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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
たびびとレベル1、始動
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16話 十五歳、はじまりの町で (5)


 それはまるで己の身体の一部のごとく、まったく違和感もなく馴染んだ。

 握りの部分は同じ温度で手の平に馴染み、思考能力など備えていないはずなのに、まるで〝小鳥〟のように呼べば応えてくれる感じがする。

 それは決して錯覚ではなかった。瀬名の精神波に呼応し、見えるか見えないかの微細な超高速の振動が生じて、刀身の表面に陽炎(かげろう)が生じた。

 もし瀬名に魔力を感知する能力があれば、その剣が周辺の魔素を吸収し、速やかに必要なエネルギー――すなわち魔力へ変換するさまを、最も近くで感じられたはずだった。


(お……おおっ!?)


 瀬名は驚愕に目を瞠った。

 柄の紋様、暗いえんじ色だった部分が、鮮やかに発光していたからだ。

 それだけではない。ゆるく反った刀身に、ゆらめく黄金の紋様が浮かびあがっていたのである。

 柄や鞘に施されていた鈍い金色の装飾模様に、その輝きが反射して――


《いかがですか》

「こ、このデザインと演出はわざとか!? わざとだな!?」

《お気に召されませんでしたか》

「いえいえいえいえいえ――先生グッジョブです! 最高です……!!」


 ARK(アーク)師の理解があり過ぎて怖いけれど嬉しい。

 これはKATANAだ。紛うことなきKATANAだ。

 国籍不明のキャラクターが織り成すジャンル混合ゲームで、何故か剣からエネルギー波が放たれ、巨大な魔導機兵をも両断できてしまったりするあれだ。

 〈魔改造式魔導刀A03号グリモア(仮)〉的なあれだ。


《高濃度の魔力を刀剣内部のみで循環させており、大気中に分散される量はごくわずかです。それでも長時間使い続ければ勘の良い者には気取られますので、約三分以内には片をつけてください》

「ちょ、先に言えっての!」


 一声叫び、地上めがけて駆け降りた。

 垂直に立った壁の上を。


 眠り薬のたぐいだろうか、娘の鼻に男が何かを近付けていた。その腕を狙い、肘の下あたりめがけて、剣の刃を振りおろす。

 抵抗は少なく、「すぱん」というより「すっ」という感じで、腕が飛んだ。

 地上へ到達する直前に壁を蹴り、回転を加えながら膝を屈伸させて着地時の衝撃を相殺。消えた腕に一人目の男がきょとんとしている隙に、低い体勢のまま背後へ回り込んでアキレス腱を切断、勢いを殺さず前転し、近くにいた二人目の足もとを同様に薙ぎ払う。

 三人目が(なか)ば呆然としながら、左腰の剣に手をかけるのが見え、それを抜き放つ前に右腕を切断、返す刃で膝下をななめに斬った。

 残るは人質をとった男二人。驚愕に目を見ひらく令嬢と一瞬だけ視線が絡まるも、特に何の感情も湧かない。

 これがもし白馬の王子様の劇的な登場シーンなら、囚われの少女に瞼を閉じるよう懇願し、無意味に時間をくうところか。しかし事前にそんな声がけをしていれば、敵に防御と反撃の猶予を与えてあげるようなものである。


 奇襲上等。

 殺人その他、山ほど前科のある凶悪犯相手に情け容赦は無用。


 ついでに「動くんじゃねえ、こいつがどうなってもいいのか!?」などと、敵が人質を盾にとる宣言を律儀に待ってやる必要はないのだ。言わせる前に()ってしまえばいい。

 四人目の背後の壁を走り、通り過ぎざまに死角から首を裂いた。

 勢いを殺さぬまま、同様に侍女を羽交い絞めにしていた五人目の首も切り裂く。

 襲撃された事実を呑み込む暇すら与えず、五人全員を完全に無力化するまでにかかった時間は、ほんの十秒もあったろうか。


 二人分の首が地面にごろりと落ち、次いで胴体が重力に従ってどさりと落ちた。

 ここに至り、己の現状を理解した男達の唇から絶叫がほとばしる。


「ぎゃああああああ!!」

「うわっ、うわああああっ、おれの腕があああああっ!?」


 これで人を呼びに行く手間が省けた。

 令嬢と侍女が「あ」と上手に気絶してくれて、パニックを起こされる懸念も消えた。

 とくに外傷は見あたらない被害者二人は放置し、悲鳴をあげて転がりまわる三人の様子を観察する。根性のある者なら、こちらを油断させた直後に、隠し武器で攻撃してくるかもしれない。

 ありそうなのは、片手でも扱える吹き矢か。その気配をわずかでも見せたら、残った腕も落とそう。


「…………」


 おかしいな。

 もうちょっとこう、いろいろくるかと思ったんだけど。

 瀬名は首をかしげた。


 初めて人を殺めた。肉を裂き、骨を断つ手応えも知った。

 なのに、これといって何も感じない。

 ちょっと自分、大丈夫なのだろうか?


 いくらゲーム世界で擬似戦闘を数え切れないぐらい経験したとしても、現実は現実、ゲームとは違う。

 いくら相手が同情の余地など微塵も抱きようのない、腐り果てた性犯罪者や快楽殺人者だとしても、それはそれ、これはこれ。平和ボケに浸かりきっていた人間が、いきなり武器を手にして相手を殺傷したら、少しぐらいはショックを受けるのが普通の反応だろうに、何の動揺もなく、初実戦の高揚感もない。

 心は凪いでいる。始めから終わりまで。

 覚醒早々、某氏に目の前で自殺されるという精神的ショックを、既に与えられていたからだろうか?

 それとも、武器の性能が良すぎるあまり手応えが希薄で、実感が間に合っていないとか?


(――うんにゃ。どうも、教授の教育方針の成果な気がする……)


 大画面の至るところで展開する、惨劇の朱池肉林。

 R30指定無修正グロテスクホラー。

 と見せかけて、この星の各地で実際に起きている、洒落にならないノンフィクション。

 そんなあれこれのたっぷり詰まった、血も凍る記録映像観賞会を、マッドドクターARK(アーク)式カリキュラムにみっちり組み込まれ、たびびと・レベル1の日帰り冒険計画が発表される直前まで、嫌がらせのごとく毎日毎日観続けてきた。

 そのおかげで耐性がついたのだろう。

 ちょっぴり心が荒んだともいう。

 多分これが正解な気がする。


(……あれ? ひょっとしてこれ、(せん)の……)


 気付いてはいけないことに気付きそうになった瞬間、男とも女ともつかない声が思考を中断させた。


《三名接近しています。警備兵ではありません》


 青い小鳥がぱたぱたと羽ばたき、左肩にとまって囁く。


「他の仲間かな?」

《おそらくは》


 小鳥が肯定を返した直後、近付いて来る足音が耳に入った。


「なっ、――なんだこいつぁ!?」

「このガキッ、てめぇがやったのか!?」


 小鳥の報告どおり三名。他にもいるのだろうか。

 悲鳴を聞きつけてやって来たのだろうが、なるほど、これが悪手というやつか。

 わかり易くて、とても勉強になる。


「……わざわざ自滅しに来てくれてご苦労さん。私があんたらの立場なら、遠目でこっそり様子を確認して、そのまま姿をくらます算段つけるところだよ――人攫いどもが」

「んだと!?」

「ざけやがって……!!」

「このクソガキ、ぶっ殺してやる!!」


 合流した三名が武器を手にしようとした瞬間。



「そこまでだ、全員動くな!」



 お待ちかねの声が響き渡った。

 さりげなく刀身内部から魔素を拡散させ、剣――魔導刀をおとなしく鞘に戻した。

 そのまま反意のなさを示すべく、鞘ごと足もとに置き、両手を挙げる。

 悲鳴を聞きつけたのは、なにも連中の仲間だけではない。警備兵もだ。

 すぐに路地は大勢の兵士に塞がれ、蒼白になった男達も両手を挙げた。


≪あ。これ、「抵抗の意思はありません」て合図は共通してるのね?≫

≪そのようですね≫

 

 つい銃を構えた警官向けのポーズを取ってしまい、恥ずかしい失敗をしでかしたと内心慌てたのだが、状況的に違和感のない行動だったようだ。瀬名は密かに胸を撫でおろす。

 兵士達は現状を見てとると、こちらを警戒しつつも素通りし、きっちり犯罪者のみを縛りあげた。うめく怪我人は強引に止血し、容赦なく連行していく。


≪……逃げなくて大丈夫だよね?≫

≪大丈夫です。彼らはマスターが恫喝されているところをしっかり聞いていますから、非がどちらにあるかは明白です。それにこの領地では、容疑者でもない者を犯罪者扱いはしません≫

≪容疑者ですらないんなら、そりゃ犯罪者扱いなんてされないでしょうよ?≫

≪まともな統治がなされている場所ならば、そうです≫

≪あー……なんとなくわかった。まともじゃない所だったら、非があろうがなかろうがアウトだったってことか≫

≪そういうことです≫


 このあたりの領主は、デマルシェリエ辺境伯というらしい。代々かなり出来た人物らしく、民からの信頼と部下からの尊敬をこれでもかと集めているそうな。

 そんなデマルシェリエの辺境騎士団は、光王国内で最も質が高いと評判だった。下っ端まで精鋭と噂されるほど優秀な人材が集まりやすく、騎士達はみな領主一家を心から敬愛し、主君に顔向けできなくなるような恥ずべき人間にはなるまいと、自主的に己の言動を省み、律することを旨としているのだそうだ。


「失礼。状況の説明をしてもらいたいので、我々と一緒に来てくれないだろうか」


 リーダーらしき人物が、丁寧な物腰で問いかけてきた。

 質問の体裁をとっているが、こちら側に断る権利はない。

 しかしこれが他領の警備兵だった場合、被害者を助けた側まで一緒くたに捕縛・連行したり、本気で連中の仲間と疑って長時間の尋問に及ぶことも考えられるのだ。形だけでも相手の意思を確認し、力ずくで引っ張ろうとしない彼らは、それだけでまともな良識ある兵士達なのだとわかる。

 すんなり帯刀も許され、知らず緊張していた身体から力が抜ける。

 本当に疑われていないらしい。

 つくづく、この土地を新天地に選んだARK(アーク)氏の判断は、正しいと認めざるを得なかった。


 瀬名は従順に彼らの詰め所までついて行った。そして、偶然二人の女性が羽交い絞めにされ、引きずられていくのを目撃したこと、盗み聞いた彼らの会話から、仲間が馬車を用意していると知り、人を呼びに行っている間に逃げられてしまうことを恐れ、戦闘に踏み切ったことなどを説明した。


「そうだったのか……治安維持への協力、感謝する」


 デマルシェリエ領ドーミア騎士団団長ノエ=ディ=セーヴェル――つまりこの町にいる騎士達の中で、一番地位の高い人物が出てきて、躊躇いなく頭を下げた。


 なんと、女性騎士である。

 年若く、三十歳前後ぐらいと思われるが、誠実そうでキリリとした面差しの、いかにも出来る女性の雰囲気を纏っていた。

 切れ長の瞳は金茶色。同じような色合いの長い髪を三つ編みにし、後頭部でぐるりと巻いたヘアスタイルがよく似合っている。

 長身で、百七十センチほどはあろうか。瀬名としては好ましいタイプの麗人だが、男性の目線では好みが分かれるタイプだろう。

 この女性にもいろいろドラマがありそうだ。あとでARK(アーク)氏に教えてもらおう。


「あの御方は今朝がた行方不明になっていて、我々が密かにお捜ししていた方でね。さぞ恐ろしい思いをなさったろうと想像に難くないが、大事に至らず本当によかった」


 どこか隠し切れない疲労感を漂わせるセーヴェル団長殿の様子からして、やはりあのお嬢様、多方面に大迷惑をかけまくっていたようだ。ただでさえ忙しいであろう時期に、余計な仕事を増やされて、さぞかし気力体力に深刻な大打撃を与えられたに違いない。

 眉間に指をあて、ホッと息をつく団長殿の精神衛生のためにも、当初は見捨てる予定だった真実は伝えないほうがいいだろう。


「あの御方は、若君――伯爵公子のご婚約者様でね。この国の王女殿下であらせられるんだ。本当に、姫君に何事もなくてよかったよ……」


 ――そんな情報は要らなかった。

 そして、やっぱり言わなくて良かったセーフと、瀬名はこっそり冷や汗を流すのだった。




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