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174話 こじれた兄と弟 (前)

今回はかなり短いです。


 光王国の西のほぼ端に、デュカス伯爵領がある。

 先々代の頃までは〝栄光の都〟と華々しく呼ばれていたものの、現在では可もなく不可もなく、特筆すべき見所や名産のある場所でもない。

 実際には〝栄光の都〟は誇張に過ぎず、その実態は金箔でぎらぎら照り返る船が、穴あきをろくに修繕されず傾く姿そのものであったと言われている。

 先代と当代の領主は、そこから可もなく不可もなくの状態まで持ち直し、領民の生活を安定させたとして尊敬を集めている人物だった。


 重厚な雰囲気の応接間で、くだんの領主と向かい合いながら、ドニは愚劣の塊であった過去の己と対峙していた。

 王宮で己の地位を確たるものにする、それだけで頭をいっぱいにし、自領の運営を領主代行に丸投げしている貴族も多い中、自ら立て直しに奔走し成功をおさめる者は稀だ。

 たとえ王宮に食い込もうとしても、デュカス家の者は他の貴族からはあまり歓迎されない。そんな不利な状況で、どこへも媚を売らずに領地の息を吹き返させた凄さが、今になってようやく理解できる。

 ドニにはそんな気概も、導く力もなかった。


(理解すんのが遅いってんだよな……)


 いかにも気難しく、貫禄のある当代のデュカス伯爵――エクトル=ヴァン=デュカス。

 十ほども歳の離れた、ドニの腹違いの兄だ。


 昔のドニはこの兄を、世の愉しみを解せない、頭の古臭い頑固者としか見ていなかった。

 顔を合わせればえんえんと叱責を聞かされ、苦手意識が先立ち、金の無心をする以外はなるべく避けていた。

 本音を言えば、今だって逃げたくて胃がねじれそうになっている。

 けれどドニは、ここに来なければならない理由ができてしまった。


 ――魔女が、この男に会えと命じたからだ。


 ドニが浮浪者同然となり、利用された背景。昨今の不穏な動きは水面下で連動しており、デュカス伯爵領もその中に含まれている――というより、明らかにあやしい位置付けにあった。

 気の触れた元グランヴァル侯爵や、逃亡して行方不明になった元令嬢は、余所の土地を狩場にしていたという話だったけれど、何故かこの地は手つかずで素通りされている。

 見るからに悪事に手を染めていそうなグランヴァル侯爵夫妻ばかり目立ち、デュカス伯爵領がほとんど注目されてこなかったのも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()あやしい点だ。

 けれど魔女は、このエクトル=ヴァン=デュカスについては断定を避けた。


『どういう人物なのか、調べてもあんまりハッキリしたことが出てこなかったんだよね』


 真面目で、頑固、気難しく、領地運営は真面目に淡々とこなし、私生活は質素堅実、王都へも用がなければ足を運ばず、あからさまな野心、権力欲なども見受けられない。

 これらは多くの者が知っている程度のことであり、黒幕との関わりを否定できるほどの情報ではない。


 いくらグランヴァルという餌に自信があったとしても、いつかは喰い破られて先へ進まれる。

 罠を仕掛けるならば、二重三重に仕掛けるのが基本。

 次に疑わしいのはデュカス――そう仕向けているとすれば。


 白という確証もなければ、だから黒だとも断言できない。

 ゆえに、ドニが直に会って確かめることになったのだ。

 何らかの証拠を掴めとは命じられていない。ただ、会って話せと言われている。

 この兄が、本当はどういう人物なのか。


(……セナ様って、どういうアタマしてんだかな)


 不機嫌そうな兄の様子に胃をきりきりさせながら――ひょっとしてまさか、この兄は本当に無関係なのではないか、と、早くもドニは感じていた。

 虚飾を好む連中ならば「華やかさが足りぬ」と鼻で嗤いそうな、けれど質を重んじる者ならば「気品がある」と好感を抱きそうな内装と家具。

 貴族らしく豪奢ではあるが、不思議と華美ではない兄の装い。


 もう十年以上も顔を見せていない不出来な弟から、いきなり会って話したいと手紙が届き、事務的なあっさりとした文面で、それでもエクトルは了承の返事を書いた。

 つまりそこで破り捨てなかった。

 ドニがどんな目的で接触をはかってきたのか、思惑を読み取る目的で了承したのかもしれないけれど。


 領主邸の門を通し、応接間に通し、ドニの背後に数名の護衛が立つことも許可した。

 灰色の耳と尾の大柄な獣人達に、一瞬だけギョッとして警戒心を覗かせたものの、撤回することはなかった。

 エクトルの近くには、老いた執事がひとりだけ。館の主の無防備な状況に、老執事の心中は穏やかではないだろうに、客人への不信感を表に出したりはしない。

 むしろこの二人は、ドニから何かをされる不安より、〝あのドニが護衛を連れている〟点に最も驚いている様子がある。

 昔のドニと比較して、身なりや雰囲気の違いにも驚いて当然だった。

 巧みに隠してはいるけれど、「本当にドニなのか?」と目が言っていた。


(そりゃあ、びっくりするよな……俺でも逆の立場ならびっくりするわ)


 ドニは瞼を閉じ、ゆっくり息を吸った。

 そうして、まっすぐに兄の目を見つめる。


「……まずは、長らくご無沙汰して申し訳ありませんでした、兄上。突然のお願いであったにもかかわらず、快く迎え入れてくださり、ありがとうございます。私がこれまであなたにかけてきたであろうご迷惑、気苦労の数々についても、心からお詫びいたします」

「――――」



 誰だこいつ。


 ドニ以外の全員が心の中でハモった。




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