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166話 姫君の奮闘 (3)


 フェリシタ王女と侍女のターシャは雪足鳥の背中に揺られていた。

 ふわふわであたたかく、安定感のある巨鳥は魔馬より騎乗しやすいので、素人の女性がひとりで乗れないこともない。

 ただし、乗ることができるイコール長距離移動ができるということにはならない。フェリシタはマイエノーラの操る雪足鳥に、ターシャはラ・フォルマ子爵の雪足鳥に、横座りで同乗させてもらっている。

 異性に長時間密着せねばならない状況に、はじめターシャはかなり渋い顔で抵抗を示していたのだが。


「無理をなさる必要はありませんよ? 何ならわたくしと姫君の二人だけで向かいますから」

「何を仰るのです!! わたくしがご一緒しなければ、どなたに殿下のお世話をお任せすればいいというのですか!!」


 マイエノーラの挑発に乗った。もとい、敬愛する主人のために覚悟を決めた。

 自分が世話係をせずに済んでラッキー、とマイエノーラが思ったかは謎だ。


 男性とくっついて乗るのが恥ずかしくて嫌なら、女性騎士に足と護衛を命じればいい? ――あいにく、それができないからこそのラ・フォルマ子爵だ。

 たまたま王都を訪れていた彼に、これ幸いと新たな仕事を押し付けてしまい、フェリシタもターシャも申し訳ないと感じてはいる。けれど彼以外、すぐに捕まえられる適任者がいなかったのだ。

 王宮の女性騎士は、王妃や王女の住まう宮の警備を担っている。人数が少ない上に、女性だからと規律が緩くなるわけもなく、「いつ・どこで・何をしているか」を細かく報告する義務もあり、現在地を曖昧に誤魔化すことが難しい。数日にわたる王女のお忍び旅行に同行させるなど、まず不可能なのだった。


 そんなわけで、女性三名、男性一名という、王女殿下のお出かけとしては非常識な構成でお忍びが強行された。

 フェリシタ付きの侍女はみな主に心酔しており、数日ならば全力で不在を隠してくれる。

 けれど、以前デマルシェリエ領へ向かった時の経験を思い返し、フェリシタは「本当に数日で済むのかしら?」と不安をぬぐい切れなかった。あの時は準備だけでも数日ではきかなかったのに。

 しかし。


「ほら、見えてきましたよ。門の神を象った石柱が、奥へ向かって並んで立っているでしょう? あれが〈門番の村〉の入り口です」


 平原の終わり、森の深まりゆく方向を示し、マイエノーラが旅とも言えぬ旅路の終わりをあっさりと告げた。


「あ、あの大きな石柱でしょうか? ……ほ、本当に着いてしまったのですね……こんなにも早く……!」


 ターシャが感激の声をあげるのを呆然と耳にしながら、フェリシタ王女の心には冬の寒気が舞い戻っていた。


(なんてことかしら……本当に着いてしまうなんて……!)


 しばらく前に、父王や兄王子達から聞いた話――百余名にも及ぶ精霊族(エルフ)が、一時王宮を制圧しかけたというあの話は、彼らの誇張ではなく、純然たる事実だったのか。

 フェリシタはあの日、その場に居合わせておらず、殿方の悪い癖が出たのだと思っていた。

 不甲斐ないと周囲に〝誤解〟されぬよう、してやられた相手がいかに強大で恐ろしい存在だったかを方々に語り、印象付けたがる。彼女の身内の男性陣は、そんな者ばかりだったから。

 だいたい常識的に考えて、おかしいではないか? 百余名もの精霊族(エルフ)が王都に足を踏み入れる瞬間まで、彼らの移動している姿を誰も見ていないなんて。

 どこからともなく忽然と現われたわけでもあるまいに。

 だからせいぜい、十数名程度だったのではないか。それでも結構な数だけれど、制圧などと大袈裟なことはなく、単に相手の存在感や気迫に呑まれ、言の葉に紡がれる豊かな叡智を前に手も足も出なかっただけなのではないか。


「――まさか、()()()()()()()ほうが真実だったということなの……」


 愕然と漏らす王女の独白を、某魔女がもしこのとき耳にしていたなら、「オオカミ少年だねえ……どんまい」と慰めてやっていただろう。

 王も王子も、日頃から大言壮語を乱発しているせいで、たまに本当のことを訴えても嘘臭く聞こえて信用してもらえない人種のいい例だったのである。

 この場合、話半分で聞いていたフェリシタの先入観を責めるのは酷と言えよう。


(待って、ならお父様もお兄様方も、何故そのようなとんでもないことを隠そうとなさらないの!? 平気で堂々と口にされて――全力で隠すべきではないの!? 我が国の王宮が一度落とされてその日のうちに返却された、なんて――対策も取りようがないなんて! つまり今後、彼らはいつでもその気になれば、軍勢を王の喉元まで直接送り込めるということではないの!)


 もっともである。光王国の王宮はほんの一時とはいえ、未遂ではなく正しく制圧されていた。(キング)が押さえられていたのだから。

 彼らがそのまま何もせず帰ってくれたので、国王はホッと安堵する一方、湧きおこる羞恥心にさいなまれた。負けっぱなし、やられっぱなしのまま、戦利品を抱えて意気揚々と遠ざかる彼らの背中を、指をくわえてみすみす見送らざるを得なかった――。

 断じてそんなわけではない、そんな〝誤解〟をされるなど冗談ではない、と。

 要らぬ自尊心に背を押され、「話し合いのすえ和解に成功した」と嘯き、己がいかに鷹揚と構え、毅然と対峙していたか、堂々と語っているのだった。


 しかしどのように言い回しを変えたところで、王宮深くまで踏み入られても防げなかった事実が覆るはずもない

 男の沽券うんぬんの問題では済まず、事は国防上の大問題なのだ。

 これをもし、野心ある諸外国に知られたら――フェリシタのように話半分で流さず、本気にとられたら。

 王女と同様の危惧を抱いていたのが、宰相をはじめとするまともな臣下達だ。

 彼らは口をすっぱくして止めた。軽々しくお話しになるべきではありません、と。

 諫言を重く受け止めず、軽々しく失言を重ねているのが王と王子達なのだった。

 フェリシタ王女は知る由もないが、宰相達は密かに、血涙を流す勢いで悔しがっている。

 何故この姫君が王子ではなかったんだ、と……。


(この森の精霊族(エルフ)は〈黎明の森の魔女〉の騎士なのだと、ライナス様は仰っておられた。もしわたくし達が魔女様のご不興を買ってしまったら、冗談抜きで滅ぼされてしまいかねないのだわ……気を引きしめなければ)


 フェリシタは胸もとの服をぎゅ、と握りしめた。

 その下には、「デートが出来なかったお詫びに」と、以前贈ってもらった首飾りがある。


(どうかお守りください、ライナス様……)




◆  ◆  ◆




 一方その頃、〈森〉の中では。


「家具よし、寝具よし、寝間着よし、香り袋よし! ええと、ほかに何かなかったかな!?」

「ねーねーセナ様、お姫様ってかわいい女の子なんでしょ? なんかどの色も、うちの父ちゃん爺ちゃん達のおかずの色みたいだけどいいの?」

「おかず色とか言うんじゃありません! こういう茶系の、洗練された上品な配色が好みらしい、ってライナス君が言ってたからこれでいいんだ、多分!」

「はーい」


「金色でキラキラにしたりとか、こないだセナ様にもらった桃っていう果物、ああいう色とか入れなくていいの?」

「そーゆー〝一歩間違えれば成金色〟とか〝いかにもなお姫様色〟はあんまし好みじゃないらしい、ってライナス君情報です! 裏を取る時間なんてないんだから、この際はそれを信じるんですよ! いざとなれば出どころのライナス君が全責任をとってくれます!」

「はーい」


「お姫様に持たしてあげるお土産、お肉でいいかなぁ? 今朝()れたてのやつと、美味しく熟成できたやつあるよ」

「姫用の土産で何故肉という発想へ向かった? 薬草の入った小瓶とか繊細な細工ものとか編みぐるみとかいろいろあるでしょう! ――そうだな編みぐるみいいかもしれない、長老のばーさまが趣味で編んでたやつの中にライナス君ぐるみあったでしょ、あれもらおう」

「はーい」


「セナ様、うちの兄ちゃん達がなんか、聖戦とか決死隊の結成がどうとかってボソボソやってたんだけど」

「もしそれが禁域(フロ)の話題だったら、彼らの近くで『周辺に猟犬(エルフ)が放たれるみたいだね、一歩でも侵入したら死ぬね』ってボソリと呟いてきなさい」

「りょーかい!」


 繊細で可愛らしいと噂のお姫様、そのおもてなし準備でてんてこまいになっていた。




果たして双方の認識が噛み合う日は来るのか。

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