の剣〟――魔女や聖銀(ミスリル)ランクの討伐者達が鍛えたと噂のメンバーとは、実はほとんど交流がなかった。

 なのに何故この少年少女がゼルシカに懐きまくっているかというと、彼らが瀬名の訓練でギルドや〈薬貨堂・青い小鹿〉へ通じる道を走り込みで往復している際、いつも「頑張ってるねえ、これでも食べな」と蜂蜜飴や焦がし砂糖をからめた木の実をくれていたからだった。

 疲れ切ってふらふらの身体に、染み渡る甘さ……ゆえに二人の中で、泣く子も黙る〈薬貨堂・青い小鹿〉の女将ゼルシカは、〝甘いおやつをくれる優しいお婆ちゃん〟認定されているのだった。


「ゼルシカさんは何もなかった? 身体とか大丈夫か?」

「ここに来るまで何日もかかったんじゃありませんこと? 相当に長い道のりでしたでしょうし」

「そうさねえ。ほとんどは窓もない通路ん中を鳥で突っ走ってたからね、朝も夜も曖昧で日付の感覚はあんまりなかったさね。でも定期的に腹が空いてたし、何日かは経ってたんだろうよ」


 聞くともなしに聞いていたカシムとカリムが、ぼそりと突っ込んだ。


「適当だな……途中で携帯食が尽きてたらどうするつもりだったんだ?」

「だよね……」

「あん? いざとなりゃ壁をぶち破るなりして、捕獲しに行きゃいいだろ。細かいこと気にするねぇ」

「細かいことじゃないだろ!」

「何を捕獲する気だったんだろう……」


 残念ながら、ゼルシカの大立ち回りをさんざん見せつけられた後では説得力しかない。

 餌を発見したつもりの妖鳥が寄って来て逆に――という光景まで容易に想像できてしまう二人だった。

 もしあの時点で食べ物が尽きていたら、あれらはきっと焼き鳥になる運命が待っていた。そんな気がする。


「ゼルシカ様、そちらの方々は? 神官のアロイス様とメリエ様は、お食事会の折にお会いしたので存知あげておりますけれど……」

「ああ、すまんね。――こっちはカシム、こっちはカリムだよ。こいつらの事情について聞いてるかい?」

「あ――はい、伺っておりますわ」


 アスファ達三名は神妙な面持ちで居住まいを正す。

 帝国の元間諜。元奴隷。

 警戒心よりも、初めて会う分野の実力者に対する緊張のほうが強かった。


「初めまして、カリムです。どうぞよろしく……でいいかな?」

「……カシムだ」

「あ、どうも。俺はアスファ……こっちは俺の仲間、エルダとリュシーだ」

「エルダと申しますわ、よろしくお願いいたします」

「リュシーです。よろしくお願いします」


 カリムは愛想良くにこにこ笑顔を浮かべ、カシムは仏頂面だ。


(なんつーか、正反対だなあ。てかこっちの人、機嫌悪そう? 俺ら嫌われてるっぽい?)


 カシムの反応に慣れていないアスファは首をひねっている。

 が、それは杞憂に過ぎなかった。

 カシムもカリムも、実際は今のやりとりだけで、アスファ達への評価を上のほうに付けている。卑屈ではなく、かといって無駄に調子に乗っている若造でもなかったからだ。

 ゼルシカがきょろりと辺りを見回し、不意に尋ねた。


「ところであんたら、もうひとり加わったんじゃなかったかね? 四人目はどうしたんだい?」

「あー……」

「それが……」

「なんだい、ひょっとして不合格にでもなっちまったかい?」

「ああいや、ちゃんと合格したよ! あいつ、昔っからほぼ自力で生きてたっつーの伊達じゃなくてさ。食える野草とそうじゃないやつも知ってて、やべぇ時とか勘が働くし、無謀な真似もしねえし、最近は度胸もついたみてーだし」

「お食事の改善で、だいぶ身体も出来てきたと伺ってますわ。それに、以前住んでいらっしゃった村の近くの小神殿で、最低限の読み書きも習っておられたらしいのです。意外と基礎がしっかりなさってて、加えて厳しい訓練も逃亡できず……いえ逃亡せずに耐えておられましたから、無事わたくし達と同ランクで合格できたのです。……それはよかったのですが……」

「なんだい、ひょっとして単独(ソロ)希望で曙光の剣のメンバーになってくれなかったかい? それとも先輩パーティーの奴らが生意気にイヤガラセでもしてきたかい? どいつかね、最近ドーミアに移った黒翼の盾か月の爪の野郎どもか……」

「ちち(ちげ)ぇーって!」

「ち、違いますわよ、あの方々は親切にしてくださいます! そうではなく……」


 妙に歯切れが悪い。

 ゼルシカはウォルドのほうに視線を移した。

 神官騎士は同情めいた光を瞳に浮かべ、小さくため息をつく。


「早い話がシモンは、……船酔いだ」

「……あれまぁ」

「今、船室で死にかけている。そっとしておいてやってくれ……」


 …………。


「……その坊や、精霊族(エルフ)のラフィエナの特訓受けたんだろう? それでも酔っちまったのかい?」

「樹の上から狙いをつける訓練もしたそうなんだが、枝の揺れと波の揺れはまったく違ったらしい。酔わん俺達には、何故これで酔うのかよくわからんのだが……」

「あたしもわかんないねぇ、そりゃ。湖の船とは違うっつーのはわかるんだけどねえ。こういうのも体質とかで違うもんなのかね?」

「かもしれん。とりあえず、ラフィエナ殿には秘密にしてやってくれないか……?」

「そんな酷い状態なのかい?」

「陽の下で会っても、なりたての屍死鬼と区別のつかん顔色になっている。以前酒場で、もらったばかりの給金を賭けで全額失った男があんな顔色で虚空を見つめていた」

「どういう喩えだねそりゃ。……ま、秘密にしたっていつかバレそうなもんだけど、秘密にしといてやるさね……」

「すんません、ゼルシカさん……」

「本人も不甲斐ないって落ち込んでますし、内緒にしてくださるとありがたいですわ……」

「そうですよね……しばらくの間は」


 せっかく堂々と登場すべき再会の場面で、半幽鬼状態。

 もしこの瞬間に戦闘が始まったとしたら、間違いなく使いものにならない。

 それがあの、おっとりと麗しい外見からはかけ離れた、瀬名に負けず劣らずの鬼教官に知られたら。


『ふふ……ふふふ……儚い人生だったな……』


 船室にこもっている仲間の綺麗な微笑みを思い返し、仲間達はその日ができるだけ遠ければいいと祈るのだった。




シモン君、まさかの船酔いで戦力外通告。

これは仕方ないです。仕方ないんですけど、ラフィエナ教官は果たして…。


次の更新はまた一日あくと思います。

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